第13話 天使の謳(エデンコーパス)
わたしは東条あさみ。
祖母がイギリス出身の日本人で、由緒ある仕立屋さんだったみたいでその職業を受け継いでいる。本当は名前の最後に”テイラー”が付く。
東条=あさみ=テイラー。
これが正確なわたしの名前なの。
そして――この変な世界に来てから1ヶ月が経とうとしていたの。
(立花君はどこ?)
この1か月、そう何度も思ったの
ここに来る前、最後に覚えているのは、病院で寝ている立花君の寝顔を見ながら、その横にあるモニターを見た迄―――次に目を開けた時には、この黒い森に居たの。
此処はどこなの?
疑問はすぐに解けた。
闇の天使が教えてくれたから。
「歓迎いたします我ぁが主……ようこそルナリスへ」
芝居がかったイケメンだった。
でも、その顔は整い過ぎていて逆に人形のようだったの。
仕草も何処か女性らしく、どっちか良くわからない雰囲気を漂わすわ。
「おやおやウフフ、驚かないのですか? この十二枚の翼に」
「ここは……日本ではないのね」
芝居がかった彼は何処までも芝居がかった大げさな仕草で説明するの。
「その通りです我が主……此処は投影世界ルナリス。そして私は貴女の神の器…セシリア=ルシファーと申しますウッフッフ」
面白い? そんな顔をしてたのだろう。彼は大げさに頭を下げる。
「そうともそうともです我が主。やっと出会えたのですから……やっと、やっとです」
「アナタの……アナタ目的があるのね」
闇の天使の表情は変わらなかったけれど、愉悦にまみれた顔をしていたけど、何処か、何故か、どうしてかわからないけど、驚いたようだったの。
「期待していた…より。いや、期待に反して鋭いお方のようだ」
「そう?」
「そうですとも。このセシリア……動転したのは100年ぶりですウフフ」
「長生き…ね。此処ではみんなそうなの?」
良くぞ聞いてくれました。
今度はわかり易い態度になったの。
この人……変な人ね。
「人族に、当て嵌めるという話ならば、否と」
「じゃあアナタは?」
「不死身の高みに行き着いたもの。この表現が正しぃかと」
「その闇色の翼……天使様なの?」
「ウッフッフ不死の御方と同じ事を。これは頂上ぉ」
やっぱり変な人……嬉しそうなの。
「私はただの人間ですよ。少々長生きの…タダのねぇ」
「不死身なんだ」
「左様でございます我が主」
その主って……何?
その後……この変な人は色々と教えてくれた。
この世界の成り立ちのこと。
人族と魔族と天使で戦争が、これから行われる事。
わたしは天使族の筆頭――光王として、この世界に召喚された。
立花くんは魔族の代表――闇王として、この世界に来ているという事。
そして、セシリアの願い。
一番初めに此処に来ている、もう一人のプレイヤー。
不死の御方(とか言ってる)
人皇ユウィン=リバーエンドという、わたし達の敵と舞台をしたい……とか何とか。
回りくどい難しい言葉を並べていたので良く解らなかったけど、なんかそんな感じらしいの。
それが1か月前の事――そして今。
「それでセシリア。あそこに転がってるのが人皇なの?」
黒い黒い森。
私達の住まう人の寄り付かない静かな森に倒れている人が居たの。腕と頭から血を流して倒れている。
「ふ…ふふふあぁ御方…不死の御方ぁ…十年ぶりあぁ十年も経っているというのに貴方という御方は何てあぁ」
セシリア?
