十九話 一年生最強の少女。
久々の更新です。
試合場から少し離れたところで観戦していると隣にいたアデルが話しかけてきた。
「ねぇ剣斗、一年で最強と噂される生徒を知ってるかい?」
アデルは今日の練習試合で二戦して二勝しているのだが、本人はそれに驕らずむしろ謙遜していた。ちなみに桐華も二戦二勝していたのだがアデルとは逆に物凄く得意げな顔だった。
「いや知らないけど。何の話?」
アクアは試合、桐華はトイレで今俺の横にいるのはアデルしかいない。
「まだ噂はそんなに広まってないけどね、今年の一年生で最強の生徒がいるのさ」
「なんで広まってない噂をお前が知っているのかっていうのと、どうしてソイツが最強か分かるのかって疑問があるんだが」
というかお前、そういう噂話好きだったんだな。
「僕がその噂を知ってる理由は僕達留学生から出た話だからかな」
お前等が発端だったんかい。ツッコむと話の流れを切りそうなので、心の中に留めておくとして。
「もう一つは、僕達の様に高校入学前から『漢字』の訓練をしている人はね。同年代の『漢字保有者』の情報も入ってくるんだ。そこで強いと有名だったのが彼女さ」
アデルが視線を複数の生徒が集まっている所に向けるので俺も続けてそちらを向く。
「彼女って事は女?」
「そうさ、あそこにいるだろ?くすんだ金髪のアメリカ人さ」
俺の視線の先には五人ぐらいの生徒がいるが、その中でもくすんだ金髪の女子は一人だけだ。恐らく同じクラスだろう生徒と楽しそうに談笑してる彼女は白人特有の白い肌にくすんだ金髪。スレンダーな体型に顔立ちも可愛らしく整っている。
「そんなに強いのか?俺には強そうには見えないけど」
楽しそうに笑っている彼女は普通のアメリカ人の少女に見える。
「彼女の名前はキャサリン・ウィリアムズ。USAからの留学生だよ。彼女の主漢字は『眼』で魔眼使いなのさ」
「魔眼使い?」
俺は聞き覚えが無い言葉なので聞き返す。
「魔眼使いっていうのはね。簡単に言うと主漢字が『目』や『眼』で、更にその次の漢字が術系の『漢字』を持った人だね」
「なるほど」
魔眼使いという言葉ははじめて聞いた。これもここ十五年で出来た言葉なのだろう。だが目系の『漢字保有者』の知識はある程度はある。
まず目系の『漢字保有者』は三種類いる。
一つが、目系の『漢字』を主漢字とした上で『遠』、『夜』、『熱』などが発現することで探知系と呼ばれる種類だ。
二つが、目系の『漢字』を主漢字とした上で『火』、『氷』、『土』などの術系の『漢字』が発現することで今現在は魔眼使いと呼ばれる種類。
三つが、その他だ。主漢字が目系なのだが、探知系になれる『漢字』が発現しなかったり、術系の『漢字』が発現しなかったりするパターンだ。
ちなみに魔眼使いは相手にするとかなり厄介なのでできれば戦いたくないぐらいだ。
「それで彼女が強いって話題になった出来事があってね。それが――」
「二組の藤堂君だよね。あっちの試合場で次試合だってさ。早く行ったほうがいいよ」
アデルの言葉を遮るように男子生徒が話しかけてくる。体操着の名前を見るに六組の北条というらしいが当然面識は無い。
「すまんアデル。話の続きは試合の後でいいか?」
「そうだね、試合なら仕方が無いよ。剣斗の前の試合は今終わったみたいだから早く行ったほうがいいよ」
「おう」
そう言って小走りで試合場に入ると、俺の対戦相手の生徒も入ってきた。
「おいおい、マジか」
俺の対戦相手はついさっきまでアデルと話で話題に上っていたキャサリン・ウィリアムズだった。ショートカットのくすんだ金髪に碧眼。細い手足に体操着の上からでも分かるほっそりとした身体。顔立ちは可愛く整っていて、高校一年にしてはすこし幼いように思える。
「何キミ、私の事をジロジロ見ちゃって」
「い、いや。今さっきアンタが強いって話聞いてさ」
まさか貴方の肢体を凝視してましたとは言えず、とっさに嘘を言う。
「ああ、あの一年で誰が一番強いかって話?」
「たぶんそれかな」
