100年後の再開?
太陽が頂上に昇るほんの少し前、朝食を済ませた二亜は森の中を散歩していた。
最近はずっと青い海岸へ赴いていたせいか緑で溢れた森林が恋しくなる。この森は特に緑が澄んでおり、動物や自然も溢れている。今の人間たちが住む『都会』と言う所では滅多に見ることはできないだろう。島が疎外されていなければきっと観光名所にもなっているに違いない。そんな静かで生命溢れたこの場所は二亜のお気に入りの一つでもある。
「ここもよく『ジン』と一緒に来てたな…」
ふと思い出してしまう彼の顔。海岸や森はよく彼と訪れていた場所だ。特に意識はしていなかったが、ここ最近は何か思うことがある度に彼との思い出が深い場所に来てしまう。これも連日見ている夢の影響なのだろうか。そう考えながらも二亜は緑に囲まれた森の中を散歩し始めた。
しばらく目的もなく歩いていると深緑の森には不似合いの白い塊を見つけた。遠くからではよく分からないが動物たちは不思議そうにその塊へと近づいていく。
一瞬、うさぎや白い花かと思ったがその考えはすぐに消滅した。遠くからは気が付かなかったが、その塊は二亜よりも一回りくらい大きかったのだ。小動物の中にはその大きさに驚き逃げ出すものもいた。
二亜は、その塊を警戒しながらおそるおそる近づいた。
「!」
塊の正体を見た瞬間、思わず驚愕した。それは植物でも、動物でもなく『人間』だったのだ。
塊に見えたのは丸まっていたからだろうか。所々呼吸の音が聞こえるのでおそらく眠っているだけだろう。鬼と人間が交わるこの森で呑気に寝ているとは相当肝が据わった者なのだろうか。それともただ警戒心が欠けているだけなのか、二亜は少しの間考え込んだ。
「何で人間がここに…?」
けれど、疑問に思ったのはほんの数分だけだった。今は此処に人間がいることに驚くよりも姿を隠さなくてはならないという焦りが生まれる。
もし、この姿を見られれば人間によっては鬼を殺そうと考える者もいる。そうなると、自分だけではなく仲間の命も危ない。それだけは何があっても避けなくてはならないのだ。
音を立てず立ち去ろうとしたとき、二亜の足元にいた1匹のリスが人間のもとへ近づいた。二亜は今から起こることを想像し、慌てて止めに入ろうとするがそのリスはまるでその人間を起こそうと言わんばかりの勢いで無防備な顔を引っかいた。
「……いったぁー!」
案の定その人間は起きてしまった。
二亜は急いで逃げようとするが何の因果か動物たちは今の叫びで彼女の足元に避難していた。
これでは身動きが取れないどころか注目の的になってしまう。だが、彼女の性格上無害な動物たちを蹴散らすことも出来ない。一体どうすれば良いのだろうか?
そうこうしているうちに彼女は人間に見つかってしまった。
「……鬼?」
人間は驚くこともなくただじっとこちらを見つめている。反対に、二亜はその姿を見て動揺を隠せずにいた。
「その姿…」
あり得るはずがない。『彼』は百年前に既に亡くなっているはずだ。そのはずなのに、その白い髪、アメジストの瞳、幼さを残した表情。あまりにそっくりなのだ。百年前の『彼』
―『ジン』の姿に。
「……何で、何でジンが此処に?」
甦る過去の記憶が二亜を襲う。それは、彼女にとって幸せな過去であると同時に悪夢の未来を生んだ。『彼』はもう一度会いたいが二度と会いたくないと思う人物だった。
最近夢の中で流していた涙はこのことを伝える前兆だったのだろうか?
「確かに僕の名は『仁』ですが、どうしてその名を?」
鬼を見るのは初めてではないのだろうか。仁と名乗った少年は目の前にいる二亜に臆することなく話しかけた。
やはり、同じだ。この声、この顔、この仕草。全てが百年前の彼のままだ。それを実感すると二亜の目からは自然と涙が零れ落ちた。
涙が零れたという事実に二亜の思考は付いていけず無意識に瞳を擦ろうとした。しかし、その手は仁に掴まれてしまい行動に移せなかった。
「目を擦っては駄目ですよ」
そう言って仁は細くて長い指でゆっくりと二亜の涙を拭う。
この時、違和感を覚えた。彼をよく見てみると目線の高さが違ったのだ。ジンといた時、目線は彼の肩辺りのはずだった。しかし、この男の身長はそれよりもさらに高かったのだ。
やはり他人の空似というものなのだろうか。そんな事を考えていたらいきなり目の前に彼の顔が現れた。
「おわっ!」
二亜は驚き、勢いよく仁を押しのけてしまう。
力を入れすぎてしまったのか仁は背後にあった木に頭を打ちつけ、そのまま気を失ってしまった。
「やべっ…」
慌てて駆け寄ると仁は完全に意識を飛ばしていた。強く打ってしまったらしく頭には小さな瘤が出来ている。
この男をどうするか。このまま放って置くことも出来ないし、かといって彼の家など知っているわけがない。
この男を見ていると先ほどまで動揺していた自分がなんだか馬鹿らしく思い、溜め息をついた二亜は仕方なく彼を家に連れ帰ることにした。