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第20話 紅い魔女は間違い続ける

過去編の最終章でございます。

 

「マイマスター聞いて下さってますか?」


 前髪は横分け、洗濯のりの効いたシワ一つ無いシャツを着込んだ女性は小首を傾げる。生真面目を絵に変えたかのような姿だが二つのギャップが伺える――それは背が小さくてツノが生えている事。


 山羊のツノのそれに見えるが異常に長く、頭から直線上に捻じりながら生えていた。小首を傾げるは身長140cmに対してツノが60m、トータル身長2mのツノ少女である。口だけ達者な幼女秘書官の困った視線に男が笑顔を向ける。


「あぁ聞いてる続けて良いよ秘書子ちゃん」


 マスターと呼ばれた白髪をオールバックに固めた男は、ストレッチ運動をしながら屈伸するという複雑な動きをしながら顔だけ秘書子さんに振り向いた。その笑顔と小さめの背で、無邪気さの残る少年のようにも見える。


「……ですので創世記、今から600年程前一度ルナリスで修正プログラムが発動致しました」


「へぇ怖いねぇ、僕も気を付けないとかな」


「紅い魔女……イザナミ=アヤノとその助手リィナ=ランスロットなる人物が”マザー”にハッキングを掛けた事がそもそもの原因のようです」


「ハッキング? この剣と魔法の世界にそんな事が出来る奴がいるのかい?」


 ストレッチをしながら話していた男の動きが止まる。が、手首はぐるぐるポキポキと動いていた。どうも落ち着きのない男だが少し違う、体が動かせるのが非常に嬉しい。そんな気配を感じさせる。


「どうやってかは記録ログがありませんが、メインユーザー姫乃様の力が一部書き換えられ、エラー箇所が目立ちます。また、S1こと近藤様の”権限”が作動した形跡もあります」


「天使勢の力が? 僕らのログイン前に何かがあったという事かな……しかしこのデスゲーム、随分穴が多いね。適当なNPCでも作ってそいつらに管理させておけば良かったものを……」


(無駄にリアリティを追求するあまり、生の人間を作ったりするからバグが発生したのかな?)


 さも楽しそうに男は笑う。


(まぁその方が僕には好都合なんだけど)


 今の笑顔には無邪気さは無かった。年齢相応のシワを刻んだ邪悪な笑顔で首をゴキリと鳴らす。


「じゃあとりあえず他のプレイヤーと”ひょうてき”の情報を仕入れるべきかな。過去900年分の記録を探らなきゃね、アヤノさんとリィナちゃんだっけ? どっちかに逢いに行ってみようよ」


「マスター自ら動かずとも配下の魔神ソロモンに行かせれば良いのでは?」


 秘書子さんのツノに光が灯る。仲間に連絡しようとしたようだがマスター殿にその気はない様子だ。


「せっかく異世界に来たんだ、楽しまなきゃ損かな。付き合ってくれるかいアシュタロスひしょこちゃん?」


『な~にぃアシュちゃ~ん? 今レヴィッペ地獄風呂入って――ブッ』


 大きなツノから光が消える。

 アシュタロスは繋がった通信を即座に切って頭を下げた。


「仰せのままに我が主皇マイマスター……ベルゼバブ=ロバーツ様」


 閻王の”導き手ストレーガ”秘書子アシュタロスが羽ばたかせるは暗黒に染まった六枚の翼、二人は漆黒の空を西に向かい飛び立った。





 時代は再び創世記にさかのぼる――

 紅い魔女の半生に――



 L74年(826年前)


 丘の上でプロポーズらしきものを受けたアヤノは、秋景の故郷”邪馬”と呼ばれる村で暮らす事となる。元々小さな集落だったこの村は、十数年で今や百以上住居が立ち並ぶの大きな村となっていた。現族長はウザギを繁殖させ、飼育する事によって食料面を大幅に確保することに成功した夜神という男と、不思議な力で絶対的な権力を持つようになった祈祷師、卑弥呼と呼ばれる女性がこの村の事実上の支配者のようだ。


「秋影、心配しないで? ワタシは大丈夫だから」


「卑弥呼様は綾乃を使い過ぎだ」


「まぁ…ねぇ…あの人も自分の立場を守るのが大変なんでしょうね」


「どういう意味だ?」


「秋影には難しい話よ……そんな事よりワタシ今日は疲れて帰ると思うなー」


「今晩は精の付くメシ作るよ」


「精の? 何かイヤラシイぃ」


「バッ…馬鹿違うわ!? 俺はお前の身体を――」


「身体って、やっぱりイヤラシイ……ちっちゃい時はあんなに可愛かったのにぃ」


 幸せな時間だった。

 族長はいつもニコニコしているような大らかな人で、秋影の母に至っては聖母様みたいな優しい笑顔の女性で、身元のハッキリしない綾乃を暖かく受け入れる。


 村の者は明らかに目立つ綾乃の赤い髪とその美貌に、当初もののけの類かと疑いを持っていたが、今や村一番の狩りの名手にして強者となった秋影と、綾乃の幸せそうな姿を毎日目の当たりにすることによって、半年と経たない内に妙な噂をする者はいなくなった。