俺がそう言うと彼女は得意げな顔になり鼻をフフン、と鳴らした。
「まぁ私はかなり強いからね。ちょっとは手加減してあげよっか?」
「いや大丈夫だ。俺も強くなりたいからな、手加減されると困る」
「へぇ、キミは自信あるんだ。でも私の方が強いんだからね」
俺とキャサリンが話していると審判の木下先生が口を挟んできた。
「何時まで話している気だお前達。さっさと始めるぞ、開始位置に着け」
木下先生はそう言うと審判の位置に戻ったので俺とキャサリンも無言で開始位置に着く。
「試合始めっ!」
試合開始の声と共に俺は木人形を作り出した。木人形は俺の目の前にキャサリンの視線を俺から遮るように配置する。
「へぇ、人形遣いか。ならそうするよね。それなら私はっと」
キャサリンは楽しそうな口調だ。その瞬間木人形が勢い欲燃え上がる。
「くっ」
俺がすぐさま跳び下がると再度木人形を作り出して壁にする。
最悪だ、よりにもよって火系の『漢字』とは。
魔眼使いの攻撃範囲は自分の視界内全てだ。具体的には今自分が見ている場所に対して攻撃することが出来る。
キャサリンみたいに火系の『漢字』ならばその場所を燃やす事ができるだ。これが魔眼使いが厄介と言われる所以だ。
敵を視界内に収めれば確実に攻撃が当るのだから。それこそ防ぐには障害物で身を隠したり、煙幕等で相手の目を防ぐしかない。
俺は作り出しだ木人形にタワーシールドを持たせる。このタワーシールドは昨日武士人形の和風タワーシールドを作るのに参考にした物だ。
これでキャサリンの視線から木人形の身体が守れるので少しは耐久性が上がるはずだ。更に木人形を字力でしっかり強化していく。
魔眼使いの攻撃も元は字力による攻撃なので、それを防ぐには字力が一番というわけだ。始めに燃やされた木人形が燃え尽きるとキャサリンは既に新しく木人形を作っていた俺を賞賛する。
「やるねぇ!」
チラッと木人形のタワーシールドからキャサリンを覗いた瞬間、彼女の瞳が焔色に輝いた。そして木人形のタワーシールドが燃え始めるが、今回はちゃんと強化してあるので盾は耐えている。
このままずっと木人形に守ってもらっていてもキャサリンを倒せるわけじゃない。あまり見せたくは無かったけど、仕方ないか。
俺の目の前にいる木人形の左右に新たな木人形を二体作り出す。新たな木人形は右手の先がメイスで左手の先がタワーシールドだ。
こちらも武士人形の装備を作るのに参考にした、先端にトゲトゲ鉄球になっているメイスだ。
それを見たキャサリンが歓声を上げる。
「やるね!すごいじゃん!」
「行けっ!阿吽形!」
字力で強化した木人形二体をキャサリンに向けて盾で突撃させる。最優先はキャサリンの視線を俺に向けさせるのを止めさせる事だ。
阿形をキャサリンの視線を俺から遮るように正面から、吽形を左側面から行かせた。
正面の阿形の盾が破損しているのが感じられるのでキャサリンが炎を使ったのだろう。
「硬いっ!サイアク!」
字力で強化した木人形を炎で倒せなかったようでキャサリンは右に跳んで阿吽形の突撃を回避した。
俺はキャサリンの視界内に入らないように二体目に作り出した木人形の後ろに隠れつつ顔だけ出して阿吽形に命令を出す。
人形を同時に使えるのは二体までだけど、人形を出して盾にするだけならば同時に使っている内に入らないのは利点だ。
阿形は俺がキャサリンの視界内に入らないように攻めさせて、吽形はキャサリンの逃げ道を塞ぐように攻めさせる。阿吽形の戦い方は簡単だ、巨大なタワーシールドをキャサリンにぶつけるように突撃させてるだけだ。
俺としても二体同時でそこまで複雑な攻撃は出来ないので、これは楽でいい。
キャサリンはどうにか俺を視界に入れようと動くが、阿吽形に邪魔をされて動きたい場所に動けないようだ。
そんな攻防を何度か繰り返すと不意にキャサリンが立ち止まる。その事に一瞬疑問を覚えるが、そのまま阿吽形の盾で挟むようにキャサリンを押しつぶす。
いや、阿吽形が押しつぶそうとした瞬間、阿吽形の動きが止まった。
「なっ」
どういうことだ!?
