第6話 彼女達の黃金
蒼き小剣アイスファルシオン――シャルロットの為にユウィンとアヤノが竜の国ソーサルキングダムの竜王、バハムート=ガンツ=ヨルムンガルドより授かったオリハルコンの至宝であるが、現在それは地中深くに埋まっている。シャルロットの激情により高まった渾身の投擲によって、地中深くにめり込んでしまった為だ。
『オラってばこれからどないなるんやろ……不安やわぁ~』
剣に宿る竜人プリューナグは溜息を付く。
だがあまりうろたえてはいないようで言葉からは余裕を感じさせた。地上では半壊したリングの補修工事が始まったらしく少し騒がしくなってきている。
『たまには地面にめり込むのも良いもんや、でもこれ何メートル位の場所やろメッチャ暗いけど』
実は埋まっている場所は地中にして50メートル付近なのだがプリューナグにはそんなことは解らない。「まぁお嬢がそのうち拾いに来てくれるやろ」その位に思っていた。
『いやマジでお嬢にはビビったわぁ……まさか乳突いただけであんなに怒るとは思わへんかったしなぁ』
シャルロットの剛力でヒビ割れた柄を確認する。
『完璧に亀裂入っとるやんけあっひゃっひゃ! オリハルコンで出来たオラの憑代にヒビをいれるってどないな腕力やねん! そしてあの巨乳! ますます気に入ったでお嬢、やっぱ人間領に来てよかったわ』
リングに空いた大穴の底でプリューナグは愉快そうに笑っていた。……笑ってはいたがふと冷静に考えてみた。少し前に主人が自分に対して言い放った一言を思い出していた。「今度それだしたら燃えないゴミの日に出すよ?」……そんなことを言っていた気がする。
『ももももしかして心のチンチンでオッパイ突いたの不味かったか!? まさか……まさかこんな可愛ええオラを本気で捨てるとかないよなぁ!? ……つーかオラの事忘れてるとかないよなぁ!』
ゴゴゴゴゴゴ。
周囲の土が動く音がした。これはおそらくリングの穴を塞ぐ為に補修工事が行われ出したのであろう。土系列の魔法言語により急速に大穴が塞がりつつある。
『ちょっと待ってやオラまだ此処におるって!? うおぉぉぉい埋めんといてぇぇぇ入ってまーす! ここ入ってまーす! うぉぉっぺっぺっ土かけんな言うてるやろ! ペッペッあかん、全然地上まで声届かへんみたいや! オラ生き埋めとかいややぁぁぁぁ死ぬ時は腹上死って決めてるんやぁぁぁ』
プリュ―ナグ改めPちゃんの叫びも虚しく、アイスファルシオンは地中50メートルに埋め立てられた。
『でもまぁ竜族はこんな事では死なんねんけどな』
それに今現在自分は抜身の剣に憑依し、主人の因子、魂と粒子レベルで融合しているので窒息死する心配もない。
ユウィンとアヤノによって繋げられたDOS融合術式とは、プリュ―ナグの持つ竜刻印とシャルロットの因子核を直結させる特殊術式である。この回路が切れないかぎり、デバイスはどんな過酷な環境下でも生命を維持することができるし、やろうと思えば主人の元まで身体を粒子変化させて転移することも出来る。
『しゃあ無いな、自力で転移するか』
仕方なしにPは観覧席に移動しつつある主人のいる場所へと意識を向けた。
『よし捉えたで……ん?』
が、冷たい地面の中でプリューナグの意識は別の場所へと誘われる。
”身体粒子変換”――DOSとなって日が浅い少年ではあるが、初めての使用に不安はなかった。が、少年はこの後混乱する事になる。主人であるシャルロットの乳目掛けて転移したはずが――周りを見渡せば一面”白”――白い砂浜、白い海、白い空間にいつの間にか自分は立っていたのだから。
『何処やねんここ』
周りを見渡すと砂浜に波が静かに打ち付ける”白い世界”で1人の女性が立っていた。白い砂浜に生える純白のワンピースに黄金の翼を持った小さな女性、非常に幼い風貌から少女を思わせるが、その容姿は少し大人びても見える。
