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鬼にアイジョウ取らる  作者: カズツグ
―100年越しのプロポーズ―
18/27

反撃の一手




「鬼人はどこじゃ!鬼人を探せぃ!」

 時が経ち、日もすっかりと暮れた頃弟切はなにやら焦っていた。

 先刻、自分の一番の部下である桔梗が殺されていたと村人から伝えられたのだ。さらに。その殺した鬼は弟切が探していた鬼人ではなく昼間隣にいた薄青色の鬼だったそうだ。

 また、それを目撃した村人も無事ではなく背中に大きな傷を負っていた。けれど、この傷を負わせたのは鬼ではなく緑色の髪の青年だったそうだ。

「おのれ…あの忌まわしき鬼人め……ついに人間を掌握下に入れおって!」

「随分と焦ってんじゃねぇか……弟切様よ」

 聞き覚えのある声に振り返るとそこには今まで自分が探していた鬼の姿があった。

「お主は鬼人!何故に仁がおるのだ?」

 弟切の目に映ったのは、地下にいるはずの仁があの忌まわしい鬼の背中で眠っている姿だった。

「アンタのこれまでの悪行を全て聞かせてもらったさ。―地下に幽閉されていた(むくろ)たちにな」

 二亜の言葉に周りにいた村人たちがざわめき始める。彼らの反応を見るとおそらく弟切以外誰も知らなかったようだ。

「骸だって?」

「この屋敷に地下があるのか?」

「じゃあ、地下に死んでいるやつがいるのか?」

 など様々な疑問が飛び交っている。

「ふん、デタラメを言うでない、地下など、わしが知らない場所があるはずがなかろう」

「ほぉ…じゃあ仁は今までどこにいたんだ?コイツを一番可愛がっていたアンタがこんな状態になるまで放って置くなんて思えないんだが?」

「っ……」

「……そうか、それじゃあ骸たちに真実を話してもらうとしよう」

 そう言って二亜が懐から取り出したのは一冊の書物。けれど、有名な誰かが書いたものでなく日付が書いてあることから誰かの日記のようだ。

「日記?」

 二亜は仁をそっと床へ下ろし、再び弟切の方へ向きなおす。

「アンタが言う存在しないはずの地下に落ちていたんだ。内容は…

『弟切様の素顔と地下牢での生活』」

「!」

「アンタに幽閉され、地下で下劣な行為を受けて死んでいったことが明確に書かれていたぜ。著者は飲酒盃村の 百合(ゆり)

「百合だと!」

 著者の名前をあげると周りにいた村人の中をかぎ分けるように出てきた一人の男。彼は俄かに信じがたいと言わんばかりの表情をしており、ひどく焦った様子だ。

「い、今、百合と言ったか?」

「ああ、この日記の冒頭に書かれているだけでも『(あざみ)』『柘榴(ざくろ)』『(なずな)』……地下にはまだまだ沢山いた。そして、(コイツ)も。コイツが唯一の生存者だ」

「柘榴だって?」

「そんなっ薺が!」

 地下で息を引き取った者の名を上げると、それに反応する者が次々と現れる。

「百合は俺の妻だ!」

「薊は私の母です!」

「弟切様っどういうことですか?彼女らは村を出て街に行ったと言ってたじゃないですか!」

 村人たちは一斉に弟切へと詰め寄るが彼女は頑なに口を閉ざしている。その様子を静かに窺っていた二亜は、仁の方へ視線をずらし彼の安否を確認した。地上へ出たとき治療していたおかげで血は止まっており、呼吸も整ってきている。今の所は問題なさそうだ。

(…仁は大丈夫そうだな)

「おい弟切。もう諦めろ、お前は今まで自分に関する探りを入れてきたり自分に反対したりした者をああやって地下に幽閉していた。食料も碌に与えず、桔梗の対鬼用の練習相手にし、酷い時には仲間同士の殺し合い…」

 日記に書いてあった事実を話しているだけで今にも目の前の老婆を殺してしまいそうだ。けれど、そんな思いを押さえ込みながら留めの一言を突きつける。

「この、害虫にすら劣るババアが……」

 その一言で今まで頑なに閉ざされていた弟切の口が開いた。

「黙れぇい!この鬼人がっ!わしは貴様さえ殺せれば他の人間(ゴミ)がどうなろうともどうだっていいのだ!人間(ゴミ)の命など知ったことではない!」

 恐ろしい形相で告げられた崇拝する鬼の真実。そのことに村人の全員が絶望している。

「弟切様……そんなっ」

「お(ばば)(さま)っ…嘘ですよね?」

 村人のほとんどが信じられんと言わんばかりに弟切に投げかける。けれど、いくら投げかけても自分たちが望んだ応えが返ってくることはなかった。

「……本っ当に害虫以下だな」

「おのれ…忌まわしき人の子よ……やはりそっくりじゃなあの女に!」

 弟切は怒りに震え、近くにいた村人の斧を奪い二亜に向かって振り(かざ)した。二亜はそれを避け、自身の剣鉈で応戦する。

 二亜は弟切と刃を交えながら、先程の彼女の言葉に疑問を抱いた。

(あの女?)

