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鬼にアイジョウ取らる  作者: カズツグ
ー破滅の終焉、創造の未来ー
3/27

古き足跡と新たな一歩

気がついた奴婢は再び群青色の鬼、二亜と出逢う。彼女は奴婢を唯斗の元へと連れてくるように命じられていた。

森の途中で紫星という新たな名前を授かった奴婢は全ての元凶である唯斗の元へと目指す。


 森を抜けると大きな平屋があった。

 大きな瓦屋根(かわらやね)に、大木で造られた壁や柱。平屋の端には広い庭と縁側が見える。そうして視線を巡らせていた紫星は、中央辺りにある部屋の窓から誰かが覗いているのに気付いた。

「おーい、紫星。早く来い」

「あ、うん」

 距離があってよく見えなかったが、途中で二亜に呼ばれたため紫星はその場を後にした。

二亜の元へ向かうと彼女は馴れた手つきで門扉(もんぴ)を開き彼を中へと促す。

 屋内もとても立派で、襖を開けると広がる大きな部屋。それがいくつにも繋がっていて、全てを開ければ大きな一つの部屋となった。もちろん、初めて見る紫星は興奮せずにはいられない。

 廊下を渡っている最中も色んなものに目移りしている紫星に二亜は溜め息をついた。

「ここが唯斗の部屋だ」

 屋内を一通り通されたあと、紫星が連れてこられたのは中央にある、一際大きな部屋。

 今までの部屋とは違い襖の外からでも大きな存在感を示している。

 ―この部屋にあの鬼がいる。

 その緊張感に息をのんだ紫星は、不安に駆られながらも二亜の後に続いた。

「唯斗―連れて来たぞ」

 そう言って襖を開けるとそこにいたのは二人の鬼。

 あの時紫星を助けた薄青の鬼とレッドベリルのように燃え上がった『紅蓮』の瞳を持った少女鬼。

「遅いわよ二亜!」

「うるせぇよ紫苑(しおん)

 紫苑と呼ばれた少女は座っていた場所から立ち上がり、二亜の元へとやってくる。

 紫苑は鬼というには程遠い姿をしていた。薄青色の鬼と同じように鋭い牙は生えていたが、こめかみから生えている角は彼女自身の茶髪のように巻かれていて、鬼というよりは羊に近い。

 二亜はそんな彼女を軽く弾き、当初の目的であった唯斗という鬼の元へと向かう。

「ほら、ちゃんと連れて来たぞ」

 同時に紫星と前へと乱暴に押し出す。少しよろけた紫星は一瞬むっとしながらも唯斗と呼ばれる鬼に向きなおした。

「あ、ありがとう二亜ちゃん」

 彼が唯斗。二亜や紫苑とは比べ物にならないほどの大きな角、今にも人を噛み殺しそうな鋭い牙。二亜が長と呼ぶだけあってその貫禄は十二分にあった。

 けれど、今の彼に村を潰した時の恐怖を感じさせるようなあの面影は無く、子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

 ――本当にあの時の鬼なのか?

 紫星はつい、目を疑ってしまいそうになる。

「目が覚めたようだね。気分はどう?」

「あ、おかげさまで」

 緊張のあまり思わず敬語になってしまった。

 唯斗はその答えを聞いて、それはよかった、と満足げに笑う。

彼は、紫星の無事を確認すると二亜にお茶を出すように頼む。

「紫星は緑茶飲める?」

そう言ってにっこりと微笑みかけられ、あまりの美しさに同性であるにも関わらず一瞬胸が高鳴った。けれど、その笑みに惑わされそうになりながらも紫星はずっと聞きたかったことを唯斗に投げかけた。

