十五話 模擬戦(桐華対アデル)
「あぁ、そういえば一人パーティに誘ったから」
午後の実技の授業も昨日と同じく字力による身体強化の練習だったので、こちらも昨日と同じく三人で集まって身体強化の練習をしながら集まっていた。まぁ、実際に練習してるのは彰だけなんだけどさ。
「は?剣斗、今なんていったの?」
俺の事後報告を聞いた桐華が寝耳に水といった顔だ。
「だから、事後報告だけど一人パーティに誘ったから。名前はマリエッタ。『漢字』は『弩』だな」
彰と桐華に、マリエッタを誘った経緯とか理由を説明する。
「なるほどね。それなら賛成ね。ちょうど遠距離火力だし、身体強化が出来るならある程度字力を使えるってことでもあるしね。でも次からはちゃんと誘う前に一言言いなさいよ」
「俺は賛成だぜ。遠距離は必要だって言ってたしな」
二人共賛成してくれて良かった、が桐華にはやっぱり苦言を呈された。
「それでいつ顔合わせする?俺としては放課後の自主練の時がいいかなって思うんだけど」
「そうね。クラスが違う以上、その時ぐらいしかタイミングが合わないしね」
「そうだな。それで日にちは何時にするんだ?今日?明日?」
「出来れば今日がいいと思うんだけど、そこはマリエッタの予定次第だな」
「じゃあ、そういうことにしましょうか。剣斗連絡は任せたわよ」
「あいよ」
彰と桐華と打ち合わせしてると、後ろから声を掛けてくる人が一人。
「おい竜胆」
相手は髪をバレッタで纏めた気の強そうな担任の教師の木下心だ。
「なんですか先生?」
「なに、ウチのクラスのホーガンも身体強化が出来るようになってな、それで他の生徒に身体強化が出来るとこういう動きが出来るという手本が見せたいのだ。ちょっとホーガンと手合わせをしてくれないか?」
「やります!」
木下先生の頼みに即答の桐華。ちょっと大丈夫かなと思い彰の方を向くと、彰も同じことを思っていたらしくこちに顔を向けていた。
「桐華大丈夫かな?」
「ちょっと駄目だな。昨日アデルに邪険にされたのをまだ根に持ってるみたいだし。これを機会にボコボコにしてやるぐらいの事は思っているだろうな」
ありそうだなぁ、桐華って負けず嫌いだし。チラリとアデルの方を見ると、アデルを含めた五人で固まっていた。
あれが恐らくアデルが昨日言っていた、あいつが集めたパーティなのだろう。男女比も桐華の言っていたとおり、男三人女二人で仲の良さそうに話していた。
まぁアデルは留学生だし、一年以上前から字力の訓練をしてたみたいな感じがする。桐華と模擬戦してくれれば字力の纏い方とか字力量で粗方分かるから、後の楽しみだな。
アデルのパーティの観察をしていると木下先生が桐華と話し終わり、アデルの方へ行った。恐らく模擬線の話をしているのだろう。
すこしすると木下先生がアデルを引き連れて戻ってきた。どうやらアデルも模擬戦の相手を引き受けたようだ。
「よろしく、竜胆さん」
アデルからスッと紳士的に手を差し出す。
「ええ、よろしく」
桐華も笑顔でアデルの手を握り返すが、絶対この笑顔はアデルと戦える事への笑顔だよな。
木下先生の号令で模擬戦をする準備はすぐに整った。身体強化の練習をしていた生徒たちも正直退屈だったらしく、模擬戦と聞いて一目散に集まってきた。
「模擬戦するんだって?」
「あれはうちのクラスの竜胆とアデルだぞ」
「あいつらって、すごいんだなぁ」
どうやら模擬戦は長方形の白線の中でやるらしく、白線の中には桐華とアデル、そして審判の木下先生がいる。白線の外側は観戦する俺達を含めた生徒達だ。
「なぁ剣斗。どっちが勝つと思う?」
最前列で俺の隣にいた彰が勝敗について尋ねてくる。
「うーん、桐華の実力は分かるけど、肝心のアデルの方の実力が分からないからな。でも、アデルも桐華と同じぐらい強いと思うぞ」
「そこまでか」
そう言ってから彰は息を呑んだ。俺と桐華の模擬戦を毎回見てる彰としては、アデルがそこまで戦える事に驚いたのだろう。
桐華とアデルの模擬戦がいつ始まるのか待っていると後ろから話しかけられた。
「ちょっといいか?」
俺に話しかけてきたのはガッチリとした体格で頭を角刈りにした男子生徒あった。
「おう、なんだ?」
確か同じクラスの奴のはずだが、話した事が無いので名前まではわからない。
「俺は西田一樹だ。アデルのパーティメンバーって言えば分かるか?」
あぁ、こいつが桐華が昼休みに話してた『盾』持ちの奴か。
「なるほどな。俺は藤堂剣斗だ、よろしく」
「知ってるよ。ウチのリーダーの誘いを断ったって聞いてさ、どんな奴かと思ったんだ」
お礼参りにでもしにきたのか?