この人のキャラにはそこそこ慣れたつもりだったけどヤバめな気配なの。離れようかな。
「不死身の体で身を投げられるとはぁぁ何て事だウフフ……あぁ未だに苦悩されているのですねぇあぁ何という有様……そしてあいも変わらずのそのお姿と背徳……慰めて差し上げたい……抱きしめて差し上げたぁああだがまだだ。あと少し…ああぁと少しの辛抱デスヨ私くっふふふふははハハハ」
「セリシア……黙って?」
「これはこれは失礼を我が主」
高揚しただらしない顔から丹精なお顔に瞬時に戻ったの。やっぱり変な人ね。
「どうするのこの人」
「御心のままに。貴女は私のマイマスター。敵の将が眼前で瀕死の状態なのですから有り物でいうと……」
「困ってる人がいたら…助けるものなの」
「ちょぉぉぉぉうじょぉぉぉう(頂上)」
セリシアが絶頂しちゃたの。
何か足元が濡れてる……もう少し離れよっと。
「流石は我が主……さすがは我々の導き手!困っている人は救済する! そう、当然でいて必然――光王ぉぉミカエル=テイラー様!」
うーん。
あたしこの人と上手くやっていけるか不安なの。
「でも、どうやって助けるの?」
「うふふふ~む。私も魔法言語を嗜みませぬ故」
「お医者様のところ?」
「この御方の肉体は特殊ですのでねえ」
「セリシア?」
「はい我が主」
「知ってるよね?」
「勿論でございます我が主」
此処に来て1ヶ月――この人の扱いにも少し慣れているの。
「LvΩ空間魔法言語」
「エデン……?」
「プレイヤーのみが使える魔法言語です。
魔神言語での名を天照。私達の言葉で言う所のエデンコーパスを使われるべきかと」
彼はお手本のようなお辞儀をしてみせた。
「私がお見せしましょう。我が主のモノとは違い、美しくもない模造品、イミテーションですがねぇ」
セリシアは丁度、地面に横たわっていたアゲハ蝶を拾い上げた。そして――――
『この刹那に舞台を換えろ』
「わぁ」
蝶々がひらひらと飛んで行ったの。もう飛べそうもなかった虹色の蝶が。
「治した…の?」
「治す…というのは少し違います――これは逆転。元に戻しているのです」
「戻す?」
「はい。元の…状態に、です」
「わぁ…凄い」
「然り。貴女方プレイヤーの3名は、
己の渇望に合わせた三人三様の天照をお持ちです」
魔神勢は”召喚”
人間勢は”改変”
「そして我々天使勢は”逆転”…です」
「因果律……の」
「左様です我が主……そぅ、因果律の逆転が我々の力。
不死の御方でいう所の”Gフォース”天使言語ではエデンコーパスと言います」
わたしは倒れる灰色の髪のおにーさんに掌を向けた。
「第四転換……天照」
わたしの中と周囲の空間から何かが走るの感覚があったの。プログラムが実行される感覚。
「ふむ…第2位の天照が立ち上がっています。初めてにしては中々の速度と言えるでしょう」
中々…ということはもっと早く実行出来る人がいる。そう言っているのねセシリアは。
ん…おにーさんが起きたみたいなの。
あれ? セシリアは? 居なくなってる。
彼は時々こういう時があるの。気にしないでいいかな。
「生き…ているのか…俺は」
「おはよう。そうみたいなの」
「君が助けて……余計なことを」
おにーさん? 首をかしげるわたし。
彼は後ろにある小高い崖を見上げて嘆息する。
「どのみち……死に損なっていたか。全くもってこの身体というやつは」
「そう? 不思議なことを言う人ね」
「不思議か」
「そうね…不死身の体というのは、嬉しいものなの」
セシリアは高み、とか言ってたの。
「何が嬉しいものか、これは呪いのようなものだろう」
「そう? でも貴方…生きていて嬉しそうなの」
無表情な人だったけど、少し驚いたみたいなの。
「嬉しそうだと」
「うん貴方…笑ってるもの」
今度はあからさまに動揺したみたいなの。自分の顔を、失った方の手で触ろうとしてから、反対の手で確かめていた。
うーん掌が片方無いっていうのは不便そうなの。
「……そうか俺は」
「人って、そういう時があるものよ」
「君も…か?」
「そうね…ただ、待つしかない時ってあると思うわ」