俺は押しつぶせと命令しているのに、阿吽形は動かない。動かない阿形をよく見てみると、全身が凍り付いていた。
「いやーまさか私が同い年にこれを使わされるなんて、思ってもみなかったよー。やっぱり日本には強い『漢字保有者』がいるねぇ」
のんきな声で話しながら凍り付いて動けない阿吽形の横を平然と歩いて俺のところに向かってくるキャサリン。
油断した。
炎系の『漢字』だけじゃなくて氷系の『漢字』まで持っていたのか。その年齢でもう三つの『漢字』が発現しているとか、どんな才能だよ。
足元が凍りついた阿吽形の維持を止めて無に還すと、新たに阿吽業を作り出してキャサリンに突撃させる。
「ふふっ!もうそれは効かないよ!」
キャサリンは阿吽形を一瞬にして凍りつけると、そのまま俺の盾になっている木人形も凍りつかせた。
字力で強化している木人形を凍らせることができるって事は今までの炎も手を抜いていたって事かよ。
舐められたもんだ、と舌打ちをするが状況は変わらない。
俺が今出来る最大の人形の強化をしても凍らされるんだから手の打ちようがないのだ。だが、そのピンチにちょっと燃えてくる俺がいる。
どうすればいい。
どうすればキャサリンを倒せる。
人形を作り出しても、すぐにキャサリンに凍らされてしまう。
ならばどうすればいい?
いや、待てよアレならいけるか。
魔眼使いの弱点を利用した攻撃だ。だが、それをするには一つ問題がある。そんなことができるのか?賭けになるが、やってみるしかない。
木人形の後ろに隠れている俺はキャサリンの足音が俺に近づいてくるのを聞きながらタイミングを計る。
「突撃しろ!阿吽形!」
ある程度近づいたところで、木人形を二体作り出してキャサリンに突撃させる。それと同時に俺は木人形の後ろから出てキャサリンと相対する。
ここからは速さと運との勝負だ。
キャサリン立ち止まり俺と阿吽形どちらを先に叩くか一瞬迷った後、阿吽形を先に凍りつかせた。
それと同時に俺は阿吽形が凍りつく、その一瞬を利用して最後の一手を行う。
最後の一手が成功すると思われた、その瞬間俺の両膝から下が凍りついていた。
「そこまで!」
木下先生の鋭い一言で俺とキャサリンは自身の『漢字』を止めた。キャサリンは花が咲いたような笑顔で俺に話しかけてくる。
「キミも結構強いんだね。まさか『凍』の『漢字』まで使わされるとは思わなかったよ。でもやっぱり三つ目を使った私の方が強いでしょ?」
そんな自分の強さを自慢げに話すキャサリンを顔を引きつらせたのは木下先生の一言だった。
「何を言っているんだウィリアムズ、勝敗は引き分けだぞ」
「え?何を言ってるんですか?脚を凍らせて戦闘不能にしたから私の勝利じゃないんですか?」
キャサリンが不可解そうな顔で俺の脚を指差して木下先生に説明してる。
「それもそうだが、それだけじゃない。ウィリアムズ後ろを見てみろ」
一瞬何を言われたか分からなかったキャサリンが後ろを振り向くと、そこにはメイスを振り下ろしかけている状態で止まっている俺の木人形があった。
「え、何これ?」
キャサリンは唖然とした表情だ。
そうなのだ、これが俺の最後の一手。
簡単に言えば相手の後ろに人形を作ってメイスを振り下ろす事。これは俺が人形をどこまでの範囲で作り出せるかが最大の賭けだった。
だが、成功してしまえばこのとおりだ。相手の後ろに立っているだけなので足音はしないし、攻撃もメイスを振り下ろすだけなので風を切る音ぐらいしかしない。
それに動かすのもメイスを振り下ろすだけなので阿吽形に命令しながらでも命令できる。これが普通の武具系の『漢字保有者』だったらば、常に動いている筈なので絶対に当るわけがない。今回もキャサリンが阿吽形を凍らせるために一旦立ち止まったのを利用した形だ。
「分かったか?それが引き分けの理由だ」
「い、いつの間に。こんなのがあるなら、気づかないはず無いのに」
「先程お前が目の前の二体の人形を凍らせた時だな、その一瞬で作っていたな。理由が分かったらさっさと試合場から出ろ、次の試合があるんだ」
そう言って俺達は試合場から出されると、キャサリンが話しかけてきた。
「私はキャサリン・ウィリアムズ。キミは?」
「俺は藤堂剣斗だ」
「同い年で引き分けにされたのは初めてだよ!ケントって強いんだね!」
「俺も驚いたぜ。もう『漢字』が三つ発現してるなんてな。」
「これでも結構努力してるからね!ケント次は私が勝つんだからねっ!」
それだけ言うとササッと走り去ってしまうキャサリン。
キャサリンの立ち去った方を少し見てから、俺は先程までアデルと話していたところにまで戻ったのであった。