第16話 竜姫バハムートの憂鬱
「あの、D……さん? 落ち着きました?」
『何がですか?』
「あぁいえ……すっごい泣いてらっしゃったので」
『泣いた事などありませんが』
うそぉ!? ここに居る全員が思ったが、キリッとした表情に戻ったクールビューティに皆は何も言えなかった。Dさんが座り込んで泣いちゃってグズって大変だったので、とりあえず明日の本戦出場が決まったあたし事テッサベル、シャルロット、アベル、リョウ君、絃葉先生は王宮敷地内にある闘技場を出て落ち着ける場所、同じ敷地内にあるトロンリネージュ本城のシャルの部屋にやって来たのだ。ミコト姐さんはまだ試合があった為、サイ=オー君は気分が悪いとかでここには居ない。
シャルはアンリエッタ様の計らいで城の一室に住んでるのだ……生意気にも。
「あの、Dさん。先生の体……やっぱり何かあったんだね」
一番先に話を切り出したのは意外にもシャル、いつもは引っ込み思案なこの娘もユウィン先生の事になるとやっぱ超積極的ね。
『はい単刀直入に申し上げますと、マスタ……ユウィン様の魔法因子核が消滅しました。その為、剣からDは弾き出されてしまったのです』
――え? なになに? 10帖ワンルームの部屋に静寂が訪れる。何故かシャルと絃葉先生は「やっぱり」みたいな顔をしてるが、あたし達にはさっぱり分からん。
「それは……どういう事なんすか? 魔法使いじゃなくなった……って事すか?」
目上の人には急に変な敬語になるアベル。
「まぁそれはそれで、アンタとユウィン=リバーエンドはどういう関係なんだ。何故そんな事が解る」
目上の人にも全く気にしない2世傭兵で中二病患者リョウ君。そんな失礼極まりない言葉にも丁寧に応えるDさん、黒髪から見える金色のツノが何か可愛い。
『Dはユウィン様の所有物です。言わば一心同体……ですので解るのです』
え、何? ユウィン先生の新しい女? あの男本当に節操ないな。もー慣れたけど。
「所有物ぅぅぅ!?」
「い、いっしんどうたいの関係……だと? デイオールさんという者がありながらぁ」
バカ2人もそう思ったらしい。
「い、いやD殿、その言い方は誤解を招くかと……あの、それではユウィン殿と一晩を共にした……みたいに聞こえるので」
さっき迄真面目な顔してたのに、急にお綺麗なお顔をお真っ赤っ赤にして絃葉先生、昨日の酒場の件(魔法を掛けられていたらしい)といい、この人意外とムッツリじゃなかろうか
『?……はい、毎晩隣で寝てますが(普段剣だけに)』
「ままままま毎晩!?」
「さ、流石っす先生……また新たな美女が」
「ユウィン=リバーエンド殺す」
「アンタ等ちょっと黙ったら?」
絃葉先生まで「ま」を連発して硬直してるしもう突っ込む気にもなれない。よく考えてみたらシャルとDさんが仲良しっぽいんだからそんな関係なわけないじゃん……多分だけど。
「みんなえっと……Dさんは竜族なんだよ。普段は先生の長剣に憑依してるんだ」
話をシャルに進められた!? 何か新鮮! 大きくなったわねアタシは嬉しい。
『竜人は珍しいですからね。では自己紹介も兼ねて――』
ヴァサ! Dさんの背中から片方だけ翼が現れた。で、でかぁ! すごっ! 天井に突き刺さりそう片翼でこのサイズなら本体は物凄いサイズじゃなかろうか。
『我が主ユウィン=リバーエンド様の一振りの剣バハムート=レヴィ=アユレスと申します。…………で、でも今はその……うえッぐッヒック……ただの竜……』
「Dさんお願い頑張って? ボクも先生の事が心配なんだ何があったか教えて?」
『ック………………そうでした。お話します』
またキリッとした。あぁ~~~この竜も面倒くさい系なのかなぁ、ユウィン先生の周りって濃いなぁ。
