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第3話 氷竜王プリュ―ナグ 前編

 

 不死王、冥王、吸血現鬼、これら魔人ヘルズリンクの異名である。

 痩せ過ぎず太り過ぎず、男のようで女のように美しい顔、顎に生える気取りすぎず整った髭、気品のある片眼鏡から覗くブルーの瞳、銀色に輝く長い髪をオールバックにガッチリと固めた中年紳士、それが魔人領最高幹部、魔王レッドアイを守護する四天王が一角ヘルズリンクという男である。


 彼はその名の通り不死身の魔人である――首を両断しようが心臓に杭を打ち込もうが十字架を掲げようが死なず、殺すことは不可能とされる。


 そして強さ、彼の強さは魔人族中最多である使徒の数にある。

 自身の特殊能力とステータスパロメーターを割いて魔人の体から生み出される使徒、その数4体。

 それも特殊な方法を用いており、ヘルズリンクとほぼ同格の力を有するメイド型吸血鬼達。


 彼女達と本体であるヘルズリンクの力が合わさった時、その実力は魔人族最強の力を持つラビットハッチに匹敵、もしくは凌駕すると言われている魔人なのだ。

 礼儀正しくフェミニスト、魔人は優雅に美しくあれ――それが魔人紳士ヘルズリンクという男なのである。


「フム美しいお嬢さん、名を聞かないままここ迄連れて来てしまった事、今お詫びしても?」


 ここは何処であろうか? カーテンで直射日光を遮られた部屋で、下に何も着けていない事がわかってしまう程薄い、極々薄いドレスを纏った女は情欲に潤んだ瞳で問いにこう応えた。


「そんなヘルズリンク卿……貴方のような男性に誘われて抱かれたくない女はいません。何卒、なにとぞ頭など下げないで下さいっ! ワタクシは貴方様になら何をされても構いません!」


 ヘルズリンクは苦笑する。左眼に掛けた片眼鏡を触り、女の告白に優雅にこう応える。


「そうですか。そういう覚悟で着いて来たのでしたら本望でしょうか」


「は、はい……え?」


 ……カチュ。

 女は下半身に妙な違和感を覚えて視線を落とし下半身を見た。そこには自分より遥かに美しい女が4人。魔性の美と言ったら良いのかわからなかったが、今までの自分が女に生まれてきた人生を後悔するくらいその女達は美しかった。だがわからないことがもう一つ、何故自分の両手両足に噛み付いているのか。


「あ……あ……あ……」


 女の白い肌に血の気が引いていく。


「ご主人様この女ランクDです。ニコチン臭く飲めたものじゃありません」


「ご苦労ノワール、もう良いですよ」


 女に張り付いていた4名の絶世の美女――吸血現鬼ヴァンパイアロードにして魔人四天王ヘルズリンクの人間型メイド使徒。


 ノワール、アーテル、バイ、ヴァイスの4体である。自分の可愛い従者達が女から離れたのを確認してからヘルズリンクは嘆息する。


「おやおやタバコをのまれるのですかお嬢さん……吸わないと仰っていたのに」


「ご、ゴメ、ゴメン、なななサイ……」


 先程、我が身を差し出すと言っていた女、何をされても良い、どうぞ抱いて下さい。そう言っていた自分は既に何処かへ旅立ってしまっていた。情欲に潤んでいた瞳は恐怖に歪み、ガタガタ震えて何を言っているかもよく解らない。


「困りましたね……此処王都では食事をするのも一苦労だというのに全く」


「ご主人様……では私達が飲み干します」

「リンク様の為なら例え臭い血でも我慢しますよぉ」

「ご命令とあらば即座に」

「一回油に漬け込んだほうがイイネ、ちょっとはマシになるヨ」


 4人のメイドが四種四様の言葉で主人を労う。その言葉に女は「ひぃ」喉から絞り出した小さな悲鳴をあげた。

 女は思う――逃げ出したい、死にたくない、何故自分は此処に来てしまったのだろう、結婚2年目で夫も子供も居るのに付いてきてしまった自分が悪いんだろうか? 様々な事が浮かぶが動けないのだ目が離せないのだ。


 目の前の美しい男から。


「可愛い従者達よ感謝します……だがこれは私の失態、騒ぎにならないように死体も全て消してしまわなければなりませんし君達には荷が重い、ちゃんと私が片付けますよ。しかしまぁ見た目は中々美しいと思ったのですが全くもって残念です」