 丘の上から昇る太陽を眺めるだけの日々だった伊邪那美=綾乃の世界は宝石のような毎日へと変わる。毎日が新鮮で、幸せ過ぎて狂ってしまうかとも思った程だ。


 ただ似非祈祷師だと高をくくっていた卑弥呼という女――年齢のハッキリしない彼女の力は本物であり。綾乃は自分以外に不思議な力を持つ者がいる事を知る。


 でも彼女の力は、どことなく自分とは異質な場所から来ているような気がしていた。



 L80年(820年前)


 村全体に病が襲う――綾乃を受け入れてくれた優しい人たちは次々と倒れていった。卑弥呼の力でもこの病を治すことは出来ないウイルス性の病だった。自分に力がある事を隠し、平穏に暮らしていた綾乃はある決断をする。


(みんなの病原菌をワタシに移せば……)


 他者から生命力を少しずつ奪う綾乃の特型オーラ生命の木クリフォトの根源”権限の力”を最大に活かせば、病原菌のみを自分に移せるかもしれない。彼女はそう思ったのだ。


 綾乃は村全体の病原菌を一身に背負い、その現象は誰に気付かれることなく「奇跡」だと片付けられる事になる。その日から不死であるはず綾乃の身体に異変が起こり始める、自身に吸収したウイルスが死滅しなかったのだ。綾乃は血を吐く事が増えていった。


「待っていろ! 俺が助けてやる。絶対に助けてやるからな!」


 秋影の励ましに綾乃は寝床から笑顔を送った。

 ワタシは不死身だから大丈夫、そんなに心配しないで?――言えなかった。むしろ眼を真っ赤にして自分に尽くしてくれる彼の言葉に、病の恐怖以上に心が震えた。


(何て嫌な女なんだろう)


 自分を愛してくれた秋影に言えるはずがない、他者の生命を吸い取って生きる化物だなんて。言えばきっと彼は恐怖し、自分を捨てるだろう。


(それだけは嫌だ。また独りぼっちは……嫌だ)


 だからずっと言えなかった。



 L81年(819年前)


 秋影は綾乃が倒れてからこの一年眠っていない。異常とも言える精神力で病気を治す方法を探し続けていた。彼の母様が言っていた、裏山にある”天の岩戸”に行った日から眠らなくなったのだと。秋影のオッドアイが両目とも血で染まった頃、旅の青年が村を訪れる。


 伊邪那岐イザナギ大和ヤマトと名乗る男は、懐から小瓶を一つ取り出してこう言った。


「これは火廣金ヒヒロカネを俺の特殊なオーラで粉末にしたものです。これを海を渡った西方の地ブリテンの錬金術士、アンコリオという男の所に持って行きなさい……薬を造ってくれるでしょう」


「そ、その薬の名は!」


 叫ぶように尋ねる秋影を無視して青年は綾乃を見つめて。


賢者の石エリクサー――。これは厳しい道ですよ権限者殿……彼の真紅の左目が、貴方の幸せに繋がる事を祈ります」


 不思議な男だった。



 L82年(818年前)


 秋影が眠らなくなって三年目。


 秋影が病に伏せた綾乃を背中に背負い、ブリテンと呼ばれる小さな街に辿り着いた時には更に2年の歳月が経っていた。目指すはアンコリオと呼ばれる錬金術士の店、魔薬と呼ばれる薬でどんな病でも治せるという人物らしい。


「お願いします……アヤノを助けてやって下さい。貴方しか頼る人がいなくて此処まで来たんです! お願いしますアンコリオさん!」


「この瓶に入っているのはアンタと儂にとって正に希望。ここまで用意して貰って出来ないとあれば錬金術士の名折れ、無論精製してみせるさ……”賢者の石エリクサー”を」


 男は小瓶の中身、その精製方法に生涯を賭けると言っていた。


 出来上がった霊薬エリクサー。

 綾乃の病は今までの事が全部嘘だったようにみるみる回復を迎える。秋影は元気を取り戻したワタシを優しく抱きしめ、声にならない声で泣いてくれた。その顔を見て……ワタシも泣いた。