「あのっ…いくつか訊いてもいいですか?……出来れば二亜ちゃんも」

 紫星は恐る恐る唯斗に尋ねると彼は笑顔を絶やさず快く承諾してくれた。

二亜も紫星の言葉に足を止め、静かにその場に腰を下ろした。

「何二亜ちゃんって…キミたちもうそういう関係になったの?」

「……茶化すな、その首へし折るぞ」

「ゴメンゴメン、話を戻そうか。えっと…そういえば君の名前は?」

「ぬ…じゃなくて紫星です」

 今更な質問に戸惑いながらも、先程二亜から与えられた名を名乗る。

「そっか!俺は唯斗。よろしくね」

 互いに遅い自己紹介を済まし、いよいよ本題へと入る。

「…僕が気を失った後、村はどうなりました?」

 紫星が一番気になっていたのはこの事だ。村に知り合いなんて誰一人いないが、それでも自分の生まれ育った場所に変わりはない。

「……村人は全員始末した」

「!?」

 その言葉に全身が震え上がった。三六六人の村人をたった二人で殺したのだと理解するとなんとも恐ろしい。

 けれど、紫星の中には、恐怖と同時に怒りがこみ上げてきた。全員と言うことは村長達だけでなく無関係な子供まで殺したと言うことだ。紫星はそれを理解すると彼らをどうしても許せなかった。

「どうして⁉︎あの中には子供もいたはずだ!どうしてあの村を壊したんだ!?何で…僕だけ助けたんだ?今ここで殺すのか?三人なら僕なんて楽に殺せるだろな」

 後ろの二人を見つめながら抱えていた全ての疑問を投げかけた。再び唯斗の方へ向き直すと先程まで部屋の奥にいた彼の姿は無く、首元を掴まれている感触が自分の目の前にいることを知らせている。

