二話 兄貴とその仲間達。
何故だろう、説明会っぽくなってしまった。
でも上手く説明出来てる気がしない、何故だろう。
それから数日、俺は普通に生活していた。
宅急便で荷物は送ってしまったので特にする準備も無く、ひたすら『傀』の『漢字』の練習をしていた。
他にも基本となる知識や常識は藤堂剣斗の記憶として入っていたが、ほとんど無いとはいえ一橋健二が死んだ後から藤堂剣斗がある程度成長するまでの間にある俺が知らない歴史や情報もあるようで、その辺もインターネットを使って収集していた。前世の俺の死亡報道がどんな形になっているのか気になったのでついでに調べてみたけど、何も見つからなかったのは残念だ。
そして今、俺は家族で日本最大級の駅に来ていた。今日高校がある北関東に向かうので母と妹が駅の新幹線の改札口まで見送りに着てくれたのだ。入寮出来るのは明日からなのだが、兄貴から誘いがあって今日は特別に兄貴の部屋に泊ってもいいらしいのだ。そして明日の朝一から入寮手続きをするらしい。
「剣斗、海斗には向こうで迎えに来てくれるように言ってあるからね」
「お兄ちゃん。頑張ってね!」
兄である海斗も同じ高校に進学しているので高校の最寄り駅には兄貴が迎えに来てくれるらしい。俺の荷物は動きやすいように肩掛けのバッグだけだ。
「大丈夫だよ。向こうには兄貴もいるし、何かあったら頼るつもりだから」
「身体には気をつけるんだよ」
「大丈夫だって母さん」
「今度会うときは高校の話聞かせてね!」
「はいはい、わかったわかった」
「じゃあそろそろ時間だから」
そう言って母さんと妹に別れを告げ、ホームから新幹線に乗車し席に座ると一息ついた。やっぱり指定席様々だな。ゆっくり座れるのは楽でいい。
時間になり新幹線が発車すると、流れすぎる景色を視界の隅に捉えつつ持ってきた肩掛けのバッグから高校の入学案内を取り出す。
身体に『漢字刻印』が表れ、『漢字保有者』となった皆さんは『漢字』を学ぶ権利があります。
御剣学園は、『漢字』を学べる日本唯一の高等学校です。
この御剣学園で立派な『漢字保有者』になることを目指して学友と共に皆で切磋琢磨しましょう。
入学案内にはそんな言葉が謳っている。
しっかし『漢字』を学べる学校ねぇ。
最前線で戦える『漢字保有者』を実戦から退かせて後進を育成するために教師にする余裕があるとは。世界も平和になったもんだ、と一人ごちる。
俺等の時代なんて『漢字刻印』なんて言葉すらなかったしいきなりぶっつけ本番だったもんな。最初の『漢字刻印』が『生』じゃなかったら絶対死んでた自信あるわ。
『漢字』に関する知識だけはほとんど一橋健二だが、『漢字刻印』や『漢字保有者』といった単語は藤堂剣斗が得た知識なんだよな。まぁ、情報元のほとんどがニュースとかなんだけどさ。
その後の世代でも『漢字刻印』が発現したらすぐさま召集して短期訓練を施した後に実戦投入しなきゃいけないぐらい戦力不足が逼迫していた。それを思えば今はいい世の中だ。
新幹線内の電光掲示板に目を通せば交通情報、天気予報に加えて妖魔の出現情報が表示される。
この妖魔が俺達――否、全人類の共通の敵なのだ。
二十年前から突如体の一部に『漢字』を持つ人々が表れ、それと同時期に異形の化物も世界各国に一斉に出現した。
その当時は妖魔なんて名称は無く、単にモンスターとか化物とか呼ばれていた。弱い種類なら現行の銃火器でも倒せないことは無いのだが、強い種類の妖魔は『漢字』を身に宿す人でしか倒せないのだ。その後に色々あって、ようやくそのことを理解した国が、『漢字』を身に宿す人の確保が急務としたのだった。