「アンタは不思議な男だ東方の人、ワシの未来……後の世に繋がりを感じる」


 ワタシ達は手を繋いで再び故郷へと旅立った。来た時みたいにオンブしてもらうのも、捨てがたかったのだけど。



 道中嫌な噂を聞いた――”邪馬”の村が滅んだというのだ。



 L84年(816年前)


「よう帰ってきた。妾は心配しておったぞ秋影、綾乃」


「卑弥呼様、この村の変わりようは一体……」


 二人の故郷、邪馬の村はちゃんと存在していた。安堵と同時に驚きも一押し、百世帯程だった村はよもや鉄の城壁が四方を囲う巨大な要塞と姿を変えていたからだ。秋影の家があった場所も鉄の倉庫に変わり果てていた為、まず族長である卑弥呼様の社に来たのだが、その途中でも不自然なことは数多くあった――人を全く見なかったのだ。


「聞くが綾乃よ、ヌシ……子は孕んだか?」


「……え?」


 卑弥呼は口角を釣り上げ、その真紅の瞳を綾乃に向ける。


「秋影の子じゃよ? 契りを結んで身籠っておるかと聞いておるのよ」


「え、えぇぇっと……」


「ななな何言ってんですか卑弥呼様!? お、俺達はまだ……その何も、それに綾乃はずっと病気で寝たきりでしたからぁ!」


 どもる二人に卑弥呼は大きく口を開けて固まった。


「何と何と、この者達まだ契すら結んでないと申すぞ……陰王カゲオウ、お主少々堅物に作り過ぎたのではないか?」


魔魔ママの仰せのままに元の人格と寸分違わず作ったんですがね。まぁ人間だった頃の俺ってこんな奴でしたよ」


 綾乃は絶句した。卑弥呼の影からヌルリと現れた全身を黒の鎧で覆った男、左目が赤、右目が黒。


「秋……影が二人……?」


 その男は肌の色意外、秋影と瓜二つであったから。


「愛しおうておるようじゃったから試してみようと思ったのじゃがのぅ」


「使徒と人間が子を孕めるか……魔魔ママは全く趣味が宜しい事で……そういえば先日魔人との子を産んだ女は狂い死にしましたがね」


「おぅおぅマコトかえ? ラビットハッチの元飼い主の妻じゃったか、どうじゃった?」


「あまり思い出したくないですが、皮と中身がひっくり返った巨大な胎児でしたね」


「ホッホッホそれは頂上、妾も見たかったのぅ」


 歪む、卑弥呼の面が。不気味に、作り物のように。

 綾乃は理解した。いや、知っていた。コイツ等は違う・・、もう以前とは別の生命だ。此処・・も、人の世界じゃなくなっている。 敵だ――ワタシ達人類の。


「これが”魔人”……で、でも」


 何故? 隣にいる秋影は放心したように虚空を眺めていた。


「余興じゃよ綾乃、隣りにいるのはお前の恋人ではない、お前が弱り腐って倒れている内に陰王の使徒と入れ替えたのよ。ホッホッお前の知ってる秋影は目の前におるじゃろ?」


「う、嘘よ……」


 魔人陰王カゲオウ――強力な魔力を持った魔王の側近であり、以前”秋影”という人間だった魔人。地上で唯一”魔人核”を左目に宿して生まれた最初の魔人族である。彼の役目は天の岩戸に封印されし魔王の心臓、”魔王赫核アルターコア”を開放し、666体の魔人達の核を世に解き放つ事。そしてこの卑弥呼だったモノこそ炎を司る初代魔王――レッドアイ=火魅子ヒミコ迦具土神カグツチであった。


「妾は全ての魔人達の母……産まれ出る赤子が大好きでのぉ。以前此処にいた者達で色々多種族交配を試しておるのだが人間の子宮は弱ぁていかん。ホッホッお前らもその一環よ」


「じゃ……じゃあ俺は一体何なんだ」

「秋影は秋影よ! だから……ね?逃げよワタシと」


 綾乃は秋影の手を掴んで脳内で逃げる為の飛翔術式を走らせる。


「人間が四年も眠らずに生きられるか……本当は気付いていたんだろ……綾乃さん」


 陰王の言葉にワタシは凍りついた。

 ”綾乃さん”――その声はあの寂しい丘に毎週訪ねてきてくれたあの少年の声そのものだったから。


「い、いやだ……いやだよぉ……そんなのないよぉ……っ」


「ホホホッそうじゃそうじゃその顔が見たかったのじゃ! そうでなければ記憶まで受け継いだ完全な分身を作らせた意味が無い! 我が愛し子陰王カゲオウよ、折角じゃ此処で子種を宿してやれ。愛する秋影の子種じゃ! 裂けるまで注ぎ込むよう従者ヴァレッドに命令せよぉぉぉぉ」


