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第9話 魔神(ソロモン)

挿絵(By みてみん)


 

「僕の名前はベルゼバブ=ロバーツ=タチバナ――

 こっちの人達と話すのは初めてなんだけどさ。こりゃちょっと、のっけからチート気味かナァハハハ」


「チート?……タチバナ様の高説な御言葉を存じ上げないミリをお許し下さい……でも、でも素敵な旗揚げでございました……マイマスター」


 頬を染める少女(アシュタロス)に反して、閻王タチバナは一瞬冷たい視線を送ってから周りを見回していた。

 魔人族の侵入を防ぐために作られたトロンリネージュ王国最北端最大の都――要塞都市ヴァイツブルスト半径数キロの建物が全壊し、遥か遠目に泣き叫ぶ人々が目に入っているはずである。なのに日本、という国から来たこの男は何処か今いる現実を現実とは思っていないように無関心そのものであった。人間領最大国家トロンリネージュが誇る三大要塞都市ヴァイツブルスト――直径5キロ四方からなる巨大な都市の半分が瞬く間にぺしゃんこにひしゃげ、崩壊し、砂塵が荒野原と還った都市に吹き抜けていたというのに。


「良かったかい? まぁ宣戦布告にはまぁまぁだったかな」


「とんでもございませんマイマスター。至高の狼煙で御座いました」


「ハハハさぁ、遂に地上に降り立ったんだ。攻略を進めよう我がしもべ――魔神の進撃を」




 最上位魔族――名を《魔神(ソロモン)



 今のこの有り様こそ、異世界(ルナリス)における神の所業。そして尋常ならざる圧倒的力と存在感は、この世界における超常的存在《高位粒子体》――その食物連鎖の頂点に君臨する最大戦力――魔神(ソロモン)の王――"魔神王(ジュデッカ)"の実力である。


 魔王レッドアイ=キャロル=ディオールの力をもってしても要塞都市はおろか外壁の特殊装甲を破壊する事は容易ではない。

 だがこの街を片手を振り上げただけで破壊してのけたの1人の少女。地獄の7王が1人――魔神王アシュタロス=ミリ=シナバーライン。閻王直下の6体の従者(ソロモン)が1体である。


「凄いね秘書子アシュタロスちゃんは……ちっちゃいのに強いんだねぇ。これが前に教えてくれた”結界の力”ってやつかい?」


「はい。ミリ達魔神ソロモンの持つ多断層防御結界レイヤセキュリティシェルの力です」


 真面目を絵に書いたような少女、アシュタロスだったが少し得意気だった。少女の額から伸びる巨大な一本角が興奮したのかユラユラ動いているからだ。


「マスターを含め獄閻卓(ゴクエンタク)7席全ての魔神王は各個体で固有の結界能力を持ちますので」


 瓦礫と化した要塞都市を無感情に一瞥していた閻王がアシュタロスに向き直る。その瞳は鋭いが、やはり感情というものが見てとれない。瓦礫を見る視線と全く同じく少女を射ぬいていた。

 異世界から来たという"タチバナ"という男は、どこか浮世離れした、もしくはこの世界を"現実"とは違う卓上のボードゲームを見るかのような、人の"死"や破壊などという"行為"事態を非現実な面持ちで眺めているようにみえる。――ただHPが0になっただけ。そう感じているように見える。


(ふんっ……このちびっこキャラは引力を使うのか。要するに、固有結界とは自身の心の中にある渇望を具現化させた能力――そんな所かなぁ)


「ど、どうかされましたか? マスター」


 自身の小さな背丈を鋭い視点で射抜かれたアシュタロスは少し赤面しながら俯いた。異世界の男は「おっと」本性を瞬時に隠して笑顔を作る。


「ちっちゃくて可愛らしいなと思っていただけだよアハハ」


「そ、そんなプ、ププン」


「赤くなっちゃって面白いね秘書子ちゃんは」


 アシュタロスが真っ赤になってドモったと同時にラスティネイル達と影王の拘束が解けた。


 ――ドン!


  その隙に眼にも止まらぬスピードで敵から距離を取るメッシーナと玄志郎。

  しかし同じく重力結界に囚われていたはずの影王は、拘束が解けてもアシュタロスから出る強力な支配欲から未だ片膝を着いたまま動けないでいた。

 片膝の影王の口元に血が滲む。


「体が、動かん。上位種の支配力はキャロル……いや、魔王(レッドアイ)を上回る。そういう事かーーぐっ!」


 ガガん!