 紫星は驚きのあまり声を出すことが出来なかった。頬を流れる冷や汗がさらに緊張感を増してくる。

「落ち着いて。一つずつ答えてあげるから」

 首元を掴んでいる手とは裏腹にもう片方の手は自身の唇に当て、優しい雰囲気を(かも)し出す唯斗。

 ―一体、どれが本当の彼なのだろうか。

「その前に一つ訂正させてね。二亜ちゃんと紫苑ちゃん、二人がいないところで何も問題は無い。あんた一人なら俺はいつだって殺せる。例えば―」

 こんな風に。と同時に今まで首を掴んでいた手に力を込めた。

「!」

 突然力を入れられ呼吸が苦しくなる。

「ちょっ、唯斗さん!」

だが、紫苑の呼びかけによってその手はすぐに離された。

 唯斗の方を見れば、彼は「ね?」と笑いながら手を上にひらひらと振っていた。

「あまり一族のことを侮辱するのはいくら君でも許さないよ。人間なん脆い生き物なんだから」

 その声は初めて会った時よりもずっと低いもので、紫星の全身に悪寒が走る。

「ゴメンゴメン。他の質問にも答えようか。」

 本当によく分からない人物だ。他にもこんな鬼がいたのだろうか。ならば村人たちが恐れるのも頷ける。

「まず、村を壊すって言ったのは俺じゃないんだ」

「は?」

「あれね、二亜ちゃんの案なんだ。俺と紫苑ちゃんは建物を壊すのを手伝っただけ」

 唯斗の答えに紫星は急いで後ろを振り返る。けれど、いつの間にか二亜はいなくなっており、紫苑だけが取り残されていた。

 信じられなかった。首謀者と思っていたこの男は実際には手を加えていただけだったとは。

「とは言っても言いだしっぺは俺。俺さ、物事を一人で決めるのが苦手で…二亜ちゃんに相談したんだ」

「何で村を?」

「…無意味に人の命を奪ってしまうと俺達が悲しいんだ。鬼のせいか、それとも俺達に捧げているからか。どうもその無念が伝わって涙が零れるんだ。酷く悲しい涙が」

「でも、何で子供まで…」

 いくら村の人間でも何も知らない子供に罪は無いはずだ。

「あの子達はもう駄目だ。幼い頃からずっと親に言い聞かされている。生かしておいたところで数年後また同じ悲劇を繰り返す」

「じゃあ…何で僕を殺さなかったんだい?」

「二亜ちゃんが殺そうとしたところを俺が止めたんだ。…なんか君の事気になっちゃって」

 そう言って唯斗は紫星に近づいた。

「君はもしかしたら、俺達と同じかもしれないんだ」

 数分前までの軽い表情が嘘のように真剣な目をしていた。

「キミにここにいて欲しい」

 それからしばらく、紫星の思考は止まっていた。けれど、何故か返事はしっかりと「YES」を示していた。

 何故そう答えたのかは自分でもよく分からない。同情か、哀れみからか。しかし、その後の唯斗の嬉しそうな顔を見た途端、そんなことどうでもいいとさえ思ってしまった。




 ―あの瞳は誰のもの?

 森の中で紫星の瞳を覗いたとき二亜の頭には『彼』の顔が浮かんでいた。

 遠い過去のことなのに、気がつけばアメジストの瞳を持った彼に名前を与え触れていた。

 けれど、唯斗が紫星に向けた顔を見た途端、胸の中に禍々(まがまが)しい何かが溢れ出てきた。それは、黒くて恐ろしい獣の様なものであって、あの場に居続けていたらきっとその獣は全てを喰い殺していただろう。

 二亜にはその獣の正体が分からなかった。

 これ以上見たくない。その一心で外へ抜け出したのだ。だが、外の空気を吸っても気持ちが治まることはなく、彼女自身もどうしていいのか分からない。

 浮かんでくるのは優しかった『彼』の顔だけ。

「二亜?」

 声をかけてきたのは、心配そうな表情をした紫苑だった。

「何だ?またついて来たのか」

 紫苑は昔から誰かの後をついてくることが多い。それはおそらく、昔交わした約束のせいだろうだろう。

「あの状況であたしだけ残れって言うの?」

 文句を言いながらも今回は心配をしてきてくれたようだ。けれど、今の二亜にはその事に対してとやかく言う余裕はなかった。

「どうせあの人に唯斗さんを盗られて拗ねてるんでしょ。大体あんたは執着しすぎなのよ。だからっ…」

 その言葉の次はなかった。二亜は自身の剣鉈で紫苑の腹部を貫いたのだ。

 傷口からは鮮血が溢れ出て地面を赤く染める。剣鉈を抜くとその量はさらに増して足元に血溜りを作った。

「…ッ二亜!」

 地面に倒れた紫苑を冷めた目で見つめる二亜。その目には情けも罪悪感もなかった。

 紫苑の傷口に目を向けると深く貫かれたはずの傷口は既に塞がっている。

 鬼の血筋は皆、自然治癒能力が高く致命傷でなければこの手の傷は数分もかからずに治ってしまう。二亜もそれを分かっていてやったのだ。

「安心しろ。急所は外しておいた」

 傷は治るが痛みがない訳ではなく、紫苑は傷の痛みに耐えながら立ち上がり二亜に掴みかかる。

「何すんのよ!」

「……お前に何が分かる!」

 声を上げた二亜は紫苑の胸倉を掴み逆に自分の方へ引き寄せる。

 その時、紫苑は僅かながらも目の前にいる彼女に対して恐怖を抱いていた。普段誰よりも冷静な二亜がこのように怒鳴りあげるなんて紫苑にとって思ってもみなかったことだろう。

「僕だって『人間の心』を持っていた!だから諦めたんだ!諦めるしか…なかったんだ」

 徐々に掴む力が弱まってくる。胸倉を放すと二亜は暗い森へと足を進めた。

 紫苑が再び追いかけることはなかった。

 彼女は知っているからだ。

 

 ―百年前の出来事を。




今回は少し長めになってしまいました。すみません…。

次回からは紫星の新たな生活のスタートです!


ここまでで不明な点や人物について分からないことがございましたら、気軽に訊いてください。出来る限りお答えしていきます。

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