魔魔ママの仰せのままに――やれ、使徒アキカゲ


 綾乃の掴んでいた手が一度硬直してからビクリと動き、次の瞬間綾乃は両手を押さえつけられ押し倒される。至近距離にある愛しい秋影の顔は、浴衣を織ってプレゼントしてくれた、おんぶしてくれた、励ましてくれた、助けてくれた、病気が治って泣いてくれた、自分の知っている彼では無かった。発狂したかのように叫ぶ。


「ああぁぁやぁぁのぁぁぁ!」

「ごめんね綾乃さん、僕のあげたその白と赤の浴衣とても似合ってる……でも」


 もう二度と服を着ることは無いと思うよ?


 豹変した秋影と陰王の優しい声がワタシの耳を通って脳に響いた時。


(もういいや……どっちでも)


 秋影は秋影だもの、そう思った。


 ズ……ガドン!


 綾乃の思考が停止したその時、火魅子のやしろ全体に激震が疾走る。


「んん? 誰じゃヌシ、今良い所なんじゃがなぁ」


 鉄で出来た社の壁を斬り破り、侵入してきたのは身の丈程もある剣――終焉という名のツルギを持った青年であった。


「その方……権限者殿は返してもらいます」


「グッへェェ魔魔ママ様お、お助けを! コイツは近頃噂になってる”魔人殺し”です!」


 同時に部屋に吹き飛ばされながら入室し、火魅子の足元に駆け寄ったのは人間大の兎の魔人。どうやらこの現れた青年にやられたのだろう、耳が片方切断され流血している。


「ホホホッそなたが防御結界ごと魔人を斬り殺すと言われとる鬼かえ? しかしラビットハッチよ、オヌシ本当に弱いのぅ門番も出来んのか」


「メメメメ面目ねぇでゲス」


 やり取りの最中、陰王は綾乃に歩み寄って抱き起こしていた。誰にも気付かれないくらいのゆっくりした静かな動きで。


「動くな魔人! そのひとに手を出せば一足飛びで魔王を叩き斬るぞ!」


 ”魔人殺し”そう呼ばれる青年の剣に力が入る。


「ホホホ面白い……陰王、手と言わず続きをヤッておやり?」


 火魅子の言葉に”魔人殺し”は軸足を踏み込もうとした。その刹那、陰王はここにいる誰しもが予想しなかった行動に出る。フワッと、まるで大事な物なので落とすなよ、そう言わんばかりに、ゆっくりと、丁寧に、卵を母親に投げるように、放った、譲った、逃がしたのだ。


 魔人殺しイザナギ=ヤマト目掛けて綾乃を放ったのだ。ヤマトは握っていた剣を即座に背中に直し綾乃を受け止め、踵を返して駆け出した。この社、邪馬台国から逃走する為に。


「あ……き……か……げ?」


 陰王に抱き起こされる最中、綾乃は確かに見たのだ。魔人になってしまった恋人の唇がこう動いていたのを。



 スマナイ綾乃……どうか強く……幸せに。




 L90年(810年前)


 魔人殺しの青年イザナギ=ヤマト――後の世、L900年まで転生を繰り返し肉体を変え、現在の名をアーサー=イザナギ=カターノートと呼ばれる大魔法使いである。

 彼は人類を導き、来たる決戦の日まで知識と力を継承させる運命を持つもの。


 イザナミは皇を守護し、イザナギは人類を先導し皇を守護する。決められた運命の元生まれてきた存在であった。創世記――人類にとって地獄の時代となる。


 人は魔人の餌。

 陵辱され殺され食われるだけの餌――そんな民衆を救う為、大和と綾乃はある研究に打ち込む。


 武装気ブソウオーラ――彼の開発した人体強化術と、火の国でのみで発見された鉱物”火廣金ヒヒロカネ”の武器を精製量産し、対魔人用死殺技「魔人剣」を生み出した。


 イザナミ=アヤノ――秋影の最後の言葉を繰り返し唱え、強く生きようと決意する。大和ヤマトと共に人類を先導しながら自分の中にある”不思議な力”――術式の研究に打ち込み、長年の研究の末、綾乃はある結論に達する。


 魔法因子核リンカーコア――彼女の生まれながらに持つ不思議な力は、特定の人体にある因子の力であった。空気中の魔法粒子ミストルーンを吸収し、因子核から外部へ演算投影して放つそれを「魔法言語」と名付け広めていく。