女のすぐ横には砂浜に絶妙に似つかわしくない赤い2人掛けクラシックソファーが2席、クリスタル硝子で出来た氷入れに、酒が何本か並ぶ黒大理石のローテーブルが置かれており、そのさらに横には看板が砂浜に直接突き刺さっていた。看板には”クラブサンディアナ”と書かれている。
「あら久しぶりの来客……お客様かな? でもゴメンね? ウチは一見さんお断りなのっ」
何やて!? プリューナグは訝る。会員制やと!? もう一度訝る。
『めっちゃ残念やわぁぁ……オラ今年で50歳児やからそろそろこういう店経験してみたかったんやけど』
ノリの良いPちゃんは空気を呼んでシュンと俯いた。内心で「ここ会員制スナック?」一人ツッコミをしながら。
「なっははっ な~んてねっ嘘だよゴメンゴメン」
急に砕けた口調と子供のような表情なったホステスさん? は頭を掻きながら楽しそうに笑った。その拍子に彼女のワンピースごしからでも確認出来る果実がたゆんと揺れた。
(なん……やと、このネーチャンの乳、お嬢とドッコイくらいデカイやんけ)
「じゃあ折角だから一杯どう? 久しぶりのお客様だしオゴっちゃうよんっ」
何処から出したのか、すでに彼女は酒の入ったクリスタルグラスをマドラーでかき混ぜていた。
『ほんま? えろうスイマセン……じゃあ遠慮無く』
Pは白い砂浜に似つかわしくない本革張りの赤いソファーに腰掛ける。
「始めましてPちゃん。まず始めにお礼を言わせてね?……シェリーの事励ましてくれてありがとうね』
シェリー? あぁ、お嬢の事か。この巨乳ネーチャンお嬢の知り合いなんやろうか誰なんやろ? それにオラ、褒められるような事したかいな? 全裸+丸出しでソファーに腰掛ける少年の頭にクエスチョンが浮かぶ。
『オラお嬢にセクハラしただけやで?』
「んっふふっ♪ シェリーがユウィンの事で元気なかったから元気づけてくれたんだよねっ」
『なっ!?……何で』
氷竜人であるPの白い肌が朱に染まった。
『オネーサンにはわかってるって、君が良い子なのは……ね?』
女はPにかき混ぜたグラスを差し出した。中には湯気の立つ琥珀色の液体が揺れている。
『ま、まぁええわ。……でもこれ酒でっか? オラ初めてやわぁ』
どうも調子が狂う女やなぁ。
Pはバツが悪いので話題を切り替えた。まだ少し顔が赤い。
少年は生まれた時から問題児扱いされていた為褒められるのに慣れていない、女性に対してセクハラじみた真似をするのも生まれてすぐに母を失った心の穴を埋める為なのである。自分の気恥ずかしい部分を全て見透かされてそうで、いつも全裸でいることにすら恥を感じない幼い竜人が羞恥を感じるという珍しい状態であった。
「うん、ホットバターラムって言うカクテルなの。大丈夫よ? ちっちゃい子にも飲めるように薄めにしてあるからさっ」
ホステスさんの視線が一瞬Pの下半身に移ったが、すぐ戻る。
『あのぉ……オラのチ○チ見ながらちっちゃいとか言われると軽くショックやけど』
「あははゴメンねチラッと見たのバレた? 久々に見たもんで気になっちゃって♪ こう見えてオネーサン結構良い年だからニャッハッハ」
400年も此処にいるからねぇ。
プリューナグは気付かなかったが女の小さな口がこう動いていた。
『ネーチャンん全然若う見えるで? お譲とそんな変わらんように見えるけど』
「シェリーと? あは♪ ちょっと嬉しいかも。娘と並んで歩いててお姉さんですか?って言われるくらい嬉しいかも」
クラブ”サンディアナ”のホステスさんは子供のようにはしゃいで笑う。そのあまりの可愛らしさにPは一瞬息をするのも忘れたほどだ。背中に黃金の羽を持ったホステスさんは子供がそのまま大人になったような、綺麗なのだけど愛嬌があるような、ドレスを着て牛丼屋に入りそうな、そんなアンバランスさを兼ね揃えた女性だった。
