第4話 氷竜王プリュ―ナグ 中編
数カ月前の出来事――飛翔術式で王都トロンリネージュより飛ぶこと約2時間あまり、イザナギ=アヤノ=マクスウェル、ユウィン=リバーエンド、アンリエッタ=トロンリネージュの3名はルナリス大陸最北端、魔人領の一角にあるドラゴン達の世界に降り立っていた。
竜人達の居城ピラーオブクリスタル――竜人達の住むドラゴン領ソーサルキングダムの中心にそびえ建つ全てが水晶で建造された100メートルの高さを誇る塔、宮殿である。
ドラゴン領はその昔ルナリスが創造された900年前に2体の神竜の夫婦によって作られた国であり、建造物、通貨に至るまで全てが水晶で出来ている、この世のものとは思えない美しい場所なのだ。
ドラゴン国の住民、竜には階位が存在し、人型に転身出来ない並のドラゴンを通常”竜”と呼ぶ。
その上の階位が最も数の多い俗に”竜人”と呼ばれる魔人と同格の中位霊子体である――その中で身体に”竜刻印”と呼ばれる刺青を持って生まれた竜人を”竜王族”と呼び、更にその中で竜王の中の竜王、皇の器を持つと認められた者にのみ”バハムート”の名が贈られる仕組みとなっている。
そして最上位が”神竜”である。
現在一体足りとも存在しないが天使や魔神(高位霊子体)と並ぶ神格の存在――。
天神竜クリスタルドラゴンと海神竜レヴィアタン――ソーサルキングダムはこの2体のドラゴンが創造し、子を産み、栄え、今に至るが、今現在その2体のドラゴンは存在しない。
それは何故か、一度ドラゴンの世界は創世記戦争の少し以前に崩壊寸前にまで陥ったのだ。
全ての竜人の母、レヴィアタンの乱心によって――
竜族の父、神竜クリスタルドラゴンは乱心した妻レヴィアタンと戦うことを決意し、三日三晩の激闘の末勝利を納める。
しかし同時に瀕死の重傷を追った彼は自らの体組織を飛び散らせながら火山口へと姿を消したとされる。神竜から飛び散った水晶の破片は国中に降り注ぎ、そのまま街となった。それがドラゴン領ソーサルキングダムの始まりである。
「まぁ……何て美しいところでしょう。この世のものとは思えません……」
ピラーオブクリスタル竜王座の間に降り立ったアンリエッタは感嘆の吐息を漏らした。無論のことである――宮殿はおろかインテリア、建具、エクステリア、植物、街、国中に至るまで全てが水晶で出来ており、まるで神話の世界に飛び込んでしまったかのような美しさであるのだから。
「あぁ、君にこの風景を一度見せたかった……気に入ってくれただろうか」
「まぁユウィン様……嬉しいです。……私、貴方がくれたこの風景を一生覚えておきますね」
「そうか、喜んでくれて良かった」
「そこのバカップル、仮にも竜族の長の御膳だ。わきまえろ愚か者」
微笑み合う二人にアヤノは少々の苛立ちを含んだ口調で言葉を漏らす。
「そんなアヤノ様カップルだなんて……!……あ、その、大変失礼致しました」
「失礼を、そしてお久しぶりですバハムート=ガンツ=ヨルムンガルド公、その説はお世話になりました」
アヤノを先頭にした3人の前に座す老いた竜人に頭を垂れるアンリエッタとユウィン。だが竜族の長老、ヨルムンガンドはシワだらけの顔でくったくのない優しい笑顔を作った。
バハムート=ガンツ=ヨルムンガルド――クリスタルのツノを持つ竜老人。創世記より生きる最長老であり全ての竜人の中で神竜に最も近く、全ての竜王の纏め役でもある男。創世記戦争でアヤノ、アーサーと共に初代魔王と戦った盟友である。
「お気遣い感謝いたしますぞ紅い魔女様。いやでもしかしじゃ、こんなジジイに畏まる必要はありませぬてホッホッホッ。ユウィン殿も久しぶりじゃのぅ……アユレスも元気にしとるみたいじゃ結構結構」