 その全ては自分の手で秋影を取り戻す為。


 丁度その頃、魔王は小さな火の国ジパングを離れ大陸に渡った。


 綾乃と大和も火魅子を追い西の大陸ブリテンへと旅立ち、舞台は世界を巻き込んだ第一次人魔戦争に発展する。



 L110年(790年前)


 当時や大陸全土に支配の手を伸ばし、世界の四分の三を占めていた魔人領の勢力は、大和と綾乃両名が率いる――人、エルフ、巨人に竜人族を含めた連合軍に徐々に圧されていく事となる。そして現在のトロンリネージュ王都のある土地、ブリテンに居城”カグツチ”を築き、本陣としていた魔王火魅子を遂に追い詰めた。


「ま、まさか妾が下衆な人間如きに……遅れを取るなど」


「ねぇ卑弥呼様……ワタシの事覚えてる? 邪馬の村で一緒だった……」


「お、おう覚えておるとも……そ、そうじゃそうじゃ……確かお絹……夜神の家のお絹じゃろう? 同郷のよしみじゃ、回りの薄汚い竜人共を下がらせておくれ? もう妾は心を入れ替える後生じゃ!」


 伊邪那美=綾乃――彼女はこの数十年で極限まで昇華させた自身の魔法言語を、最高速で演算しながら詠う。――歓喜のうたを。


「貴女がワタシにした事なんて……三日前の夕飯の献立くらいのものなんでしょうね。ワタシは片時も忘れた事は無かったけれど……」


「そ、そうじゃ! オヌシ猿田彦の所の娘か!? 美しゅうなったなっ目元なんて母親に――」


「その娘は10年前に死んだわ……貴女の可愛い息子達に犯され、真っ二つに裂かれてね」


「そうかそうじゃったか! では――」


 綾乃の身体から光り輝くほむらが灯る。彼女の望みだった、炎の魔王である火魅子をそれ以上の炎で灼き尽くす事が。


「これがアンタを殺すために死に物狂いで開発した……この瞬間だけの為に涙を枯らして編み上げた魔法言語――お前の防御結界強度と源流そんざいを上回るレベル4よ」


「と、特別に妾のコレクションから誰でも好きな男を――」


 綾乃はポツリと、囁くように。


「そうそうそんな顔が見たかったの……さようなら卑弥呼様」


 笑い、うたった。



 挿絵(By みてみん)



 L111年(789年前)


 初代魔王を討ちとった連合軍は魔王城カグツチを新たな拠点とし、都市を形成しつつあった。散り散りに逃げ去った魔人族は大陸の最北端に逃げ伸び、鳴りを潜めて機会を伺う事となる。


「何故だ大和殿! 何故紅い魔女殿は”魔王赫核”を破壊しないのか!?」


「竜族の勇者ザッハーク殿、貴方の意見は最もですが綾乃の決定です。僕も最功労者である彼女の意見を尊重したいと思います」


「馬鹿げている! あれを破壊すれば全ての魔人を消滅させる事が出来るものを……」


(はい……僕もそう思います)


 大和も内心では魔王の心臓である真紅の宝玉、魔王赫核アルターコアを完全に破壊してしまいたかった。あれをもし奪われればでもすれば新たな魔王となって転生する者が現れるかもしれない。そうなってしまえば倒した筈の魔人共が復活してしまう恐れがあるから。


(あれを破壊しない理由はただ一つ。行方を眩ませている秋影、いや……陰王カゲオウに死んでほしくないからだろう)


 イザナギ=ヤマトは、老いによりシワの増えた掌を見つめ思う。


(権限者殿、前にも言ったはずです。それは厳しい道だと……)


 だが彼は、一途に失ってしまった恋人を思い続ける綾乃を愛していた。


 だから言えなかった。



 L160年(740年前)


 魔王城カグツチであった場所は王政都市トロンリネージュと名を変え、転生し、若い身体を手に入れた伊邪那岐=大和――新たな名をアーサー=トロンリネージュとなった男を代表に添え、人類は未曾有の発展を見せる事となる。井戸水が水道水へ、建物がレンガからリーンフォースドコンクリートへ、食料自給率が9割から1割へ、移動手段が馬からエンジンへと異常なスピードで発展を遂げる。それは裏から王国を支えるイザナミ=アヤノの研究――魔導科学の恩恵がもたらせた結果であった。


 しかし大量の魔法粒子ミストルーンを消費する魔導科学の発展に伴い、ルナリスの大地に異変が起き始めていた。緑が失われ砂漠化が進み、大気が失われつつあったのだ。



 L240年(790年前)