丈夫ごしゅじんを煩わす良くナイ! バイが吸うヨ」


「ひぃぃぃぃぃぃぁぁぁあ!」


 ブチブチブリ……女は絶叫を上げる。20年生きてきた人生でこんなに叫んだ事はなかった。絶世の美女と比喩したメイドの一人の口が∪字型に裂け、そのオゾマシイ口内を見てしまったからだ。

 悲鳴は当然の反応なのだ、口の中に数百本の針、注射針と言ったら良いのか解らないが、ビッシリ詰まって触手のようにチョロチョロ、醜く、オゾマシク動いていたのだから。


「あな、貴方達……ににに人間じゃじゃじゃ」


「アハァ♪ おんもしろい食料おんなだなぁ君は、アーテル達が人間如きゴミに見えたのぉ? 子宮引きずり出してやろぉっかなぁっ」


「止めるでありますアーテル、愛しのヘルズリンク様の前でありますよ」


「だってヴァイスぅ、昨日タンジェント様があの忍者メイドで遊んでるの見て体が火照っちゃってさぁ~もぉ収まりつかなくってぇ……あたしならもっと綺麗にヤルのにぃ」


「黙りなさい愚妹共……バイも御口おくちを閉じなさいハシタナイ!」


「「ハイ! ノワール姉様」」


 まとめ役の長女、ノワールの一言でメイド姉妹達はビシッと横一列に整列する。


「御主人様、妹達が失礼致しました。ですがこれは全て愛しのヘルズリンク様の御寵愛を授かれる食料おんなへの嫉みから来たもの。どうかお許し下さい」


 ノワールの言葉にヘルズリンクは眉を動かす。


「成程そうでしたか……君達の心を理解出来ていなかった私が愚かでしたね。可愛い従者レディ達にヤニ臭い女を吸わせたくないと思ったのですが、逆にそれがアダになってしまうとは迂闊でした」


「「ご主人様……何てお優しい」」


 メイド4体は目を輝かせて主人を見つめる。


「……では、こうしましょう」


 ヘルズリンクは食料に向き直る。身動きの取れない女は、もしやこの流れは助かるのではないか? そう思った。極限の緊張状態に陥っているため脳が”希望”という名のホルモンを分泌したのだ。


「吸わずに食べるとしましょう」


 ピシッ……ガバァ!


「―――――っ」


 年の頃20歳の食料おんなは今度は悲鳴を上げなかった。上げる事すら出来なかったから。目の前の男――教会前で出逢い、自分が経験したどんな男よりも美しく、紳士的で、瞳の奥に野性を感じさせたヘルズリンクという貴族に対して。


(あぁ何だ……)


 ――この貴族に逢った時、女は思ったのだ。完璧な男だと、この人しかいないと、抱かれないと損だと、そう思ったのだ。


(……悪い夢だったんだ)


 目の前の光景に思考が停止する。

 今迄見たどんな男より美しかったジェントルマンの脳天から股間迄が真っ二つに割れて、口となったのだから。まるで巨大な両開き冷蔵庫の様になった吸血鬼は次の瞬間――開いた冷蔵庫を閉じた。


 ――ゾヴン! ゴリゴリ…グチャ。


「っ……これで一石二鳥というヤツですね、レディ達が喧嘩しなくて済む」


 胸ポケットからシルクのハンカチを取り出して口元を拭う。


「「流石ご主人ヘルズリンク様お美しゅうございます」」


 メイド4体が主人の姿にうっとり……よもや四姉妹が一体の個体であるか如く皆同じく跪いて主人を見上げた。


 冥王ヘルズリンク――吸血現鬼ヴァンパイアロードの魔人と呼ばれる男の正体、それは巨大なヒルである。通常時の姿は黒のクラシックロングコートにタキシードを着込んだ紳士であるが、その実、希少な金属レアミスリルで出来た片眼鏡以外の部分・・は擬態である。現に今、女を一口の元飲み込んだが、衣服には破れも返り血もなくシワ一つ無い。




「……いやはやウフフ、貴方はとは趣味が合うかと思っていたのですがねぇ」


「カミーユ=クライン……見ていたのですか」


 いつの間に……冥王は訝る。


(魔人の感覚器官を持ってして、この男の入室に気付かなかったとは……)


 昨晩の忍者、煙草臭く不味い女、そしてこのトロンリネージュ代表にして外交大臣であるカミーユ=クライン。人間如きに出し抜かれたのは人間領に来て3度目である冥王は、人如きに芽生えた苛立ちを抑えこんんだ。カミーユ=クラインはそんな冥王の心境が解っているかのようにワザトラシイ笑顔を作る。


「まぁ、この特別観覧席は貴方達の為に作ったようなものだ。叫ぼうが暴れようが外には何も聞こえない……どう使おうが勝手ですが、そのような美しくない行為は些かウフフ……ご遠慮頂きたいですねぇ」


