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外伝 幼き皇女のつがい星 第二幕

「この馬鹿者が! 勝手にフラフラ出歩きおって、危うくバレる所だったぞ!」


 裏道りの一番奥、行き止まりまで来た所で父親と名乗った中年紳士は仮面を脱ぎ捨て足を振り上げる。それは娘の腹部目掛けて吸い込まれ、深くエグり込んだブーツの感触耐えながら娘は。


「……ゴメンナサイ父様……ゴメンナサイ」


 金髪の少女は地面にうずくまりながら虚ろな目で謝るばかりだ。全く蹴りを防ぎもせず何度も何度も「ゴメンナサイ」を呪文のように繰り返している。


「はぁはぁ……お前は私の血を引いている……賢い娘のはずだシャルロットよ、これは父の愛なのだ。分かって欲しい」


「はい……はい父様」


 乾いた笑顔で少女は笑う。


「ヴィクトル様、早く抜け穴から屋敷の方へ。今日は表道りの人口が多いですから」


「解っておるわ! 黙れ”サギ”!」


 その言葉に鉄面皮の執事に苛立ちの色が刺す。


「ヴィクトル様、ルシアンの筆頭ともあろう者が不用意にその名を出しませぬよう……」


 王都の闇、三百年以上続くトロンリネージュの影の一族である――ルシアンネイルと呼ばれる暗殺組織の筆頭。それがヴィクトル=デイオールという男の正体だった。ヴィクトルは結婚をしておらず娘も居ない事になっている。故に妙な噂を立てられることを恐れての発言であったが、そんな動揺を隠し切れない内に執事と主人の後方から声が掛かる。


「――そこまでです下郎!」


 ヴィクトルと執事は後ろから発せられた第三者の声に瞬時に振り返る――が、その対象を確認してからゆっくり息を整え、落ち着きを取り戻した所で笑顔で迎える。


「これはこれは先程の貴族のお嬢さん……どうされましたか? 下郎とは聞き捨てなりませんね」


「金銭にモノを言わせて児童に暴力を振るう下衆を下郎と言わずなんと言うのか!? その娘から離れなさい」


「何を言っているんだ」そう言わんばかりにヴィクトルの顔が歪む。


「お嬢さんは勘違いしているよ。この子は正真正銘私の娘だ。家庭には色々な愛の形があるものさ、帰ってお父さんにでも聞いてごらん?」


「なんですって……貴方は如何な爵位の者か! 名を名乗りなさい」


 丁度その時小狭い路地に月の光が刺した。合計四人の姿があらわになり、その瞬間執事は気付く。


「イケマセン旦那様! 仮面を」

「うぉ!? しまったさっき――」


 先程娘を蹴った時に外してしまった仮面を急いでかぶり直しているが、動揺で震えながらの為、なかなか装着できないでいる。


 執事は内心で舌打ちした――なんて馬鹿な筆頭殿かと。


「旦那様早く抜け穴の方へ……後で塞いでおきますので」


「た、頼んだぞサギ……」


(ちっ…さっき言った事も覚えてないのか…ゴミめ)


 執事が地面の取っ手を引き上げると、そこに隠し通路が現れた。ヴィクトルは慌てながらも通路に飛び込み、連れられシャルロットも父親と同じくして地面の中に消えていった。


「ま、待ちなさいその娘を――」


 ガゴンッ! 隠し扉を占めた瞬間、執事は地面にある扉を物凄い力で殴りつけ、取っ手ごと扉を大きく歪ませた。さもそれは溶接したが如く歪み、素人目にも二度と開かないであろう状態に見える。


 アンリエッタはその爆音にビクリと身体を震わせ、そして思う――仮面をしていて良かったと。無かったらきっと私の今の表情を見られていたから。相手の威圧感に負け、恐怖してしまった顔を。


 そんな心境など構うはずもない執事、硬い金属扉を歪ませるほどの剛力を放った仮面の男は、隠し扉からアンリエッタに向き直って優しい口調で言う。


「さてお嬢さん、質問です……見ましたか?」


 何のことだ。

 アンリエッタは必死に高鳴る心臓を落ち着かせながら思う。


「旦那様の顔ですよ……見ましたか」


 執事は声に段々凄みを乗せながら、どんどんアンリエッタに歩み寄って行く。一歩、また一歩アンリエッタとの距離は近づいていくが、彼女は心に生まれてしまった恐怖によって、逃げ出しかけている左軸足を必死に地面に喰い込ませながら――考えていた。


