人生の終焉、そして―未来―
第一章最終回です。
「どうしたの二人とも?」
翌朝。目を覚まし、真っ直ぐ居間へ向かおうとした紫星が目にしたものは布団の中で動けずにいる唯斗と二亜だった。
「……てめぇのせいだろ!」
紫星に殴りかかろうと布団から飛び起きた二亜だが動けないためすぐさま倒れてしまった。
その姿を隣で寝ている唯斗は動かない体と闘いながら腹を抱えて笑っている。
「疲労で動けないんですって」
振り向くとそこには紫苑がいた。手には土鍋や水を持っている。おそらく二人の看病をしに来たのだろう。しかし、何故か彼女の持っている土鍋からは異様な煙が立ち上っている。一体何が入っているのだろう?
紫星は、紫苑に尋ねようとしたがその中身を聞いてはいけないような気がしたため聞くの止めた。
「まったく、無闇やたらと力を使うからこうなるのよ」
「文句ならあいつに言えよ。あんな大量の悪霊とこっちは血ぃ吸えない状態で戦わせられたんだから!」
そう言って二亜はビシッと効果音が付きそうなくらいの勢いで紫星を指差す。しかし、相当疲れているのか指している指すらまともに上がっていない。その状態を見ると紫星は少しいたたまれない気持ちになる。
「それは…すみませんでした。ところで昨日も言っていたけど血って?」
「ああ、それはね紫星の首元にある『印花』が関係してるんだよ」
唯斗が答えると紫星は自分の首元にある撫子の花を思い出した。
「あたしたち鬼にとって人間の血はいわば増幅剤みたいなものなの。血を飲めば一時的にだけど鬼の力が強くなって傷とかも回復するわ。まぁその分反動も大きいんだけどね」
血を吸ってなくてもこんなだもの。そう言った紫苑は例を挙げるかのように布団の上で動けない二人を指した。
「相性の問題もあるから誰でもって訳にはいかないけど。撫子が付いているって事は紫星は唯斗さんと相性がいいみたいね。その花は所有印でもあって、印の持ち主以外は血を吸えないようになっているの」
「へぇ~」
紫星は納得したように頷いた。
ふと唯斗の方を見れば今の話の合間に食べ終えたのか、空の土鍋を紫苑に差し出していた。
あの姿を見るととても昨日の美しかった鬼と同一人物とは思えない。しかし、あの時の表情に少しだけ胸が高鳴った自分がいたのも嘘ではない。
「おい」
そんな事を考えていると足元から声を掛けられた。視線を下にやると足元で地面に這いつくばっている二亜の姿があった。
「話がある。場所を変えるぞ」
「……えっと、おぶろうか?」
場所を変えるにしても彼女のこの状態ではまともに立つことは出来ないだろう。そう思い紫星は二亜を背負い部屋を出る。
部屋を出て向かった先は縁側だった。そこに二亜を降ろすと彼女はそのまま横になり、紫星もその横で腰を掛ける。
日が真上に昇りかけている中、二人の間に沈黙が生まれた。そうしている間にもゆっくりと太陽は頂上を目指して昇っている。
「……唯斗に話聞いたんだってな」
気まずい沈黙の中、先に破いたのは二亜だった。
話の内容からするとおそらく昨日唯斗が話していたことだろう。彼女が知っているということは唯斗が昨日のうちに話したのか。
だが、二亜は紫星が話を聞いたことに対してはどうでも言いようで特に咎める事無く話を進める。
「恋に落ちた鬼と人の間に生まれた忌み子……は聞いたな?その子供は僕だ」
「えっ?」
二亜の一言に思考が止まった。忌み子が彼女であったことより、自分の身近にそんな辛い人生を歩んできた人物がいることに驚いたのだ。
「ほら、牙も角も唯斗達と比べて短いだろ」
そう言いながら二亜は自らの前髪を持ち上げ角を見せる。額の辺りから二本の角が顔を出しているが確かに唯斗や紫苑と比べると彼らの半分くらいしかない。牙の方も人間の犬歯より少し長い程度だ。
「小さい頃の記憶なんてほとんどないけど、父と母が殺された後僕は唯斗に引き取られ育てられたらしい」
「じゃあ二亜ちゃんにとって唯斗って…」
「育ての親みたいなもんだ。もう何百年も前の話だけど」
二亜はどうでもいいと言わんばかりの態度を取っているが紫星に妬いていたくらいだ。おそらくは見栄なのだろう。
「心も人間と混じっているせいで何が善悪なのかも分からない。人間の気持ちも分からなくもない。あの村は別だけど」
あの村とはミシキ村のことだろう。それを思い出すと紫星の中に一つの疑問が浮上してきた。
「そういえばあの村の計画って二亜ちゃんが考えたんだよね?何でだい?」
そうだ。鬼と人間の気持ちが理解できるのなら何故彼女は村を壊そうと考えたのだろうか?
「人間が力ある鬼を恐れる気持ちはよく分かる。僕だって最初は少し怖かったから。けど、己の恐怖をなくす為に他人を犠牲にしてもいいなんて道理。そんなのあっていいはずがない」
二亜の拳には僅かだが力が入っていた。あの時の計画は彼女なりに村人を助けようとしていたのだろう。 しかし、それを声に出すことはしなかった。言ってしまえばまた殴られそうだから。紫星が思うに彼女はツンデレというものなのだろう。昔読んだ書物に書いてあった。
「……そうか、話してくれてありがとう。二亜ちゃん」
紫星は礼を告げる。きっとあの時生贄に選ばれていなかったら自分も殺されていたのだろう。そう考えると恐ろしいがこれが運命の仕業だと言うのなら、神を信仰しない自分は一体、誰に感謝をすればいいのだろうか?
―二亜ちゃん、紫苑ちゃん、そして唯斗。これから僕は、君達を守れるくらい強くなるから。
そう心に誓いを立て、紫星は拳を強く握った。
「そろそろ戻ろうか。風が出てきたし」
気づけば太陽は既に頂上を通過していた。そんな長い間話し込んでしまっていたのか。
二亜は頷き黙って再び紫星の背中に負い被さった。
結局、『彼』については何も聞くことは出来なかったが彼女の過去を少しでも知ることが出来たので深く詮索することはしなかった。だが、それでも彼は知りたいと願う。そう思ったが彼らのことはこれからゆっくりと知っていけばいい。
紫星はそんな思いを抱きながら暖かい風と共に長い廊下を歩いて行く。
―そして、二年後。再び『彼ら』は出会った
ここまで読んでいただきありがとうございました。
最後の文が気になる方もいらっしゃると思いますが、続きますので楽しみにしててください。
何かご不明な点がございましたら気軽に訊いてください。
次回作も読んでいただけると幸いです。