第18話 湖の騎士VSゼノンの颶風
ガッィン! 直系四百メートルの闘技場全域に激しい金属音が鳴り響いた。行われているのは本戦トーナメント第一回戦、トロンリネージュ代表、湖の騎士ユーリ=アルダン将軍とゼノン代表錆びた釘第十位 絃葉=神無木、両名の戦いである。
「これは全く! ゼノンの人間には参りますな。こう見えて自分はフェミニストなんですが」
ユーリ将軍が振り下ろした魔法剣アクアラクナを絃葉は素手の手刀で受け止め応える。
「無用の気遣いです将軍、そして女権論者らしからぬ渾身の斬撃、心が踊るよう――ですっ!」
「――ぬぉっ!」
女性とは思えない力で剣を押し返され、ユーリは数メートル後方に一旦飛び距離をとった。
「う~む普段からお美しいが闘気を発する絃葉先生はまた別格ですなぁガッハッハ」
「先程の強烈な一撃とお褒めのお言葉感謝いたします。そして女の私に始めから全力で打ち込んで下さった事……重ねてお礼申し上げます」
「絃葉先生は女性である前に戦士ですからな、手加減は無粋でしょうや。まぁ素手で受け止められるとは思いませんでしたが――なっ!」
豪快に笑いながらそして観客の瞬きよりも早く、ユーリ将軍は再び間合いを詰めて肩、胴、足に連続で斬り込む――が、絃葉は最初の二撃を左右の両手で、最後の下半身への斬撃は相手の剣を踏みつけることによって防いだ。ユーリ将軍は愛刀を絃葉の足に固定され、一瞬次の攻撃への判断が遅れる。そこを見逃す錆びた釘では無い、相手の懐に飛び込んだ。
「武装空道柔三式――打水月!」
回転を加えた絃葉の肘が相手の胸に突き刺さるかと思われたが。とっさに剣を離したユーリは両手で絃葉の肘を受け止め、更に同回転方向に飛んで衝撃を緩和し着地する。
「いやはや危ない所でした。今のが投げと打撃を同時に打ち込む”武装空道”ですか……堪能致しましたぞ」
「将軍の動き……空道をご存知でしたか」
絃葉の声に微かな喜びが混じる。
「身体を使うことしか能無く産まれて来ました故、格闘技全般には精通しております」
「ご謙遜を……」
双方向かい合ったまま嬉しそうに口元を緩めた。
本日はトライステイツトーナメント本戦一日目、全十六試合が行われる。 昨日の予選では二千人を超える選手がいた為、12あるリングの全てて試合が行われていたのだが、本日から中央の大リングに一組ずつ行われる段取りとなっていた。本戦に勝ち残った48名は観覧席より相手の技や動きを観察し、アンリエッタの部下、カミーユクラインの提案で会場内に無料で配布される事となったアルコール飲料の効果で、観客はビール片手に賭金を更に落とし、酔いが廻って異様な盛り上がりをみせていた。
『正に実力伯仲! 本戦一試合目からアツい展開ですねぇ、解説のクワイガンさん……というか王』
「いい加減貴殿も慣れたらどうだ? もお”クワイガンさん”よいわ。うぃぃぃぃゲェップ」
『ではクワイガンさんこの試合どう見られますか? 私個人的には力ではユーリ将軍が圧倒的有利と見るのですが……』
「うむそうさなぁ…ゲプッ」
既に5リットル近いビールを胃袋に流し込んでいる”解説のクワイガンさん”は酔っ払いながらもちゃんと試合は見ているようだ。確かに一般的に見て気を使うとはいえゼノンの傭兵は素手である。しかしユーリ将軍は剣士にして武装気の使い手。そう思われるのも頷けた。
「貴殿は…ゲップ……絃葉が何故斬撃を素手で受けきれるか解るか」
『え~っとゼノンの傭兵なのですから気ですよね? 確か”硬化武装気”とかいう』
よく知ってるじゃないかハッハ! ”解説のクワイガンさん”は司会者の背中をバシバシ叩いた後ユーリ将軍に視線を移した。背中を叩かれた司会者が実況席から転がり落ちるが気にしない。
「ユーリ=アルダン将軍が持つ”水の魔法剣アクアラクナ”……あの剣は東方のカタナのように斬るタイプの剣ぞ、いかに錆びた釘と言えどあれを受けきるには、よほど”体の武装気”の修練を重ねた傭兵にしか無理だな。そして絃葉は”技の武装気”一本に特化した変わり者だからのぉ」
『で、でも現に絃葉選手はユーリ選手の剣を素手で弾いてましたよ?』
クワイガン王はニヤリと笑う。よくぞ聞いてくれた――そんな顔だった。アンリエッタの頼みで仕方なく引き受けたと感じであったが意外とこの仕事が気に入っているらしい。
「いま丁度良い所よ良く見るがいい、剣と絃葉の手刀が触れる面を……」
リング上では再び打ち合いが開始された所である。
『え…………っと何ですか? 全然解りません』
クワイガンは一つ冷静に考えてみた。あぁそうか、普通の人間の動体視力では無理か、こりゃ失敗失敗。
「触れておらんのよ。絃葉の手刀と剣は」
『えぇ!? でも現に……』
司会者はもう一度リングを見るが、やはり素手で捌いているようにしか見えない。