『ま、まぁええわ』
何度となく調子を狂わされ動揺しながら、受け取った湯気の立つグラスに口をつける。
『おっ』
喉にすっと入ったあとレモンとバターの薫りが鼻を抜ける、今まで味わったことのない風味が広がった。
『何やこれメッチャ旨いやん』
生まれて初めての味だったようだ。目が爛々と輝き、体が一瞬で温まったのか赤くなっている。
「そう? 良かった、昔私の大切な人が教えてくれたお酒なの……好きな女の子が出来たらとりあえずコレ薦めるんだとか言ってたなぁ」
ホステスさんは少し嬉しそうに微笑む。彼女にとっては400年もの昔の事だが昨日のことのように思い出せた。ブルスケッタという汚れた街で出逢った不思議な男との思い出を。
「自己紹介が遅くなっちゃったね、私はマリィ=サンディアナ。このお店のママさんなの」
『チーママっちゅうヤツでっか?』
「それ〜ちっちゃい子の返しじゃないよぉ〜流石の50歳児だなぁ~♪」
変な娘だなぁ~とか言いながらマリィも自分用のグラスを傾けた。ちなみにチーママというのはNo.2の店長補佐の事なのでこの場合間違いである。此処はマリィの世界であるから。
「今日は楽しんでってね? オネーサン精一杯サービスするからねっ」
『サ、サービスですのん!?』
Pの眼が見開かれる。その視線の先にはマリィの胸にぶら下がっている果実だ。先程から彼女が笑う度にたゆんたゆん揺れている。
「あ、おさわりは無い店だからね♪」
『ですのん!?』
キャラブレを起こす程に動揺していたが、少年は必死にエロい心を顔に出さないように務めた(実際は超出てた)。
「さぁPちゃんどーぞどーぞー?」
「あ、お代わり入れてくれはんの? どもどもすんませんどーも」
「あっはは♪ Pちゃんほんとに幼児?注いじゃうけどね~」
「んぐんぐんぐ……ぷっはぁ~旨い! 旨いでぇぇ」
「あ、チィラミスチョコもあるよ?」
「ほな頂きます……コリコリ……チョコうまっ!」
「どーぞどーぞー♪」
「ごっごっご……くっはぁ~~こら酒が進むでぇぇ」
「気に入ってくれた? よかった~♪」
しかしここでPの様子が急変する。フラフラと頭が揺れて焦点があっていない。
「で、でもネーチャン……この酒ホンマに薄いのん? オラめっさクラクラしてきたけど」
『あ、あれ? 幼児君にはあれでも濃かったのかな……ご、ごめんね久しぶりのお客様だったから』
心配そうに自分に擦り寄ってくる女を横目に捉えたPの口元が緩む。『計画通りシャキーン!』そういう顔だ。彼は調子を狂わせっぱなしでは終われない、そういう男だった。漢と書いて男だった。酒を勧められた時から狙っていたのだ。酔ったふりをして――揉んだるで! と。その視線の先にはホステスさんの胸元、たわわな果実、神々しい巨乳、オッパイがロックオンされていたのだ。
『隙ありやでぇネーチャン!――――ギャァァァーース!』
だがその刹那の時、Pの両眼に2本指が刳り込まれる。マリィと、悶絶して転げまわるPの間に、もう1人小さな女の子がいつのまにか立っていた。
「コラコラ此処はそういう店じゃないから……全く、マリィさんはガードが緩いよもぅ」
「ごめんねマリアありがとう。あ、紹介するわねっ、このチャイナ服の娘はマリアちゃん。うちの店の看板娘なの」
現れたチャイナ服の女の子は背格好容姿ともに非常に似ている。髪の色が栗色のマリィと黒髪のマリア――双子だと言われたら即納得するレベルで似ていた。
『眼がぁぁぁぁ眼がぁぁあ!』
「あ、あれ? 大丈夫かな、ちゃんと手加減したよねマリアちゃん……」
「いつも全力全開だよ? この店の看板は私が護る!」
ムンッと構えをとってみせるマリア、徒手格闘の心得があるような滑らかな動きだ。
「あのねマリアちゃん……看板娘ってそういう意味じゃないからね? 用心棒的な意味じゃないからね?」
