最期の戦い。
始めまして不思議の森です。
この話はなろうの他の作品を読み、触発され書いた作品です。
なにせ初めて書いたもので誤字脱字を含め、至らぬ点ばかりでしょうが読んで頂けるなら私としても嬉しいです。
あ、でも誹謗中傷だけはやめてネ。
私のガラスハートが砕け散るから。
雨が降りしきる中、俺はある男と対峙していた。
目の前の男は黒の革靴に黒のスーツ、黒のロングコートと黒ずくめの格好だが、ロングコートはこれまでの戦闘の影響でいたるところが損傷していた。それはこちらも同じだった。俺は元々Tシャツにジーンズというラフな格好だったのだが、これまでの戦闘の余波でシャツは消し飛んで今は上半身半裸だ。
それに今では俺達二人の周りは開けていて戦いの場に相応しいが、この場は初めから開けていたのではない。元々は人里から離れた鬱蒼とした森で戦っていたのだが、俺達二人の戦闘の余波で周りが開けてしまったのだ。
「なぁ、やっぱりこっち側に来ないか?」
黒スーツの男はそう言うが、俺の答えは既に決まっていた。
「それは俺の台詞だ。お前こそ、そんなことは止めて前みたいに一緒にバカやろうぜ」
俺がそう返すと黒スーツの男は、その答えが返ってくるのを予想していたか、少し口元を歪めた。
「やっぱりか、なら後はヤりあうだけだな」
「そうだな」
最後の問答は終わった。ここからは拳で決着をつけるしかない。その結果でどちらかが死のうとも。
「行くぞ!」
「来い!」
俺は掛け声と共に『拳』と『輪』の『漢字』を発動させる。『漢字』の発動に呼応して左胸にある『漢字刻印』が眩い光を放つ。
黒スーツの男も『剣』の『漢字』を発動させ、右手に剣を召喚した。召喚したのは飾り気の無い量産品の様な見た目の所謂ロングソードと言われる分類の剣だった。
俺の『拳』の『漢字』は単純に拳を強化するだけだが、アイツの『剣』の『漢字』は剣を召喚するものだ。ただの拳なら剣には勝てないけど、強化された拳ならば剣とも渡り合える。
「はぁぁっ!」
俺の掛け声と共に繰り出した拳が、あいつが打ち下ろした剣を弾く。そのままもう片方の拳で本体を狙うが、アイツが後ろに下がって回避したので拳はロングコートを掠っただけだ。
だが、アイツの後ろに回りこませた『輪』の『漢字』を使って作った四つの円月輪がほぼ同時にあいつに襲い掛かる。
「俺が分からないとでも思ったか?」
その円月輪もすべてアイツが放った『雷』の『漢字』の雷撃によって防がれてしまう。
「そんなこと分かってるさ」
俺は『雷』の発動の隙に一気に近づいて殴りかかる。
このまま剣の間合いの内側で殴り続けるっ!
アイツもその事に気づいたのか逃げようとするが、再度『輪』を使い円月輪を出し、逃げ場を塞ぐ。その間もずっと拳で俺は殴り続ける。
円月輪を空中で待機させてアイツが逃げようとするたびに逃げ道を塞ぐように動かす。こんな真似が出来るのは俺の持つ『漢字』の一つ『操』の能力があったからだ。『拳』が拳を強化したり、『輪』が円月輪を作り出す能力ならば『操』は文字通り何かを操る能力だった。操れるのは自分の『漢字』の能力だけだが、それでもこの『漢字』で命拾いしたことは多かった。
「ぐっ!いい加減にしろ!」
埒が明かないと思ったのかアイツは『雷』を全方位に撒き散らした。俺が体が痺れて、一瞬止まった隙に後ろに下がられてしまう。
「チッ!」
舌打ちして痺れた体を治すために『生』の『漢字』を発動させる。『生』は俺が開放している七つの『漢字』の中で、最初に開放された『漢字』だ。能力は負傷時の高速回復、そして生命力の底上げだ。『生』のおかげで並大抵の事では負傷しないし、負傷したとしてもすぐ治ってしまうのだ。『生』の『漢字』が無かったら死んでいた戦いも多いだろう。発動した『生』は『雷』で痺れた体をすぐさま治した。
「相変わらず不死身な体してるな、お前」
「わりぃかよ」
「いいや、そうこなくっちゃ俺も本気出せないしな。『鬼』化ァ!」
そう言って暗い笑みで笑うとアイツから途轍もない力があふれ出した。服の下にある漢字刻印が眩い光を発しているせいか服の内側から光があふれ出している。
「なんだ、それは」
だがアイツの姿にこそ変わりないが、アイツがアイツじゃなくなったような気がする。人を止めて別の生き物になったかのようだ、禍々しいとすら思えてくる。
「あぁ、これか?すごいだろ『鬼』の『漢字』だぜ」
「嘘だろ?」
「ホントだって、本番で使うのは初めてだけどな。それに牙だって角だって生えてるんだぜ」