「手の表面数センチに力場を発生させておるのよ、飛んできたモノを弾く力場を」
『そ、それも武装気なのですか!?』
「無論――しかし通常”技の武装気”とは自身の気を広く展開して気配を探ったり、気を固めて飛ばしたりは出来るが、攻撃として停滞させる事は出来ん」
それではどうやって? 司会者がノリノリでクワイガンの説明を聞き入っていた。
「絃葉の体表面を覆っているは”武装結界”、アイツは特型の武装気に選ばれし者、人類最強を誇るゼノンの錆びた釘十人が一人よ」
『と、特型!? あの数万人に一人現れるかどうかという特殊能力ですね……し、しかし、ゼノン王として自国の選手を応援したい気持ちは解りますが……今絃葉選手が圧されてますが……』
その時リングでは絃葉がバランスを崩し、それを隙と見たユーリ将軍が斬りこんだ所だった。しかし”解説のクワイガンさん”はニヤリと笑う。
「我ら一騎当千錆びた釘……人の身で勝つ事それ叶わぬわ」
魔法剣アクアラクナによるユーリの突きを躱し、自分の横にあるその剣を弾き再び懐に入り込もうとした絃葉は思った。
(これは違う!?)
弾こうとした剣はそこにはなかったのだ。絃葉の手刀は空を切る。
(蜃気楼……魔法か!)
ユーリの愛刀の能力であった。水蒸気で光を曲げたのだ。躱したはずの突きは今正に自分の肺に突き刺さろうとしている。絃葉は半ば強引に体を捻り突きを紙一重でかわすが、無茶な身体の捻り方をした反動で脇腹に激痛が疾走りバランスを崩す事となる。
「もらいましたぞ――絃葉殿!」
「致し方ありませんね」
その時異変が起きた。
周りで見ていたものには解らなかっただろうがユーリにはしっかりと見えた。絃葉の身体に揺れた赤いオーラを。
(な、なんと技の武装気の極み……これが噂に聞く一系統を最大まで昇華させた者が纏うという”赤の気”極型オーラか……だが)
動けん! これは極型とは違う! また別の力だ。
「”境界の手”は決勝まで温存しようと思ったのですが……流石はユーリ殿です」
ここが勝負所と判断したユーリの体は、剣をやや大振りに振りかぶった所で完全に停止、動けなくなっていた。まるで”空気”に羽交い締めにされているが如くユーリの体の周りに気流がまとわり付いている。
「そ、そうでしたか……絃葉殿は”特型”の能力者でしたか。そしてそのお年で技武装気を極型にまで極めておいでとは……」
絃葉は左手をユーリに掲げたまま首を左右にふる。
「少し違いますユーリ殿、技の武装気を極めたからこそ”境界の手”が使えるのです。この能力は自身の気が届く範囲内全てに干渉が出来る、故にアスディックを使えない者には全く無駄な能力に成り果ててしまうのです」
「干渉……ですか。参考までに絃葉殿のアスディック範囲距離をお聞きしても?」
「500メートルです」
将軍は絶句した。
武装気――アスディックの索敵範囲は常人であれば50メートル程度、それを目の前の女性は500メートル四方の対象に手が届き、攻撃できるということだ。無敵の能力ではないか。
「しかしそう万能の能力でもありません」
「そ、その眼の色は……」
絃葉の瞳に赤いオーラが灯る。
「相手を昏倒させる程の威力を出そうと思えばある程度近付かなくてはいけませんし、この攻撃は遅い為、素早い動きには対応できないのです。ですのでユーリ殿が大振りになった瞬間を捉えさせて頂きました」
「そ、それで温存されていたと……」
「はい、それともう一つだけ便利な能力があります。人体のチャクラを目視できるという点です……そして」
ズムッ! 金縛りにあった如く動きを止めていたユーリの腹部に絃葉の掌底が突き刺さる。
「そして、チャクラを一時的に閉じる事も――良い戦でしたユーリ殿」
「グッ……フ……い、いやはや……何とお強い」
トロンリネージュ王国第一騎士隊総隊長ユーリ=アルダン将軍は、自分に突き刺さる掌底でも、自分を応援してくれていただろう自国民にも、忠誠を誓った特別観覧席のアンリエッタ=トロンリネージュ王女殿下にでもなく、目の前の黒髪の女性を見つめていた。
(……美しい)
そう思った。
神無木=絃葉、現在トロンリネージュ魔法学園の臨時教師を任されるゼノンの上位傭兵。一本気で嘘が付けず誇り高い女性、そう思っていた。先日の酒場では酔いつぶれ、カターノートの聖騎士にオモチャにされて遊ばれていたドジな所も気に入っていた。だが、今日もう一つ見つけた――自分より遥かに強い。
ユーリは身体のチャクラを乱された事によって意識が途切れ倒れ込む前に、その時感じた言葉を好敵手に伝えよう、そう思った。
「……このユーリ……本気で惚れ申し……た」
その言葉と共に絃葉の胸に倒れこみ、意識を失ったようだ。崩れ落ちたユーリ将軍を丁寧にリングに寝かしてから絃葉は思う。
(い、今私告白されたのでは?)