『眼がぁぁぁぁ眼が見えへ~~~ん!』
転がり回るPちゃんを見ながらマリィは小さく微笑んだ。
(本当に久しぶりだなぁ……こんな賑やかなのは)
そしてPちゃんに追い打ちをかけようと構えているマリアを見てもう一度微笑んだ。――此処はマリィの世界、マリアが此処に来た102年前まで、彼女は300年もの間ずっと1人でこの白い砂浜で佇んで来た。その全ては皇を守護する権限者として生まれてしまった運命から。彼女の因子核、メインユーザー姫乃から分け与えられた魂の欠片、因子に刻まれた権限は”プレイヤーを援護せよ”何度となく生まれ変わり、人皇を命を賭けて護るようプログラムされた戦女神最後の1人。
世界の始まりより生きるプレイヤーを導く運命を課せられた『イザナミ=アヤノ』、人皇が全生命を掛けて守らねばならない神の器である『アンリエッタ=トロンリネージュ』、彼女達に続く第3の戦女神『シャルロット=デイオール』――此処はマリィの世界、しかし同時にシャルロットの世界でもある。つまり彼女達は――
「にゃっはっは♪ シェリーを助けてくれたお礼がしたかったんだけど、ま、いっか」
「どうせ現実世界に帰ったら此処のこと忘れちゃうしね」
「そっだね」
「じゃあマリィお姉ちゃん、この子そろそろ帰す?」
「うんお願いっ」
マリアは両眼を押さえて転げまわるPの首根っこを掴んだ。
(ん? 何や何や? 何も見えへんし両眼の激痛で感覚が曖昧やけど、これはなんかあの時に……)
ゴッ。
マリアの体から金色の炎が上がり、首根っこを掴まれたまま気配を察したPの体が硬直した。
(あの時に……お嬢にぶん投げられた時の感覚に似てるでぇぇ!)
そのままマリアは大きく振りかぶった。
「うぉ、りゃぁぁぁあ!」
『ぎゃあああああああ!』
音の壁を超えそうな勢いで少年は飛んだ。マッハを超えた辺から目の痛みなんてどうでも良くなる程にかっ飛んだ。そのまま白い世界の空にぶち当たり、音を立てて砕けた空の彼方へ吸い込まれて行った。
砂浜に残ったマリアは少し寂しそうに微笑む。
「いいな……私ももう一度お外に、出たかったな」
それは絶対にもう不可能な事だ。それは重々に解っている……だからこの白い世界に存在しているのだから。此処は権限の世界――”因子”となってしまった自分達はもう人ではない。”シャルロット”の中の力でしかないのだから。
「マリアちゃん……」
マリィが呟くと、マリアはハッとなって目を擦ってから笑顔を作った。
「ま、全くマリィさんも物好きだよっ……こんなセットまで作って。これどうするのぉ?」
ソファーとテーブル、マリアは”クラブサンディアナ”のセットを見ながら気弱になってしまった自分を誤魔化して笑ってみせた。マリィも彼女の心境を察してあえて何も言う気はないようだ。
「シェリーの従者になってくれたんだからお礼しようと思ってねっ。私接待の方法ってこんな感じしか知らなくて……にゃはは」
「マリィさんお母さんみたいっ」
マリアは元気を取り戻してくれたようだ。クスクス笑っている。
「うん……シェリーは私の子供みたいなものだから。それにセットはほら、この通り」
パチンとマリィが指を鳴らせば、クラブセット一式が霧となって消えた。奇抜な配色の物質が削除され、真っ白な砂浜に静寂が訪れたようにガランとした雰囲気を感じさせた。
「そだよね……Pちゃんの眼、突いて悪かったかな」
「ンフフいいんじゃない♪ あの子ちょっとやり過ぎる感あったから良い薬になったと思うよ?」
そこでマリアはハッとなる。
何やら先程のマリィの言葉に気に入らない一言が混じっていたらしい、身体からオーラが立ち上り髪の毛を逆立てながらマリィに詰め寄る。
「ってマリィさんドサクサに紛れて何言ってんの!? 子供ってなに? まさか竜の騎士さんとの子供だとかいわないよね!」