「口を慎めといったはずです下位種(アンバー)。……でもなかなか頑丈ですね。並の魔人族(アンバー)なら踏みつけられたケルベロスの糞のようにヒシャゲたでしょうに。ですけど

 次その安い口を開けば……潰すぞマヌケが」


「彼は優秀な魔人と言うことだねアシュタロス」


「ま、まぁミリ達魔神(ソロモン)からしてみれば、ケルベロスの糞かパオームの糞か……その程度ですが」


 思わず素、が出てしまった事に激しく動揺しながらアシュタロス。が、影王はそんな少女の形をした化物にも、異世界から来たというマスターと呼ばれる男にも興味がないのか、薄い感情ではあったが自虐的に微笑んでいた。


(……糞か。確かに。魔人として生きることも出来なければ、まともな父親も出来ない俺なんてクソは、そんな程度のモノだが)


  胸中で自身を嘲笑する影王は地面に抉り込んでいた。超重力攻撃によるダメージで四肢にヒビが入り、片膝を着いていた血管から血が吹き出している。その周囲には巨大なクレーターが発生していた。




 そんなやり取りをなす術もなく固まっていた2名が1人、袴を汗でぐっしょり濡らした玄志郎がため息をついて言葉を吐き出した。


「メッシーナのダンナ……武道家としてあの化物を見て戦いたいと思うかよ」


「いや、ありえんよ(レタラ)の小僧……あれは人類の到達できる気配ではない……貴様も解っていよう」


「はぁ……修行しなきゃあよかったなぁ技の武装気なんて」


 気配――オーラを通して感じる少女(アシュタロス)の異常な力と敵意。人類とは相容れないであろう確信。今まで見たどんな化物達とも違う圧倒的存在感。人である我々の絶対的敵である確信を強化された五感が感じとってしまう。


(あの黒の人型魔人を子供扱いとはねぇ……魔人四天王を遥かに上回る存在……これが創世記世界を焼き尽くしたと言われる高位粒子体かよ)


 マイクロミリ単位にまで圧縮されてしまった家々を見ながら、ラスティネイル達は額の冷や汗を脱ぐって苦笑し、今だうずくまる魔人影王に視線をやった。彼の魔人と対峙した時、彼等2名は震えた。


 恐らくこの魔人は自分達より5倍は強いと。

 故に決意した。

 決死の覚悟でわずかな勝利への活路を見いだそうと。



 だが違う。



 このアシュタロスという少女は違う。自分達が100人いても勝てないだろう。――それが達人達にはオーラを通して解ってしまうのだ。


「へ、へへ……ケツの穴から震えがきやがる。これは死ぬなぁ確実に。逃げるかいダンナ」


 大男は額の汗も拭わず頭を振る。


「何をバカな……さっきの非常識な力を見ただろう無理だ。どうせ果てるなら華のように散るか。貴様の国の歌にもあっただろう」


黄乃覇桜(このはさくら)よ散り咲けて……ね。あー畜生ぉー助けてくんないかなぁ覇王姫(マリア)様~って、気分だねぇ」


「……絵本の夢物語にもすがりたい気分は解らんでもないか。マリア様と竜の騎士なら、たしかにあの化物を倒せるかも知れんがな」


 二人は皮肉っぽく微笑み合い、呟く。


「天にますます覇王星よ輝きて…」


「我等が道を照らしたまえ」


 渾身の力を溜め込み。


「色気のねぇ旅になりそうだがダンナ……一言だけいいかい?」


「構わんとも。長い付き合いだったが言ったことがはなかったな。……お前の事は買っていたぞ玄志郎」


 男達は笑い合い。


「オイラからも一言……万がイチ生き残ったら妹に伝えてくれねぇかな……小さい頃絵本破いちまったの、悪かったって。にーちゃんが悪かった、て」


「……解った」


 そして天涯十星(たつじん)どもは全力を解き放った。

 己の誇りとも言える武装オーラ――研磨に研磨を重ねた男達のオーラが揺れる。


「逝くぞダンナ! ゼノン流攻殺法連携死殺技!」


 武装特式――数万人に一人の特殊能力者が有する人間の第六感――シックスセンスをも強化する必殺の力である。玄志郎の能力は高速移動技縮地をも超える超速移動を得意とする。

