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外伝 紅い魔女と晩酌を

時代は本編の約400年前、まだユウィン=リバーエンドが魔法を使えず、感情も欠落していない頃の物語で御座います。

「ユウィン~酒が切れたぁ~」


 トロンリネージュ最北端に位置するヴァイツブルスト山脈、人里離れた森林の中にひっそりと佇む家があった。この場所に異常に似つかわしくない撥水加工を施した打放しコンクリート宅、辺境の魔女と呼ばれるイザナギ=アヤノ=マクスウェルの住居だ。

 間取りは一階がリビング四十帖、二階に十二帖二間の2LDKである。ファンタジー世界に何でコンクリートがあるのかと初めは思ったがスグにどうでもよくなった。


 そうだとも、俺はマリィを殺した魔人族を皆殺しにする為に此処に居るのだから。


「たまには師匠が買い出し行って下さいよ……ブルスケッタ迄何キロあると思ってんすか」


「お前はワタシに人里に出ろと言うのか? こんな美人があんな街に出て手籠めにされたらどうする」


「貴女を押し倒そうとする人間が居ようものなら、俺はそっちに同情しますよ」


 それにアンタは飛べるだろ~がよ、何で毎度毎度俺に行かせるんだ。 

 この女はルナリスでは伝説となっている程の魔女なんだそうだ。魔法言語を開発した創世記の紅い魔女とか言われているそうだが俺にとっては只の面倒くさい女である。更に全く家から出ない引篭り系女子ときたもんだ。

 俺も大学中退した時そんな時期はあったがこの女は質が悪い、ネット等は無論この世界には無いのでコイツは一日中飲んで食ってダラダラするだけ。その世話は誰がやると思ってんだ。


「じゃあ”アキ”に行かせて下さいよ……俺が此処に来る前はデバイスが食料を調達してたんでしょーが」


 スカーフ型デバイス”カラドボルグ”通称アキ――様々な形に変化する事が出来る師匠の相棒にして武器である。


『黙って言うことを聞きやがれ、コレも修行だバカ弟子……ですよ? ユウィン様』


「アキよ、お前の主人に伝えろ俺は使イッパやる為にここに居るんじゃねぇってよ」


 俺は魔人と戦う力を付けるために此処に居る。

 まぁ……マリィの病を治してくれた時の”約束”の為でもあるが。


『その女が寿命で死んだ時……ワタシの所に来い』


 その約束をこんなにも早く守る事になるとは。

 淫魔に千切り取られ、失ってしまった左腕を掴んで思い出す――あの地獄を、マリィをあんな姿にした兎の魔人を。


 思い出しただけで全身から汗が吹き出し視界が揺れる。


(俺にあんな……マリィのあんな姿を見せやがったあの三体を……)


 バラバラにしてなぶり殺してやる為に!


「辛気臭い顔するなバカ弟子ユウィン=リバーエンド、此処に来て一年にもなるのに武装気ブソウオーラすら満足に使えんボンクラが偉そうに吠えるな……凡人が努力を惜しんだらクソしか残らんぞ」


 ヒッキーのクセにマトモな事言いやがって。


「師匠は片手で酒持って三十キロ往復した事ありますか」


「全くもって情けない、あの女の仇を取ると言った勇ましいお前は何処に行った。それにお前は約束したぞ? マリィが死んだ時ワタシの物になると」


「アンタの物になるとは言ってねぇよ」


「約束は断固とした信念で守るものだ。さっさと行けバカ弟子」


 畜生畜生畜生畜生畜生、何で俺は魔法も力も持たずこんな異世界に来ちまったんだ。何であの時無理矢理にでもマリィを連れて逃げなかったんだ。何でこんな女の召使をやってるんだ。何で何で何でだ! 俺は何で……弱いんだ。


「……解りましたよ」


 不覚にも涙が出そうだったので、俺は玄関扉を勢い良く開け放った。






 主皇マスターが部屋を出てしばらく……マクスウェルの内柄からワタシは非難の声を上げる。


『ちょっとマクスウェル! 貴女ユウ君に厳し過ぎるんじゃない!? 嫌われちゃったらどうするのよぉ』


「なんだアヤノ? お前人皇マイマスター殿に気があったのか? そういえば秋影と少し似ているか……」


 この偉そうな女はワタシの裏人格マクスウェル、表人格であるワタシことアヤノは通常は表世界には出ないようにしている引篭ひきこもりの中の引篭なのだ。――だって外怖いんだもん。


『それに何でユウ君の左腕直してあげないのよ! 可哀想じゃない』


 マクスウェルが少し遠い目をする。


人皇マイマスター殿は恐らく今まで挫折というものを感じて来なかった人間だ。そういう人間の精神は無意識の中で今迄やってきた悪事を自分の中で許す……無かった事にして忘れてしまうのさ」


『良い事じゃない、嫌な事忘れる事が出来るなら』


「あぁそうだ……だが前進はしない。そこに留まりまた同じ過ちを繰り返すぞ」


 自分の事言われてるみたいで何か腹立つなぁ……ワタシのくせに。


「あの左腕は戒めなのさ。人皇殿が復讐心を、向上心を忘れない為の楔だ。現に彼は此処に来て一年足らずで武装気ブソウオーラの修行に音を上げかけている……あの腕を治せば恐らく此処を出て普通の生活に戻るだろうさ。そうなればお前は嫌だろう?」