それから異形の化物は何時からか妖魔と呼ばれ、身体に刻まれた『漢字』を『漢字刻印』と。『漢字刻印』を身に宿す人は『漢字保有者』(ワードホルダー)と呼ばれるようになった。
それ以降も断続的に出現する妖魔に対処するための人員の確保と育成が急務となり世界各地に育成施設が作られる事となったようだ。
俺が通うことになる御剣学園もその中の一つだ。
俺が『漢字』を学ぶ学校に進学するとは皮肉というかなんというか。前世の俺は『漢字刻印』が最初に人類に確認された俗に言う第一世代だった。
当然妖魔に関する知識はおろか、自分に宿っている『漢字刻印』の知識すらなかった時代だ。戦い方は試行錯誤の連続だった。俺も含めて『漢字刻印』を持った人たちが集められたけどあの当時は『漢字保有者』自体が少なくて同じ『漢字』を持った人なんかほとんど居なかった。
前世の俺が死んでから十五年。その当時の惨状を知ってる俺からすれば、この短い期間で『漢字』や妖魔に関する知識が体系化されて学べるとは感慨深いものがある。
そういえば以前雑談で仲間の一人が『漢字』を学べる学校を作りたいとか言ってたけ。
当時集められた『漢字保有者』の中には高校生や中学生も少なからずいたからな、妖魔と戦いばかりで中々学校に行けないのを見て、どうにかしたいって話になったんだっけか。
そういえばアイツ等は元気にしているかな。俺の体感時間としては一週間ほど前に会ったばかりだからそんなに懐かしい気持ちは無いけれど今どんな風になっているかと思うとちょっと見てみたくもなる。
ただ、そうなるとこの体の事も説明しなきゃいけなくなるからなぁ。
でも、突然会いにいって驚かすのも面白そうだな。
会いたいような会いたくないようなって所か。
最後に入学案内の理事長の項目に目を通すと、そこには聞き慣れた仲間の名前と十五年の時を感じさせるような顔が載っていた。
―――――
「まもなくー、御剣学園前駅ー、御剣学園前駅ー」
なんともなく窓の外を眺めていると車内に次の停車駅の到着のアナウンスが流れる。
どうやら目的地に着いたようだ。
御剣学園は日本全国から高校見学や世界各国からの留学生が集まる為、アクセスしやすいように御剣学園の最寄り駅はそれなりに大きく作られており新幹線の停車する事ができるようになっている。
便利だねぇ、としか感想は無いんだけどもな。
「さて、と。そろそろ用意しとくか」
そうつぶやきながら藤堂剣斗は下車の準備をしたのだった。
新幹線の改札を出ると人がまばらな駅の構内に一人の青少年が待っていた。カジュアルのワイシャツにジーンズというラフな格好だ。顔は整っているが、どことなく悪ガキをイメージさせるようなやんちゃな顔をしている。名前は藤堂海斗、俺の兄貴だ。
「よっ剣斗!来たか!」
「兄貴!久しぶり!」
兄貴がいる方へ小走りで向かう。
「とりあえず、もう昼だしどっかで飯食うか?」
「そうだな、兄貴に任せるよ」
じゃあこっちだ、と歩き出す兄貴の横に並ぶ。
「そういや剣斗、もう荷物はこっちに送ったのか?」
「あぁ、もう送ったよ。明日には届くはず」
駅から出ると四人の男女が話し込んでいた。男女比率は男と女が二対二で年齢はどうやら俺や兄貴と同じぐらいだ。その中の長身の女性がこちらに気づくと手を振り上げて声を掛けてきた。
「おーい海斗!こっちよー!」
「おーう!今行くー!剣斗も来な」
先に進む海斗の後ろから俺も着いていく。
「そっちが弟さん?」
長身の女の人が聞いてくる。背中まで伸ばした煌くような金髪に整った顔立ち。十分大人びてはいるがまだ少女らしいあどけなさを少し残してはいる。五年ほどしたら更に美人になりそうである。
「あぁ、俺の弟の剣斗だ」
「始めまして剣斗です。で、兄貴この美人さんはどちら様?」