 かたや暗部に身を置くメッシーナの特殊能力は魔神、高位霊子体が持つ結界の力の一部、防御障壁を人の身で作り出すことができる。


 二人の間に言葉は要らなかった。お互いがお互いの能力を知っているし信頼もしている――この絶体絶命のピンチの最中でも。


「「我は無敵也!――黄金覇王オウゴンノヒメよ我らに勝利を!」」


 正に踏み込む瞬間の事――彼らは考えていた。

 こんな化物を世に解き放って良い筈がない。人類最強と詠われる我らが負けてよいはずがない。自分達が負けるような事があれば、この地上でこの生物に勝てるものなど存在しないということになってしまうから。

 天涯十星ーー彼らは誇りを持っている。人類とゼノン王国を魔から護るべきいしずえであるという確信と自信を持っている。故に敗けられない。故に勝たなければならない。――例え相手が、人類最強の1,000倍以上の力を持っていたとしても。


(こいつは疑いようもない化物だ。だが、さっきの力は恐らく……)


 先程の攻撃は物理ではなく魔力攻撃――結界の力だろう。――ならば同じ結界能力を持つメッシーナの力を持ってすればば重力攻撃に抗えるはず、結界を相殺出来るはずだと。


(美琴……強く生きろよ。白鳳院の血を恨まないでくれ)


 その一瞬で玄志郎は真正面からアシュタロスの首を狙う。そう考えていた。刺し違えてでも倒すしかないのだ。トロンリネージュ王都にいる妹の為に。


『届けよ武装特式!―― 転移疾走(ビーヴァイロン)

『一瞬でも良い防げ! 断絶碑石盾(ローアイギス)


 同時に踏み込んだ二人の前方にメッシーナの全てを載せた銀の障壁が現れた。





「秘書子ちゃん彼らを甘く見ない方がいい」

「?」


 迫る人類最強を眺めながら呟くベルゼバブの言葉にアシュタロスは首を傾げる。


「ありゃ漫画とかでよく見る覚悟、を決めた人間の目だ。侮って掛かると足元をすくわれかねない」


「人族ごときが……足元をですか」


「僕も人間だよアシュタロス」


「……かしこまりましたマイマスター」


 納得いかない。そんな顔から瞬時に真顔に移すアシュタロスが再び掌を顔辺りまで上げ、小さく呟いた。


「超魔七罪結戦術――」


 少女の大きな(ツノ)に光が点る。同時に大気中の青緑色の魔法粒子がとんでもないスピードで収束しながら竜巻のようにうねり、ツノに吸収されていき……。


「LvΩ圧殺結界プライドブレイカー)


 小さく小さく、悪魔は微笑み掌を下げ呟いた。


「アッシ(圧死)」


 ――バン――!


 特型武装気を展開し高速移動を開始していた玄志郎には自身の後ろからの音が遅れて聞こえていた。――否、聞こえたのは実際の所攻撃が終わったら後ではあったのだが、極限まで意識を集中していた故に音に気付いたのが後であったのだが。

 では、何故今その音が聞こえたのか? 答えは簡単だ――集中力が切れて目の前の現実を否定したからだ。意識が目の前の敵から今――外にいってしまっただけの話なのだが。


「参考迄に技の名前を伺っても?……プスス」


「た、対魔人戦秘奥義……」


「ひおーぎ……ですかプスプス」


覇軍ハグンエストレア」


 玄志郎はの瞳から涙が溢れた。そして思い出していた。幼少の頃の戦乱を。――潔く腹を斬った父、自分達兄妹を逃がすために犠牲になった母、身を呈して時間を稼ぐ為敵兵に殺され蹂躙され続けた女忠達を思い出していた。

「自分達は敗北者だ」そう、うちひしがれてたどり着いた傭兵王国ゼノン――傭兵王白面のホークアイが納める修羅達の国であった。――強くなければならない。幼い妹にはもう兄である自分しかいないのだから。父の形見であった長竿を握りしめ誓った――強くならねばと。

 白鳳院玄志郎は武器を使う天涯十星(ラスティネイル)である。――通常自身の肉体能力の極限を目指すゼノン傭兵は素手での戦いを美徳とする。しかし玄志郎は刀に執着した。父の形見(かたな)に執着した。白鳳院家の血に執着と誇りをもっていたからだ。ーーしかし、今玄志郎の手には刀はなかった。捨てたのだ。自身の誇りとも言うべき火の国の大太刀を。