『先程シャルロットが言いましたがDは普段、剣に憑依してマスターの影にいます……正確に言えばDの竜因子核とマスターの魔法因子核とを特殊な術式で擬似的に繋げているのです。それによってマスターは2人分の速度で魔法を演算、実行する事が可能となっています』
「D殿、そんな事が可能なのですか」
『通常は不可能です。ただ、それを世界で1人だけ可能とする人間がいます。それがアヤノ様です』
「創世記の魔女殿……成程」
『紅い魔女、アヤノ様専用の能力”侵入解除”一部マスターにも使えますが、その力が可能とします』
「それは武装気なのか?」
流石ゼノンの傭兵リョウ君、さっきまでと違って黙っていれば超綺麗! でも腕組しながらの仁王立ち……超ダセェ。
『違います。アヤノ様の名誉の為、無論概要は言いませんが、彼女は”生命の木”と呼ばれる特型武装気を別に持っています。 ”侵入解除”をアヤノ様は”権限者の力”と呼んでいました』
「魔法言語でもない武装気でもない特殊能力?……そんな力があるのか」
「権限者の……?」
シャルが俯いて真面目な顔……珍しい可愛い。
『その権限の力がどの様なもので何故アヤノ様に備わっているかは教えて頂けませんでしたが……時代は創世記L110年(現在L900年)第一次人魔戦争時――初代魔王と人類、そしてドラゴンと巨人、エルフも加担し共に魔王を打ち討った際、アヤノ様は竜族にこんな言葉を残したといいます』
”天と魔、そして人の皇は戦う運命にある。時が来れば、天空から天使族が、地下世界から魔神族がこの地上に降り立つ”
『その力は魔王を遥かに凌駕すると』
「なん……だと? 魔人族よりも強い生物が……」
リョウ君が何かスイッチ入ったみたい。放っておこう。
『その数百年後……今から600年前その言葉は立証されます。地下世界と天界から現れた上位粒子体――魔神と天使によって一度人類は人口を1%迄減らされたと言います。我が同胞の竜族が実際その力を目撃していますから間違いないでしょう』
「それはゼノンの伝承にも伝わっていますね……確かその後、最古の国家トロンリネージュから離反した者がゼノン王国を、トロンリネージュ前国王がカターノート共和国を建国したと……」
『はい、そして話を戻しますが天空と地上と地獄の三皇……すなわち光皇、人皇、閻皇。我ら地上全ての生物は人皇を探しだし、力を貸すべしとアヤノ様は言われたそうです』
「そ、それがアヤノ様の能力とどう関係が?」
「そこなのですが、先程の話の人皇には創造神に選ばれた三名の”権限者”と言われる女性守護者が存在するそうなのです」
「さっきの”権限者の力”っていう……」
『そうですシャルロット、推測ですがアヤノ様はその守護者の1人なのではとDは思っております……そして我が主ユウィン=リバーエンド様こそ人皇だと』
「ユウィン先生が……人の皇?」
何かとんでもない話になってきた。
疑うことを知らないシャルロット以外みんな怪訝な顔でどうしたらいいのか解らない状況だ。
『一部の皆様には既にバレているので特に隠しませんが、マスターとDは丁度同い年位です。400歳強なのですが始めて逢ったのは220年位前です。その時一度全力で戦い引き分けています』
は!? 400歳? 無論みんな硬直。
『離せば長いので省きますがその戦闘の最中、Dはユウィン様の因子核に皇の波動を感じました。そしてマスター……ユウィン様は不死の身体を持っていますが、そのお体は間違いなく人間です……それ以降Dは竜王の座を放棄し、主と認め供にいます』
「そっか……それからユウィン先生の師匠であるアヤノ様の力でDさんと先生の因子を繋げてもらったんだ…………と言う事は今、その結合因子が切れてるって事だね」