『ユウ君はそんな根性無しじゃないやい……マクスウェルが厳しすぎるからちょっと拗ねてるだけだもん』


「ククク……やけに肩を持つじゃないか。あれ程メインユーザーを恨んでいたのに……人皇は”ヒメノ”が選んだプレイヤーだぞ。それに秋影が見てる前で他の男にうつつを抜かすのか?」


 ワタシはリビングに飾られている真紅の結晶球に視線を写した――陰王の魔人核に。


『ねぇマクスウェル……あれをユウ君に……』

「馬鹿な事を考えるなよアヤノ」


 言葉はマクスウェルの強い言葉によって遮られる。


「秋影はもういない。ワタシ達のせいでああ・・なってしまった人皇をこれ以上お前は傷付けたいか」


 そう……よね。

 魔人は人に戻れない、魔人は”魔”に逆らえない。例え蘇ってもユウ君でも秋影でも無いものが生まれてしまうかもしれないもの。


『ごめんマクスウェル。でもきっとワタシ……ユウ君にはずっと言えない。マリィちゃんが死んだのは自分のせいだって』


「それでいいさ。お前はもう十分に傷ついたのだから。だが……」


 ワタシとマクスウェルはリビングから外の景色を眺めた。


「人皇殿が居ない此処の景色は寂しいな……まるで生まれたあの丘のようだ」


 そうねマクスウェル、独りはもう……嫌だもんね。


 ユウ君はずっと孤独だった私達の心を埋めてくれた。


 ちゃんと約束を守って此処に来てくれた。


 それが君の不幸の上に成り立った事だとしても。


 ワタシ達は君に感謝してるんだ。



 ◆◇◆◇



「どうしたバカ弟子? 帰ってくるなり台所に立って」


「往復六十キロも歩きましたからね……頭も冷えて気分は上々なんですよ――っと」


「お前そんな凝った料理が作れたのか、いつもは適当に済ますのに」


 フライパンを降る俺に師匠は酒瓶片手に怪訝な眼差しで見ている。


「気分じゃなかったんでね……実は料理かなり得意なんスよ」


 そして出来上がった料理の数々に師匠は目を丸くする。

 何故かって? リビングテーブル一杯に作ったからだ。トータル12品に対して所要時間一時間、これぞ俺の得意とする「普通の中華で満漢全席」実家の近くにあった超普通の中華屋、”天山”のメニュー上から12皿を完全再現させた鉄板メニュー(何故かカツ丼とかもある)


「今日は俺も呑みますよ、倒れるまでイキたい気分なんで」


「構わんが……どうするんだこんなに」


『わぁぁぁあ♪ でもこんな料理初めて~』


 マクスウェルは言葉と裏腹に、アヤノは言葉通りに目を輝かせていた。無理もない、温かいまともな料理などこの数百年食べてなかったのだから。


「帰りとぼとぼ歩いてたらふと思いましてね。これだけ並べれば栄えるかなと」


「……?」


 ユウィンはリビングからの外の景色を眺めた。


「ここの景色なんか寂しいでしょ……でもこれだけ飯があればちょっとは賑やかに見えるかなって」


「――――」


 アヤノ=マクスウェルの瞳から水滴が流れ落ちる。


 ……綾乃さん、ここの景色は寂しいよ……


 それは過去、自分をあの丘から連れだしてくれた少年――月読命 秋影が綾乃に言ってくれた言葉だったから。


「じゃあ暖かい内に食べ――」

『かっ! 替わってマクスウェル!』

「ちょ! ちょっと待てアヤノ!」


 ユウィンがアヤノの涙に気付いてギョッとした瞬間と、マクスウェルがアヤノと入れ替わったのが丁度重なる。人格が入れ替わり肉体の主導権を取り戻したアヤノは思いっきりユウィンに跳びかかって抱きついた。


「もぉもぉユウ君大好き~~ワタシ超感動した泣いちゃった恥ずかしいよぉぉ♪」


「おおおおお何だぁぁ? どうしてこうなったァァ!?」


 いつもは完全に男っぽいので油断していたがこの人そういや女だった。浴衣から直接伝わるこの弾力……何て形の良い乳か!――じゃねぇ! 誰だお前は!? どうしたんだ師匠は。


「今迄隠してたけどワタシ二重人格なのっ これからはアヤノって呼んでねユウ君?」


 なにぃ!? 二重人格者だと。

 これはまずいぞ、今迄は美人なのに男勝りな性格から全く女を感じた事がなかったにアヤノさんはまずい! こういうバカそうな女すっごいタイプなんですけど。


「ま、まぁアヤノさん、一旦離れて冷めない内に食べましょうよ」


「やだやだ~ユウ君とくっついて食~べ~た~い~」


 はいストライク。

 意識が朦朧となり視界が揺れる。その最中俺は――


(すまんマリィ……)


 何故か天国のマリィに謝った。






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