外伝 幼き皇女のつがい星 開幕
時は10年前ルナリス歴890年――お嬢様は8歳でございました。
ここでは幼き日の運命の出逢いを語らせていただきましょうか。
王政都市トロンリネージュは四季のある国である。初代トロンリネージュ国王アーサーが魔王を討ち取り建国した人類最初の国家であり由緒ある国で私は現国王の一人娘だ。そんな生い立ちの私には友達も出来ず、年相応の遊びも知らず、社交界や勉学やで堅苦しい毎日を送っていた。
(でもそれも数ヶ月前までの事……フ、フフフ)
内心私は友達が遊びに来てくれた事に、込み上げる笑顔を堪えるのに必死だったのを覚えている。
季節は秋、空は晴天、時刻はお昼、今目の前にいる娘とは数ヶ月前に出逢い、今日初めてのお茶会を楽しんでいたんだ。
「でね? お母様ったらそれから何て言ったと思う?――王家の名前に泥を塗るような真似はするな、首輪でも付けましょうか? って言ったのよ。猫じゃあるまいし」
私の愚痴にシーラはニコニコしながら頷いた。
「だから私ね、お母様から頂いたネックレスを引きちぎってやったの」
「エッタちゃんはお転婆さんなんだねぇ~」
アンリエッタらしく、王族らしからぬ会話、見栄や意義や外面なんかまるで気にしない友達同士の会話。今年卒業したトロンリネージュ魔法学園でもこんな話が出来る他人は居なかった。というか、周りは年上ばかりという事もあったのだが、子供の私にみんな萎縮して話しかけてすらこなかった。……王族なのと、魔力測定でちょっと良い数字を出したからって、皆して「流石姫殿下!」とか何とか引き笑い。そのまま3ヶ月で飛び級卒業となった。そんな人達と友達になんてなれるわけがない。
「シーラもネックレスって苦手なの~痒くなっちゃって」
これだ。
この何でもない会話だ欲しかったのは。
私の母、王妃に貰ったネックレスを壊したなんて言ったらみんな飛び上がって心配するだろう。この娘と出会えて本当によかったと心より思う。
「でも~ひきちぎったは良いけど捨てにくいよねぇ貰い物って~」
「そうなのよ、どうしたものかってあまり着ない服のポケットにつっこんであるの」
嬉しくなってしまった私は魔法以外のもう一つの特技を披露しようと意識を集中、丁度よいサイズの石に視線を送って意識を解放する。
すると落ちていたそこそこ重そうな石は風船のようにシーラの目の高さまでゆっくりと浮かび上がった。これが私が生まれ持って授かったもう一つの特技だ。
「アンリエッタちゃんすっご~い! それ武装気でしょ~? 魔法もオーラも使えるんだねぇ」
「そ、そう? これくらい大した事じゃないと思うけど……」
「こんな重そうな石を手も使わず浮かせるなんて凄いよ~」
言いながらも私はちょっと得意げだった。
瞳を輝かせて手を叩いてるこの娘は先日のパーティで私に出来た初めて友達、隣国アテンヌ第一皇女シーラ=アテンヌアレー。いっつもニコニコホワホワしてるちょっと変な子だ。そして私はルナリス人間領最大の国家トロンリネージュ第一皇女アンリエッタ=トロンリネージュ8歳である。
「何故か物心付いた時から使えるのよ。執事のクロードが言ってたんだけど対象物の重力を操作する”特型”とかなんとか……」
「よくわからないけど特型って凄いんだねぇ~」
間延びした声の友達は車椅子を器用に動かしながら、私の浮かせてみせたコブシ大の石をツンツン突いて喜んでいる。ここは我が城の四階部分にあるロイヤルガーデンという園庭である。父親の用事とかで今日来国したシーラとは、あのパーティ以来初めて顔を合わしたものだから私はちょっと恥ずかしい……この子は全く気にしてないみたいだけど。
「そ、そういうシーラなんて私より魔力値高いじゃない……こ、これでおあいこでしょ?」
「うふふ~赤くなっちゃって可愛いねぇエッタちゃんは」
この娘の潜在魔力を探った時には驚いた。
並の魔道士の二十五倍、私は今迄魔力許容量で王室にいる誰にも負けたことはなかったのだが、シーラの魔力は桁外れだった。
「でもシーラは魔法を言語に換算出来ないからねぇ~エヘヘ」