 ――全ては雲を掴む程の勝機を掴むため。


「こ……ここまでしても届かないのかよ……間違いじゃないのかよ」


 こんな生物が存在することが。

 魔人族以上の生命がこの地上に現れた事が。そしてヒトに与えられた力ではどうやっても太刀打ち出来ないということが。


「只のヒト……人間ならば所詮この程度でしょう」


 防御結界――魔人を含める粒子、いわばこの世界の半分を形成している魔法粒子(ミストルーン)の化身ともいえる粒子体を人の身で攻撃するには防御結界(セキュリティシェル)をオリハルコンの武器をもって切り裂くか、もしくは同能力をもって中和するか、それ以上の圧倒的破壊力をもって結界ごと因子核(本体)を破壊するしかない。

 では、そのどれも持ち合わせていない生身の人間が霊子体と戦うにはどうすればいいか。

 答えはゼノンを建国した初代国王――ラスティ=ホークアイ=エストレアが今より600年前に出したとされる。

 その方法とは非常にシンプルなもので、霊子体が常に張り巡らせている結界の内部から敵本体を直接攻撃するというもの。――つまりは肌が触れ合うほど至近距離攻撃、密着状態からの攻撃である。


「ベルゼ様? 先程ご自身は人間だ。とおっしゃいましたが少し違うかと存じます」


「……へぇ」


「閻王の主王因子核(マスターコア)を持つマイマスターが只の人間なはずが御座いませんとも……プスリ」


「では僕はなんだと?」


 尊敬と待望を込めた潤んだ瞳で少女は謳う。


「例えるなら地獄に降り立った暗黒の救世主(メシア)……魔神どもを統べ、魔神王をも越えし者……」


 人類最強の攻撃に視線すら合わさずに、アシュタロス=ミリ=シナバーラインは尊敬と忠誠と情愛を込めてその小さな唇を動かした。


「獄円卓第一席にして筆頭――超人ベルゼバブ=ロバーツ=タチバナ様でございます」


 ヒトを越えし、魔人を越えし、魔神の王より魔に近し暗き暗黒の救世主ーー閻王の因子核を持つ覇王が1人。3名の創造神メインユーザーに選ばれた異世界から来た人間の1人タチバナという異世界人。


「僕が……超人か」


 マスターと呼ばれた男は少し苦笑する。元の世界にいた時は体を動かすことすらままならぬ病人だった男は自虐的な笑みを浮かべていた。


 そして思い出す。


 訳のわからぬまま異世界ルナリスに転移し、自身を出迎えたのは円卓に座す6体の魔神王ーー獄円卓(ゴクエンタク)。自身の椅子と合わせ7席からなるルナリス最強の力を持った従者(ヴァレット)達。主皇から切り離された7つの(ちから)を持った魔神(ソロモン)達であった


「はい麗しのマイマスター」


 プレイヤーを導く使命を持つ魔女(ストレーガ)ーーアシュタロス=ミリ=シナバーライン。彼女はそこまで言ってようやく自身の首に突きつけられている玄志郎の手刀に視線を写した。

 その接触部分には傷1つ着いてはいなかったのだ。密着状態から放つ気技(オーラスキル)の奥義を受けて。


「結界を通過できる唯一の武器……肉体をもっての捨て身の攻撃ですか……戦闘狂のベリアル(ベイ)辺りなら笑い話位にはなったでしょうね」


「秘書子ちゃん? 僕の知ってるアニメ……いやお話だと、ふつー女の子が大の男にそこまで密着されたら『キャー』みたいな悲鳴が上がるもんなんだけどねぇ……そーゆーのないのかな」


 ベルゼバブの言うとおりアシュタロスと玄志郎は肌が触れ合うほどの距離で対峙しており、見た目思春期の少女であるアシュタロスのリアクションは少々不自然ともいえる。高位霊子体ーー魔神王(ジュデッカ)である彼女が展開している防御結界は体表面から1メートル四方からーー結界中和能力、もしくはレベル3以上の魔法攻撃を持たない人間が高位魔族に攻撃を通すにはその1メートル以内から攻撃を行わなければならない。故に大の男と年端のいかない少女の密着状態であるこの状況学園アニメとかでよくあるシーンに見えなくもない。ーーだがそれは、只の少女であった場合の話だ。


 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ


 アシュタロスの首もとから黒く、おぞましい色彩の腕が現れる。それは瞬く間に彼女のツノを経由して増殖していき、その数が20本に達した後ゆらゆらとうごめき始めた。


「蟻に体を触られて声をあげる戦車はございません……ミリ達魔神(ソロモン)にとって人類はその程度のものなのです。

 でもまぁ驚きもしました。蟻でも我が結界内に入り込める速度を出すものがいるのですね。通常防御から物理防御結界に切り替えず、直撃を食らえば少しダメージを受けたてでしょう……マスターのお優しい御忠告に感謝いたします」