頭に生えた二本の角や牙の様に尖った犬歯を俺に見せてくる。
「さぁこれからが本番だ」
アイツが剣を一振りするとロングソードが刀身が二メートルはありそうな大剣に変化した。そして、そのまま俺に斬り付けてくる。
「つっ!」
拳を刀身に打ち付けて弾こうとするが、あまりの威力に太刀筋を逸らすので精一杯になってしまう。手数はこっちが拳だから圧倒的に多いはずなのに大剣の間合いの中に入り込めない。円月輪は、ばら撒いて死角や背後から攻撃する度に『雷』の全方位放電で打ち落とされてしまう。
ちっ、しかたがない。
アレをやるか。
俺は一旦下がって大剣の間合いから大きく離れると漢字刻印がある左胸に力を込めた。
「俺に力を貸せぇ!『狂』化!」
『狂』の『漢字』を発動させると全身に力が漲ってくる。
「へぇ、それがお前の『狂』化か、俺も欲しいな」
新しいおもちゃも見た子供のような笑みを浮かべるアイツ。
「ぐっ」
俺は段々と流れ込んでくる力に体が悲鳴を上げる。『狂』の能力は使用者に多大な力を与えてくれるが、精神や肉体に多大な悪影響を与えるというものだ。文字通り使用者を狂戦士にする『漢字』だ。
一度でも使えば精神が狂って肉体が力の限界に達するまで暴れ尽し、限界に達したら体が崩壊して死んでしまう。だが、それは普通に使えばの話だ。精神の汚染を『操』の『漢字』で出来るだけ影響を抑えて、肉体の影響は『生』の『漢字』で肉体の限界を超えて崩壊していくそばから体を回復させていくという荒業でどうにか死ぬことだけは回避できるのだ。
どうにか『操』と『生』で『狂』を押さえつけながら、鬼人と化したアイツに向かって突っ込んでいく。これを使うと、どうも思考というか性格が攻撃的になるのだが、それは仕方が無い。『狂』を使って発狂しないなら多少攻撃的になるぐらいなら安いもんだ。それに今は都合がいい、ごちゃごちゃ考えていたことが頭の隅に追いやられて目の前のアイツを殺すことだけに集中できるのだから。特に何も考えなくても体が自由に動いてくれる、いやむしろ何も考えないほうが体は最高のパフォーマンスを発揮してくれるだろう。
そう、このまま本能のまま戦えばいいのだ。
「うらぁぁぁあ」
『拳』発動させて右拳に力を貯めて、そのまま殴る。俺の繰り出した拳とアイツの振り下ろした大剣がぶつかり合う。今度は押し負けることなく弾き返した。
アイツの顔に焦りが浮かび、『雷』による全方位放電を放つが今の俺には痛くも痒くも無い。そのまま左拳でガラ空きの脇腹を殴る。
「ぐぅっ!」
アイツの口からうめき声と共に酸素がこぼれるが俺にはそんなことは関係ない、このまま殴れるだけ殴り続けるだけだ。再度左拳で殴ろうとすると腹に衝撃が走り十メートルほど吹き飛ばされた。
なんだ?なるほど、そういうことか。
良く見ると右膝が持ち上がっていた、どうやら膝蹴りを腹に当てられたようだ。俺が体勢を立て直したのを確認してから切り込んでくるアイツ。大剣の袈裟切りを直感で避けつつ拳を入れようとするが、すぐさま横薙ぎの一撃が襲ってくるので屈んで回避。
屈んだままの状態で足に一撃入れつつすれ違おうとするが、鬼化しているためか対したダメージが入っているようには思えない。どうやらアイツも本気のようだ。すれ違った後に前腕をバネのように跳ね上げつつ飛び起きる。
アイツのことだダメージが無いなら油断している事だろう、なら油断している今のうちに本気で一撃入れる!
『狂』を意識的に左拳に集中させると『狂』化の影響で筋肉がブチブチが断裂していく音が聞こえるが、『生』を意識的に集中させて治していく。拳を握りなおし再度攻撃を行う。
先ほどと同じようにアイツの大剣が振り下ろされるが今度は右拳で弾くのではなく、手の平で掴むように受け止める。
「肉を切らせてぇ――」
刃が手首の所にまで食い込むが、その隙に拳をアイツの胸に入れる。
「――骨を穿つ!」
俺の渾身の一撃を受けたアイツは物凄い音をたてて、そのまま何十メートルも吹っ飛んでいく。拳が入った時の感触は十分あった。
斬られた手首を『生』で重点的に治していると、アイツが立ち上がった。
「相変わらずのいい拳だなぁ。結構痛かったぜぇ」
「その割には大して効いてないように見えるけどな」
俺の拳が入った胸部は凹んでいたが、ほとんど効いてないようだ。
「いやいやァ、痛かったぜ?俺も楽しくなってくる程度には、よォォオ!」
地面蹴ってロケットの様に飛び出したアイツは一直線に俺に向かって突っ込んでくる。一瞬で俺の前まで来ると両手に持った二つの大剣を振り下ろした。
くっ。
ドゴッ!