『話が早くて助かりますシャルロット。Dがマスターを感じなくなったのは昨晩です』
「やっぱりあの時に何かあったんだ……」
「シャ、シャルちょっ ちょっと待ってアタシちょっと混乱!」
多分みんな。102年前に既に生きてたって事はアタシと絃葉先生は何となく知ってたけど四百歳よ!? 人皇よぉ!? 何でシャルはすんなり話を理解できるかなぁ。
「シャルは知ってたの? 先生の年」
「んえ?……ん~ん今知ったよ」
首をフルフル横に振るシャル。周りを見渡せば絃葉先生は何故か難しい顔をして俯いて考え込んでいる。アベルは何か先生を男の中の男って崇めてる節があるので何か「流石っす」とか呟いてる。で、オチのリョウ君は”皇”という単語に腹の底から湧き出る憤りを感じたらしい。「や、奴にそんな力が」とか言って自分の掌を広げて独りでワナワナしてる。あれ? 着いていけないのアタシだけ? ここには変態しかいないの? そしてシャルに向き直って真面目な顔に戻る。だって不死身なんだよ? そんなん……人であるはずがないじゃん。
「今知ったってアンタその……良いの? 先生が――」
「テッサちゃん。だって先生は先生だもん」
な、何て笑顔……まるで初日の出。
そうか、シャルは良いんだ。先生が恐らく不死者であっても、はたまたもしかしたらアタシ達人類とは違う何かであっても”大好きな人”に変わりないんだ。でもま、そうだね。うん解ったよ、アタシが親友として接する態度が。
「よしシャル! 昨日の夜の事をとりあえず思い出そう」
「うんありがとうテッサちゃん!」
「じゃあ先生が酒場で倒れる前――――っ!」
そう言いかけた時、全員の視線がアタシに集った。そうだ、皆あの後倒れた先生に詰め寄って回復魔法を掛けたり担架に乗せたり泣きわめいたり(これはシャルだが)慌ただしかったんで”抜け落ちていた”。そうだ何で気付かなかった”その前”に先生が急に叫んで走りだした事を。
「なぁテッサ、あの時先生……」
「そうだ……えっと……確か女性の名前を……」
「確か、倒れたのはおしぼりを小さなウエイトレスから受け取った後だぜ」
絃葉先生はまだ考えてが纏まってないような困惑した表情で口を開いた。
「わ、私はユウィン殿の傍らに居たのでウエイトレスさんも見ましたが特に変わったことは……でもその後急に走りだされて……でも何か引っかかる……あの小さなウエイトレスさんの顔を……私は何処かで」
絃葉先生は自分の額に掌を当てて何か苦しそうに考えていた。そしてリョウ君がそれを止めに入った。
「絃葉様、”境界の手”をあまり御自身に使い過ぎない方が……特に脳には負担が大き過ぎます」
「あ、ありがとう……でももう少し深くまで潜れば思い――リョウ!?」
「え!?……あ、はい」
急に絃葉先生がリョウ君の肩を掴んだ。
「そうです絵画です! 貴方が一目惚れしたと言っていた謁見の間の!?」
「え……な、何の事で」
「私とした事が、あの御方の事を直ぐに思い出せなかったとは……」
「い、絃葉様?」
一度息を整えて落ち着く絃葉さんは皆に向き直って口を開いた。
「ゼノン城シネフマリアの謁見の間……そこには絵画が一枚飾られているのです」
「――!」
そこまで言った所でリョウ君は何かに気付いたようだ。
「謁見の間に飾られる絵画は102年前のゼノンの姫君――マリア=アウローラ様の絵画」
そうだ。アタシのひいお婆ちゃんのお友達だったというお姫様、でもなんで今その話が……。
『その方はDも存じあげております。しかし何故……』
「Dさんはその人に逢った……事ある?」
『シャルロット?……は、はいありますが』
