第11話 プレイヤーVS
「俺の……ミリの21層全ての防御結界を1撃で――?」
男と女、両性具有の魔神王アシュタロス=ミリ=シナバーラインは、影王の砲撃によって失った片腕を全く気にもせずにカタカタと震える。
それは恐怖からではなく、困惑からであった。
地獄の魔神王と呼ばれる自身と、地上世界の魔人との間には抗いようのない力の差、それこそ天と地程の差がある筈なのだから。
「う、おおおおおぁ!」
そんな内心を気にする筈もない影王が咆哮を上げる。
通常眼に見えるはずもない魔法粒子が背中から突出した3本の鍵のような突起物に吸収されていき。
「――――かぁっ!」
「ちいぃ!」
影王の口から放たれた波動をアシュタロスは全防御結界を今度は反らす力に変え、自身の右後方に弾き飛ばした。
――――ドッ!
既に直径5キロからなる城塞都市の半分が瓦礫と化していたが、影王の波動により瓦礫すらも蒸発させ大爆発を起こした。
「獄円卓4席のミリが……反らすだけで精一杯だなんて」
ギシリと奥歯が鳴った。
困惑して思考が上手く働かない。
(何なんだこの魔人は、この力、このプレッシャー……まるで上位の魔神王と対敵しているかの――くっ)
ガイン!
思考を回復させる間もなく、高速で接近してきた影王の大太刀、アメノムラクモの斬撃が飛ぶ。
「これがお前達の結界能力……か、どけ」
「圧殺結界――ACT3!」
ギギギギギ――――ドン!
アシュタロスの能力、21本もの虹色の結界という名の腕が斬撃を受け止めるやいなや、圧力を斥力に変え影王を吹き飛ばすが。
「何だと!?」
影王はすぐさま足を地面にめり込ませ、後方の地面を吹き飛ばしながら停止する。そんな事をすれば、足がへし折れるじゃ済まないはずなのにだ。
影王の足から蒸気が上がり、飛び散った血がみるみる逆流していく。
「足が修復されている……の?」
ミリは失った自身の右腕を見た。
通常状態ならば瞬時に再生復元できる傷だが、現在21層全ての結界を攻撃と防御に回している為、回復をする事が出来ないのだ。
という事は余裕のない自分に比べ、相手は回復する余裕がまだあるという事。
「こ、こんなことがあってたまるものですか……ブ、ブッ潰してやる」
ギギギギギギギギ
女の体だったアシュタロスが再び大きく膨れ上がっていく。同時に凄まじい迄の魔法粒子がうねり、収束していく。
「……圧殺結界ACT4」
白髪が逆立ち、額のツノに球状の力場が発生する。
その黒い球体は空気を吸い込み、肥大していく。
「超魔七罪結戦術……LvΩ黒穴地獄」
だが、アシュタロスの本気のそれが影王に届く事はなかった。
「……は?」
既に影王はアシュタロスの後方に移動していたからだ。そして声を上げた理由、それはいつの間にか左手までもが切り落とされており、両手を失ってしまった困惑から。
「奥義……無限魔人剣」
――――ドッ
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬時に防御結界で身を守ろうとするアシュタロスだが、額に集中させていた結界術を解くのに時間をとられ遅れてしまう――ノーカードの直撃コースだ。影王の無限とも言える質量の飛ぶ斬撃がアシュタロスに直撃した――かに思えた。
「just in the nick of time ふぅ、間一髪だったねぇ」
影王の無限の斬撃はアシュタロスの直前で消え、後方へ飛んで爆音と共に城塞都市だった荒野に大穴をあけた。
「アシュタロス……交代だ」
「マ、マスター。オレは、ミリはまだ……」
「まず腕を再生させろ、そして黙れ。君と彼では相性が悪い」
「――――っ」
強制力のようなものでアシュタロスは即座に口を紡ぐ。
白いシャツの男【プレイヤー】ベルゼバブ=ロバーツ=タチバナは続ける。
「君の力は中~遠距離用だ。加えて彼は両方をこなす上に戦闘経験でこっちを遥かに上回っている……踊らされたねぇ我々は」
まず影王はタチバナを狙うふりをしてアシュタロスへ砲撃した。そして更に挑発により二人を離し、1人づつ倒すつもりだったのだと推測する。
「キレたふりをして中々計算高いじゃないか魔人の剣士くん」
――――ドッバ!
タチバナの後方で爆発が起きる。
「まぁまぁまず話をしたいんだがね――――っと」
続けざまに飛んでくる斬撃だが、タチバナの前で消え、後方に四散していく。
「Freeze――控えろ魔人の剣士!」
ドッドドドドド!