「あっその……ゴメン」
「なんで謝るのぉ~?」
魔法使いは脳にある中央演算処理区画を使って、蓄えた魔法粒子を魔法言語に換算し外部空間に投影すると言われている(私は何となくで出来るのだが)。でもこの娘は脳に障害があってその区画が使用出来ないんだそうだ。更にその影響で怒りという感情が欠落しておりずっとニコニコしている。
「そういえば今日収穫祭よね、城下は凄く賑やかなのに私達は外に出られないなんて王族ってホント窮屈」
私は変に気を使って話題を切り替える。
「シーラは来る時ちょっとだけ見たけど、夜はパレードがあるんだよねぇ~」
シーラも私も人の多い所にはあまり出られない。当然王族である私達は常に危険が付きまとうからだ。
トロンリネージュ大収穫祭――当国の名産にしてワインとブランデーの原材料である葡萄の収穫を祝う年2回のお祭りである。パレードに参加する者は皆仮面を着用し王都中央大道りを踊りながら練り歩くのだ。
この日だけは、いつもは皆が寝静まる22時を過ぎても祭りは続き、日付変更と供に終了となる。
「……行ってみよっか」
「エッタちゃん?」
私は得意気に鼻を鳴らす。
「地下から城を抜け出せる通路知ってるの、今晩一緒にパレード見に行こ?」
「え~~? 駄目だよぉそんなの、それにシーラ車椅子だし……」
「私の武装気見たでしょ? シーラ独りくらい浮かせる事訳ないし、いざとなればその辺の小石を弾丸みたいに飛ばすことだって出来るんだからっ」
私強いんだからねっ。
そう言う私をシーラは「でも危ないよぉ」と止めていたがニコニコしてるもんだから私はきっとシーラも行きたいんだと勝手に納得する。
「じゃあ今晩八時にシーラの部屋に迎えに行くからっ」
この時の私は初めて出来た友達に自慢したかったのだろう。シーラも私の提案を本気で止めていたんだろう――だってあの娘は怒ったり出来ないのだから。
秋の日の太陽は早めに沈んでいく。
私達はその夜城を抜けだした――あんな怖い思いをするとは露知らず。
◆◇◆◇
収穫祭、パレード夜のお祭りは仮面を付けて行われる。これには理由があり、トロンリネージュが建国され、初めに葡萄の品種改良に成功した領主、マクシミリアーナという大貴族が仮面婦人と呼ばれていたからである。
美を重んじる婦人は老いた自身の顔が気に入らず、毎日宝石の散りばめた美しい仮面を被っていたという。気性激しく、折檻に耐えかねて逃げ出す下働きのメイド達は跡を絶たず、噂では下働きを殺して畑の肥料にしていたとか、ワイン樽に処女の生血を混ぜていたとか妙な噂の絶えない一族だった。
しかしそんな婦人の敷地から取れる葡萄で作るワインは、血に近い朱殷色に輝く美しい液体に仕上がったとされる。
その後百年でマクシミリアーナ家は没落し、仮面婦人の葡萄の品種は国全体に広がることになる。
だがいくら良い品種であろうとも妙な噂の耐えなかった家の葡萄である。故に年二回こうやってパレード開き、仮面婦人の霊に怒りを買わないように舞い、踊る。言わば鎮魂祭なのだ。
「うっわ~凄いね~明るいねぇエッタちゃん」
「うん凄く綺麗……お城から見える世界とぜんぜん違う」
お城を体よく抜け出した私達は魔法光が燦々と照らしだされた中央通りに来ていた。夜だというのに城を中心に十文字に走るメインストリートは昼のように明るく周りは皆仮面を着用して踊り楽しむ人々で溢れ、何ともいえない独特の不気味さが私には新鮮で、どこか違う世界に来てしまった不思議な感覚を思えた。
私とシーラも見繕った仮面を着用し、お小遣いで買ったキャラメル味のスティック飴を二人で仲良く食べながら踊り進むパレードを見ていた。
「ね? 来てよかったでしょシーラ、お城の地下牢から外に通じてるのは王族しか知らない秘密なんだっ」
「うんありがとう! シーラ、エッタちゃんとお友達になって本当に良かったよ」
この娘はいつも笑顔だけど、今はいつも以上にニッコニコな気がする。私は友達が喜んでくれて本当に嬉しかった。
「あ、あのその……私もシーラと友達になって……」