俺が後ろに飛びのくと、先程まで俺がいた場所は大穴が開いていた。
こりゃあやべぇな。
アイツは『鬼』化の『漢字』の力を強めたのだろう、先程よりも力と速さが段違いになっていた。アイツの猛攻を俺は薄皮一枚で食らいつつも回避する。重症でなきゃ『生』で一瞬で治るという効果を使った荒業だ。
縦横無尽に繰り出される剣戟を凌ぎながら俺は思った。
さっきよりも剣技に冴えが無い?
もしかすると『鬼』は俺の『狂』みたいに強化比率を上げれば上げるほど意識が攻撃的になるタイプなのかもしれない。
なら、俺もそれに対抗するには『狂』の強化比率を上げて対抗するしかないか。
「うぉォオオオオオッ!!」
『狂』化が強すぎて『操』でも抑えきれない精神が更に攻撃的になっていくのを感じる。それによって全身の筋肉も膨れ上がっていく。
俺の膨れ上がった両腕とアイツの両手に持った二つの大剣が交わる度に鈍い音が周囲に響き渡る。
「ガァアアッ!!」
もう俺の口からは獣のような咆哮しか漏れないが、それでアイツを倒せれば構わない。時折打ち合っている腕から引きちぎれるような音が聞こえるが、そんなことに意識を割けないぐらい俺は気分が高揚していた。
あぁ、楽しい。
拳で殴るのが楽しい。剣と打ち合うのが楽しい。一瞬も気を抜けない攻防が楽しい。何も考えずに気の赴くままに殴るのが楽しい。剣を紙一重で避けるのが楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。
あぁ、楽しい。
やっぱり戦いは楽しい。
『狂』化の副作用で引き裂くような痛みも、避けきれなくて命中する大剣の痛みも快楽に変えて戦いの原動力になっていく。
「アアァァアアアアアア!」
「うおおおおおっ!」
俺とアイツの瞳に最早理性は無く、例えるなら台風のようなものだ。そこにあるだけで被害を撒き散らす災害、通り過ぎるのをジッと待つしかない。ただ台風と違うのは中心が一番強いということか。
互いにもう細かい駆け引きや戦術とは無縁であり、この後の事は何も考えていない。否、考える思考すら残っていないというべきか。
ただただ、攻撃しあう。後はどちらが先に倒れるか。これはそういう勝負だ。
大剣で斬られる痛みが全身の感覚を研ぎ澄ませてくれる。
もっと!もっとだ!
強く、早く、本能の赴くままに!
敵を潰せっ!
―――――――
いつしか雨は止み、周囲には虫一匹すら居ない森だった場所に俺達はいた。
最早二人共立つ気力すらなく、互いに仰向けで横になっている。
「アァ...お前が、こんなに......強かった...とはなァ」
「そりゃ...なぁ、『狂』...まで、使って......勝てなかったら...情けねぇ、よ」
俺は見るまでもなく虫の息だ左腕は既に無く、右腕は肘の半ばから手先の方まで裂けているし、両脚も立てないほどにボロボロだ。途中で腱やら骨やらが色々やられたのだろう。胴体も胴体でいくつか穴が空いているし、肋骨が何本も肺に刺さっている。
呼吸するたびに痛みが走るので満足に呼吸することすらできない。
それに何より『生』が発動しない。もはや『生』が使える体力すら残っていないのだ。
『狂』化が解けたのだって自発的に解いたのではなくて、これ以上維持できなくて勝手に解けたのだしな。だが、それはアイツも同じだろう。
痛む身体を酷使して顔だけあいつの方に向けていれば俺と同じような状態だった。腕は引きちぎったし、脚は膝を壊してやった。内臓も力に任せていくつか破裂させたはずだ。
恐らく俺は死ぬのだろう。だが後悔は無い。
アイツと相打ちなのだ、後悔などあるはずもない。
「結局...お前は...こっちに、来なかった......か」
「アレ......さえ、無ければ......俺も、わから....なかったけど、な」
あぁ、まぶたが重い。そろそろ限界ということか。
「なぁ...眠たく、ないか?」
「奇遇だ、な...俺も......だ」
死ぬ寸前とはこんな感じなのか。
走馬灯も無く、何の感慨も無く、死への恐怖すらない。
何も無い。
「そろ......そろ...限界...だな」
「俺、も...だ」
段々俺とアイツの声もか細くなっていく。
「じゃ、あ...な......親友。おま...え...と......あえて、よか......た、ぜ」
「お......も...だ......ぜ。しん...ゆ...う」
何も無いと思ったが、一つだけあったようだ。互いに殺しあったとはいえ、親友と一緒に死ねるのは幸せなのかもしれないな。
そして俺の意識は眠るように落ちていった。