お、オカシイぞ!? 今私達はそんな場面だったろうか。これが強敵と書いて友と呼ぶというやつだろうか? でも惚れたって言いましたよね今、惚れたってそう言う意味ですよね? し、しかし私には心に決めた殿方が! でもでもあの方はアンリエッタ様を……でも今は何故かお疲れの様子、今のうちに私が慰めて……いやいや何を私は卑劣な事をぉぉぉ。
「な……何やっとるんだあの馬鹿娘は」
本戦トーナメント大型リングで、一人で頭を抱えて転がりだした絃葉に、”解説のクワイガンさん”はビール片手に呟くのだった。
◆◇◆◇
「流石はクロード殿の娘さんじゃ。強いのぅ」
「恐縮ですアーサー様、しかし腕は上がってもまだまだ未熟者ですな。我が馬鹿娘は……」
アリーナに設けられた特別観覧席、東京ドームでいうスポンサーやVIPなどが利用するスカイボックスで、アーサーとクロードはリングで赤面しながら悶える絃葉を見ながら呟く。王族を守るため特殊な合金で建造された場所である。
「しかし参ったの。今日の本戦、やはり中止に出来んかったか」
「はい、昨日の予選の反響が凄まじく……中止すれば恐らく暴動が起きるだろうと殿下が決定を下されました。――賭博と無料アルコール、そして花火や大会の合間のイベント……娯楽に飢えた市民の心理を上手く使い、今日に限っては昨日の8万を超える10万人の観客が詰めかけております」
「優秀過ぎるアンリエッタちゃんにも考えものじゃ……国益の為とはいえ、この大事になるかもしれん時に……」
「いえ、この企画を立案されたのはアンリエッタ殿下直轄の外交官、カミーユ=クラインです」
「ナルホドのぅ……あ奴か、第一魔導隊の指揮も一任されているとかいう」
アーサーの鋭い目がアリーナ反対側、400メートル先のトロンリネージュ用特別観覧席を見据える。試合を観覧するアンリエッタ皇女、その後方に立つ男カミーユ=クラインを。
「予選でも見事な腕じゃった……それも本気を出しておらん」
「流石気付かれておりましたかアーサー様、彼は少々出来過ぎますね」
「この観覧席も彼の設計だと聞くが本当かね?」
「はい、一任されておりました」
アーサーが豪華な装飾が眩しい室内を見渡した。真っ白な壁紙で覆われているが。
「沈黙石……内部の音を外部に漏らさないサイレント素材の合金で出来ているの。それに……」
アーサーの周囲を飛ぶ辞典ロンゴミアントの一冊、ヘキトが口という名のページを捲る。
『外部はミスリルと鉄、アダマンタイトのダマスクス合金やで! Lv4魔法でも耐え切れる素材や! めっちゃ金かかってるで此処』
「国家代表用に作られた観覧席……それぐらいするのは普通とみるかどうかじゃが……」
アーサーのデバイス、ヘキトの言葉にクロードは眉を潜める。気になったのはここだった”金が掛かっている”――カミーユ=クライン、先日彼はこう言ったはずだ「予算内に収めましたので」――アダマンタイトは希少な金属である。そのモース硬度は今は採り尽くされたと言われているオリハルコンに匹敵する。そんな金属を使い、あの少なかった国家予算で足りるはずがない。一体彼はどうやって、何の為に此処を作ったのか。
「アーサー様、彼に監視を付けます」
「ほぉ、しかしミスティネイルは動かせん。どうする気じゃ」
クロードは得意の薄ら笑いを浮かべる。
「いやなに私の部下に少々変わってますが、腕の立つメイド……いや忍者がおります故」




