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外伝 黄金覇王と俺と寿司 後編

「こっこがお寿司屋さんで~っす♪」


 やけに機嫌の良いこの女の名はマリア、そして俺はユウィン=リバーエンドという者だ。主に魔人やらモンスターやらを狩って根無し草……雑草みたいな生活をしている。

 ここは傭兵王国ゼノン――手配中の魔人を追って偶然立ち寄ったこの国で、俺は昔の恋人マリィに瓜二つの少女マリアと出逢った。

 彼女とは意見の相違でケンカする事になるが、俺はその圧倒的な強さの前に敗北。その後(何故か)打ち解けてしまって昼メシを奢る事になったのだ。


「ほぉ…立派な店だな」


 ゼノン王国は立地上、西洋と東洋文化が混在している国である。屋根は瓦、構造はレンガを使っている建物が多く、何処かエキセントリックな雰囲気を漂わせる。

 この店は見た所小さな佇まいだが、”のれん”はくすんで良い味が出ているし店頭から覗く柱やカウンターには檜が使われており、中々”粋”な店である事が伺えた。


「パパに一回連れて来てもらったことがあるのっ すっごい美味しいんだから」


「アエイぺぺラ……ゼノンの先住言語か」


「銀のさじって読むんだよ」


 という店らしい。

 さて入ろうかと思ったが、マリアが店頭の<おしながき>を見て固まっている。どうしたのかと俺も値段表を覗きこんだ。



 まぐろ――地価。


 にぎりおまかせ

 銅の匙――3G

 銀の匙――5G

 黄金――10G


 焼き物――1Gから

 松茸土瓶蒸し――1G



 マグロとかニギリとか意味不明だが松茸は知ってる、前に火の国ジパングで食べた事がある。匂いは良いがあまり味のしないキノコだ。それがジパングの通貨で言えば一万円か、中々の高級店のようだな。


「ごごごご免なさい、私こんな高いお店だって知らなくて」


 予想していた値段を上回ったのかマリアはあたふた。

 そう言えば父親に連れて来てもらったとか行ってたな。この値段の店に入れるという事はマリアはやはり良い所の子なのだろうな。


「俺も食べてみたいし構わんぞ」

「ふぇ? で、でも私……」


 俺は羽織るレザージャケットの内側に手を入れる。カネは……大丈夫そうだな、店ごと買える位は入っていた。 俺の職業、魔人狩りハントの報酬は一件で家が建つ程、そこまでカネに困った事はない。


「こんなナリだがそこそこ持ってる……じゃあ入ろうか」


「え、良いの?……う、うん」


 ガラガラガラ……音のする横引きの入口を開ける。

 カウンターのみの落ち着いた店内に立ち込める檜と酢の香り、やはり”粋”な店だ間違いない。メシには意外とウルサイ俺の直感が良い店だと告げている。


「……らっしゃい」


 シブい声……店主だろうか、彼一人しか従業員はいないようだ。静かに無愛想に、しかし腰を四十五度曲げて最敬礼――この男デキる。


 店内に入った俺とマリアは檜で出来たカウンター席に隣同士で掛けた。


「マリアは酒は呑めるのか?」


「興味はあるけど……飲んだこと無いの」


 それは頼んでくれと言っているのだろうか? でも止めておこう。つい先程砕かれた掌を思い出して考えを改める。

  すでに魔法で回復させたのだが、複雑骨折していたものだからまだ微妙に痺れている。酔っ払って暴れでもされたらこの店どころか街全体に被害が出る恐れがある。


「じゃあ酒はやめておこう」


「うんっ じゃあ私グァバジュース!」


 おいおい……この手の”粋”な店でグァバジュースは置いてないんじゃなかろうか。


「マリア、ここはお茶辺りを――」


「……あるよ」


 あった。

 寿司屋恐るべし。


 メニューは良く解らなかったのでひとまずおまかせを2人前注文。飲み物はマリアがグァバジュース、俺は酒を注文。

 この国の酒といえば米の蒸留酒でアワモリというらしい、鼻に抜ける臭みがくせにある味だ。トロンリネージュ辺りの葡萄やサトウキビの蒸留酒とは全く違うがこれはこれで旨いな。

 

  そうこうしている内におまかせにぎりが出来上がったようだ。


「お待ちどう……今日はしんこが……旨いよ」


 表情一つ変えずに店主、俺といい勝負だ。さっきのグァバジュースといいこの店の主……あなどれん。


「しんこだぁ~ 綺麗~」


「しんこって何なんだ? 魚っぽいが」


 というか生じゃないかコレ、銀色のおにぎり? を見ながら思う。トロンリネージュとカターノートに滞在している事が多い為この手の料理は初めてだ。


「んっとね、コノシロっていう魚の幼魚で酢と塩で下処理するの。にぎる迄にすっごい手間がかかってて、これを食べたら鮨職人の技量が解るって言われてるんだよ」


 詳しいな。

 職人の技というヤツか、生魚を食べるのは初めてなので楽しみだった。

 にぎりというのが寿司の事なのか、俺は先程マリアに握り潰された手でシンコの寿司を口に運ぶ――これは。


「……旨い」


「気に入ってくれた? ンフンフ」


 ちっちゃいお口に目一杯寿司を頬張りながらマリアはニッコリ。

 これは美味しい、魚の脂、酢と塩加減が絶妙なバランスだ。程よい魚の香りが口内に残るか残らないかと言う間にすかさずアワモリを流し込む。


(なるほど……さっぱり爽快)


 口の中がリセットされた後、また酢が効いた寿司を食いたくなる。

 それで米の酒がこの国では主流なのか、米の料理に米の酒、ゼノンには始めて来たが素晴らしい文化だな。

 不意に隣を見たが、マリアは寿司を一貫ずつ丸呑みするが如く、凄い勢いで食べていた。

 俺は何かもったいないので一貫を一口で半分ずつ食べていたのだが。


「おいおいマリア、丸呑みしたら味が分からんだろう」


「ムグムグ……お寿司はね? 喉を通る時に味がわかるんだよ」


 何? マジでか。

 流石にその食べ方はないだろう、職人さんに失礼な気がするぞ。


「……お客さん……理解わかってるね」


 なにぃ!?