「見ての通り、こんなやつだ」
「まーまー、そう邪険にするなって。アデルと竜胆の模擬戦の話をしに来たんだって」
西田は俺の皮肉を笑ってサラッと流した。
「模擬戦の話?」
「そうそう、アデルと竜胆どっちが強いかなって。藤堂はどっちが勝つと思う?」
「アデルの実力が分からないからなんとも言えないな。恐らくだけど桐華とアデルは同じぐらいの実力があると思うけど」
「つまり、いい模擬戦を繰り広げてくれると?」
「たぶんな」
俺がそう答えたところで彰が口を挟んできた。
「剣斗、西田そろそろ模擬戦が始まるみたいだぞ」
彰の声に俺と西田が試合場の中に振り向くと桐華とアデルが十メートルぐらいの距離を取って相対してるところだった。邪魔にならないように二人から少し離れた木下先生は二人に何か話していた。
それが終わると、俺達に向けて大声で話しかける。
「これから竜胆とホーガンに模擬戦をしてもらう!この二人は既に字力を使った身体能力の強化が出来るので、身体強化をしながら戦ってもらう!字力による身体強化は妖魔との戦いでは基本中の基本だ!これが出来なければ何も出来ないと言ってもいいほど重要な事でもある!この模擬戦を通して、それを覚えて欲しい!では、竜胆!ホーガン!準備はいいな、始めっ!」
木下先生の号令で始まった模擬戦。
桐華が瞬時に『剣』を使って武器であるロングソードを作り出し、自分と武器を字力で強化する。対するアデルも同じように『槍』を使って槍を作り出して、自分と槍を字力で強化する。
アデルが作り出した槍は、穂先が剣状になっているグレイブと呼ばれる武器だ。
準備が終わった両者が武器を構えた。
桐華は先手必勝とばかりに飛びだしたが、アデルは槍のリーチを生かすように間合いを取って戦うようだ。
「やぁっ!」
桐華の威勢のいい声が響き、勢い勇んで斬りかかって行く。その斬撃をアデルはグレイブで難なく防いだ。
「ほぉ、アデルと同じぐらい竜胆も動けるのか」
桐華の動きに純粋に感嘆する西田。
「アデルの方もすげぇな」
逆に彰はアデルの動きに驚いていた。
確かに二人はすごい。身体や武器の強化に結構な量の字力を使っている。このレベルの強化を安定して維持できているだけで二人が結構な量の字力がある証拠だ。この状態を三十分でも維持できるとしたら小型の妖魔なら倒せるぐらいの実力はあるだろう。
俺が考え事をしている間にも二人の戦いは続く。
戦いは中盤になり、桐華は早い脚と絶え間ない攻撃でアデルのグレイブの間合いに入ろうと。アデルは槍の特性を生かして間合いを取りつつ、鋭い突きや払いで桐華を迎撃していた。
「あの戦いを見て、藤堂はどう思う?」
西田に話を振られたので俺が今考えている事を正直に話す。
「桐華が剣の使い方が上手いのは知ってたけど、アデルも槍があそこまで上手いとはな。あの槍さばき、相当練習したんじゃないか?」
アデルの槍さばきは、素人特有のおっかなびっくりという感じが無く、誰が見ても槍を学んだ事があると思わせる動きだった。
「確かに、桐華も凄いけどアデルも引けをとってないな」
「だな」
彰がぼやくように言うと西田も同意した。模擬戦もようやく後半になったようで二人の状況が変わってきた。具体的に言えばアデルが攻めに転じるようになってきたのだ。