 相手の言っている意味……恐らく先程の親子は見られてはイケナイ、何処か素行に傷のある貴族なのだろう。


 質問の解答――正直見えていなかった。

 月明かりが刺したとはいえ執事に被るように立っていた中年紳士の顔を。


 しかし――


「ええ、しっかりと記憶させてもらいました。……すぐにでもお父様に報告して取り締まって頂きます」


 生まれ落ちて八年と一月、アンリエッタ=トロンリネージュは嘘を付いた。生まれ持ったプライドの高さと王族であるが故の気高さ、そして相手に屈してなるものかという意志の力が、この場に最も相応しく無い一言を言わせてしまったのだ。


 目の前の、拳を握ってにじり寄ってくる男の周囲から蒸気にも似た陽炎が立ち上がる。これは武装気ブソウオーラと呼ばれるスキルである。厳しい修練の末身に付けることが可能な人体強化術。


 アンリエッタは自分の意志とは関係なく逃亡しかけている軸足に更に力を込めた。オーラを纏う者は通常、並の人間の5倍は強いと言われている。しかし自分だってオーラの使い手、修練は積んでいないが生まれ持って授かった能力があるじゃないか。


 カルヴィン=クラインという執事はゴキリと肩を鳴らして言葉を発した。


「さようなら糞餓鬼」


 ゾワッ! その瞬間アンリエッタの前髪が相手の殺気に逆立った。

 彼女は幼子とは思えないほどの反応速度で瞬時に武装気ブソウオーラを展開させ周囲を見渡す。


(何か、何か飛ばせるもの――)


 今迄、怖くて外せなかったカルヴィン執事への視線を一度外して――探した。


 アンリエッタの特型武装気”天地無用ヘヴンアウト”は、自分の周囲8メートル四方にある対象物の重力をゼロにし、浮かせる又は弾丸のように射出する事が出来るオーラスキルである。しかしそれは「自身が飛ばせる」と”認識出来る物”に限られる。


 故にどう考えても動かせない重い物や、人間の装着しているような服などのように”物”と認識できないものは飛ばせない。


 僅かしかないであろう刹那の時間に必死に少女は周りを見渡した。自分の武器になる小石や煉瓦を――そんなことをしている間にどんどん男は迫ってくる。


 魔法を演算している時間がなかった為、武器になる”モノ”を探したのだ。

そして自分の失敗に気付いた――自分の武装気ブソウオーラ能力、周囲8メートル四方にある対象物の重力をゼロにし、浮かせる又は弾丸のように射出する事が出来るオーラスキル――しかしそれは人間以外のモノに限る。車いすに乗った友達を浮かせる事は出来ても――何も落ちていない路地裏では全くの無意味な能力となり下がる事を。


(――え? 私死んじゃう)


 彼女は死を感じた。

 生まれ落ちて八年で。

 そして思う。やっと出来た友達の事を。一緒にお城を抜けだした事を。二人で舐めたキャンディの事を。そして思った――まだ三つしかない。何かって?


 ”思い出がだ”


 そんなのない! そんなの絶対に嫌だ! 私はもっとあの娘と一緒に思い出を作っていくんだ――やっと出来た友達なのだから。


 アンリエッタは諦めない。

 辛い時は唇を噛み締め、泣きたくなったら天を見上げる。生まれ落ちて八年で、彼女はプライドの塊のような女だった。そして自分でも知っていて、解っている。

 

 そんな時ほど頭が回る自分の事を。


(なにも、石じゃなくたって――)


 着ていた外出用ドレスを弄る。

 そこには引き千切られたダイヤのネックレスが入っていたのだ。嫌いな母親から受け継ぎ、千切って、あまり着ない外出用の地味なドレスに突っ込んでおいたあのネックレスが――。