 苦笑するベルゼバブ――この世界へ来る前、ヒュー=ロバーツ=タチバナという人間だった男は苦笑した。自分の忠告のせいで更に酷い殺され方をするだろう男に同情したからだ。


「ヒト種にも視覚化出来るようにしてあげました……見えますかミリの結界達(プライド)が。」


「うごけ、ない、な。これも結界なのか。

 魔人の結界と、大分ち、ちがうよう、だ」


 既に勝負を諦めてしまっているのか、玄志郎は渇いた笑顔で減らず口を放った。彼の体にはアシュタロスから出た無数の腕ががんじからめに食い込んでおり、そのまま宙へと持ち上げられていく。


魔人(アンバー)の結界ごときと一緒にされるとは……プスス。違いますとも……我々獄円卓の多断層防御結界は魔人のモノとは別格ですとも。

 いかなる魔法言語や物理攻撃を無効可し、無限の回復力を有し、更に転じて攻撃手段ともなる無敵の能力なのです」


 アシュタロスは高揚したように宙吊り状態のサムライの後方、元戦友だったモノ(..)に視線を写す。


「あなたの友達が便所に駆け込む前みたいな必死の形相で打ち消した結界は1枚だけ……お分かりいただけます? プスス」


(多断層結界……そういう意味かよ。全部で21もの結界……へ、へへ……のっけから勝負にもなってなかったわけかい)


 人類最強を誇りとしていた男は宙吊り状態からうなだれた。丁度うずくまる影王と、さっきまで戦友であった物体が目に入る。マイクロミリ単位の薄さになってしまった戦友を。

 まるでそれは大地に咲いた一輪の牡丹の花にも見える。戦友の展開した特型武装気はアシュタロスの攻撃を受け止めるとこが出来なかったのだ。初めから蟻と戦車の戦いだったのだ。自分が今生きているのもただ、このアシュタロスという少女の気紛れなのであろうと失笑しながら。


「早く、殺せよ。俺もメッシーナのダンナみたいに、よ」


「マイマスターどうですか(ミリ)のせんとうしーんは? 気に入ってもらえましたか?」


 先程まで悪魔の笑みを浮かべていたアシュタロスは閻王(タチバナ)に振り返っていた。その表情は恋する少女のそれであり、宙吊りの玄志郎の言葉など全く聞こえていない様子である。


「あははっ 戦闘シーンね。堪能したよ秘書子ちゃん。でもまぁ……」


 ちょっと相手が弱すぎて楽しめなかったかな。

 そういった空気を即座に読んだアシュタロスは人差し指を曲げる。


「では、こんな余興はいかがでしょう」


 グンッ――――――――


 角からでる21本もの”腕”が城塞都市全体に伸びていく。それ、は遥か彼方に見えていた、崩壊した家の柱に挟まれ、虫の息だった母親と、その惨状をどうすることもできず泣き叫んでいた小さな少女に巻き付き。


 グンッ――――――――


 その場に引き寄せた。


「悲しいですか人間のメス。ほらお母さんですよ」


「…………っ」


 アシュタロスの質問に少女は答えなかった。ただ、先程まで出ていたであろう嗚咽すらも消え、ただ虚ろな眼で空をぼんやり眺めるだけであった。


「プ、プススそうでしたね。人間は地上で最も脆弱な生物でしたね。忘れていました」


 それもそのはずである。

 結界術により亜音速で引っ張り寄せられた反動で、その少女の鼓膜は破れ、まだ未熟な身体の筋から骨からがズタズタになり悲鳴をあげているのだから。つぶらな大きな眼からは血が流れ、耳と口からは血のあぶくを出していた。


「ほら、貴方のお母さんを助けてあげたというのに。何のお礼もしてくれないんですか? プスプス」


「な! 何をする気だてめ――」


 ――バン!