「私は海斗と同じパーティのエリアーヌよ。よろしくね剣斗」
それからエリアーヌの後ろに居た男女も俺に声を掛けてくる。
「俺は佐伯幸一だ、よろしくな剣斗。気軽に先輩って呼んでくれていいぞ」
「俺はナッシュ・エドワードだ。ナッシュって呼んでくれ」
「私は矢木千草と申します。よろしくお願いしますね。剣斗さん」
佐伯幸一という男は、大柄でガタイのいい体格で肌も小麦色に焼けている。髪型も角刈りに決めていて顔つきも少々強面だが愛嬌がある。見た目は見事にパワータイプといった風体だ。
ナッシュ・エドワードは金髪で線の細い白人で中々のイケメンだ。身長もそこそこ高い所為か余計に線が細く見える。
矢木千草は艶のある黒髪を腰まで伸ばしている。顔立ちは気が弱そうというか薄幸そうというかどこか儚く見える。長い髪や落ち着いた服装、柔らかい物腰といい、少しでも触れただけで壊れてしまいそうな印象を思わせる。
どうやら話を聞くとこの人たちは全員兄貴のパーティメンバーらしい。
「んで、兄貴。パーティってなんなのさ」
「パーティってのは三人以上で組めるチームだな。パーティを組んでると実技の授業とか実習の時に全員同じ班にしてくれる。成績にも影響するし仲間集めは早い者勝ちみたいな所もあるから早い内に候補探しとけよ」
などど兄貴からありがたい話を聞きながら近くのファストフード店まで歩いているとふと隣から声が掛かった。
「剣斗さんの主漢字は何なのですか?」
矢木千草からだった。この人後輩になる俺に対しても敬語だからちょっと接しにくいんだよな。恐いよりかはずっとマシなんだけどさ。
「主漢字ですか?」
主漢字。俺が居たときには聞いたことがない言葉だ。恐らく俺が死んだ後に出来た言葉なのだろう。
「主漢字ってのは一番最初に目覚めた『漢字』の事だ、弟よ」
先頭にいた兄貴が教えてくれる。
そういうことか。
昔は単に一番目とかファーストとか適当に呼んでたけどそんな名前が付いてたのね。ちなみに、この一番初めに目覚める漢字――主漢字は『漢字保有者』としての自分の方向性を決める大事な漢字だ。
「そうなのか兄貴よ。なら俺の主漢字は『傀』ですね」
右手の甲に『傀』を浮かび上がらせて他人にも見えるようにする。
「我が弟ながら珍しい『漢字』に目覚めたなぁ」
「『漢字』辞典ぐらいでしか見たこと無いぞ」
「どれどれ」
「人形系の『漢字』は確かに珍しいわね。国に何人もいなかった筈だわ」
「確かに珍しいですね。人形系は損傷を無視して前衛ができるから強くなればかなり便利らしいですよ」
兄貴、ナッシュ、幸一、エリアーヌ、千草の順にコメントしてくれる。
「人形系?『傀』がどんな『漢字』か分かるんですか?」
俺の質問をエリアーヌが答えてくれる。
「『傀』は人形を作り出す事が出来る『漢字』で人形系に分類されるわ。人形系の『漢字』は確認されてる『漢字』の数も少ないし、人形系の『漢字』を持っている『漢字保有者』も少ないけどいくつか確認されてるわね。具体的には剣斗が持っている『傀』に『儡』、後は『土』を持っている『漢字保有者』が『偶』の『漢字』に目覚めると土で出来たゴーレムが使えるようになるらしいわ。これも一応人形系に分類されてるわね」
「へー、色々あるんですね」
俺が知ってる『漢字』の中に『傀』や『儡』で人形を作ったり『土』と『偶』を合わせてゴーレムを作るなんてのは無かったからやはり俺が死んでから色々と『漢字』の種類が増えているのだろう。今では俺が知らない『漢字』がどれだけ増えているのやら。
「うーん、人形系かぁ。俺が作れる武器だったら作ってあげたんだが、流石に人形系は作れないなぁ」