「でもエッタちゃん? そろそろ帰らないと――アイタっ」
何よもぅ我慢して恥ずかしいセリフ絞り出したのにぃ。
言葉を遮られてちょっと不機嫌になる私、でもよく見るとシーラの車椅子にぶつかって来た小さな女の子がいた事に気付く。その娘は私達よりちょっと年下だろうか? 六歳位の背の小さめな女の子だった。
「わぁ~可愛い女の子だねぇどうしたの君? 一人なの?」
初対面なのに全く物怖じしない。もしかしてシーラって私より大人なんじゃないだろうか? 女の子はシーラがニコニコ笑顔で話し掛けたにも関わらず暗い……おどおどしながら蚊の泣くような声で。
「ボ、ボク…その…父様と…その…」
「ボクっ娘なんだぁ~本当に可愛いぃ~」
あれ僕っ娘? 何言ってんのシーラ……言葉の意味が解らず困惑。
声も背も小さな女の子は身なりは少々小汚い。恐らく平民の子供だろうが、美しいプラチナブロンドと整った顔立ちで容姿は貴族を思わせた。
「貴方迷子? 詰め所まで送ってあげようか?」
「い…いいです…そんな…事されたらボク…また」
言葉の意味が解らず再び困惑する私、その時後ろから声が掛けられる。
「いやはやウチの娘がご迷惑を、ご親切な貴族のお嬢様方……」
近づいてきたのは中年男性――お互い仮面をしているので顔は解らなかったが身なりからして貴族だろう。そして向こうもこちらの風貌から貴族だと思ったようだ。
父親の登場か、良かったやっぱり迷子だったんだ。どうして良いか解らなかったので私は胸を撫で下ろす。でもちょっと待て――
(――娘だって?)
もう一度、現在シーラに絶賛撫でられまくっている最中の女の子を見た。
お世辞にも綺麗な服を着ていないこの子が娘だって? 中年紳士は貴族にしか見えない豪華絢爛なフリル付ウエストコートを着込んでいるのに。そして父親らしい男が現れた瞬間のこの娘の顔――あの表情は父親に向けるものでは無いように思えた。
「でもシーラね? この僕っ娘ちゃん怪我してるみたいだから病院に連れて行った方が良いと思うの~」
貴族の顔が仮面越しにも一瞬ビクリと痙攣したのが解る。
「な、何を言ってるんだお嬢さん。その娘は見ての通りキレイな肌をしているじゃないか」
「シーラは肌なんて言ってないよ? この娘の服の下の話をしてるの?」
ザワッ 晴れやかのパレードの脇で空気が凍った気がした。この親子やはりオカシイぞ、衛兵に連絡を入れた方が良いか。でも私達が城を抜け出したのがバレちゃう。
「旦那様困りますね」
「――わっ」
シーラの車椅子後方から女の子が抱き上げられた。現れたもう一人、恐らく身なりからして中年貴族の執事の手によって。
「お嬢様方……旦那様はお忙しい御方ですのでこれにて失礼致します。後、これはお嬢様を見つけて頂いたお礼の気持です。お菓子でも買って下さい」
執事は流れるような動きで女の子を抱きかかえながら私の手に金貨を一枚握らせる。
「戻りましょう旦那様」
「し、しかし……うむ」
中年貴族と執事は踵を返して私達から離れていく。パレードを横切り、その先の小さな路地へ入る所へと差し掛かっていた。
連れられて行く女の子の背中を見ながら唇を噛み締めた。
「金貨なんかで……っ」
「エッタちゃん? あの娘見えない所にいっぱい傷があったの……早く衛兵さんに」
成程そういう事か。
私は無理矢理握らされた金貨を思いっきり投げ捨てる。
「金で人の気持ちまで買えると思っているのか! 我はトロンリネージュ第一皇女アンリエッタ=トロンリネージュよっ!」
「エ、エッタちゃん?」
激情に駆られる私の顔を覗き込むシーラ。
あの時私はこう思っていたんだ。
衛兵に連絡してからでは逃げられる――ここは私があの娘を助けるべきだと。
己の中の気を高めて解き放つと同時に、シーラの車椅子が数センチ地面から離れた。これが対象物の重力を操作する私の特型武装気”天地無用”だ。
「シーラは安全な所から見ててあの娘は――私が助ける!」
武装気でシーラを前から引っ張りながら、私はあの娘が連れて行かれた裏道りに駈け出した。
「ま、待ってエッタちゃん! あの人達は、あの執事さんは危険――」