 美しくないだと。

 手に持ったハンカチを眺め、自分の姿を確認し、最後に自分の従者達を眺めた。絶亭の美女メイド達4体の瞳が真っ黒に染まり、小さな桃色だった口元にヒビが入り、人を喰いそうな大きな口に変貌しつつある。


「カミーユ=クライン……暗部ルシアンの中で貴方だけはタンジェントと古い付き合いのようですが、私は貴方を信用している訳でも同格と見ている訳でも無いのだがね」


「おお何と!? 何と何と悲しいことかぁ……人間領で肩身の狭い貴方達の世話を勝手出た私を! 信用されていないっ! あぁこれは悲劇……否! ジパングでいう所の狂言でしょうかねぇ」


 一人芝居をしながらクネクネ動く目前の男にヘルズリンクは更に苛立ちを募らせる。自分が魔王から受けた使命はシャルロット=デイオール奪還のみ。だが自分は魔人領マカハドマ最高幹部にして唯一の知将、言われた命令以上の成果を挙げなければいけないと思っている。皇女アンリエッタの血を吸い、眷属としてこの国を影から操る位の事は完遂して帰らないといけない、そう思っている。影王の尻拭いのようで度々嫌気がさすが忠誠を誓うキャロル様の為……この人間とも仲良く演っておかないとイケない所――だがこの男の仕草、話し方、表情、みな吐き気を催す程に不愉快極まりない。


「美しさが足りないのは貴方では? 先日の貴方の男色行為には少々気品というものが感じられませんでしたが」


「ウフフ妬みは更に美しくありませんよ吸血鬼! 人の姿に擬態しなければ外も歩けない蛭なのでしょう? それに私は私が美しいと思う行為・・、対象、全てを愛しています……故に! 何を言われても他人を羨んだりしません……ンフゥ」


 キシャア! 従者ヴィレッドの一人アーテルがもう我慢できないと叫ぶ。


「こ! 殺させて下さいリンク様ぁ! コココノ人間ヲ!」


 主人を侮辱された残りの3姉妹も同じ気持ちのようだ、既に人の姿を保てなくなってきている。だが、カミーユはそんな使徒達を一瞥してから得意のワザトラシイ表情を向けた。


「いやはや良く教育された使徒ですねぇ。うむ素晴らしい……よく分けてある・・・・・ウフフ」


 ビクッ! メイド4体の動きが止まる。

 ヘルズリンクはメイド達の前へその身を優雅に移動させるが、その表情からは余裕を持ったジェントルマンは消え失せていた。動揺に顔を歪ませるが、冷静と人型を装わねばと必死に取り繕っている。


「全く何を言って――」

「私もねヘルズリンク卿、経験があるのですよ魔人と化した経験がね」


「……何?」


「いや私の場合、老いて醜くなった本体の方・・・・は自身で始末しましたが、貴方の場合ウフフ…分けたようですねぇ魂を。これでは環形動物ではなく、まるで扁形動物だ。蛭では無くプラナリアですかねぇ」


 この人間は何を何処まで知っているのか。ヘルズリンクの擬態が崩れかけ端正な顔が歪み出していた。


「醜い本体である貴方を愛す4人の美女……究極の自己愛とでも言うのか。誰にも愛されないのですから自分で愛するしかありませんからね――だから言ってるのですよ”美しくない”と」


 ズバン!――メイドの一人バイ。彼女は目にも留まらぬ速さで踏み込んだ。彼女の右腕は鋭い青竜刀に変化している。切り裂く目標は無論目の前で芝居がかった仕草で高説を履くカミーユ=クライン。しかし――


「き、消えた!? 何処ネ!」


「――おぉアリーナを見て下さいヘルズリンク卿、試合が始まった様ですよ? それも貴方の捕獲対象であるシャルロット嬢です」


 カミーユは元いた位置からヘルズリンクの遥か後方、アリーナを見渡せる観覧席最前列に移動していた。閉まっていた暗幕カーテンが開け放たれ、直射日光が暗かった観覧席に刺し広がる。


「しかしウッフフ……デイオール家の者とは私もつくづく縁があるようですねぇ。全く……あの鬱陶しかった姉妹とソックリじゃありませんか」


 そこでふと気付く。過去、自分が奴隷商人に売りさばいたアンナ=デイオールとその妹の事を。


「ウフフ……ハハハハハハハ! そうかそうかそういう事ですかぁ! 魔王があの娘を欲しがるのも無理は無い。これは傑作だ! すっかり忘れていましたハハハハハハハハハ!」