Brilliant=Crystal bullet――

「ブリリアント=クリスタルバレット!」


 彼女のドレス内から直接射出されたそれは文字道り輝ける弾丸クリスタルバレット――アンリエッタの衣服がオーラの反動で破れ、秋の夜風に小さながら、美しい身足が顕になってしまったが、その意表を付いた攻撃に達人マスタークラスの身体能力を持つ執事カルヴィン=クラインですら完全に躱し切れず、宝石の一発が肩に刳り込んだ。


「ちぃぃい……餓鬼がぁぁ」


 仮面越しなので解りはしなかったが、子供だと思い完全に油断していた執事の鉄面皮は剥がれ落ち、仁王が如く怒りに歪んでいた。しかしアンリエッタは震えながらも射出した宝石を再び周囲に浮遊させ相手を牽制している。


「あ、あの娘を何処にやったの……こ、答えなさい!」


 しかしアンリエッタは一瞬訝る。執事の様子が変ったのだ。自分を方を見ていない?


「今のは魔法じゃないな武装気かぁぁぁ……こ、こんな小さな餓鬼がオーラを使えるなんて思わないじゃないかぁぁに、兄さん!」


「? 答えよと――っ」


 誰も入らない王都の闇と呼ばれる裏路地。

 今は秋の収穫祭、夜の仮面パレードの時間である。表道理ではきらびやかな装飾をまとった人々が音楽に合わせ舞い踊り、メインストリート脇には飴を売っている店、風船を売っている店、芳醇な香りを放つ羊ラムの串焼きを焼く店などが所狭しと立ち並んでいる。故に、此処で起きていることは祭りの爆音と路地の暗さによって全く誰にも気付かれなかった。誰の頭上に流星が落ちらとしても。

 

 そう――敗北の星は突然にアンリエッタの頭上に落ちる事となる。現れたもう一人の手によって。


「油断し過ぎですサギ……貴方はいつも詰めを怠る。そんな事ではいつ迄経っても一流の暗部とは言えません」


「ご、ごめん……トキ…兄さん」


 現れた男トキ、またの名をカミーユ=クラインという男がアンリエッタの背後から、その細い首を人差し指で軽く突いた瞬間の事だった。勇ましかった小さな戦士は人形のように倒れこみ、今日城から抜けださなければ、一生触れることがないであろう裏路地の地面の冷たさを味わう事になる。


「サギ……弟よ、知っていますか? 今日の祭りの起源は、不死を願った愚かな仮面婦人セシリア=マクシミリアーナの喜劇から始まったと」


「え?……そ、そんな事より兄さん早く仕留めて身を潜めないと」


 トキはカルヴィンを手で制す。”弟”と呼ばれた青年はあからさまに身体を震わせる。


「セシリアはどうしても老いていく自分の肌が許せなかった……どうしても永遠の若さが欲しかった。そして行き着いたのです”魔人核”という真紅の結晶球に……」


彼は暗い、カビ臭い、寂しい窓すら無い建物と建物の間、路地裏で、まるでオペラでも歌いあげるかのように大げさに両手を広げ語る。


「しかし魔人核を取り込んだセシリアに予想もしなかった事が起きました。それは”支配欲”――核を取り込んだ人間にしか解らない闇の感覚、魔王レッドアイの呪い。彼女は王の意志に逆らえなくなり、その身は核の特性によってオゾマシイ赤褐色の魔人となってしまったのです。セシリアは絶望します……念願の不死を手に入れても、誰かに支配されるなどまっぴらですし、何より真っ白だった自慢の肌が真っ赤に染まってしまったのですから」


「に、兄さん?」


「セシリアは驚異的な精神力で魔王の支配欲に抵抗し、人間に戻る方法を探します。下働きのメイドと血液を入れ替えてみたり、使用人の肌と自分の肌を張り替えてみたりと美に対する努力は惜しまなかったそうです……しかし人間の血液は魔人には合わず、肌もすぐに真っ赤に再生してしまいました。ほとほと絶望に駆られていた時、一人の不死人が屋敷に現れます。その科学者と呼ばれる女は、セシリアにこう言いました。」


”アチシも魔人の身から不死を手に入れたんだ。君も試して見なさいな”