シーラが後ろで何か言っていたけど、あの時の私には聞こえていなかったんだ。
◆◇◆◇
賑やかな仮面パレードに参加出来るのは平民の中でも並以上の人間だけである。参加できない貧民層は、その華やかなパレードを空腹を紛らす緩和剤として只々見ている他ない。表道りにひしめく露天では飴を売っている店、風船を売っている店、芳醇な香りを放つ羊の串焼きを焼く店などが所狭しと立ち並んでいるが、地べたを這いつくばる乞食達には花種の花であった。
乞食達と同じ位置からパレードを眺める男が一人、黒のレザージャケットを羽織ったその男は不意に空を見上げる。
「――よっ」
丁度、空から飛翔する何かの気配を察知した男は落ちてきたそれを受け止めた。
「なんだ、流星でも降ってきたかと思ったが……金貨、1G硬貨か」
『詩人ですねマスター、全く似合いませんが』
「まぁこんな夜だ、いいじゃないか」
灰色の髪をなびかせるこの男、清潔に保った髪と容姿でそこそこ小奇麗に見えるが毛羽立ったレザージャケットとヨレヨレの白シャツのせいで回りにいる乞食達と同じように見えなくもない。
「なぁ少年、あの路地を抜けると何がある」
彼は丁度前を通りかかった物乞いらしい男の子に話し掛けた。
「え、あの路地? 特に何も……行き止まりになってると思うけど」
「行き止まり?」
「僕らの周りじゃ有名だけど、よくあの路地では人が消えるんだ……王都の闇に通じてるって話さ」
(王都の闇ねぇ……)
男は眉をひそめる。だが無表情な為男の子には男が何を考えているか解らなかった。
「ありがとう少年……情報料だ。友達か兄弟と何か買うと良い」
男は内ポケットから新しく取り出した硬貨を少年に弾いた。弾かれた硬貨を慌ただしく受け止めてから、物乞いの少年は驚きの声を上げる。
「き、金貨? お、俺初めて見た……ニーチャンありがとう」
少年が走り去っていく先に小さな女の子が見えた。恐らくあの少年の妹だろうか。
『マスター先程の車椅子の少女、妙な気配でした。それも相当高い魔法出力をお持ちです』
少女二人が消えて行った――表道りから一本入っただけで異常に暗い路地を見ながら男は呟く。
「俺が気になったのはさっきの執事だ……索敵武装気に掛からなかった」
先程からこの男、独りで喋っているように見えるし自身の影に向かって話しているようにも見える無表情な妙な男だった。腰に短めの刀を差している所から軽装の剣士であろうか。
「武装気にはまだ俺の知らない気技があるのか」
「しかし如何致しますか? 情報では”トキ”と呼ばれる狂人はあの執事という事でした。このままでは少女達が危険です」
「カルアママの所の売春男20名余りを殺した殺人鬼。だがママの所の情報はたまにガセもあるから様子を見ていただけにすぎん。何処かの満腹姫の時じゃあるまいし……お前は俺が目に入る全ての他人を助けるような聖人に見えるか?」
『見殺しにするのですか?』
「D、俺はくだらんやっかい事に巻き込まれるのはゴメンだ。見ず知らずの子供2名の事なんて知ったことじゃない」
『……Yesマスター』
影からの聞こえる女性の声色がやや不機嫌なものに変わる。が、マスターと呼ばれた黒ジャケットの男は気にした様子も、表情に変化も見受けられなかった。
「それと先程から俺の索敵武装気範囲外からプレッシャーを感じてな。このままではそいつと鉢合わせする可能性もある」
『Dには何も感じませんが……強いのですか?』
感覚を超過させ広げ対象を感知する”技の武装気”アスディック――その範囲外からでも力を感じるという事は規格外の戦闘能力を意味する。
「恐らく俺より強い……武装気の勝負では勝てないだろうな」
あくまでオーラの勝負では。
そしてこの片方の気配には覚えがあった。
過去ゼノンで敵対した上位傭兵”錆びた釘”奴らの放つ鋭い鋼のような気に――大きな力をワザと散らせながら近づいて来る。
更に大きな力を隠しながら近づいて来るもう一人――計二名の強力な存在に、剣士は灰色の髪をなびかせ眉をひそめた。