ヨルムンガルドの言葉に応えるように、ユウィンの背負う長剣に光が灯り黒髪に黄金のツノを持つの美女が現れた。 バハムート=レヴィ=アユレス――前国王であり、DOSと呼ばれる術式で主人の剣ラグナロクに憑依する竜人である。
『爺も元気そうですね。私のワガママを聞いて下さり、且つ代りに国を治めて貰っている事、本当に感謝しています』
「なに気にする事はないわいアユレス。来たる聖戦の為、人皇様に付いて行った――」
言いかけて長老は言葉を止める――強い視線を感じたからだ。その眼差しの先にいたのは緋色の髪の女、イザナミ=アヤノ=マクスウェル。老人は俯いてから「成程」と口元を緩める――ユウィン殿には話してはいけないという事か、と。
「気にするでないアユよ、惚れた男に着いて行くのは女の本能じゃからのぅホッホッホ」
『じ、爺! な、何を言うのですかぁ』
ピシッ……Dの隣に断つアンリエッタの表情が音を立てて凍ったのは言うまでもない。
気を取り直したアヤノが口を開く。
「おいヨルムンガルドよ、ザッハーク……あの堅物はどうでもいいが、コノハサクラの姿が見えないがどうした? 事実上筆頭竜王であるアイツ等が此処にいないのはおかしかろう」
「う……む。ちょっと所要で国を出ておってな」
「何だと? 近衛隊長を兼任しているザッハークはともかく、マザードラゴンのコノハサクラ迄もがか?」
『爺、何かあったのですか?』
長老ヨルムンガルドは口をつぐんだ。
現在コノハサクラという竜の女王は魔人領マカハドマに拉致監禁されているのだ。ザッハークは彼女を奪還する為、手練の竜王2名と共につい先日、魔王キャロルの居城、ウバラスイレンに向かった所だったのだ。この場には前国王バハムート=アユレスも居る――他の使命があるアユレスに余計な心配を掛けたくない。そう思っての沈黙だったのだ。――その空気を今度は逆に汲みとったアヤノが話題を切り替える。
「まぁ良い。今日はウチの馬鹿弟子の用事で来た……おいユウィン」
自分で頼め。アヤノはユウィンに顎で合図する。
「ホッホッ……他ならぬ紅い魔女様とその弟子ユウィン殿の頼みじゃ、出来うる限り力になりますぞ?」
「はい。 お願いと言うのは俺の弟子シャルロット=デイオールの為、氷竜を1体引き取らせて頂きたいのです」
デイオール家の者じゃと? 長老は一瞬眉をひそめた。――魔王と同じ名を持つ少女の名前に。だが、流石に気にしすぎだろうとすぐに笑顔を作る。
「成程ユウィン殿の時と同じと言うわけじゃな? DOSデバイス=オペレーション=システムの核とする為に……」
「はい、重ねて厚かましいお願い申し訳なく思いますが何卒。……今回は前回のようにその……決闘は無しの方向がありがたいのですが……」
『前はマスターの頼み方が悪かっただけです。Dが乱暴者みたいに言わないで下さい』
プイッとソッポを向くDにユウィンは苦笑する。
前回此処に来た時ユウィンは「竜王をお借りしたい」それだけ言って剣を抜いたものだから大勢の竜人に一斉に取り囲まれ、更に当時竜王だったDには激昂され、その場を楽しんでいた長老の提案で竜王アユレスと決闘して勝てれば考えてやっても良いぞ人間よ。そう言われて一度Dと全力で戦う事になったのだ。
「ふむナルホドのぅ、しかし水竜ではなく竜王族の氷竜となると適任な者が……」
「ヨルムンガルド、シャルロットは例の娘だ……どうなるかはワタシの知った事ではないが任せる」
アヤノはそれだけ言って言葉を止め、長い髪に隠していた蒸留酒を煽り出す。何処か恥ずかしそうな、悩んでいそうな、そんな複雑な表情が伺える。
(紅い魔女様と同じ権限者……という事か)
長老は大きく深呼吸をしてから決定を下した。