「どういうことですか?佐伯先輩」
俺の質問に兄貴が答えてくれる。
「幸一は『作』が主漢字なんだよ。ちなみに『作』ってのは武器を作ることが出来る文字な」
それは流石に知っている。
『作』や『造』といった『漢字』は物を作ることが出来る創作系の『漢字』だ。『作』や『造』といった創作系の『漢字』だけでも物を作ることは出来るが、その真価は他の『漢字』を組み合わせたときに発揮される。
創作系の『漢字保有者』は自分が持っている他の『漢字』に対応した物を作った場合、『漢字』が無いときに比べて作成物の性能が良くなるのだ。例えば『作』の『漢字保有者』が『剣』の『漢字』も持っていれば作った剣の性能が良くなるということだ。
しかし、これには当然制限もある。これで作られた剣は『剣』の『漢字』を持つ『漢字保有者』にしか使えない、というのが制限の中でも最たるものだ。だがそれを補って余りあるほどの利点がある。
『剣』の『漢字』を持つ『漢字保有者』でも自前で剣を作ることは出来るが、それよりも創作系の『漢字保有者』の作った剣の方がスペックが遥かに高いのだ。それに通常ならば剣を作るのと強化するのに割く力を、剣を持っていれば強化するのに全ての力を使えるので、あらかじめ剣を持っている方が圧倒的に有利に戦える。
だが、どんな武器でもいいのかといわれるとそうでもないわけで、自分の『漢字』に対応している武器でなおかつ創作系の『漢字保有者』が作った武器じゃないといけないわけだ。だからこそ創作系の『漢字保有者』は貴重だし優遇される。昔ならいざ知らず今なら後方で武器を作ることが主な仕事になるだろう。
「なるほど、さすが兄貴。ナイス説明」
「人を説明キャラみたいに言うんじゃねーよ」
更に下らない雑談をしながら歩くハンバーガーチェーン店に着いたので全員で注文する。俺と兄貴はテリヤキセットでエリアーヌはビッグセット、矢木千草がアップルパイにシェイクとポテト、ナッシュはチキンナゲットが十個にコーラに佐伯幸一はチーズバーガー十個にポテトとお茶というメニューになった。
てか、ナッシュ先輩と佐伯先輩のその頼み方はおかしいと思うんですが。
「ナッシュ先輩と佐伯先輩、中々にすごい量食べますね」
俺が頬張ったテリヤキを嚥下してから話しかける。ちなみに俺の昼飯は兄貴の奢りだった。ありがとう兄貴美味しくいただくよ。
「そうか?これぐらい普通だぞ」
「チーズバーガーこそが至高の食べ物だから仕方ないのだよ」
「いや、ついこの前までお前赤いキツネこそ至上の食べ物って言ってなかったか?」
「そうだっけか?今はチーズバーガーこそが至高の食べ物なんだからいいじゃないか」
ナッシュ先輩は黙々と佐伯先輩は兄貴のツッコミを的確にスルーしつつも着実に食べていく。
「まぁあれね、この男共の偏食は今に始まったことじゃないから気にしないほうがいいわよ」
「おいおいエリア、俺までこいつ等に含めるんじゃねーよ。俺はまともだ」
「はて、海斗さんは寮ではお肉しか食べてなかったと記憶していますが?」
「千草もか、ちゃんと野菜と米も食べているし。肉の比率がちょっと多いだけだろ」
「確かに海斗は米も食べているわね、それも肉に米が合うからって大量にね」
「野菜の量が他に比べて相当少ないように思えますが?」
「くっ、エリアと千草。そこまで言うこたねーだろ」
「はっはっは、海斗お前言われてやんの」
「ざまぁないな海斗」
「マジでお前らだけには言われたきゃねーよ」
ホントに仲いいなぁ。
「仲いいっすね。先輩達」
「本当にそう思うんならお前の目は腐っているぞ剣斗」
「そうでしょう?」
最後に兄貴とエリアーヌからコメントをもらい楽しい昼食は過ぎていった。