「お前は……一体”何”です」


 直射日光にブルーの眼と肌を乾燥させた紳士、ヘルズリンクにカミーユは喜々として振り返る。


「ただの人間ですよ……少々長生きな、ただのねぇ。――ヘルズリンク卿、私は10年ほど前に不死の男性に言われた事が有りましてね。私達みたいな者は”ただの寂しがりな子供”……だと。いや全くその言葉には感動を覚えましたよ、あの御方がそこまで私の事を考えて下さったのですから。――だから、ね? ヘルズリンク卿、自分を愛してはイケません。他者を愛さなければ相手は自分の事を愛してくれないものです、そして愛し続けていれば――気持ちは必ず届くのですよっ!」


 バッ――カミーユはワザトラシイ蔓延の笑みで両手を広げてポーズを決める。いうなればそれは酷いドヤ顔であった。


「ようするに何が言いた――」

「――そうでしたそうでした。話が幕外にそれてしまいました」


 ヘルズリンクの言葉が再び遮られる。メイド達、ヘルズリンク共に、この不愉快な男を即座に殺してしまいたい衝動を必死に堪えていた。だが出来無い――コイツは恐らく自分達より遥かに強い。それに気付いてしまっているからだ。


「アーサーがこちらの動きに勘付き始めています。まぁ貴方にとってのその……食事? は明日まで控えて下さい。と、言おうと来たのですが手遅れだったので失礼? ツマラナイ話をしてしまいました。では私は人を探しに行かなくてはいけませんのでこれにて……全くあの方・・・は直ぐ何処かへ行ってしまうので……」


 呟きながら遠くなっていく男は喋るだけ喋って出て行ってしまった――特別観覧席の頑丈な扉に鍵を掛けて。


「ご、ご主人様! 凄い汗です」


 人型に戻ったノワールがハンカチを取り出そうとするが、ヘルズリンクはこの短時間で異常にやせ細った顔の汗を乱暴に拭って声を絞り出した。


「この部屋は檻……私達用の虫カゴだったという事……ですか」


 タンジェントは一体あの男と何をしようというのか。

 王都に打ち込んだ術式によって大量殺人を行う手筈となっているが。


(まだ……私の認知していない秘密があるのではないか……)


 先程出て行った男の異常なプレッシャーを肌で感じたヘルズリンクは不意にそんな考えが頭をかすめ、そして考えるのを止めた。


(……余計な検索は死を招きかねん)


 あの男は不死身である自分の殺し方を知っている――それに気付いてしまったから。



 ◆◇◆◇



 ルイズ=イザナヴェ=カターノート――世界一の魔導先進国カターノート魔法学園次席にして創世記の賢者アーサーの孫――という事になっているが、彼女も知らない真実が一つある。

 それは、賢者アーサーが残した最後の遺伝子であり実の娘であるという事だ。

 年の頃16歳、幼児体型、貧乳、腰まで伸ばしたピンク色の髪に王族らしい整った美しい顔立ち、そしてちょっと気の強そうな逆八の字の眉毛が特徴的な少女である。


 その気の強そうな眉毛が目の前の対戦相手に対して更に激しく歪んだのは今しがたの事。


(こんの泥棒猫ぉ……何よそのやる気のなさそうな動きはぁぁ)


 此処アリーナでは本日、トライステイツトーナメント4日目、未成年の部第4試合が行われていた。トロンリネージュ魔法学園主席シャルロット=デイオール対カターノート魔法学院次席ルイズ=イザナヴェ=カターノートの一騎打ちである。


 泥棒猫などと比喩されているとは夢にも思わないであろうが、その言葉は目の前の少女シャルロット=デイオールに向けての言辞だ。

 心に淡い恋心を秘めていた男性、同じ魔法学園で主席の椅子に座る少年サイ=オー。彼は先日、自分の目の前ですっぱりこの対戦相手にフラレれてしまう。なのに当のサイは慰めようとしたルイズになど目もくれず、シャルロットに対して「それでも構わない。自分は貴方を命を賭けて守る」とそう言ったのだ。

 元々王族として育ったルイズの元々高いプライドは今現在、使い込まれたまな板の様に傷だらけなのだ。だから思ったんだ、自分の惚れた相手が命を賭けるに値する女なのか?――確かめてやると。なのに――


(攻撃してくるでも無くフラフラ避けるばかり! この女の師匠も何かこんな感じの鬱陶しい試合をする男だったわね……何なの? 流行ってるの? おちょくってるの? ナメてんの?……ぶっ飛ばす!)


