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鬼にアイジョウ取らる  作者: カズツグ
―100年越しのプロポーズ―
9/27

彼の正体


家に帰ると真っ先に出迎えたのは意外にも唯斗だった。彼は笑顔で二亜に飛びつこうとしたが彼女の背負っている白い少年を見ると足を止めた。

 他の二人は外出しているのだろうか。唯斗以外の足音は一切しない。辺りを見渡しても紫苑と紫星が出迎える気配はなく、現在彼は留守番中だったことを悟った。

「おかえりー!……って何ソレ?」

「……人間。木に頭打ち付けて気絶中だけど」

 そう言って白い少年を唯斗に預けると奥の客間に向かい予備の布団を敷く。そこに仁を寝かせると唯斗は彼に気づいたのか、驚いた様子で二亜を連れて急いで部屋を出た。

 近くにあった二亜の部屋に入ると同時に焦った表情で彼女に問い詰める。

「に、二亜ちゃん、あの男って!」

 二亜も同じ事を話そうとしていたのかいまだに焦っている彼を落ち着かせる。

「……なんでジンが生きてんの⁉︎あの時、確か死んだっ…」

 そこまで言って唯斗は言葉をあわてて飲み込み二亜の表情を伺った。長年の付き合いからだろうか、彼女の僅かな目や口の動きで心境を読み取れるようになった。先程の発言に対してたいした崩れはないがやはりどこか寂しそうな顔をしている。

 しかし、二亜は決して弱い部分を見せない。僅かな表情の崩れがありながらも、彼女はすぐにいつもの顔に戻り唯斗を見据える。

二亜は例えそれがジンであっても同じことをしていただろう。それが、彼女の強さであり弱さでもある。

「僕にもよく分からない。森に行ったら寝てたんだ」

 動揺を隠せないのは二亜も同じようだった。手が僅かに震えていたがそれを隠そうとわざとらしく床に寝転がる。また、唯斗もそれに伴い畳の上で胡坐をかき始めた。

「……でも、ジンとは違う気がする。身長が唯斗よりも高かったし、雰囲気が全然違った」

 声も、顔も、仕草も同じはずなのにどこかが違う。

 やはり彼は別人なのだろうか。

「二亜ちゃん!もしかして"また"ここを出て行かないよね?」

 唯斗が心配の目でこちらを覗いてくる。その目の中には不安の色で溢れていた。

 百年前、二亜はジンと共にこの家を抜け出した。だが、それは僅か一日の逃走劇に過ぎず、他の鬼に見つかってしまい二亜にとって最大の悲劇が生まれた。

「……大丈夫。もう、あんな事は二度と起こさせない」

 もう二度と誰かを傷つけることはしない。自分の軽率な行動がどれほど大きな犠牲を出すかあの時十分に理解した。

 再び決意をした二亜が自らの手をそっと握りしめた。

「あの…」

「!」

 突然の声に振り返ると先程まで気を失っていた仁の姿があった。起きたばかりなのだろう着物ははだけ、髪は乱れている。

「すみません。声が聞こえたので…」

 仁は恐縮しながらも二亜の方へと視線を向ける。

「さっき森であなたを見たとき、どこか懐かしい感じがしたのと一緒に(ばば)(さま)から聞いたある話を思い出したんです」

 そう話しながら仁は遠慮がちに畳に座る。二亜もそれに伴い上体を起こし、唯斗の隣で胡坐をかいた。

 その身長は唯斗と比べてもやはり高い。互いに座っている状態だが唯斗の目線が彼の鼻辺りしかない。一八五センチは軽くあると言っても過言ではないだろう。

「僕、二年前までは凄く小さかったんですよ。それが急に伸びて今は一八八センチあります」

 どうやら彼は二亜の視線に気づいていたらしく、ニコリと微笑んで教えてくれた。

 その笑い方に二亜は不覚にもドキリとする。やはり笑い方はジンにそっくりだ。

「あっ話題が()れてしまいましたね。思い出した話というのは昔、村の長老である婆様が話してくれたことなんです。百年前、ある人間が鬼に殺されたと言うものなんですけど」

「それって…」

 まさか、仁がその話しを振ってくるとは思わなかった。その事に二亜は僅かに眉を動かした。

「百年前、人間に恋をした鬼がいたそうです。その鬼は人間と共に鬼の村を抜け出した。しかし、それに気づいた他の鬼達は二人の後を追い取り囲んだ。追い込まれた鬼は人間との恋に落ちたら最後、死が待っていると知っていたため自分の命惜しさにその人間を殺し、何事もなかったようにした」