 言い終わるより先に宙吊りだった筈の玄志郎は次の瞬間地面を嘗めていた。まるで子供に操られる玩具のように。猫に弄ばれるネズミのように。――圧倒的戦力差に己の無力さに涙を流し、唇を血が出るまで噛みしめ抵抗するがびくともしなかった。しかもあのアシュタロスという女はこっちを見てもいない。


「お母さんもほら――娘と再開できて嬉しそうじゃないですか」


 モギョっ


「て、てめえ!や、やめ! が、ああああ」


「プスプスプスプスプス」


 モギョモギョモギョぶち


 その光景に悲鳴にも似た叫びを上げるが微動だに動けない玄志朗。笑うアシュタロス。だんだん小さく(...)なっていく母親。血のあぶくを吐きながら眼を見開く母親の娘。


「ほら出来ましたよプスス。お人形さんが」


「――――――――っ」


 少女に手渡されたそれはさっきまで母親であったモノ。であった。幼児の頭くらいのサイズになった肉塊の人形。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 名も知れない少女は狂ったように叫びを上げる。バキバキに折れた四肢を使って人形を不細工に抱き抱え――――事切れた。


「プスプススプスス。これがミリの能力ですマイマスター。圧殺結界プライドブレイカー。斥力と引力を司る魔神王――アシュタロス=ミリ=シナバーラインは貴方の従者(しもべ)でございます」


(うーん出来る部下ですよ。というアピールなんだろうけど……これじゃ完全に悪役だよねえ)


 ベルゼバブ=ロバーツ=タチバナは苦笑する。


(でもまあいいか。しかしこんなシーンを目の当たりにしたのに何も感じないなぁ……僕って本当に自己チューで(クズ)い人間だよホント)


「堪能したよアシュタロス。流石閻王直下の――」

「うおおおおおお!おおおおおおおお」


 タチバナと玄志朗の叫びが被る。

 異世界の男は再び失笑しただけであったが、アシュタロスの顔色は尋常ではなかった。美しい顔を憤怒に歪ませ這いつくばる玄志朗に歩み寄る。


「マスターの……マスターのお褒めの言葉をさ、遮るとは……」


 バキべき!


「くああ!?」


「ほ、誉めて貰えたのに! マスターにい!」


 ボキバキベキ!


「――――っあああ!」


 アシュタロスがにじりよる度に玄志朗の指があらぬ方向に曲がっていく。リズミカルに。


「ただで死ねると――」

「まあまあ秘書子ちゃん」

「マ、マスター?」


 アシュタロスの肩に手を置いて制すタチバナ。そして這いつくばる玄志朗まで歩みより、しゃがみこんで覗き込む。


「なあ、異世界の人間さんよ。あんなみずしれずの親子が死んだところで何故君が怒り、猛る必要がある?」


「な、な、ん、だと」


 激痛で掠れる視界で玄志朗は訝る。


「赤の他人だよあの親子は。正義感かな?」


「お、お前達みたいなのを、こ、この世に解き放つ訳にはいけない。お、俺たち天涯十星は――」


「成る程使命感か。納得ナットク。ではその使命感の原点は? 幼き日のトラウマ。もしくは焦燥感がそうさせるのだろうねえ……だが」


 玄志朗の脳裏に幼き日の無力な自分が写し出された。父を、母を無くし家臣を無くし、妹と二人での逃走の日々が。己の無力のせいで失った平穏が。


「僕にはその思い出が無いんだ。あるのは白い天井と白いベッドの思い出だけさ。あと……心配そうに唄う幼馴染み声だけでね。だから――」


 タチバナは笑う。


「君を羨ましく思うし今の状況に同情もする。でもさ――」


 どこまでも人を食ったような。何処までも非現実的に、どこまでも無責任を具現化したような男は笑う。


「そんなにムキになるなよ。所詮ゲームじゃないか」


 ゲーム。

 遊戯だと言いはなった。

 玄志朗の意識は既に途切れタチバナの言葉は届かなかったが、この場にはもう一人、閻王の声に酔いしれるアシュタロスでもなく、別に、男が放った言葉を受け止めたヤツがいた。


「ゲームだと」

「この世界がゲームだと」


 遠い昔にモニター越しに見ていた世界、気の遠くなるほどの昔に聞いた言葉。



【このゲームを立ち上げたら最後――貴方は今を失います】



 あの後悔を、あの時の自分に憎しみを、この世界は地獄だと叫んだ失われた過去を。


――GAME。


 ポツリと、黒の魔人は呟く。


「……遊びで、だと」


 だから何をしても、どうなっても、誰が死んでも良いと。お前は、己はヒトだと言い放った男が、人であるお前がそういうのか、と。


「ならば、人にも魔人にもなれない愚かな俺の……」


 ――瓦礫と化した城塞都市に、激しい怒気が立ち込めつつあった。


「お前は敵だ……上位種、魔神ソロモンの王」


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