 考えれば考える程、目の前の泥棒猫に怒りがこみ上げて止まらない(超逆恨みだが)。


(アンタなんかサイの事何も知らないくせに!――アイツがどんな奴で、アンタにどんな気持ちで告白したかも知らないくせに!――)



 彼との出逢いは8歳の時だった。

 お爺様が拾って来た痩せっぽちの少年、それがサイ=オーという、女の自分より小さな男の子だった。話しによれば孤児で、教会に引き取られ育てられていたのだが、彼の異常な迄に高い炎の魔力と、無意識化に体表面から発せられる毒の魔力、その2つの能力を恐れたシスターはサイを教会から追放したのだという。それから都の路地裏で野良犬みたいに生ゴミをあさる事しかできなくなった少年を、私のお爺様が保護したのだ。


「今日から私が貴方の主人よ? こんな可愛い私がアンタを奴隷にしてあげるっていうんだからありがたく思いなさい?」


 幼かった私は初めて弟が出来たみたいで嬉しかったけど、素直になれずにそんな事を言いながら握手を求める。でも乞食だった痩せっぽちの少年は、私の握手を返さずこう言ったのだ。


「小生は奴隷違う……父と母に貰った名前……ある」


「あ、あっそう? じゃあ名乗りなさいよ。私はルイズ=イザナヴェ=カターノートよ? この世界で一番有名な魔法使いの孫なんだから」


「…………」


 少年は応えなかった。

 後で知ったのだが、サイ=オーと言うのは本当の名前じゃないらしい。何処かの誰かが付けた名前で、本当の名前は思い出せないんだそうだ。正直私はこの暗くて小さくて痩せっぽちの男の子に初対面から苦手意識を持った。


「サイ君……あたし貴方の事が……その……好きなの」


 数年が経過して私達はカターノート魔法学院に入学した。

 サイが有する魔法出力は10万以上、特に炎の魔力はケタ違いで、すぐに学園主席の地位となる。――痩せっぽちだが可愛い女の子みたいな容姿のサイに目を付ける女生徒は多かった。


「小生……お付きする気はない……ゴメン」


「何でどうして? サイ君いつも一人でいるもん。私ならサイ君を一人にしない。私ならサイ君の全部を好きになれるお願いっ」


 そこで事件が起こったんだ。

 女生徒がサイの両手を掴んだのだ。炎と同じく、生まれ持った毒の属性を持つ彼の両手を――女性徒は吐瀉物を撒き散らしながら倒れ、恐怖に歪んだ顔で叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁ化け物ぉぉた、助けて殺されるぅぅ!」


 弟であるサイの事が何となく心配で、物陰に居た私は見たんだ……あの無表情な義弟、サイ=オーが見せた哀しそうな顔を――その日サイは、家からも学校からも姿を消した。


 一週間が過ぎたサイはまだ帰ってこない。


 だから私は探した。

 探して探して探し続けた――自分の足で国中を。


(私は言ったわ! アンタは私の奴隷だって! 弟は姉の奴隷、当たり前でしょ? 勝手に居なくなるなんて許せないんだから)


 走って走って探した――お爺様の助けも魔法も使わなかった。私は自分の体で探したかったんだ――そして、再び暗い路地裏で犬のようにゴミを漁る、サイを見つけたんだ。


「ルイズとアーサー様には感謝してる……優しくしてくれて……でも小生は人ではない……化け物は人とは一緒に暮らせない」


 それに自分は父から受け継いだ唯一の繋がりである毒の魔力に誇りを持っている。

 だから一緒には帰れない。彼はそう言ったんだ。

 だけど! そんな事言われて帰れるほど私のプライドは低くない。どれだけ探したと思ってんの? この私が、王族で、アンタが来るまで魔法学園主席だったこのルイズ=イザナヴェ=カターノートが……化け物は一緒に暮らせない? のぼせ上がってんじゃないわよ! ――私はサイを抱きしめた。彼は酷く匂い、やっぱり小さく……痩せっぽっちだった。


「だ、ダメだルイズ! 小生に触ると――」


 ナニコレ苦しい……何て強力な毒の魔力。でも、言ってやった。


「アンタの毒なんか私には全然…っ…効かないんだから! なによそんな痩せっぽちで魔力が切れたら動けもしないくせにぃ…っ…アンタなんかに負けない私はルイズよ!? 世界一の魔法使いの孫なんだから!……ゴホッ」


「ル、ルイズ……小生は……」


 苦しい苦しい……イタイ、痛いよぉ。でも我慢するんだ。

 きっとコイツの心の方がもっと痛かった筈だから。ずっと学校でも家でも一人で、捨てられて拾われて罵られて、又捨てられるなんて許せるか! 私はコイツのお姉ちゃんなんだから。