「んふふっ♪ ハッキリ言ったほうがよかった? ユウィンと私の――」
「言わなくていいよっ! そんなわけ無いでしょー! そんな事してないでしょー!」
「え? にゃはは」
「あ、やめてぇぇぇその顔ヤメてぇぇぇ聞きたくない! 竜の騎士さんの過去なんて聞きたくないぃぃ同じ顔してるのに何でぇぇぇ不公平だよぉぉぉ」
「まあまあ落ち着いてマリアちゃん、でもまぁシャルロットって私の生まれ変わりな訳だし間違ってないかと」
「私の生まれ変わりでもあるもん!」
はぁはぁ息を切らしてマリア。
「そうだね、だから今度こそ。なんだよ」
マリィの言葉に一瞬でマリアの表情に影が差した。
この世界からは決して出れはしないが、彼女達はシャルロットを通じて外の世界が見えている。自分達のクローン体、”メア”がユウィンを苦しめている事を。ユウィン=リバーエンドが今自分達のせいで再び暗黒へ落ちようとしていることを。
「竜の騎士さん……私と出逢った時とは比べ物にならない程辛い顔をしてた」
「メア=アウローラちゃんがユウィンの魔法因子核を砕いたことによって、きっとユウィンは私達を死なせてしまった罪悪感に押し潰されそうになってる……全く、400年も経ってるのに相変わらず心が弱いなぁアイツめ」
「そ、そんなこと言うの酷いよ! マリィさんと……私達と同じ顔、同じ声のメアちゃんに攻撃されたんだよ!? ずっとマリィさんを生き返らせる方法を探して探して見つかんなくて、敵を討っても、強くなっても、ずっと救われなかったあの人が、平気でいられるわけないよ、罪悪感を感じないわけ……ないもん」
マリアの声が小さくなっていく。俯いて涙を耐えているようだ。
「だから……ね? マリアちゃん」
マリィは背中の羽をぴょこぴょこ動かしながら握り拳を作った。
「今度ユウィンに逢ったら……『シッカリシロー』って思いっきりぶん殴ってやろうね♪」
「……はえ?」
間の抜けた声が出てしまった。それから少ししてマリアは理解する――マリィが誰よりもユウィン=リバーエンドを想っていることを。彼の事を考えていることを。
マリアは少し嫉妬した。握り拳を作って自分にウインクするマリィに。全く、同じ容姿を持つのに何故にこんなに違うのかと。
(敵わないなぁ……もぅ)
溜息を一つ。
でも喧嘩だったら私の方が強いもん。
物理的には自分の方が彼を助けられる、という事で勝手に精神を安定させた。マリアの持ち味は単純な所なのだ。
「でも実際問題は山積みだよ? 竜の騎士さん何処にいるのかすら解らないし」
「そ~なんだよね~アイツ何処行っちゃったんだろ」
「マリィさんの力で語り掛けることは出来ないの? 前に影王さんにやっていたみたいに」
「それは無理なの……ユウィンは私を拒絶してるもの。だから私の声は外からでは届かないの」
「な、なんで!? あんなに姉さんの事を想って生きてきた人が」
「さっきも言ったけど、彼は私を死なせてしまった事を後悔し続けている……きっと私が自分を恨んでいると思っているんだと思う。アンリエッタちゃんのおかげで昔よりはマシになったみたいだけど、本心では私に逢うのが怖いのよ」
そこまで聞いてマリアの脳裏に1人の女の名前が浮かぶ。
実際問題メア=アウローラという少女を見た時に検討は付いていた。黃金武装気を操るクローンを作り、100年以上前に王都全体に術式を張り巡らせる事の出来る人間――今回の黒幕の名に。
自分の体に神呪刻印といわれる術式を打ち込み、戦闘人形初代”曙の女神”として作り変えた張本人――リィナ=ランスロット博士の名を。
「そこをあの女につけ込まれたんだ」
「そういう事」
マリアは唇を噛んで拳を握りしめた。ランスロット博士はマリアにとって育ての親であり、憎むべき女であり、愛しの竜の騎士にとっての敵でもある。