 あの女とは一体誰のことを指しているのだろうか?自分と弟切に関係のある人物に間違いはないが二亜には思い当たる節が見つからない。

 そんなことを考えていると弟切が目の前にいたことに気付かず、斧からのダメージを正面から受けてしまった。

「っ!」

 幸い斧の刃は(こぼ)れていたため傷は浅く済んだが、同時に周囲の人間に大きな被害が及んでいた。鬼である自分とは違い、欠けた斧の刃が刺さってしまった者は痛みで地面や自らの身体を掴み、今の衝撃で吹き飛ばされた者はその場で意識を失っている。

 それを見た二亜は弟切の方を向くが、彼女は村人たちを心配する素振りも見せず再び二亜へ向かってくる。

「お前っ…自分の村の民じゃねぇのかよっ!」

「それがどうした?わしの村人なのだ。奴らとて崇拝している鬼に傷つけられれば本望であろうっ!」

 その言葉に二亜の拳が震え、長い爪が食い込んだ場所から血がにじみ出ている。

 そんなことには目もくれず、彼女は羽織っていた煌びやかな羽織を脱ぎ捨て、剣鉈を構えなおす。

 思えば、あの羽織はいつから着ていたのだろうか。百年…いや、もっと昔から来ていたであろう。

派手な女物の着物なんて嫌いだったが、初めてあれを纏った時今まで見たこともなかったはずなのにどこか温かく懐かしい匂いがしており、いつの間にかあの羽織に縋っていた。

 その羽織を脱いだのはほとんど無意識である。けれど、羽織が仁の元へ降りたのを見るときっとその羽織が彼を代わりに守ってくれるような気がした。

 安心した二亜は一瞬のうちに弟切まで詰め寄り、剣鉈でありったけの力を込めて床に叩きつけた。

「がっ!」

 床は砕け、弟切はその衝撃で吐血をしていた。

「……これで、終わりだっ」

 二亜はとどめを刺そうと剣鉈を頭上に構える。

「まっまて!お、お主にとって良い情報を教えてやる!」

「ほぉ…じゃあその話は地獄で閻魔様にでも話してるんだな」

「お主の両親を殺したのが『唯斗』だとしてもか?」

「!」

 弟切の言葉に剣鉈を振り下ろす動作がピタリと止まり、その目と鼻の先には彼女がいる。けれど、今彼女が言った言葉に動揺するなど複雑な思いが絡み合う。

 弟切はその隙を狙い、二亜に強烈な蹴りを入れる。二亜は彼女の攻撃をまともに喰らい、仁のいる方へと飛ばされていく。

 二亜は仁に気付くが空中では受身が取れず、剣鉈を床に刺して速さを緩めるがそれでも逃れることは出来ず彼にぶつかってしまう。

 仁は羽織を纏っていたおかげで大した怪我はなく、二亜もそのことに安堵(あんど)の息を漏らす。

「……てめぇ、嫌な嘘ついてくれんじゃねぇか」

「嘘ではないわ、わしは何でも知っておる。主の産みの親である山吹(やまぶき)(なつめ)はあの唯斗によって殺されたのだ」

 未だに弟切の言うことが信じられない。唯斗は自分の育て親であり、旧友でもある。そんな彼を疑うことなど彼女に出来るはずがない。

 不意に、二亜は幼い頃に彼が言っていた言葉を思い出した。

 

 ―なぁ唯斗。ボクの父さんと母さんはどこに行ったの?

 ―二亜のお父さんとお母さんはねー……きっとあの海の向こうで二亜と同じように会いたがってるよ。

 ―? じゃあボクが会いに行く!ボクが会いに行けばきっと父さんも母さんも喜んでくれるもん。

 ―ははっ二亜はまず泳げるようにならなきゃな。

  

そんな何気ない会話に唯斗は何を思っていたのだろうか。

 両親がもうこの世にはいないことなど最初から気付いていた。もちろん彼が嘘をついていることも。

 それでも二亜は、ただ一目でもいいから自分の本当の両親を見てみたかったのだ。海なんてとっくに泳げる。それでも行かなかったのは、向こう側には何もないことを知っていたから……そして

「……もし、アンタの言っていることが間違っていなくても僕はアイツを許す。…唯斗は家族だ。紫苑もムカつくけど紫星も、今あの家のいるみんなが僕の家族だ。もう、過去には振り返らない」

 まっすぐと弟切を見つめる。その瞳には今までの辛い出来事が重なり合い大きな覚悟を映し出していた。

「!……そうか、ならばその家族と一緒にあの世へ送ってやろう!」

 弟切は自らの拳を二亜へ叩き込む。二亜もそれを受け止めようと構えるが目の前から身体を包まれ、それは叶わなかった。

「……お前…何して…?」


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