二十話 続、土曜は実技の日。
「おつかれ剣斗」
「あのキャサリン・ウイリアムズと引き分けなんてやるじゃない」
「いやーすごかったよ、まさか彼女と引き分けるなんてね」
「何引き分けてんの剣斗、ちゃんと勝ちなさいよ。それに何時の間に武器が作れるようになったのよ」
キャサリンとの試合の後、俺がアデルと話していた場所に戻ると更に人が増えていた。俺を出迎えてくれたのは彰、アクア、アデル、桐華だ。他にもアデルのパーティメンバーの生徒が二人いる。
「彰がこっちにいるって事は身体強化出来るようになったのか?」
「おう、もちろんだぜ。字力を引き出すのは難しかったけど、その後はかなり楽だったぜ」
そう得意気に話す彰。
「そういえば剣斗、まだ僕のパーティメンバーを紹介してなかったよね。こっちが前衛の涼風舞と後衛の笹木亮平だ」
アデルが会話の合間を縫うように、二人を紹介してくれる。
「よろしくね藤堂君。さっきの試合見てたけど凄かったよ」
「よろしく。藤堂って強いんだね」
「おう、よろしくな。さっきのは偶々だって」
涼風舞は高身長に首まで伸ばした黒髪、スポーツをしていたであろう引き締まった身体に愛嬌がある顔立ちの少女だ。
それとは逆に笹木亮平は中肉中背で耳が被る位まで伸ばした髪にメガネをかけているちょっと気弱そうな少年である。
「謙遜はよくないな剣斗。今の試合はどう見ても剣斗の実力があったから引き分けに出来た試合だよ」
「アデルの言うとおりよ。キャサリン・ウイリアムズは私達の年代でも頭一つ飛びぬけて強かったんだから、それを偶然で勝てるわけ無いでしょ。それに彼女が挌上相手じゃなきゃ見せないっていう『凍』の『漢字』まで出させたんだから」
アクアも話しに加わってくる。
その辺の同年代の『漢字保有者』事情を知らなかった桐華や彰に笹木、涼風が無言で聞いていた。
「でもかなりギリギリだったぞ?まさか魔眼使いの凍結ががあそこまで厄介だとは思わなかったし、それに勝つつもりだったのに引き分けちまったしな」
前世は捕縛系を使う魔眼使いとは戦った事がなかったし、他の魔眼で攻撃を受けた時はすぐに『生』で回復して、ダメージ覚悟で突っ込んでいけたから特に苦戦した事は無かったんだよな。ダメージ覚悟で突っ込むから痛かったけど。
「引き分けでも十分凄いよ。あれだけ人形を使えるなんて知らなかった、やっぱり僕のパーティに入らないかい?」
「一回断られたんだから、人のパーティメンバーを勧誘するのは止めなさいって」
冗談半分で勧誘してくるアデルを桐華はしっしと犬でも追い払うように手を振る。
「というか剣斗。お前いつの間に人形の武器なんて造れるようになったんだよ」
「あ、それ私も気になってたのよ。ちゃんと教えなさいよっ!」
横から話しかけてきた彰に桐華。
それから桐華達と雑談をしながら観戦していると更にこっちのグループに来る人が増えてきたので一度教師が生徒を集めて対戦表を再調整するこになった。
のだが、こっちに今日こっちに来た生徒の大半は入学してから『漢字』を使うようになった初心者で戦い方のたの字も知らない人も多かったので、そういう生徒達は模擬戦では無く戦いの基本から始める事になったのだ。ただ、流石に一人ひとりに教師が付きっ切りで教えられるわけも無く、ある程度似た系統の『漢字』を持つ生徒が教える事になった。
教えない生徒は先程までと同じく練習試合。当然俺も練習試合組になった。
だが問題はここからで、今回の練習試合の方式は負け抜け戦になったのである。またもや一番最初に試合をすることになった俺は勝つ理由も無かったが、それ以上に負ける理由も無かったので今までずっと勝ち続けてきたのだが、流石にちょっとこれはどうしたもんか。
少し疲れてきたけど、戦えないほどじゃない。今の相手も弱くは無いけど油断しなければ負ける事は無いしなぁ。
相手の男子生徒の攻撃をタワーシールドで防いでから、メイスの一撃を食らわせて吹き飛ばす。
「そこまでっ!勝者藤堂!」
木下先生の審判で俺の勝ちが決まり、互いに礼をしてから先程まで戦っていた生徒が出て行く。
「これで五連勝か。春休み中にお前の兄貴から軽く練習に付き合ったと聞いていたが、まさかこれほど『漢字』が使えるとは」
「そうなんですか?あんまり自覚は無いんですけど」
次の生徒が入ってくるまでの合間に木下先生との雑談が始まる。