 無愛想な店主がニヤリと笑う。

 この女、子供みたいにポロッポロ米粒落としながら食ってるのに褒められとる、寿司恐るべし。


「大将ぉ~、私ハンバーグ食べたい」


 何だと!? ハンバーグってあれか? 牛肉の切れ端をミンチにして作るあれだよな。ここ鮮魚の店だよな。


「なぁマリア、それは流石に……」


「……あるよ」


 あった。

 何となく予想はしていたがアウェイ感が半端ない。

 そして又しばらくして出てきたハンバーグ寿司……酢飯に焼きたてフツフツ湯気の立つハンバーグが上品に乗っている。なんだこれ……凄く旨そう。


挿絵(By みてみん)


「マグロの中落ちで作ってあるのっ 一個あげる。あ~んして?」


「お…おぅ」


 少々テレが入った。

 良い年のおっさんが(齢330)16の少女に「あ~ん」されそうなこの状況、幼女売春とかで捕まるのではなかろうか。

 マリアも俺の様子に急にテレが入ったらしい。赤面しながら俺の口にハンバーグにぎりを捻り込むように! な、何!? だだの「はいあ~ん」がまるで見えねぇ何てスピードだ! 


(熱――――い!)


 焼きたて熱々のハンバーグを勢いのままねじ仕込まれ、あまりの勢いに咽んじまった。

 喉が焼けるように熱い……こ、殺す気かこの女。と思いジト目でマリアを見たが、ちょっと照れながら例の如く一呑ひとのみで熱々のハンバーグを平らげている。


(な、何で平気なんだ……こいつもしや喉も強いのか)


 もはやマリアに勝てる所が何一つ無いのではないか? そんな気にすらなってきた。


「……お客さん……良い食べっぷりだねぇ」


 おや? 店主の言葉にマリアの手が止まった。


「あ、あの……いっぱいご飯食べる女の子って……その……」


 急にしおらしくなってモジモジ。

 さっき迄ニッコニコでバクバク食べてたくせに、今は世界の終わりみたいに俯いとる。

 あぁ成程、この娘は恐らくこう言いたいのだろう。たくさん食べる女は変ですかと――正直全く構わない、マリィの奴もかなり大食漢だったしな。


「この寿司って食べ物気に入ったよ」


「……え?」


 話題の変化にキョトンとするマリア。


「あと十人前は食べるつもりだが……マリアはそれだけでいいのか?」


 隣りの小さな女に視線を流した。

 言葉の意味は通じたらしい、ニッコリ笑顔に戻ってくれた。


(全く……変な女だ)


 怒ったり、嬉しがったり、泣きそうだったり、恥ずかしがったり――感情の浮き沈みの激しい女だ。だが見ていて楽しい、コイツが笑うと嬉しい、そう思う。

 無くしてしまった俺の感情を埋めてくれるような、そんな気持ちにさせてくれる。


(お前の笑顔には不思議な力がある……だから)


 もうあんな顔するなよ。

 表通りの件を思い出す――あの痴漢男がブッ飛ばされる前に見せた表情を――マリアの顔を見た男は怯えていた・・・・・のだ。


 あの時一瞬見せたマリアの悲しい顔。


 あれだけ強いんだ有名なんだろう。


(天涯覇王……か)


 自身の潜在能力を数十倍に引き上げる”黄金の武装気オーバーロード”を持って生まれたというゼノンの姫君、話したくないようだが恐らくコイツはゼノン国第一王女にして、傭兵王国が誇る十五万名の傭兵達が最上位――錆びた釘ラスティネイル一位マリア=アウローラ姫。


「じゃあねぇ追加でねぇ……♪」


 俺は君がどうやって生きてきたかは知らない。

 だがきっとその強さを周りは妬んだだろう、もしくは恐怖したことだろう。力ある者として生まれた者は、それと同等の妬みや憎しみを向けられ背負って生きるものだから――人の強弱は千差万別、しかし卓越して出来過ぎる者には必ずその足を引っ張ろうとする凡人が現れる。


 コイツは一人で・・・居た。

 あんな暗い路地裏で姫である筈のマリアが一人で――恐らくそれが普通なのだ。それは彼女の周りが”心配いらない”そう思っていると言う事。


 天涯覇王――孤独な星に生まれた女。


「トロは炙りで! 追加で……うに車海老いくら金目あわび赤貝シマアジ牡蠣ギョク穴子カニ10人前ずつ……あとグラタン!」


 全く幸せそうな顔しやがって……食って良いと言えばすぐこれだ。だからお子様だって言うんだ。


「じゃあ俺はコロッケ」


 生魚ばかりで揚げ物が食べたくなったのだ。今迄のパターンならコロッケくらいあるだろ。


「……お客さん……困りますね」

「それはナイよ~ムグムグ」


 クッソォォォォォ! 俺には怒りの感情が無いハズなのに何なんだこの憤りはぁぁ。


「……マリア」


「んん何? ウニはあげないよ?」


 狙ってねぇ! でも払いは俺なのに何故くれんのか。


「晩飯も……俺に付き合え」


 横目でマリアを見た。

 その顔ならフラレてはいないだろ。俺は勝手にオーケーと取った。


 ほんっとうに良い顔で笑う満腹姫だよ……君は。


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