三話 人形講座。
一週間に最低一話は更新するとは、一体なんだったのか。
そしてまたもや説明回になってしまった。
昼食を取った後、歩きながら兄貴に話を振る。どうやら今は一度荷物を置きに寮に向かっているらしい。
「そいや兄貴、午後はどうするんだ?」
「どうすっかー。とりあえず一回寮に寄って荷物を置いてくるとして、問題はその後だなー。剣斗は何かしたいとか、行きたいところある?」
「特にないかな。そもそも何があるのかすら知らないし」
「だよなぁ。お前等どっかいいところある?」
兄貴が皆に話を振ったところでエリアーヌが食いついた。
「そうね。剣斗、貴方『漢字』使いたくない?」
「あ!それはいい案ですね」
千草も名案だと同意してくれる。
「え?『漢字』?使えるの?」
確か学生は特定の場所か指導者が同席していなければ『漢字』は使ってはいけないと入学案内の注意事項に書いてあったのだ。確か理由は何が起こるかわからないので危険だとかなんとか。
ちなみに卒業してプロの資格を取れば自分の判断で自由に『漢字』を使えるらしい。
つまるのところ自動車の免許みたいなものだ。
まぁ、ここ数日は俺は無許可で『傀』を使ってたんだけど、あれは俺が興味が自制心に負けたってのもあるし、何よりバレなきゃ問題ないってね。要は人様にさえ迷惑かけなきゃある程度は大丈夫なのだ。
「ええ、使えるわよ。剣斗も『漢字刻印』があるんだから使ってみたいでしょ?」
「そりゃ使いたいけど。でも『漢字』って許可された場所じゃなきゃ使っちゃいけないんじゃないんです
か?」
「そうだぜ、だからこれからその許可された場所に行くのさ」
「なら、一旦荷物を寮に置きに行くのは止めるか。荷物なら向こうの荷物置き場に置けばいいし」
兄貴が話を纏めて早速俺達は行き先を変更した。
―――――
五分程歩いた場所にある、とあるビルに入ると内装は普通のオフィスビルの受付のようだった。兄貴が早々に一階の受付で手続きを済ませると勝手知ったる我が家の様にずんずん進んでいく。
「今日は何階なんだ?」
「三階ー」
兄貴は幸一の質問にも適当に答えながら進んでいく。一階の受付を過ぎた辺りに更衣室があったのだが、今日は俺の『漢字』を見るだけらしいので誰も着替えては無い。エレベーターに乗った俺達は三階で降りて、少し歩いたところにある扉の鍵を兄貴が開け部屋に入った。
「おぉ!」
兄貴たちの後に続いて扉の中に入ると俺は驚嘆の声を上げた。清潔感のある真っ白い壁に床はグレーで統一されていて、汚れ一つ無いように見える。広さはバスケットボールコート一つ分ほどの大きさで高さは三、四メートルはあるのではなかろうか。
「ここはな、個人やパーティで使える『漢字保有者』専用の練習場みたいなもんだ」
「へー、でも練習場なら学校にもあるんじゃなかったっけ?」
「それはですね剣斗さん。学園の敷地内にある練習場は大きいのですが流石に生徒全員が練習できるスペースは無いのです。個人練習ならともかく、模擬戦を始めてしまうと非常に危ないので常に何割かの生徒はいつも外の練習場で練習しているのですよ。勿論料金は払わなければなりませんが当然学生割引が使えますし、何より設備が学校の練習場よりも質がいいんですよね。それに成績優秀や実力がある生徒には一定期間の無料パスポートが発行されるので期間内は使い放題なんですよ」
「そんで俺達のパーティは無料パスポートが発行されている」
兄貴と千草が俺に教えてくれる。なるほど、広い空間を自由に使って訓練できる兄貴たちのパーティは実力があるパーティになるってことか。
「流石兄貴だな」
昔から興味があることだけは凄い実力発揮してたっけ、この兄貴は。
「だろぉ?もっと褒めてもいいんだぞ?」
「わーおにーちゃんすごーーい(棒)。これでいいか?」
「褒めるならもっとちゃんと褒めろよ」
「これ以上無いくらいに褒めたじゃん」