 すでにトロンリネージュは国家ではなくなり、酸素を自動生成するドーム状のガラスで覆われた巨大な浮遊都市となっていた。大気中の魔法粒子は枯渇寸前に陥り、地上の劣悪な環境で生存できる生物は、霊子体(魔人や竜人等)達位であろうか。よもや地上は人間の住める世界ではなくなっていた。


 砂塵と竜巻が舞う、高度200メートル上空で戦う二つの軍勢があった。


「アヤノやめるんじゃ! これ以上科魔導科学が進めば魔法粒子が枯渇する――世界ルナリスが崩壊するぞ!」


「もう少しなんだアーサー! もう少しで魔人を人に戻せるかも知れない」


「無理じゃアヤノ! 何故分からん、秋影君はもういないんじゃ! 君の使命は――」


「待てど暮らせど現れないプレイヤーとメインユーザーを待ち続けて何になる! 秋影は言った、強く生きろと、ワタシは決めたんだ! この世界の理を変えてやる。月面のマザーコンピューターがこの世界を投影し形成しているなら――」


「ま、まさか君は秋影君をもう一度作り直すつもりなのか……そこまで……そこまでなのか綾乃」


『アーサーまずいで! やっこさん禁術を使うつもりや! カターノート軍本隊を下がらせなぁエライ被害が出るで!』


 アーサーの近くを浮遊していた辞典型デバイスが驚愕の声をあげる。綾乃とアーサーの周囲には全身に術式を打ち込み、力を強化した数千の魔導兵が今もなお空中戦闘を繰り広げている最中であったから。


「だから邪魔をするなぁアーサーぁぁ!」

『Run――Lv5"禁術魔法言語コードギア"術式実行』


 綾乃のスカーフ型デバイスは形状を巨大な砲身へと姿を変える。


「なんて事を。……本当に止まらないのか綾乃……いや、権限者殿。ワシは……ワシは……君を」


 アーサーの顔に後悔という名のシワが刻まれ、意を決したように叫んだ。それは嫌なものから逃げるように、怖いものから自身を誤魔化すような叫びであったが。


核攻撃(コードギア)が来る。――間に合うかヘカテー! 全て受けきるのじゃ」





 綾乃率いる魔導科学先進派トロンリネージュと後進派アーサー率いるカターノート軍の戦争はたった一年で終わりを迎える事になる。

 アーサーの老衰により敗北したカターノートは分解、トロンリネージュに取り込まれ、魔導科学は更なる発展を遂げる。その科学技術はメインユーザー、この世界の創造主に匹敵するレベルに達しつつあった。



 L250年(750年前)


「遂に完成っ――綾乃様やりましたね。アーサーの奴も地獄で悔しがってるでしょうねぇイヒヒ」


「リィナ……彼を悪く言うのはやめて。意見が合わなかっただけで別に嫌いという訳じゃないの。それにアーサーはワタシと一緒で死ねない運命の人。時が来たら再び蘇るわよ」


「えぇ~でもあんな爺さん綾乃様の隣に立つには相応しくありませ~ん。リィナみたくちっちゃい可愛ゆい女の子が似合うと思うなぁ」


 そう言ってリィナ=ランスロットという女は綾乃の腕にすがりつくようにしがみ付いた。その当人は困った顔で頭を抱える。


「リィナ……前みたいに変な所触ったらブッ放すからね」


「はぁ~い綾乃様♪」


 綾乃が持つ権限の力”侵入解除バックドアクセス”と、助手であるリィナ=ランスロットの定評した世界空間を書き換え捻じ曲げる空間魔法言語”天照アマテラス”をもって、遂に綾乃は創造主メインユーザーの力の一部、『ノア』を盗み出すことに成功する。

 方舟と呼ばれる直径50メートル強襲空母――本来メインユーザーの”器”となる人物が操作、起動する事を許される筈の兵器である。その能力は外部装甲に鉄壁の多重防御結界レイヤセキュリティシェルを持ち、空間を切り裂き次元航行をも可能とする。主砲は大気圏内から落下隕石を打ち抜ける程。そしてその火力は戦術級大口径核砲弾を遥かに凌駕する超級空母である。


 綾乃はノアを目の前に決意する、この悪趣味なデスゲームを自分が終わらせてやる。こんな世界を創った神に反逆してやると。


(皆が幸せに暮らせる……そんな世界に変えてみせる)


 そしてきっと何処かで苦しんでいる秋影……待ってて。



 ――彼女は”ノア”を起動させた。





 ”メインユーザー”