何だ? 俯いてるシャルロットの気配が。
「やっと思い出したのです。あの時ユウィン殿が追いかけたウエイトレスの顔――マリア様に瓜二つでした」
『え、マリア女史と……ですか?』
その時シャルロットが顔を上げた。
「先生が叫んでた女の人の名前――」
どうしてだろう。シャルの顔がすっごく大人びて見える。
「マリィって」
その名を聞いたDさんの表情が歪んだ。
『ま、まさかそんな事が……』
「そして先生は倒れたんだ――その時チャクラの波が乱れた」
どうしたんだ? 絃葉先生がシャルの言葉に目を丸くしている。
『マリア女史に瓜二つのウエイトレス……そしてマリィ様とは……そうだったのですかマスター。お辛かったでしょうね……泣きたかったのでしょうね。でも貴方には涙が流せない……』
Dさんの瞳から涙が流れ、アタシ達は彼女の流れ出る涙黙って見ているしか無かった。
『……マスターの因子核を攻撃してきたという事は恐らく”敵”はユウィン様の運命に携わるものでしょう』
敵? どういう事――急にこの王都、トロンリネージュに暗雲が広がったような感覚が襲う。アタシは隣りにいるシャルの手を握り、この後――Dさんとユウィン先生の過去を知ることになる。
『皆様にマスターの過去をお話する時かもしれませんね』
そう言って、Dさんは目を伏せ話し出したんだ。
バハムート=レヴィ=アユレス――彼女はドラゴン領ソーサルキングダム、竜王の地位を持っていた炎竜である。ユウィン=リバーエンドと出逢ったのは220年前、初めてその人間を見た時、レヴィ姫皇が思ったのはこうだった。こいつは”復讐に取り憑かれた愚かな鬼だ”と。
「俺に従ってもらう」そう言って襲い掛かってきた男は、腕を飛ばしても、胴体に穴を開けても死なない。只々自分に無表情に向かってくる――まるで傷つけられるのが嬉しいのか楽しいのか? そんな気配を感じる。だから竜王バハムートは人間に問う。
「愚かな鬼よ。我を討ちとって何とする」
鬼は答えた。
「打ち取るつもりは無い、ただ従ってくれればいい」
何? 我を殺すために来たのではない。まぁ確かにこの人間に恨みを買った覚えもなかったのだが、竜王と呼ばれる我が人間如きに従うわけがない。
「我を従えて何とする」
「つまらんことさ……ただよくある復讐劇だよ」
やはり愚かだ……人間は。
復讐? それが何になる。死んだ人間が蘇るとでも? 確かに愚かな人間に”よくあること”だな。そう思った。鬼は戦闘能力はともかく、魔力は竜王であるバハムートの上を行く出力を有していた。額にある”竜刻印”の力を開放すれば、こんな人間如き容易く葬れると自負はあった。だがそれをしなかったのはプライド――人間相手に本気で戦う事を竜王のプライドが否定したからだ。
戦闘は1時間に及ぶが、ついにドラゴンの姫の手刀が鬼の心臓を貫いた。
「言い残すことは? 愚かな復讐の鬼よ」
驚いた事に鬼は笑っていたのだ。
「竜刻印を使わないのか……優しいんだなぁアンタ」
その笑顔にバハムート=レヴィ、彼女は自分の顔が熱くなっていく感覚に襲われる。
「悪いとは思うんだ。俺の勝手に付き合わすんだから」
「あ、貴方……心臓を潰されて何故生きている」
「流石に心臓を抜かれれば俺でも死ぬさ……だが」
竜王は理解した、自分の手刀はコイツの心臓を貫通していない。
右胸に光の輪が見える――その魔法陣に入った自分の手刀は、相手の心臓に触れずに相手の背中から出ていのだ。
「これはまさか……空間を曲げたのか!?」
「空間魔法言語――空間廻転移。師匠は”天照”とか言ってたがこの言い方のほうが気に入ってる」
「な、何者だ――貴方は」
「ただの人間さ。少々長生きの……ただのな」