(父様ゴメン、母様の言葉を……思い出しました)


 サイは後で教えてくれた。

 自分は何処かも解らない白い施設のガラスの中で生まれたのだと。そこには一人の科学者と、母だと思われる”物体”だけがあったのだと。





 試験管の中で”母”は自分に色々な事を教えてくれた。


 自分の父がどんな勇敢で優しい黒竜であったか。この施設で研究しているのは魔導科学という過去失われた施術であること。自分の体は一度分解され、人形として再び生を受けた新たな生命であること。


 そしてこの研究所から――脱出する方法を。



 サイは自分の身体を震えながら抱きしめるルイズを見て思う。


(小生はこの娘を死なせたくない……父様ゴメンナサイ……貴方から貰った力を閉ざしますね)


 逢ったことのない父との唯一の接点、毒の魔力――それを今封じますね。ルイズの為に、人形として生まれたこんな醜い自分に出来た、優しい姉の為に。



 父様、小生は今思い出したのです。

 ガラスの中で脳と脊髄だけになってしまった金色のツノを持つマザードラゴン――コノハサクラ母様が小生にこう言っていたのを。


『貴方が私達を恨んでも……他人を恨まない、他人を護るような子に育ってくれたら嬉しいなぁ』


 だから父様、だから母様、小生は人形ドラゴンではなく人として生きますね……自分が命を賭けて護る者が出来るまで。誰かを護る為、小生の生命を使うその日が来るその時まで――人形は人間として生きます。



 そう、私に教えてくれたんだ。

 私の大好きな弟は、黒竜の力を宿した人型ドラゴン。だけど生まれつき四肢が悪く自身の貯蔵魔力で身体を動かしている小さく、痩せぽっちな男の子。彼はそれ以外の記憶を持たない。だから母の言葉と父から受け継いだ毒の魔力に誇りを持っている。お母さんの言葉――何処かの誰かを護れる人間に育ってほしい。


 ルイズの眼に涙が滲む。


(っ……私は選ばれなかった。サイにとって私はお姉ちゃん止まりなんだ……)


 キロリ、目の前の女をみた。ぼ~っとして頭ボサボサで品のない巨乳娘、顔だって自分の方が可愛いし、血統なんて折り紙つきだ――でも無口で、無愛想で、魔法にしか興味が無い、何考えているか解らないけど誰よりも他人に優しいあの義弟、サイが”選んだ女”だ。彼の母が言ったとされる”護る対象”に選んだ女だ。お姉ちゃんとして祝福しよう……そう思っていた。


(その決意をこの泥棒猫はぁぁぁぁっ!)


 ドドドッドド!――炎の玉がシャルロットに乱れ打たれた。

 ルイズ=イザナヴェ=カターノートは全属性の魔法を使用出来る”五星魔導師ワンイズオール”であるが、炎帝と呼ばれる義弟に対抗して炎属性ばかり鍛錬し、サイには一歩及ばないにしろ、今ではスペルの詠唱無しに(詠唱破棄ファンクションという)レベル2迄の火炎魔法が使用可能である――このレベルの魔導師は各国に5~6人居れば良い方と言われており、並の魔法使い100名分以上の魔力許容量キャパシティが必要となる――が、そんなルイズの敵意が向けられている対象、対戦相手、憎き泥棒猫シャルロットの精神状態は今それどころではなかった。


(メアちゃんの最後の言葉……あれどう言う意味だったのかな)


 先生も結局見つからなかった……何処行っちゃったの先生。相談したかった。新しく出来たボクの友達――メアちゃんの事を。


『シャルロットは今日中に王都から逃げて?……明日み~んな死んじゃうから』


 何だったのか。あの言葉の意味する所は――。

 試合中にしてシャルロットは愛しの先生、ユウィン=リバーエンドの失踪と、新たに出来た友達、メアの一言が頭から離れなかった。――が、そんな精神状態にも関わらず、迫り来る無数の火球を紙一重で躱しながら一定の距離をとっている。


 シャルロット=デイオール――彼女の魔法出力は魔法学園に入学する前から高く、とある事件で一度魔人になりかけた事をキッカケに更なる飛躍を遂げることになる。

  その魔法出力数値は、師であるユウィン=リバーエンドや、その師匠であるイザナミ=アヤノに迫る10,800ルーン出力。この数値は並みの魔導師なら150人分、魔人族の平均値ならば10倍――魔人四天王に匹敵する超出力数である。