「それは違う!」

 話の途中、唯斗は大声を上げて否定した。その顔は怒りを表しており、乱暴に仁の胸倉を掴み自身へ引き寄せた。

「勝手なこと言ってんじゃねぇよ…。何にも知らねぇ人間ごときが……あん時、生きてすらねぇてめぇらがその事を簡単に語るんじゃねぇ!」

「唯斗っやめろ!」

 唯斗の握っている手に力が入り、仁の呼吸はさらに苦しくなる。このままでは危ない。そう思った二亜は慌てて唯斗を引き剥がした。

 暴れる唯斗を押さえていると反対側で咳き込んでいる仁が目に入る。

「…まったく、話は最後まで聞いて下さいよ。…こんなに野蛮な鬼は初めてです」

「んだとてめぇ!」

 唯斗は完全にきれてしまった。今までに彼が怒りを表すことは滅多になかった。どんなことをされても平気だと言って笑っていたが仲間のこととなると唯斗は容赦をしない。彼にとって自分の仲間を(けな)されるのが何よりも屈辱なのだろう。

 今この手を離してしまったら間違いなく唯斗は目の前の人間を殺しにかかる。

 そんな恐怖を抱いたとともに二亜は仁の言った言葉に疑問を抱いた。

「!…お前以前にも鬼に会ったことがあるのか?」

「ええ、ありますよ。そもそもこの話をした婆様は千年以上生きている鬼なんです」

 その言葉に二亜だけでなく、暴れていた唯斗も止まった。

「人間の村の長老が…『鬼』?」

 鬼は基本仲間同士で暮らすものだ。

 それは数少ない種族の身を守るために生まれついた本能的なものからだろう。稀に、人間の中に混ざって生活している鬼がいる事を聞いたことはある。しかし、実際その姿を見た者はいない。

 そのため、仁の言っていることが半信半疑になってしまう。

「はい。婆様にはこめかみにしっかりと角がありますし、両親が幼い頃から姿が変わっていないとも言っていました」

 仁は次々と鬼の特徴を述べていく。

 これで一つ謎が解けた。彼は鬼に慣れているのだ。だから、初めて会った時も彼は驚いた様子は見せなかった。

「それと…婆様が言っていた奇妙な話では、僕は殺された人間の『生まれ変わり』らしいんです。実感はありませんが」

 その事実に二亜と唯斗の思考が止まった。ありえるはずがない、二人はそう思いたかった。しかし、よく考えてみると可能性がない訳ではない。ジンが亡くなってから百年が経っているのだ。転生していてもおかしくない。

 全てを信じる訳ではないがこれで彼がジンにそっくりな説明がつく。

「……お前が『ジン』?」

「名前までは知りませんがおそらくその方です。当たり前ですが僕には前世の記憶がありません。ですが最近、よく夢を見るんです。」

「夢?」

「断片的で曖昧なんですが…夢の中で僕は海岸と森をいつも誰かと一緒に歩いているんですよ。誰だかは分からない。だけどその人は最後にはいつも泣いて僕に謝っているんです。もういいよ、と許してもその人は泣くのを止めてはくれませんでした」

 『海岸』『森』。その言葉で彼は前世の記憶を見ていることが分かった。どちらも二亜とジンがよく行っていた場所なのだ。

 そう考えるときっと彼の夢に出てきた誰かとは自分のことだろう。

 二亜も最近夢を見ていた。海岸と森でいつものようにジンに会っていたが必ず最後自分の手によって彼は殺される。

 やはり、自分たちは何かで繋がっているのだろうか?そんな考えが二亜の頭を過ぎった。

「だから、理由を知りたくて夢に出てきたあの森に来たんです。あそこに行けば何か分かるかなと思ったんですが…」

「案の定、迷って寝ていたというところか?」

「凄いです!」

 どうして分かったんですか?と目を輝かせて聞いてくる仁。

「ジンとの出会いが同じ…?」

 隣にいた唯斗が二亜にだけ聞こえるように呟き二亜もそれに頷いた。

 初めてジンと出会ったとき、彼は森で迷子になっていた。流石に仁のように無防備に寝てはいなかったが、見つけた時興味津々に二亜の事を見続けていた事は今も覚えている。

 全てが百年前を繰り返しているようだ。もし、このまま繰り返すと再びあの悲劇を再現してしまうことになるだろう。

「あっそう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたね。今更ですが僕の名前は仁と言います。」

 よろしく、と言った仁は笑顔で二亜に手を差し出した。

 しかし、二亜には何故手を差し出したのかが理解できず少しの間その手を凝視してしまう。

「あっ分かりませんか?シェイクハンド…日本語では握手と言って挨拶のときにお互いの手を握るんですよ」

 そう言って再び手を差し出され二亜は若干戸惑いながらもその手を握り返した。

「……二亜だ」

その事に満足したのか仁は再び笑う。

「よろしくお願いします。…えっとそちらは」

 仁はちらりと視線を動かす。その先には頬杖をついて退屈そうに欠伸をしている唯斗の姿があった。

「あ~…唯斗」

 そっけなく返すと仁も「そうですか」とだけ言ってお互い目を合わせるのを止めた。先程の争いで互いに相性が悪いと察したのだろう。それ以上彼らが会話をすることはなかった。


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