空間魔法言語――そんな魔法は過去、イザナミとイザナギによって広まった魔法言語のどのレベルにも存在しない。この人間は”一体何”なのか。
竜王はこの人間に興味を持った。一度距離を離してから。
「ならば人間よ。名を聞いておこう」
「ユウィン=リバーエンドという……竜王バハムート=レヴィ=アユレス」
「ではユウィン。我も珍しい術を披露しましょう――天使族を源流とするLv4」
「それは確かに。俺の魔法言語は地獄依りだからな……興味深い」
竜王の唱えたスペルで瞳に魔法粒子が集まり光が灯った。これは神気と呼ばれる神族の気、主に精神を攻撃すると言われている魔法言語であった。
ゆくぞ――『Lv4粒子操眼エンダースキーナ!』
この術式は相手の精神、因子核に直接ダイブし、心を操って場合によっては破壊することの出来る魔法言語である。
そこで竜王が見たものは、魔法も使えないただの人間と1人の女性との想い出と別れ。
そして――”もう一人のユウィン=リバーエンド”の姿だった。
『何だこの人間の精神は……因子核が2つ? あるのか』
解らなかった。
『違う……これは”この人間”の思い出ではない。ではこの男には何があるというのだ』
空っぽだった。
この男の中身はまるで人形――貼り付けられた思い出、作られた復讐心、その2つしか存在しなかった。
精神世界では直感的に理解が出来る。
この男は魔人に殺された恋人の敵を討つため生きている。しかしこの男には……。
『怒りも哀しみも持ち合わせていない……?』
存在しなかった。
その2つの感情が。
『それでは相手を憎む事が出来るはずがない』
なのにこの男は”恋人との思い出”を忘れない為だけに復讐者を演じているのだ。
竜王は自分でも気付かない間に涙していた。
『何と哀しき……鬼か……』
そして哀しき鬼の精神の底――深い奥底で竜王は見ることとなる。
王者の因子核から漏れる3つの力を。
”侵入解除バックドアクセス”
”乗倍譲渡スケールアウト”
”空間書換アイラストレータ”
『これは創世記の魔女殿に伝えられし三つの権限者の力……この男はこの三種を一人で使いこなせるというのか』
だがその場所の床には小さな出っ張りがあり、何かがはめ込める穴のような溝があった。
『これは鍵穴?……大きな鍵穴に7つの溝……』
ただその鍵穴は不格好に融解し、無理矢理抉り取られたように壊れていた――そして竜王は気付く、その鍵穴がある、自分が今立っているモノが”何”であるのか、直感的に理解した。
『……主皇因子核』
それは創造主と呼ばれる神を守護する三名”プレイヤー”達が持つ王者の因子――人皇、閻皇、光皇、人間と悪魔と天使の筆頭の証そしてその三名は戦う運命にあると伝えられている。漆黒の炎竜王と呼ばれるバハムート=レヴィ=アユレス――彼女はこの男が”何なのか”を知る。
そしてこの哀しき鬼を助けてあげたい。そう思った。
ドラゴン族――その真の姿は6~10メートルの翼の生えたトカゲである。そのウロコは鋼よりも固く、その爪は玉鋼で出来たサムライソードの切れ味を凌駕するという。竜王である炎竜、バハムート=レヴィ=アユレス、彼女程になれば人間を背負って空を飛ぶ事位、猫がノミを払うより造作も無いことだった。ユウィンを背にのせた彼女は、長い首を回して背中の人間に向けた。
「あ、あの……これから何処へ向かわれるのですか?」
「あぁ師匠の所だよ。剣と俺とアンタの因子を繋いでもらう」
「繋ぐ?」
「あぁDOSと言って……俺は魔法出力は高いそうなんだが演算処理が何せ遅くてな。アンタに手伝ってもらう用に術式を掛けてもらうんだ」
「そんな事が出来るのですか? 竜族の魔法言語にもそんな力はありません」
