決意の出発
「…これが僕らの出逢いだった」
長い話を終えた二亜は軽く息をつく。紫星に視線を向けると彼は表情を変えずに真剣に聴いてくれていた。それだけで二亜の心からは感謝の気持ちが溢れ出てくるようだ。
「…あの時、僕がジンに出逢わなければ、あんな事起こらなかったんだ」
「それは違うよ」
否定の言葉を投げかけたのは意外にも今まで眠っていた唯斗だった。しかし、いまだに眠いのか二亜の足から退く気はないようだ。
「俺は二亜ちゃんがジンと出逢えて良かったと思ってる。彼のお陰でキミを忌み子呼ばわりする奴らも減ったし、それに…
その時から二亜ちゃんに表情が出てきた」
唯斗の最後の言葉に二亜は目を見開いた。
思い返してみれば、ジンと出逢う前は楽しいことも悲しいこともなかった。ただ、隣に唯斗がいるのが当たり前で数百年前に幼い紫苑が来たこともただの『出来事』でしかなかったのだから。
「……二亜ちゃん、僕はまだ二年しかいないから君の事は全然知らない。でも、いつか聞けたらいいなとは思っていたよ。二亜ちゃんの声で二亜ちゃんの言葉でいつか話してくれたらって。」
静かに語る紫星の目には少しばかり不安の色が混じっていた。彼が自分の事を知りたがっていたのは随分前から気づいていた。しかし、それを教えることは一度もなかった。きっと、心の中で恐れていたのかもしれない。今までの自分がなくなってしまう事を。
「話してくれてありがとう!」
「……今はまだ全部は話せない。けど、いつか話すからその時はまた聞いてくれるか?」
不安を抱きながらも紫星を見上げると、彼は一瞬呆気にとられたような顔をしていたがすぐに笑顔で了承してくれた。それを確認すると今まで抱えていた不安が一気に晴れた気がした。
二亜は布団から勢いよく飛び出し急いで着替え始める。途中で「いてっ」という声がしたが気にしている暇はない。
「二亜ちゃん、どこに行くの!?」
「飲酒盃村!アイツに会って話してくる」
「後世の人間に前世の事話してどうするんだよ!?それに仁は今弟切に保護されて屋敷の中にいるはずだよ。そんなの自ら殺されに行くようなものじゃないか!」
唯斗の声にピタリと動きが止まる。
あの後唯斗は、二亜をを追いかけようとした仁だが彼は弟切に安全な場所へと村の屋敷に閉じ込められていると聞いた。
だが、その話を聞いてニ亜が動きを止めたのもほんの一瞬のことで再び着替え始めた。
「じゃあ、尚更だ。アイツを助けに行く。それに、仁にだけは本当の事を話しておかなくちゃいけないんだ」
剣鉈を持ち、部屋から出て行く二亜の前に何者かが立ちはだかる。
紅蓮の瞳を持った彼女、紫苑は自身の裁ちばさみを二亜の喉元に突きつけた。あと一歩動けば間違いなく刺さってしまうだろう。そんな緊張感が部屋全体へと伝わっている。
「絶対に行かせない。まだ怪我だった治っていないのに……死にに行くの?」
紫苑の手は僅かに震えている。
「紫苑……」
「……また、一人にするの?」
―あたしを一人にしないで!―
ふと頭に過ぎった小さな約束。それはいまだに忘れることはない永遠の契り。
二亜は紫苑の手を優しく包み込み柔らかく彼女に微笑んだ。
「大丈夫だ。僕はどこにも行かない、必ず戻ってくるから」
そう言って包んでいた手は名残惜しく離され、急いで仁の元へ走り出した。
残された三人はしばらくの間動けずにいた。紫苑は悔しさのあまりか涙を流し、唯斗は包帯の巻かれた右手を強く握り締めた。傷口が開いてしまったのか少しばかり包帯が赤く染まっている。
「……俺は、もう『あの時』みたいなことは嫌なんだ」
それだけを呟き、唯斗は赤く染まった包帯を解いてニ亜の部屋を飛び出した。
「唯斗さんどこに行くの!?」
「あの婆さんトコ!」
それだけを伝えると唯斗は玄関の扉に手をかけた。扉に彼を証明する血の跡を残して。