「剣斗さん、海斗さんの扱い方分かってますね。流石兄弟」
「言っておくけど剣斗も俺と同じような性格だからな。まぁ、そんなことは置いておいてさっさとやろうぜ」
練習場の真ん中に全員が集まると円を描くように座った。
「わかった。で、兄貴。どうすればいいの?」
人形を作ることは出来るのだが、『漢字』を学んですらないのにいきなり作り出すのはおかしいだろう、ということで素直にやり方を教えてもらうことにする。昔は感覚で『漢字』を使っていたので、ちゃんとした教えを受けてみたいっていう思惑もあるし。
兄貴に振ると得意そうな顔になる。兄貴面できるのが中々に嬉しいようだ。
「ふふん、ここは俺に任せとけ!どうやるかっていうとな!」
始めは調子が良かった兄貴の顔色が段々曇っていく。
「えーっと、な...えー、確か...えー。エリア任せた!」
「何故ここで私に振るのよ。貴方が教えるって言ったんだから貴方が教えればいいじゃない」
「だって!人形系の『漢字』の使い方なんて知らねぇし!」
兄貴の発言に周りがどっと沸く。
「そんなこったろーと思ったわ」
「流石海斗!やっぱお前は俺達の期待を裏切らないな」
「お前等うるせー、どうせお前等も知らないくせに。ってことで俺等の知識担当エリアさん千草さんお願いします」
「どうせ、そんなことだろうと思ったわよ」
「まぁ、海斗さんですから。それは致し方ないことかと」
「お前等まで、もか」
兄貴が首を落としたところでエリアーヌから説明が入る。
「じゃあ海斗に変わって私が説明するわね。人形系の『漢字』も武具系の『漢字』と基本は同じで、その『漢字』に合う形ならある程度は自由に作れるのよ。作り方は頭でイメージするだけよ。具体的には作りたい物の形を想像して、それを召喚するイメージかしらね。一回出来てしまえば後は慣れだから、初めだけ難しいわ」
武具系の作り方は昔と同じなのか。元々一発で作れる奴もいれば時間がかかる奴もいるからな、慣れてしまえば関係ないけど始めはどれだけ具体的にイメージ出来るかの問題か。
「じゃあやってみますね」
人形を作るイメージをする。全体的に中性的な人型で人形味を出すように局部は作らない。足は靴だけだが、手はちゃんと指関節まで再現して指が曲がるようにする。頭は作れるが、顔まではイメージがまとまらないのでのっぺらぼうになってしまう。いつかはちゃんと顔まで作りたいものだ。服も作る余裕がないので全裸の様になってしまうが人形なので仕方が無いだろう。
イメージが固まると俺が座っている目の前に淡い光と共に五十センチほどの人形が姿を現した。
「こんな感じ、ですかね?」
俺以外の全員視線が人形に向く。少しの間を置いてから全員の感嘆の声を上げた。
「ほぉ、一発成功とはな」
「俺も、もうちょっと苦戦すると思ったのに」
「流石海斗の弟といったところね?要領が良いところも海斗に似てるわ」
「これなら剣斗さんも海斗さん程に才能があるかもしれませんね」
「だろう?剣斗は俺の弟だから才能があるんだよ」
ナッシュ、幸一、エリアーヌ、千草の順でコメントしてくれる。ちやみに一番最後のコメントはドヤ顔の兄貴だ。
だけど、ごめん兄貴。武器系の『漢字』の使い方は始めから知っていたから才能は関係ないんだ。
とりあえずドヤ顔の兄貴をスルーしつつ作った人形を手に取ってみる。各部の動作を確かめてみるが、関節も曲がるし人形も固いので、そこそこ成功だろう。
「この後はどうするんですか?」
とりあえず人形系の知識がありそうな、エリアーヌと千草に話を振ってみる。男共は頼りになりそうにないので早々に諦めたからだ。
「作った人形は自分で動かせるはずですよ。具体的な方法までは分かりませんが」
「そうね、人形を動かせることは分かっているのだけど。人形系の使い手は少なくてね、情報が少ないのよ」
「そうなんですか。とりあえずは試行錯誤って事ですか?」