「うむ、一体だけおるがな。コノハサクラからでは無く雌雄同体の亜竜から近年誕生した子じゃが……」
『雌雄同体の亜竜? 多種族との混血で生まれる混合種ですか、珍しいですね』
「それも魔炎竜から生まれた特異な氷竜での……同時期に滅んだ氷竜王の刻印を宿しておる両性具有竜の幼体じゃ。顔以外殆どオスじゃが……」
『魔人と竜族の混合種が親……ですか』
Dの表情が曇る、彼女も近い境遇であったからだ。
D=アユレスの持つ黄金のツノは母から受け継いだもの、通常マザードラゴンの血統が持つ色であるが、父が魔族が故彼女は繁殖能力を持たないのだ。
「だから……という訳ではないんじゃがのぅ、ちと性格に問題のある幼子なんじゃが……」
「構いません。お気遣い感謝しま――」
「え? え? いやあぁぁぁあ!」
ユウィンが頭を下げた時の事、クリスタルの宮殿に悲鳴が響き渡った。即座にラグナロクに手をかけるユウィン、両手に炎を宿らせるD、全く気にせず横目で流しながら酒を飲み続けるアヤノ、「はぁ…」溜息をつく長老ヨルムンガルド。――全員の視線が集まった先にいたのは、悲鳴を上げたアンリエタのすぐ後ろ、というか彼女の尻にしがみついている小さな全裸少年だった。
「おぅおぅおぅぅベッピンの匂いがする思て来てみれば大正解や大収穫やぁイヤッはぁ~」
蒼のツノに白髪、顔は女の子であるが、そのダラしない表情とダミ声が既におっさんである。
「ちょっとやだ! やめて下さい離して下さいぃぃ!」
「ええ感じに締まった美尻やでネーチャン――おっと!」
ズバンッ!――峰は返しているが少々殺意を乗せた無表情男、ユウィンのラグナロクをヒラリと躱し、次に少年はDの胸に飛び込んだ。
「おぉオパ~イやぁ! ママン……は思い出さへんなぁ……オラのママンはもっと乳大きかったからなぁ! もっと巨乳のがエエ! でもや! 良形オパーイやで黒髪のネーチャン!」
『Run術式実行――殺します』
「あちゃちゃメッチャ熱いてネーチャン!――とぁ!」
更に少年は前竜王バハムート=レヴィ=アユレスの形の良い乳をトランポリン代わりにして火炎魔法言語を躱し天高くに飛び上がった。――そして次の標的目掛け滑空する!――が。
――ギン!
「なっ! 何やてぇ!?」
プレッシャーを感じ取った全裸少年は空中で身体を回転させ、目標に飛び掛かるのをキャンセルし着地する。
(こ、この赤髪のネーチャン何て眼力や! オラが、このオラの”幼児力”が圧されているやと!?――と、殺られるで! この女のチチ触ったら確実にタマァ取られる! 現にオラの奥ゆかしいチ○チンが取られまいと縮み上がっとる……この世にこんな女がおったとわぁぁ)
少年は自分の股の間で半分くらいに縮んでしまった物体を見てブルリと身を震わせた。
これ取られたら男の人生の半分を失うことになる……でも両性具有である自分は女として生きる道もあるな。そう思ってから頭を振り、そらアカンでっ! 一時の感情で人生の半分を失うのはアカン大人のすることや! 勝手に納得した。
「御見逸れしやしたアネサン! すいませんしたぁぁぁ!」
ずざざざざ――! 仁王立ちで酒を煽るアヤノに凄まじい勢いで土下座する少年。やっと収まった場にホッと一息ついたヨルムンガルド公が口を開く。
「ウ、ウム……呼ぶ手間が省けたの。この子が先ほど言った――」
「――お断りします」
『――お断りします』
「もぉなんなんですかぁこの子ぉ!」
ユウィンとDのセリフが被る。アンリエッタに関しては涙目だった。が、アヤノは持っていた酒を再び髪の中にしまい笑っている。
「クックック……面白いガキじゃないか、我が馬鹿弟子共を手球に取るとは中々見どころもある」
「あざ――っす」