「俺は…昔、恋人を見殺しにしたんだ」
「わたしも何も出来なかったの」
「俺は……恋人に恨まれているんだ」
「死んだ人に? この世界ではそんな事があるの。不思議ね」
「いや……アイツは、もういない」
「そう? じゃあどう思おうと、貴方が決める事なの」
「俺は」
「人は……どう言われようと、どう選択を迫られようと、自分がどう思いたいかで行動が決まるの。貴方は死にたいのね」
「……」
「貴方のことを…待っている人はいないの?」
「俺……には」
「わたしには居るの。とても、とても大事で、弱い弱い幼馴染が……彼の為なら、この命を使っても良いと思える程の」
「あぁ…そういう事…か」
「貴方は、自分自身の為だけに命を使いたいのね」
「しかし俺の……命は」
「命の価値は、自分が決めるんじゃないの。大事な人達が決めるものなの…わたしはそう思うの」
灰色の彼は俯いたの。
そして聞こえなかったけど、何人かの名前を呟いていた気がするの。
「わたしは東条あさみ……これはお母さんがつけてくれた名前。貴方は?」
「ユウィン……リバーエンド」
「それはこっちでの名前よね……本当の名前は?」
「ほんとう…の」
彼の無表情のまま……不思議そうな顔をしたわ。
まるで、その名前が自分自身を証明しているように。
「そう…ゴメンナサイ気にしないでほしいの。きっとその名前を付けてくれたのは……素敵な人なのね」
彼は相変わらず無表情だったけど、泣いているように見えた。
大事な人だったのだろう。
わたしが立花君を思うように。
本当は大きな声を上げて泣きたいのだろう。
この灰色の人は泣けない涙を流しているのだ。
そんな自分を変えたいと。
泣けない涙を流している。
そう。
『この刹那に己を換えろ』と。
自分に言い聞かせてるようだった。
そして長い長い沈黙の後、立ち上がったの。何かを思い出したように。
「感謝する……東条あさみ」
「あさみで良いの。ユウィン君」
「あさみ。俺は……いくよ」
「うん、その方がいいと思うの」
でもちょっとまってね。
わたしは彼の無くなった方の手にそっと触れる。
「……っ」
彼の手は直ぐに元通りになったの。天照って凄いの。
「この術式はアマテラス…それも俺の力とは」
「そうみたいなの」
「長い事生きたつもりだったが……今日は驚く事ばかりだ」
皮肉めいた笑顔の彼は、やれやれと嘆息したの。
でもよかった元気になってくれたみたい。ん?どうしたんだろう少し優しい顔になったの。
「あさみ…君の言葉は歌のようだ」
「そう?」
「この世界には意思のある言語が数多く存在するが、君の言葉はそのいずれとも違う…まるで」
彼は一瞬、嫌な事を思い出したみたいだけど。
「天使の歌だ」
「王都に帰るなら…早くしたほうがいいの」
彼はこの言葉にも何も質問せず。
頷いてから、王都の方へ駆けていったの。
「いやはや……あいも変わらずの御方でしたねぇウフフ」
「セシリア、何処に言っていたの。好きなんでしょ彼が」
「ウッフッフ……然り」
「何で隠れていたの?」
セシリアはゾクゾクと身を震わせていたの。
また失禁されたら嫌なので少し距離をおくの。
でも遊んでた訳じゃないみたい。
「魔神勢が動き出しました……このタイミングで王都に来られると、あのマッドサイエンティストと鉢合わせになります。そぉれぇはぁ~不味ぃ」
「例の黒幕……リィナ=ランスロットとかいう」
「然り。故に時間稼ぎと、揺動を」
「エンジェルナイトを向かわせたのね」
「さようです」
「で、立花君の情報は?」
「王都の闇ルシアン=ネイルの総力をあげて捜させておりますが、いまだ」
おそらくだけど。
セシリアは嘘をついている。
プレイヤーNo.2である立花君の情報が、1ヶ月も経っているのに手に入らないためだ。
セシリア=ルシファー。
神の器である彼だけは、プレイヤーである、わたしの強制力を受け付けないので、無理やり聞き出すことは出来ない。
彼が百年待ったというイベント――
トロンリネージュの祭り…とか言っていたけど。
いったい、何をするつもりなのだろう。




