森の中で……
太陽が頂上に昇る少し前、話しを終えた仁は立ち上がり帰り仕度を始めた。
「それでは僕はお暇しますね」
「……おい、お暇するって言ったってお前一人で帰れるのか?」
彼は森で迷っていたはずだ。その上この家に来るまでは気絶していた彼がこのまま一人で帰れるなんて思えない。
そう思い、二亜は止めにかかると立ち止まったままの仁はこちらを振り返り、今にも泣きそうな顔をしていた。
「帰れませぇん~」
二亜は本日何度目か分からない溜め息をついて立ち上がる。
「ほら、お前の村まで送ってやるから…。唯斗、お前どうせ暇だろ。付き合え」
そう言って部屋を出た二亜に続いて唯斗も不満を零しながら部屋を出た。仁は、困惑しながらも礼を言って二人の後を追う。
外に出た三人は暖かい日差しを浴びながら固まった筋肉を解す。空は快晴で軽い睡魔に襲われそうだ。欠伸を噛み殺した二亜は仁の方を向く。
「そう言えば、お前の村って何処なんだ?」
「僕の住んでいるところは飲酒盃という村です。お酒が盛んな所なので近くになれば麦畑が見えますよ」
飲酒盃村といえば人間の中でも鬼の中でも知らない者はいないだろう。あの村の酒は鬼たちの間でも有名だ。種類が豊富で味がいいと変装をしてまで買いに行く鬼が多い。
唯斗や紫苑もこの村の酒を買いによく変装をして訪れているようだ。最近では、紫星もはまってよく飲んでいる。
「じゃあこの森を西側に抜ければすぐだな。唯斗匂うか?」
「んー若干だけど麦のいい香りがするよ」
西を向いてくんくんと犬のように匂いを嗅いでいる唯斗。彼の身体能力は鬼の中でもずば抜けており、その野生的嗅覚は風が運んでくる麦の香りを捕らえた。
彼の後を追いながら二亜と仁は森に入って行った。
「は?お前、両親離れて暮らしてんの!?」
「はいっ飲酒盃村では齢18になったら両親の元を離れなくちゃならないんです。僕も半年ほど前に18になったので今は婆様の元で働いていますよ。……弟のことが少し心配ですけどね」
森の中ですっかりと警戒心が解けた二亜は唯斗の後を追いつつ仁と他愛のない会話をしていると、いつの間にか長い森を抜けていた。深緑のトンネルを潜り抜ければ一面、黄金に輝いた麦畑が広がっている。
「うわぁ…」
その鮮やかな黄金に圧倒された二亜は思わず感嘆の声を上げた。
飲酒盃と呼ばれた村は以前から耳にしていたが酒を飲まない二亜は一度も訪れたことがなかったため、初めて見る光景に胸が高鳴った。
「ここです!僕の村はこの奥にあります。後は僕が案内しますのでついてきて下さい」
「いやっでも…」
この姿は流石にまずい。いくら村に鬼がいても他の鬼を見て驚かない人間はいないだろう。それは唯斗も同じだった。役目を終えた彼は二亜の腕を取り元来た道を戻ろうとする。
しかし、反対側の腕を仁に掴まれ唯斗の行動は阻止された。
「大丈夫ですよ。飲酒盃村の民は鬼を崇拝する一族なんです。きっと歓迎してくれます」
そう言って仁は半ば強制的に二亜と唯斗を引き摺って行った。
今回は少し短めとなってしまいすみません。
次回から展開が一気に変わるので楽しみにしてください。
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【余談】
仁の家族…父、母、弟(8歳)
現在村のしきたりにより別居中。