 だが、彼女の真価は魔導にあらず、その類まれ無い肉体強化術、武装気ブソウオーラの才能にある――修練を初めてまだ数ヶ月、当初、”体の武装気”に特化した気と思われていた彼女のオーラの特性はゼノンから派遣された講師であり錆びた釘ラスティネイルの一人絃葉=神無木によって更に磨き上げられ、ある程度解明させる事となった。


 その能力とは自身のテンションによって、心、技、体、全ての武装気ブソウオーラを常人の数倍に引き上げられる特殊能力――数万人に一人とされる”特型種”である事が判明したのだ。

 並の武装気で引き上げられる肉体強化率は自身の筋力の5倍前後とされる。だが、彼女の能力を持ってすればその更にX倍が自身の筋力に加算されるのだ。


 シャルロットは考えが纏まらずグチャグチャになってしまった精神状態、頭の片隅で無意識化に焦っていたのだ。早くこんな試合終わらせて先生を探したい、相談したい、逢いたい、と。その焦りは自らの特型能力によって相乗倍に強化され、相手の動きはおろか、高速で迫り来る火球ですら止まって見えていた。


(こんの泥棒猫ぉぉぉピョンピョンピョンすばしっこいなぁもぉ!)


 だがルイズにはシャルロットの能力など知らないし興味もない。一切攻撃してこない対戦相手に「ナメられてる」と、王族に生まれた高いプライドを刺激され遂に本気で攻撃する事を決意する。


(サイの手前、あまり本気ではりたくなかったけど……)


 ここ迄ナメられたらカターノート一族の名が泣く。

 パチンッ! ルイズは魔力を込めた指を鳴らした。


 ――バンッ!

「――きゃっ!」


 シャルロットの右足で爆発が起こった。小さな、ソフトボール位の炸裂であったが動きを止めるには十分であり、ダメージも中々のものだったようだ。皮膚が裂けて破れ、血が噴き出している。


「やっと止まったわね……すばしっここい野良猫さん?」


(な、何?……今の)


 足を抑えてうずくまるシャルロット。


(見えなかった……心武装シィを展開していた筈なのに)


 動体視力や聴覚を強化する武装気ブソウオーラを。


「随分眼が良いみたいだけど、何処から来るか解らない攻撃迄は躱せない。そうでしょ?」


 パチンッ! ゴゴゴゴゴゴッ!

「――ッフ! くぅぅぁあ!」


 次は風の弾丸――まず腹部に一発、それによってリング空中に投げ出されたシャルロットに追い打ちをかけるように無数の弾丸による空中コンボが炸裂する。――が、空中で即座に魔法による氷の足場を創り、それを蹴る事によって残りの弾丸を躱し、距離を離した。


「ふ~ん成程、貴女って魔法もオーラも使える魔法剣士なんだ。……でもそちらの魔法構成速度と動きはもう解ったわ。世界一の魔法使い、アーサー=カターノートの孫である私の敵じゃない!」


 師からの贈り物、アイスファルシオンをリングに突き立て、痛む足を引きずりながら立ち上がるシャルロット。彼女はこのトライステイツトーナメントが始まって予選から今の今まで、攻撃を当てられたことは無かった。血を流した事はなかった。


(そうだ今は試合中……本気で戦わなきゃ相手に失礼……なのに)


 シャルロットは無意識の内に増長していたのだ。

 常人の数百倍の魔力を持って生まれ、通常10年掛けて習得する武装気ブソウオーラを数ヶ月で使えるようになった。学園の主席に選ばれ、ユウィンの師、アヤノにも「ユウィンのヤツより遥かに物覚えが良い」と褒められた事もあった。


(右足が動かない……ボクは何て馬鹿なんだ。試合中に関係ない事ばかり考えるなんて)


 思い上がっていたのだ己の力と才能に。

 ルイズはそんなシャルロットの心境と動線を読んだのだ。


「私は貴方みたいに速く動けない、魔法出力も貴方の半分位でしょうね……でもね飛び猫さん、魔法使いである私から距離を取って勝てる人間はサイしかいないの」


(ルイズさん……こ、この人ボクより遥かに)


「貴女の魔力許容量キャパシティ武装気ブソウオーラ、大したものだわ――」


 ゴア! ルイズの周囲に炎が巻き上がり巨大な球となって収束していく、それを風の魔法で補強し炎を増大させ、更に雷を纏ってウネリだした。


「――でも術式の構成速度は私の方が10倍速い!」


(眼で追えないほどの構成速度だ……そうか、そうだったのか)


 先程の攻撃は、Lv2不可視化の術式、Lv1火球術式、Lv2速度強化術式、この3つの魔法言語を詠唱破棄ファンクションによって同時に立ち上げて飛ばしていたのだ。通常は、構成、換算、詠唱、実行する4肯定を全て高速で走らせ全て同時に――魔法構成速度世界一を誇るカターノート一族の血統が成せる技。