「そうだな。人形遣いというのは人形を作るのに結構な量の字力が必要と言われている。しかも複数体作るならその何倍もの字力がいるだろう。それに加え人形を二体同時に操る操作力に更に人形も強化できる、か。『漢字』を使いはじめて一ヶ月以内でここまで出来る奴は中々いない。中学時代に訓練を受けたという情報は無かったのだがな。藤堂、実はお前こっちに来る前から家で『漢字』を使ってたんじゃないか?」
目を細めて疑いの目を向けてくる木下先生。
流石に特に訓練を受けたことがない高校一年がこれだけ『漢字』が使えたら、そりゃ疑われるか。
「実は、その、家でちょっとは、使ってました」
俺が正直に話すと木下先生も納得したようにそうか、と頷いた。
嘘は言ってないよな嘘は。家で『漢字』を使っていたのは事実だし。
そして新たな生徒が入ってくるのを待ってから、また試合が始まる。
今度の相手は氷を使う女子生徒だ。飛んで来る多数の氷弾を盾で防ぎながら女生徒に向かって盾ごと僕人形に体当たりさせる。女生徒は吹き飛ばされるが、まだ場内だ。
やっぱり模擬戦は楽しいな。
実戦だと余力を残しつつも短時間で倒さなきゃいけないから遊びが出来ない。でも模擬戦ならいろんなことが試せるから楽しいんだよな。今も木人形にメイスによる攻撃以外にも足や肘、肩を作った攻撃を思いつく度に試したりしている。
こんな風に、人形の事を色々試しながら今日の授業は過ぎていったのであった。
―――――
半ドンで学校が終わり、ファミレスで昼食を取った俺、桐華、彰、マリエッタ『漢字』の練習をするために練習場で練習にいた。軽く準備運動をしながら桐華が口を開く。
「彰も身体強化が出来るようになった事だし、今日から模擬戦に参加できるわね」
「おう、やっと俺も模擬戦が出来るぜ」
彰は嬉しそうに答える。
「それでね、私昨日考えたのよ」
「何を考えたんだ?」
「それは当然アデル達との練習試合をまでの全員の目標よっ!」
俺の問いに自信満々に答える桐華。
「目標、ですか?」
「そうよっ!」
マリエッタが怪訝そうに聞くが桐華は意気揚々と答える。
「で、俺達の目標ってどんな内容なんだ?」
彰はどんな内容か気になるようだ。
「急かさない急かさない、今から説明するから」
そう言って一呼吸置くと桐華は口を開いた。
「まず彰よ。彰は戦い方を覚える事、それと身体強化した上で『漢字』を使って戦える時間を延ばす事ね」
桐華の話をうんうんと頷きながら聞く彰。
彰は『漢字』関連の知識は授業で習った事以外ほとんど無いので、自分が強くなれる事に関しては真面目に聞いているようだ。
「次に剣斗ね。剣斗は操る二体の人形をもっと上手に操れるようになる事と、人形遣い自身である剣斗が狙われないようにする事と狙われた時どうするかを考える事ね」
なるほど。俺の目標はやっぱりそうなるよな。
普通だったら痛みも感じず倒しても復活される人形を相手に真正面から戦わないで、直接人形を操ってる人形遣いを叩くよな。
それ故に自分の身をどうやって守るかが俺達人形遣いには求められるのだろう。前世ではバリバリの近接系の『漢字保有者』だったので近接戦闘では負けるつもりは無いが、ついこの前までただの中学生だった俺がいきなりこんなに近接戦闘が強くなってもおかしいだろうし。
それに何より身体がついて行かないと思うんだよな。ある程度鍛えないと、戦い方は身体が覚えていても身体が持たない。
「まぁそうなるだろうな」
「次はマリエッタね。一番いいのは『矢』の『漢字』が使えるようになることだけど、流石にそれは無理だから次点で『弩』を使った接近戦が出来るようになることね」
桐華の話を聞いていたマリエッタは一瞬なんともいえない苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐにいつも通りのちょっとオドオドした感じに戻っていた。
「『弩』で接近戦ですか......」
マリエッタはちょっと困り顔だ。
「そうよ。『矢』が打てない以上、『弩』で直接攻撃するしか方法が無いわけだし。それにいざって時の為に接近戦を覚えておいても損は無いと思うわよ」
「......確かにそうですね」
桐華の説明に納得するマリエッタ。
「そういや桐華はどんな目標なんだ?」
マリエッタへの説明が終わった後に彰がふと思った事を桐華に聞いた。
「私?私は相手が複数だった場合の戦い方の特訓が目標ね」
「つまり一対多数の戦い方ってことか?」
「そういうことね。だから剣斗には協力してもらうわよ」
「おう、まかせとけ」
こうして俺達は新たな目標を手に練習を始めるのであった。