「そうなるわね、でもその分人形遣いは人形で数を補うことが出来るから妖魔との戦いでは有利って話を聞くわね」
なるほど、やっぱり人形は複数同時で操れそうだな。
「うーん、動け動け動け。お、動いた」
俺が口に出しながら命じると人形が立って歩き始めた。正直人形を動かすぐらいはもう出来るので半分茶番半分復習みたいなものなのだが。
「へぇ、結構人形って簡単に動くんだな」
「そのようですね」
ナッシュと千草の会話を軽く流しながら人形を動かしつづけていると兄貴が話しかけてきた。
「そういえば剣斗、お前疲れないのか?」
「疲れるって?」
「『漢字』使うと疲れるんだよ。特に『漢字』を使い始めたうちはな」
「今のところ疲れてないかな」
「なら剣斗さんは字力が多いのかもしれませんね」
「字力ってなんです?」
俺が聞くと兄貴が意気揚々と答える。
「RPGで言うところのMPみたいなもんだ。字力が続く限り『漢字』を使うことが出来るが使い切ったら気絶しちまう。始めは皆、字力が少ないが『漢字』を使い続けていくと、その内に増えていくんだ」
「兄貴、ナイス説明」
「俺を説明キャラみたいに言うんじゃねぇって」
今では字力って呼ばれているのか。昔は使い切ると気絶するから精神力とか気力なんて呼ばれていたんだけどな。後は当時の『漢字保有者』は若い奴しかいなかったからゲーム用語から取ってMPとも呼ばれていたけど。
大方MPを日本語読みにした魔力や精神力、気力あたりから力だけ残して、語呂がいい読み方を探したら字力になったんだろう。俺も昔は『生』の『漢字』がパッシブ発動だったから怪我する度に『生』が発動して字力が無くなってよく気絶してたっけ。
特に妖魔と戦った後は傷が絶えなかったからいつも気絶してたな。字力は使うたびに増えるので傷を負う度に『生』で治していった俺の字力は着実に増えていったから、字力の使いすぎで気絶していたのは『漢字保有者』になった初めの一年程だけだったがな。
余程の時以外は。
そして俺は転生してから、ここ数日家で練習しているのだが字力切れは一度も起きてない。前世の経験からで言えば絶対に字力切れで気絶してもいい筈なのに、それが無いことから俺はある結論に至っていた。
『漢字刻印』は初期に戻ってしまったが字力だけは前世の俺のままのようなのだ。つまり前世の膨大な字力がそのまま俺の手の内にあることになる。まぁ、字力だけ大量にあっても仕方ないんだけどさ。
それでも『漢字』によるスタミナ切れが無くなるのはいいことだ。
「でも剣斗さん、本当に疲れてないんですか?」
千草が心配そうに尋ねてくるが、実際何の疲れも無いんだよな。
「大丈夫ですね、そんなに疲れるものなんですか?」
「もしかしたら剣斗は字力量が相当多いのかもね」
「かもな。確かエリアだって始めは字力が多かったんだろ?」
「そうよ、私も多かったわ。今じゃあんまり関係ないけどね」
「そうなの?」
「始めの字力が多いっていっても微々たる量だし、ずっと使っていれば徐々に増えていくから多いって言っても誤差の範囲だしね」
そうなのか、俺の時は字力が多い少ないを気にする余裕すらなかったし、それに何となく使っていれば増えていったから誰も気にしなかったんだよな。
「矢木先輩、この後って何すればいいんですか?」
「そうですね。人形を人間大の大きさの人形が作れるようになって、それを自由に動かせるようになれば人形遣いとしては一人前らしいですよ。その後は――」
「その後は、一度に何体人形を同時に運用できるかとかどんな装備に出来るかとかよ」
エリアーヌが千草の言葉を引き継いで教えてくれる。
「なるほど」
「まぁ、とりあえずお前の当面の目標は人間大の人形を自由に操れるようになることだな」
それから俺は一時間程、人形を動かす訓練した。
その間、エリアーヌと千草は俺に人形系の『漢字』の知っている事を教えてくれたが、兄貴逹男共はずっと適当に駄弁っていただけだった。