(魔法戦では勝ち目がない……でも体術の勝負でも足がこれじゃあ……)


 火傷と炸裂によって流血する自身の利き足を抑えるシャルロット。対してルイズは無傷な上、防御も回避も不可能なリング全域を覆う強力で巨大な火、風、雷の複合魔法弾を発射しようとしている。


「貴女なんかにサイは渡さない! 場外まで吹っ飛べ負け猫ぉ!」


(――ダメだ負ける)


 シャルロットは眼を閉じてへたり込む。足が痛い、迫ってくる魔法弾の熱で顔が焼けるように熱かった。もうダメだと思った時、不意に右手に持つアイスファルシオンが視界に入った。剣の送り主の事を思い出して苦笑する。彼女の師、ユウィン=リバーエンドの事を。


(こんな時に迄ボク……先生の事考えてる)


 先日の酒場から様子がおかしくなってしまった先生、自分の体をワザと傷つけながら戦う先生、何処かへ行ってしまったユウィン先生。何となく解っていた、彼は今傷ついている。きっと流せない涙を流して泣いているんじゃないか? ――ボクを助けてくれた、手を繋いでくれた、頭を撫でてくれたあの愛しの人は。


 ずっとモヤモヤしていた心に光が刺した。そうか……ボクはきっと先生を。


(今度はボクがあの人を助けてあげたい……んだ)


 眼前の魔法弾は直撃コースだ。だが、シャルロットは剣を握り締めた。そうだ彼を助けたいんだ――自分より遥かに強いユウィン=リバーエンド先生を。ならば――


「こ、こんな所で負けてちゃ! ダメなんだからぁ!」


 彼女は立ち上がった。

 全武装気ブソウオーラを体表面に集中させて吠える! ――負けない! さっき対戦相手は世界一の魔法使い、アーサー=カターノートの孫だと言った。だがそれは間違いだとシャルロットは思う。世界一の魔法使いは我が師ユウィン=リバーエンドだとそう思っているから。ならば弟子である自分は絶対にルイズに負けるわけにはいけない。

 彼女は吠えた。その気迫は今迄の内気なシャルロットには無い渾身の咆哮、そしてその咆哮は握りしめていたアイスファルシオンに呼応し、剣に変化が起きる――淡い光が灯ったのだ。


『オイコラお嬢! オラの主人ともあろう者が何やってんねん! 剣を掲げぇや!』  


「――え?」


『ブチかますでぇ! Lv3氷竜槍破グラキエースマイスターぁ!』



 ――――カッ!――――



 円形アリーナに、氷と炎の魔法言語の衝突により大爆発が起きた――水蒸気爆発、その現象は熱したフライパンに水滴をたらした場合に激しく弾け飛ぶのと同じことである。だが、この場合質量が水滴の比ではない。アイスファルシオンから射出された魔法の氷柱は直径10メートルにも及び、熱せられ気化した水蒸気の体積は優に1700倍に及ぶ。アリーナ全体が霧で覆われ、シャルロットとルイズどころか観客全体の視界が遮られる事となる。――が、爆発する寸前ルイズには見ていた。自分の魔法を相殺した魔法言語の威力を。


 普通に魔法を詠唱していたんじゃ絶対に間に合わないタイミングだったのに。


「そんな馬鹿な事……Lv3高位魔法言語エンシェント詠唱破棄ファンクションなんて……」


 そんな事は自分にも出来ない。

 そんな事が出来るのは超級の、伝説級の魔法使い、自分の祖父アーサー=カターノートや紅い魔女と呼ばれているアヤノ=マクスウェル辺にしか不可能なはず。

 困惑するルイズ、しかし困惑している人間はリングにもう一人いたのだ。


『よっしゃ! ええ感じに視界が遮られとる。氷属性のオラ達に丁度ええ舞台が整ったやないけぇウハハハァー』


「け、剣が喋ってる……な、何? 君……」


『おっとそうやった。でもずっと語りかけとったのに超無視するもんやから、Fuck――心のチン○ンで悪戯したろか思とった所や』


「?????」


『ドラゴンジョークや固まんな! 要するにやっとオラの声が聴こえるまでに成長した言う事やお嬢! オラの名は氷竜王プリュ―ナグ――DOSデバイス=オペレーション=システム=プリュ―ナグや!』


 刀剣長さ50cm――火廣金オリハルコンのグラディウス――アイスファルシオンから冷気が放たれ蒼い刀身が輝きを放った。


『さぁ行くでお嬢! 反撃開始や!』


 

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