戦っていた時とは違い、竜の姿となっているため表情は変わらなかったが、どうも不安にさせてしまったかと空気を読んだユウィンが応える。
「繋ぐって言ってもアンタは自由に出来るから安心してくれ。師匠にはアキっていう小うるさいDOS……デバイスがいるから参考になると思うよ」
「私は貴方に着いて行くと決めました。何をされても運命と諦めます」
例の如く表情は解らなかったのだが、急に自分の座る背中が暑くなったので再びユウィンはフォローに回る。
「いやだからそんな変な事は……」
そこまで言って一瞬考える。
「……アンタて呼び方も何だな、何て呼べば良い。バハムートは長いしな、レヴィ……アユちゃんとかか?」
「い、いえそんな急に名前呼びはちょっと……心の準備が」
ん? 何だ? 意外と変な奴だな。言葉遣いも女っぽくなったし。
「さ、先程言われた”デバイス”で構いませんよ」
「デバイス……ねぇ。せっかく美人なんだからもっとこう……ないもんかなDOS、デバイスオペレーションシステムというらしいからな。ドス? 何か嫌だな。デバオ……駄目すぎるな」
「美人……美人って言われちゃった……どうしよう」
竜の姿で照れると正直怖かったがユウィンは空気を読んでスルー。
「聞いてるか」
「勿論ですが?」
はて? 急にクールに戻ったな。やはり変な女……いや竜だな。
「ではDと」
「成程Dか……いいかもな。どことなく可愛いし……じゃあ俺のことは」
「マッ! マスターとお呼びしても!?」
首をぐるっとこっちに回して、さっき迄竜王だったドラゴンさん。
「いやそれは無いだろ。別に俺は主人でも何でもないし、どちらかと言うとお願いしてる立場だが……」
「それとマスター、Dは人型でいる際、服は好きな姿に転身出来るのですが一度着てみたい服があったんです。今その姿になっても宜しいですか?」
「あれ……俺の話聞いてる?」
返事を待たずに竜の姿から人型に変身、一瞬前まで迄竜の背中に居たユウィンは空中で美女にお姫様抱っこされる形となる。
「この姿なら不自然じゃありませんよね? ね?マスター?」
その姿にユウィンは大いに眉を潜めるが。
「メ、メイド服だと……まぁ確かに。まぁいいか」
この後、ユウィンとDは共に創世記の紅い魔女、アヤノの家に辿り着くこととなる。バハムートは額の竜刻印を魔女の能力によりユウィンの魔法因子核と結合――刃渡り150センチの剣、ラグナロクに憑依し、主人の戦闘を支える意思を持つ長剣――DOS=デバイスオペレーションシステムとなった。
「俺とDが離れる時は俺が死ぬ時さ……よろしく頼む」
「承りましたマスター。私はD……貴方の相棒です」
その時の事は今でも覚えている。
私が貴方の所有物になった時の事を――あの時アヤノ様は「まさか竜王を連れてくるとはなぁ」と笑い、そんな師を見てマスターは表情を全く変えずに頭を描くもんだから「少しは嬉しそうにするなり照れるなりしろバカ弟子!」って蹴られていましたね。後で聞いたんですが、実は百年近くアヤノ様の家に帰ってなかったとか。それでアヤノ様も寂しかったんだろうな。Dは勝手にそんな事を思ったんです。そして私は誓いました。マスターの精神世界から帰ってきたあの時、貴方の笑顔に誓ったんです。
「マリィさん……でしたよね。可愛い人ですね」
対峙していたユウィン=リバーエンドという鬼は、無表情を崩して一瞬ギョっと後ずさり、それから頭を掻いて「成程そういう魔法だったのか」と肩を落として。
「ん…あぁ……イイ女だったんだ」
その時、無表情な鬼がちょっとだけ恥ずかしそうに……笑いました。
私はその笑顔に誓ったんです。
貴方の心に降る涙が枯れるまで――私は貴方の一振りの剣となると。