タチバナの静止にも全く動じず、斬撃が繰り出されていた。
少し距離を置く。
「ふぅぃ……強制力も効かない、か。これはいよいよ興味深い存在だなぁ君は」
タチバナはダメージの入ったジーンズのポケットに手を入れた。
「相手をしてやる……こいよ、名も知らぬ黒い魔人」
「ようやくまともな気配になったな……ふざけた野郎だ」
ゴゴゴゴゴゴゴ
音には出ていないが空気が、空間が振動していた。
「魔人剣奥義……焔須佐之男!」
「走れ――――十六転換天照」
――――ドバぁ!
タチバナは両腕を復元させたアシュタロスによって上空に逃れていた。そして自身がさっきまでいた位置を目にする。地形が変わるほどに大地が斬り裂かれており、爆炎が上がっていた。
「あ、ハハハハハなーんて威力だあの魔人、初階層のアマテラスじゃぁ全然防ぎきれなかったねぇ」
「マ、マスターの空間魔法を貫通してあの威力……危険ですここは2人で」
「まぁまぁ待てよ、楽しくなてきたんだから」
「――――っ」
再び強制力によって喋れなくなったアシュタロスの手を逃れ、タチバナは空中に停止するが、それを黙ってみている影王ではない。
右眼に収束した深紅の力を開放する。
「Lv3赤眼帝破弾――――!」
「走れ――――第八転換天照!」
バチィ!
万倍に強化したLv3の魔法言語とタチバナの空間魔法言語が空中で激突する。
「――っとととこれもダメか」
影王の魔法言語に押し切られるが。またもそれは直撃せずに、対象から曲がるように赤い閃光は空へと消えていく。
「Really―そうか、なら、いくぞ」
ザワリッ
地上に立つ影王の背中がざわつく。怒り昂っていても家の外に出る時ドアに激突する人間はいない。膨大な戦闘経験からなる危機感を感じていた。
(まだ隠している力がある……か。フン、このチート野郎が)
(チート級の力をもった始めのイベントボスって所か。フっフフフ…まだ死んでくれるなよぉ)
まだ試したい事があるのだから。
タチバナの周囲数百メートルにわたって光の魔法陣が出現する。それは超高難度で異常な量の術式。尋常ならない構成速度で刻み込み編み込まれ――それは完成した。
「解放……第四転換天照」
大規模魔法陣はタチバナの上げた手に収束する。
――――――――ゴッ゙
「ぐ、おぉぉぉぉぉ!?」
影王の四方から出現した巨大な柱、光を放つ突起物から出る力場に影王は拘束される。それはどんどん光を強め対象に向かって収束していくように見える。
(動けん……こ、こいつは)
影王の右目、自らの命ともいえる魔人核が痙攣していた。危険を訴えるように。
「走れ――LvΩ無限因子核崩壊言語」
影王を囲うように出来たドーム状の力場が次の瞬間天に向かって光の柱となる。その柱の正体は対象を物質的にも霊的にも完全に根元のレベルまで分解させる消滅の力である。
その光の柱をまのあたりにしたアシュタロスは興奮と驚愕から震える唇を開ける。
「な、なんて威力……これは、どのレベルの魔法言語をも超えて……います」
「そうかい? ははははっ 初めてにしては上手くいったねぇ。対高位粒子体用アマテラス第4位階実行か……予想以上の迫力だよ」
「は、はい……超速の再生能力を持つ我々や天使どもの無限因子核があろうと、あれをくらってはひとたまりもありま……せん」
天に向かってそそり立っていた光の柱が晴れ、機械で正確に抉ったかのような半円の大穴が現れる。
「流石にあの魔人君も……へぇぇぇ」
「ば、馬鹿なあれをくらって!?」
不敵に笑う閻王ベルゼバブ=ロバーツ=タチバナとは対照的に、アシュタロス=ミリ=シナバーラインはありえないと唾を飛ばした。
荒野と化した城塞都市に空いた塵一つなく消滅した漆黒の大穴に立つ男が1人。変則的な兜と暗黒色の甲冑は消滅していたが、長い灰色の髪をなびかせる魔人影王。
「空間を曲げたね?……君」
影王の周囲に残った魔法粒子の残滓――アマテラスの気配を察したタチバナ。プレイヤーの専売特許である空間魔法の力を。
「空間魔法言語が使える魔人か……君は何者だい?」
影王は動かないが、満身創痍で黒刀を握るその体からはまだ闘気が失われていないことが伺える。
「まぁ、というか大体察しはついたけどねぇ」
「マ、マスター」
「うおおおおおおおおおおお!」
影王が吠える。
と同時に周囲のミストルーン濃度が急激に上がった。もはや視覚化した魔法粒子がうねり、猛り、影王の背中から出た3本の突起物に吸収されていく。
「ヤル気だねぇ……そうか、じゃあ、見せてあげるよ」
キィィィィィィィ
タチバナはGパンのポケットから手を抜いた。
その瞬間、後方に発生した空間魔法陣の数――およそ数千。
それは青銀色に輝きを放ち、何か無機物のような物質をチラつかせながら射出の命令を待っているように見える。
「全開放――――第壱転換天照」
その全ての照準が、黒い魔人に当てられた。