土下座姿勢のまま全く微動だに動かず叫ぶ全裸少年の名はプリュ―ナグ。氷竜王の力を受け継いだ竜の幼体である。
「しかしアヤノさん、この分じゃシャルロットに何するか解りませんし……」
「お前は弟子に甘過ぎる。……それにあの内気なチビッコにはこの位元気なデバイスの方が良いかもしれんぞ」
そうかもしれない。ちょっと考えてしまうユウィン。
「わ、私は嫌ですよぉ! シャルロットさんに憑くということはお城で一緒に暮らすことになるんですからぁぁ」
『Yes――とりあえず気が収まりません……握り潰します』
何やて!? プリュ―ナグの顔から血の気が引くが、それはアヤノの言葉により回避される。
「だがヨルムンガルドよ、コイツしか今適任者はいない。そうだろ?」
「う……うむ、そうですじゃ……氷竜は希少種じゃからのぉ」
苦笑するアヤノは自分の前で土下座するプリューナグに視線を落とした。
「おいマセガキ」
「ハイ! アネサン!」
「お前を連れて行く。だがワタシの目の届く範囲で鬱陶しい真似はするな……出来るな? 出来んとは言わさん」
「ヘ、へへえええええ解りやしたぁぁぁ!」
土下寝を通り越して土下寝に転じたプリュ―ナグから再び長老に向き直る。
「ヨルムンガルド、預けていたヤマトの予備刀”天羽々斬”を持って来い」
「ヤマト……アーサー殿の脇差ですな。良いのですか? 彼の許可を取らずに」
「構わん、アイツの物はワタシの物だ。現にラグナロク……クサナギも今はユウィンが持っているだろうが」
そのやり取りを見ていた一同は内心「連れて行くのか…」脱力感に苛まれるが、”俺のものは俺の物”主義のアヤノが決めたことを覆すとも思えず、まぁあのエロガキも言う事聞くといってるし……諦める。
「さぁ……さっさと初期定着を終わらせるぞ。ワタシはとっとと帰りたいんだ」
遂に本心が出たアヤノが施術を行っている間、ずっと土下寝をしていたプリューナグは思う。
(何や知らんけど外の世界に行けることになったで超ラッキーやないけ! 外の世界にはどんなベッピンが住んどるんやろうか!? メッチャ楽しみやわぁぁ)
人知れず少年は思う。どんな女がオラの主人になるんやろか? と。
(オラめっさワクワキしてきたぞぉ)
この世に生を受けて50年(5歳位)――まだ毛も生えていないプリュ―ナグはこの後、天羽々斬に定着されDOSデバイス=オペレーション=システムとして生まれ変わる。
その剣は”魔人殺し”と謳われていた時代のヤマト……現在の名をアーサー=カターノートが使っていた3本の剣の内が一振りである。
草薙剣――黄金色のツルギ(刀身約150cm)第一次人魔戦争終結の際、終焉をもたらせた剣という意を込めてラグナロクと改名される。
天叢雲剣――黒褐色のツルギ(刀身130cm)人魔戦争が終わった際、アーサーが叢雲家に変換したとされる。叢雲家はその後、千姫と呼ばれる魔人を排出した呪われた一族という汚名を着ることになるが、千姫は魔王の支配を受けない特殊な魔人故、火の国は概ね平和である――現在の所有者は影王という魔人であり、ユウィンの持つ小太刀村雨と対になる刀である。村雨の正式名称はトツカノツルギノヒトフリという。
天羽々斬――蒼白色のツルギ(刀身50cm)人間領筆頭アーサーが盟友であるドラゴン領に奉納した最後の一振り、二刀流を得意としたイザナギ=ヤマトの剣、クサナギ、ムラクモの予備刀として討たれた火廣金の脇差――アヤノが名を古臭いと文句を言いアイスファルシオンと改名される。
世界に残った最後のオリハルコンである3本の剣、その最後の一振りの所有者となるシャルロット=デイオール。彼女が何故自分にこの剣が送られたのかを知るのは、この日から数カ月後の事である。