 ハンドルネーム姫乃、アマテラス、S1の三名は”マザー”と呼ばれるPCハードを月面に打ち上げ、月と地球の狭間にルナリスという箱庭を創った。

 そしてマザーに送られたプログラムソフト「ルナティック=アンブラ」によって世界ルナリスが動き始める。


 神が作りしデスゲーム、この世界はたった一つの”賭け”それだけのために作られている。

 ルールは単純明快――メインユーザー三名がルナリスで生きる”誰か”を”器”に選び、同じく3名の”皇”となるプレイヤーに守らせ、戦わせ生き残ること。


 イザナギ=アヤノ=マクスウェル、彼女はこのゲームルールの全てを、送られてくるプレイヤーに伝え導く為創造された筈だった。だが、いつまでたっても器もプレイヤーも現れず、孤独に耐え切れなくなった彼女は一人の青年に恋をした。


 青年の名はツクヨミ=アキカゲ。――アヤノを愛し、変えてしまった男。


 アヤノは彼との出逢いをもう一度やり直そうと神に反逆する。月面のマザーコンピュータに侵入アクセスし盗みだしたノアの力で、月面から直接世界を変えてしまおうと考えた。


 だが3名の神はそれぞれの役割を持っている。

 ハードを設計、管理するアマテラスこと天津学、ゲームマスターである姫乃こと椎名由美子はソフトを作り、S1近藤真一はデバックシステムを構築した立役者である。


 ゲームを犯そうとすれば無論それを妨害するシステムが作動する。



 マザーコンピュータの意志によって、地下世界と制空権に存在するはずの上位霊子体、地上に召喚された魔神と天使は総力を持って起動したノアを破壊しようと牙を向いた。しかし――


『アヤノ様、先頭部に着弾――』

「損傷は?」

『軽微です』


 赤で統一されたフォーミュラシルエット――それはF1レーシングカーのようにも見える。 しかし”ノア”――方舟と呼ばれるそれは船である。

 鉄壁の防御結界で守られる巨大な空母の操舵室で、綾乃はモニター越しに見える六体の人影に視線を写す。


「今攻撃してきたのが魔人の上位種……思ったほどじゃないわね」


『しかしアヤノ様、上空から天使も接近中です。月面に転移出来る迄の魔法粒子ミストルーンをチャージするにはまだ時間がかかります』


「心配しないでアキ、魔神や天使如きに負けるような船じゃない――蹴散らしてやる」


 操舵席に一人腰掛けるイザナミ=アヤノは自らが首に巻くスカーフ型デバイスを指で弾いた。





「チ、チィィ! 暗黒武装ディアボロを開放したオレがたった一隻の船如きに圧されるだとぉ!?」


「あれは人皇のオプションデバイス”ノア”です。しかし我らが皇と同じくして未だ現れぬプレイヤー無き今何故起動しているのか……」


「アァァァシュタロス! 手ぇ出すんじゃねぇぇ! オレがヤらァァ」


「拒否しますベリアル。地獄の門が鍵も無しに開いたという事、すなわちこの戦は”マザー”の意志です。魔神ソロモン全員であの船を落とさねば何が起きるか解りません」


「そ~だよベルやんワガママ言ったらダメダメ~”導き手ストレーガ”であるアシュちゃんの言う事に間違いは無いんだからさ~」


「と言いながらレヴィアタン! テメェはなぁぁんでオレを盾にしてんだこらぁぁぁ!」


「レヴィッペ今大事な体なんだよねぇ。妊婦さんは安静にしなきゃ駄目でしょ?」


「ほんまかいな!? そういえばレヴィアタンはマザードラゴンの魔神やったねぇ……でもま、ベリアルも男なら孕ませた女護る位の甲斐性見せんとアカンって」


「ベリトぁ! 勝手にオレの子にすんじゃねぇぇぇ」


「戯れ言はそこまでに。制空権の天使共が神気を放ち出しました。そろそろ奴らも本気で仕掛けてくるでしょうし――その前に全員で暗黒武装ディアボロを展開して一気にノアを破壊します。ソロモンの王、六人の魔神王ジュデッカの力……見せて差し上げましょう」