「でもマリィさん、ランスロット博士って一体何者なのかな……何で竜の騎士さんやアヤノ様の事にあんなに詳しいんだろ」
「それは私の権限では解らないよ。おそらく私が生まれる前から生きている人だし、それに私達の権限はあくまで人皇であるユウィンを援護、守護する為のもの。全てを知り、解読するのはアヤノ様の”導き手”としての権限だけだもの……ただね」
「ただ何?」マリアが小首を傾げる。
「あの女は権限者と人皇を恨んでいる……そんな気がするよ」
マリィは思い出していた。
400年前、ブルスケッタにフラリと立ち寄った女医の顔を――そして自分とユウィンを見た時のあの眼を。
(あの眼は……”憎欲”)
憎しむ喜びを帯びた瞳、人間の闇の部分と常に隣り合わせで生きてきたマリィ=サンディアナには解ったのだ。あの瞳の奥にある狂気と、恐らく自分が死ぬ事になった事件を引き起こした張本人だという事も。
「リィナ=ランスロット……不死身の復讐者」
マリィには珍しく顔が強張った。が、すぐに笑顔に戻る。
「でもま、シェリーが何とかするって! 何せ私達が望んだ自慢の娘なんだから」
「ん~心配だなぁ……あの娘ちょっと頼りないからなぁ、まだ私ほど上手くオーラ使えないみたいだし」
「大丈夫ダイジョウブ! あの娘は掴むよ。きっと……今度こそ」
「竜の騎士さんの?」
「ユウィンの掌をねっ」
マリィの笑顔につられてマリアも笑う。
その笑顔には必ず大丈夫だと信じられる芯の強さを感じさせた。「今度こそ」この言葉をマリィは400年、マリアは100余年もの間、この白い砂浜で願い続けてきたのだから。人皇としての宿命を課せられた哀れな人形ユウィン・リバーエンドの掌を掴み、救う為に願い続けていた想いなのだから。
不意にマリィが何かを思い出したかの様に手を叩いた。
「あはっ♪」
「どうしたの? 急に笑いだして」
「むふふ♪ 急に思い出しちゃって、アヤノ様が昔教えてくれた桜の話……」
「サクラ? 桜って春に咲く?」
マリィは数百年に渡り2人の男を見守って来た。
「うんそう。400年前、私の病気を直してくれた時に、桜についての昔話を教えてくれた事があったの、ジパングに咲く”コノハサクラ”っていう桜の話」
「が、どうしたの?」
「えっとネ? にゅふふ」
「なになに? 気になるよぉ」
マリィは数百年に渡り2人の男を見守って来た。
ユウィン=リバーエンド――マリィが異世界から来た男に送った名前。彼の元の名を知っているのは今ではもう彼女しかいない。
だから見守ってきた――元の名を持つ男と、名前を送ったあの人を。
彼らを救うためにマリィは2度死んだ。
一度は兎の魔人から、元の名を捨ててしまったあの人を守って。
二度目の人生で、彼女はマリアという少女に生まれ変わる。彼女は黃金覇王と呼ばれていた。あの人を守りきれなくて、欲した力が具現化した強い自分の姿。だが、マリアもまたユウィン=リバーエンドの為に命を落とした。だから――
「あの話、そっくりだなって思って……シェリーと私達に」
「???」
「にゃはは」
マリィは恥ずかしそうに笑ってみせる。彼女の生涯でアヤノと話をしたのはそれが最後だったのだが、覚えていた。病気が治っても残りの寿命が少なかったマリィにアヤノがぶっきらぼうに、だが少し恥ずかしそうに話してくれた桜の物語を、その詩は火の国にたった1本だけ生える桜の大木――マリィは空を見上げた。400年もの間ずっとずっと見上げてきた白い、何も無い大空を見て呟いた。
大丈夫だよユウィン……今度こそ、今度こそ貴方を救ってみせるから、私とマリアと……私達のシャルロットが。 だから泣かないで?
「黃金の花は……3度咲くから」
その花は黄乃覇桜の大木に咲くんだって? ねぇユウィン、似てるとは思わない?……私達に。
白い世界に黄金色の風が吹き抜けた。