「その驚くべき方法とは、魔人に備わる”使徒しと”を生み出せる能力を使って、新たな自分を作り出せるという画期的な方法……おやおやお嬢さん、少々話が長かったですか?」


……キコキコキコ。

裏路地に車椅子の車輪が音を奏でる。


「うぅ~ん話の腰を折ってごめんねぇ……でも冷たい地面の上で、それ以上寝かせてたらエッタちゃんが風邪引いちゃうから」


 いつの間にか現れていたのは、アンリエッタに「待ってて」と言われ、今迄その言葉を律儀に守り続けていたシーラ=アテンヌアレーという少女だった。


「ば、馬鹿な……いつの間に、この路地に」

「私でさえ今気付きました。まるで今そこで生まれたような現れ方でしたね……お嬢さん」


 警戒色を強める兄弟に対してシーラは得意のニッコリ笑顔で返した。


「エッタちゃんは連れて帰るね。お兄さん達も今日は早く帰った方が良いよ?……今夜は流星が降るかも」


「な!? 兄さんあの娘が」


 車椅子に座るシーラの両手には女の子が抱かれていた。今しがたまでサギとトキの足元に転がっていたアンリエッタが。


「空間位相転移……お嬢さんは何者ですか? 御方達の能力……”アマテラス”を使えるとは……しかしながらお返しする訳にはいけませんね。サギ――氷!」


「了解兄さん!」

『Lv1アイスジャベリン』


 サギの掌から射出された氷の槍はまっすぐに車椅子の少女に突き進み、更にその軌道上を飛翔する槍と同スピードで、トキはシーラとの距離を瞬く間に詰める。


「流星が降るって言ったよね?……エッタちゃんをこんなにされて、シーラちょっと怒って・・・るんだから」


 異変が起きた。

 シーラの瞳に炎が灯ると同時に近くにあった石畳がグニャリと歪み巨大な砲身となって接近するトキに標準を定める。


 空間を書き換えたように突如として現れたそれ・・は言うなれば戦艦の大砲のようにも見えるがサイズが尋常ではない、十メートルはあろうかという砲身は蒼い輝きを放ち、素材は全体的に仄かに透けて見え、普通の鉄ではない事が伺える。


「驚きましたね――」


『起動シークエンス副砲エンディミオン――』


 瞳に蒼い炎を灯したシーラから声が響く、だが彼女の口は全く動いていなかった。


「――しかし遅い!」


 現れた砲身の光が弾けるよりも速く、カミーユは尋常ならぬスピードで砲身を掻い潜りシーラに急接近――「あれ?」アンリエッタを抱えるシーラが零した言葉と同時に。


――ガィン!


 シーラ姫の左眼目掛けてトキから放たれた閃光のような手刀は、終焉という名の長竿によって遮られる。同時にシーラの瞳に灯っていた蒼い炎と現れていた巨大な砲身も霧のように消滅した。


『知った事じゃない、とか言いながら……やっぱり助けるのですねマスター』


 現れた男も仮面つけていた為表情の変化は解らなかった……が、少し顔色に赤身さしたような気配を感じさせる。


「ウルサイぞディ、さっさと――」

『――少女達はディが守ります。マスターは御存分に』


 男の隣に長く輝く黒髪をなびかせた美女が現れていた。ただ変わっていたのは彼女のこめかみから生える6本の黄金の角は人外の者を思わせる。


 シーラを守るように現れた彼女の両手に炎が灯り、その眼は主人であろう男へ優しく向けられ、やや嬉しそうに微笑んでいる。


「DOSを使う魔法使い……それも超級の使い手ですね」

「チッ次から次へと……兄さんこれ以上時間は掛けられない一気に仕留めよう」


 トロンリネージュ収穫祭の夜、パレードは仮面を付けて舞い踊り行われる大行進の夜――真っ暗な路地に立つ素顔を隠した仮面の男3名と少女2人は対峙する。


「お前ら、今日は降りだす前に帰った方が良いぞ」


 兄弟の怪訝な眼差しが男に集まる。

 

「今夜は輝く流星が降るらしいから」


 ユウィン=リバーエンドは掌の金貨を天に弾いた。


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