 しかしアヤノが操るノアの力は凄まじく、魔神と天使の軍勢を持ってしてもても破壊することは出来なかった。

 悪魔と天使を押し退け月面に向かい飛翔を始めた方舟――だが、そいつは突如現れ、舞い降りる。


「な、何あれ、あんなの知らない……ワタシが知らない……敵?」


 そいつは月の使者、S1機関デバックシー――最終防衛システム”ルナティック=アンブラ”と名乗り、完全に勝利を確信していたアヤノにこう言ったのだ。


「私は調律者、月影……ルナティックアンブラ。イザナミよ、汝の”器”としての権利を剥奪する。そして――」


 方舟ノアが展開する多断層結界レイヤセキュリティシェル越しにも解った――敵の異常な力を。


「ノアが動かない!?――」


『アヤノ様、魔核融合炉の出力が急激に下がっています――魔法粒子ミストルーンが奴に吸い取られているようです』


「ヤツの魔法出力は!?」


『測定不能――恐らく500億ルーン以上です』


「ご、ごひゃく!?――そ、そんな数値を持つ存在があるはずがない。絶対に勝てないゲームの設定数値……バランスブレイクのはず――お、お前は何なんだ!? ヒメノ以外……誰のメインユーザーの”守り手”だ!?」


「――そして修正プログラムを実行する。箱庭ルナリスを初期状態に復元、母の力も返してもらおう」


「畜生! ここ迄やってやられてたまるか――アキ!?」


『主砲クリムゾン=ロア――全リミッター解除』


「落ちろォォォォぉお!」


 月影と名乗ったそいつは、大気圏内で使用すれば重力異常を起こすほどの大出力エネルギー砲をものともせずにこういったのだ。


「恐れるなヒメノ様の権限者よ。私はお前に何もしない――ただ、返して戻れ、お前の生まれた場所へ」


「そ、そんな、ノアの……人皇鎧アーマードクラウン最強の力が全く効かない? そんな事が……」


「そしてイザナミよ質問に答えよう。私は――」


「そんな、い、嫌だ……帰りたくない……嫌だよぉ」


 秋影はもう居ない。と、気付いてしまうあんな世界、箱庭なんかに。


「――だだのクエストだよ」


 視界が滲んでいた――ワタシの涙で。

 でも何故か考えもしていた。目の前の謎の敵の正体を。”クエスト”? そんな馬鹿な、メインユーザーの守り手達三名以上の力を持ったクエストがあるはずがない。ならばこの”ゲーム”は絶対にクリア不可能と言う事になってしまうからだ。という事はコイツは嘘を付いている――ルナティックアンブラ、もしや三人の王が争い合うこのゲームを邪魔しようとする”何か”なのではないか。


 そこまで考えた所で――アヤノの意識は途絶える事となる。



 月から舞い降りた使者はノアを完膚なきまでに破壊し、アヤノにもう一度絶望を与えるだけではなく、ものの一数日で地上を焼き尽くした。

 アヤノが次に眼を覚ました時、その視界に飛び込んできたのは何も無い丘から見える、何も無い景色。彼女は再び生まれた丘の上へ戻り――全てを失った。


(此処を離れたのが悪かったの? 秋影に本当の事を言わなかったのが悪かったの? それともこんな世界が正しかったの? ワタシが全部悪かったの?)




 この世界は地獄だ……救いなんて何処にもない。だから自分で手を伸ばした。 あの忌々しい月に向かって。 でも私の伸ばした掌を、月の女神は突き返したのだ。


 畜生チクショウちくしょお……自分達人間を、魔族を創ったメインユーザーを恨んだ。命を弄ぶゲームを作った女を恨んだ。


 大量の生命が死滅した。


 科学の力により増殖し続けた1億近くいた人口は1%まで激減し、人々は災厄をもたらした魔導科学の母、アヤノを迫害し追い立てた。

 彼女は人目を忍ぶように人里離れた山奥で独り、ずっと一人ぼっちで過ごす事となる。





 Furthermore hundred years later......



 L500(400年前)


 魔王亡き今、魔人達を率いていたのは次期魔王を狙う魔人ラビットハッチと、それに異を唱える魔人陰王カゲオウの二体――力のラビットハッチ軍と、魔の陰王軍は次期魔王の座をめぐって飽くなき闘争を繰り広げた。


 魔人二体の闘争の最中――寂しさに耐えかね、もう一つの人格を宿した綾乃と、魔人陰王カゲオウは再び出逢う事になる。 


 数百年ぶりに出逢った二人。


「――――」


 綾乃は一言彼に告げ、陰王は黙って頷き応える。


 ――グド。音、生命の終わる音がした。


 陰王アキカゲの紅い左目は綾乃の手により貫かれ、魔人は”核”を残して消えていく――出逢って四百年以上が経った今日、やっと言えた言葉があった。それは臆病な魔女が、小さな結晶になってしまった恋人にようやく聞けた一言。


「秋影は、ワタシが不死身の化物だったとしても、愛してくれた?」




 紅い結晶球、魔人核を抱きしめる綾乃の涙が枯れた頃――男が1人訪れる。


 そいつはユウィン=リバーエンドと名乗ったんだ。





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