これまでアデルは守り主体の戦い方で桐華の斬撃を防いだり、カウンターを狙っての一撃しか槍を振るっていなかった。
それが、後半になってきての攻め。後半になり焦って攻めに転じてきたか、それとも桐華の攻撃を読みきったから攻めに転じてきたのか。
どちらなのか。
正直に言えば桐華の攻撃は単純だ。真正面からの攻撃が主体で、隙を突く、フェイントを使うなどの攻撃はしてこない。だが、それを補って余りあるのが彼女の強化された高い身体能力から繰り出される、正確で鋭い斬撃と彼女の速い脚だ。
桐華が意識的にやってるのか、それとも無意識にやっているのかは知らないが、桐華の身体強化は脚だけが他の身体の部位に比べて異様ほど強く強化されている。脚の強化された桐華は間違いなくアデルでも追いつけないほど早く動ける。だからこそ、アデルは今まで守り主体で戦ってきたのだ。
俺の視線の先にある、白線の楕円の中では桐華がアデルの槍を突きをかわして間合いの中に入り込む。勝った!と、確信した桐華がアデルにロングソードを振り下ろそうとした――
「おっ!」
「あっ!」
彰のこれで勝ったという歓声と西田のこれで終わりかという悲痛な叫びが二人の口からこぼれ出る。
――振り下ろそうとした桐華は脇腹にアデルの槍の一撃を食らった。
「そこまでっ!勝者アデルッ!」
アデルが桐華に一撃を入れたのを確認した木下先生がすかさず審判を下す。
「へ?どうなってるんだ?」
「アデルの槍をかわしたはずなのに、なんで桐華に槍が当ってるんだ?」
西田と彰の声を皮切りに周りの生徒達にも疑問の声が広がっていく。
「最後、竜胆が斬ったはずだろ?」「どうなってるんだ?」「何が起こったんだ?」「やべぇ、ちょうどまばたきしてて、見て無かったわ」
脇腹に一撃を貰った桐華も自分が攻撃されたのは分かるのだが、何故、どうやって攻撃されたかは分からないようだ。この中で今の最後の一撃が分かるのは一撃を放った本人であるアデルと審判をしていた木下先生、後は俺を含めた生徒数名ぐらいか。
「藤堂分かるか?」
西田が聞いてきたので俺の事ではないので素直に教える。
「アデルの槍を見てみろ。短くなってないか?」
「確かに短くなってるな」
「あ、本当だ」
俺の指摘に二人も気づいたみたいだ。
「とっさに槍を短くして、それで桐華を攻撃したんじゃないか?」
「正解だよ」
俺の解答に、こちらに近寄っていたアデルが正解をくれる。
「間合いに入られたらグレイブの長さを短くして対応する、僕の隠し玉の一つだったんだけどね。まさか、こんなところで使わされるとは思わなかったよ」
ハハハ、と乾いた笑いを見せるアデル。
「桐華、大丈夫か?」
アデルの後ろから来ていて桐華に声を掛ける。
「ちゃんと身体強化してたから、大丈夫よ。それにお互いに刃は潰してたからね」
試合前に何か話してるように見えたけど、あらかじめ刃を潰す話をしていたのか。
「お前等見ていたか?これが『漢字保有者』同士の戦い方だ。身体強化していれば攻撃を受けてもある程度までは防いでくれる。これから実技で模擬戦をしていく以上、身体強化が使えなければ話にならん。さぁ、身体強化の重要さが分かったのなら一日でも早く身体強化を覚える事だ!」
木下先生が今の模擬戦の意味を説いてくれる。その後の生徒達の大半はやる気に満ち溢れていたという。