第10話 デスパレードへと続く夜Ⅲ
「明日は頑張って下さいね? 優勝してもユウィン様にはアヤノ様の借金返済が待ってますけど~」
アヤノ師匠のこさえた借金――酒代は確か100G。もしかしたらまだ増えてるかもしれんな。
アンリエッタと俺は騒がしい酒場の角で今夜はゆったりした時間を楽しんでいた。
この娘は相当忙しい皇女なもので中々時間が取れない。その上最近はシャルロットとアヤノさん迄くっついて来るもんだから今日はワザワザ時間を取ったのだ。
しかし彼女、いつになく挑発的のようだ。
「賞金……あまり残らなそうだな」
確か優勝賞金は1000Gだったか。
「そうですね。100G位は残ると思いますよ?」
「なん……だと」
そんなに増えているのか。
優勝しなければ給料の2年分がトンでしまう。正面の女性は楽しそうに微笑む――もしかしてまだ怒ってんじゃないか。
「勝てば良い、とはいえゼノンの傭兵迄いるしな……それと何か怒ってるか?」
「別に怒ってませんよ~だ……でもやっぱり何も言わないんですね。アヤノ様の借金が増えてるのにぃ」
ホッペタを膨らませてちょっと拗ねてみせる。
その理由は話しただろ。そして俺が怒れないのも知ってるだろうに。
「でも明日は……応援します」
ん……何だ急に。
「私の王子様は……ゼノンの傭兵になんか負けません」
素でやってるんだろうが全くもって相変わらずの破壊力だよ君の笑顔は。
ちょっとやそっとで動揺しないよう俺は訓練を受けているのだが、アンリエッタという女には初めて逢った時から動揺されっぱなしなのだ。どうも彼女を見ているだけで心がざわつき冷静さを欠く。
「ちょっと酔ってきました」
言っといて恥ずかしかったのか顔をパタパタ手で仰いでいるが……前も思ったが君、策士のケがあるよな。
「皇女様に王子が迎えに来るとは思わんが、そんなに期待されてるなら頑張るかもな……不良王子が」
「フフッ…ユウィン様でも出来無い事、1つ見つけました」
俺の視線を逸らしての言葉に彼女はプっと吹き出した。
彼女は俺が何でも出来るし解る奴だと勝手に思っている。俺で楽しんでるな……全く何だというのか。
「心の隙に相手を受け入れる事が出来ない――現に眼を合わせて下さいません」
溜息をついて答える。
「君にはバレてしまったからアレだが……少々長生きだからな。化け物が他人を受け入れる訳にもいくまいよ」
対して彼女はグラスを置いて真剣な顔をする。ちょっと怒ってるか?
「二度と言わないで下さい。化け物だなんて」
「しかし俺はな、更に記憶も感情も欠けているんだ。信用しろ、受け入れろと言ってもおこがましいかと……ね」
「私はユウィン様が何歳でも、どんな秘密の過去があっても――」
「――って思ってたよ。君に逢うまでは」
三国一の大国トロンリネージュの代表者アンリエッタ=トロンリネージュ。彼女は「へ?」とマヌケ面を披露。君の執事にも見せてやりたい愉快な顔だな。
「だから二度は言わないさ。君に嫌われたくないからな」
彼女は言葉の意味を瞬時に理解し、顔がカッと朱に染まる――これはお返しだ。さっきまで散々おちょくられたからな。
「だ、騙しましたね! それに酷いですその殺し文句っ」
「酷かったか?恥ずかしいのを我慢して頑張ったんだが」
「ば、場所とか…その…ムードとか…ありゅじゃない…ですかぁ」
噛みながら言葉はだんだん小さくなってく。彼女はすっくと椅子を引いて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと……自然に呼ばれましゅたので、ユウィン様……少し失礼を」
再び噛みながらフラフラ店の奥へ歩いて行ってしまった。足取り大丈夫か? 何か変な事を言っていたが。自然…自然に呼ばれる………あぁトイレか。
(調子に乗りすぎたな)
何言ってやってんだか。
女一人守り通せた事のない俺みたいなクズが。
そう思いながらグラスを傾けるが、心底では結論が出ようとしていた。自虐的な胸中の中にも爽やかな気分が混ざる。
(マリィ……俺は)
自分を庇い骸となった恋人を想った。
俺は君を忘れられない――だけど進めていいか? 止まっていた軸足を。ずっと踏み止まった後ろ足を……マリアの時みたいに掴みそこねるのはもうゴメンなんだ。彼女を護ると誓っていいか? 俺はもう許されていいか? マリィの背中、死を追うことをやめてもいいか? 君はもう居ないから。
”君はもう居ない”
『そ~んな安い言葉は要っらないよっ』
迷う俺に君だったら多分こう言うだろう。
言い訳するな決める時は独りで決めろ。そんな事を言う女だった。
ふと窓の外、夜空を見上げる。
――あの日も、こんな月の綺麗な夜だった。
『何でこんな危ない事したのぉ…ヒック…こんな、こんな私なんかの為に……』
あの日――俺の恋人となった女の名はマリィ。
小さな体で、無法者ばかりの色街で、独りぼっち達の世界で信念を持って生きていた女。
あの日――辺境の魔女マクスウェルは約束を守り、マリィの病を完治させた。
治療が終わり、目が覚めたマリィは俺の胸へと滑りこみ、彼女はしゃくり上げながら泣いた。アヤノさんを探し出すため無茶をした俺の体は散々な状態になっていたからだ。シャツの大部分が血で黒く変色し、裂け、深く刻まれた傷痕からは濃い血が滲み出ていた。その姿を見た大きな瞳からは大粒の涙が流れ落ちる。
「泣くなよ。礼なんていらんし、お前も不細工な泣き顔も見たくねぇよ」
『ひ…酷ッ!でも……いいやそれでも…ヒック…ンフフッ』
チッ反則だろその顔。
正直押し倒してやろうかと思ったっけ。
「病気が治ったんだから…なぁマリィ。今の仕事辞めて2人で住まないか……真っ当な仕事でも俺とお前の2人ならなんとかなるだろ」
『う、嬉しいけど…ヒック……でも、でもなぁ…私キズ物だ……よぉ?』
「腐りかけが旨いっつー食いもんはあるさ」
『酷ッ最悪ぅ! 何で君はそうなのぉ!? もっとあるでしょプロポーズでしょぉコレぇ――普通、”いいや君は誰よりも綺麗だ”とか言うんじゃないのぉ!?』
彼女はこんな時でもツッコミは忘れない。
「あぁそうだ。そろそろ俺の女って言わせろよ」
恥ずかしながら目を合わせては言えなかった。
『だぉ……っ』
マリィが謎の言葉を吐いて停止。
どうやら彼女的にツボだったようだ。
激しく動揺して真っ赤になっている。
『で、でもそうなると別だよぉ? 私、超ソクバクするよぉ?』
気を取り直し、彼女は俯いてボソボソ言った。
「10年はソクバクされると誓おう」
『ガチで酷いよぉせめて15年に――――っ!?』
俺は喧しいその口を塞いでやった。
全くもって良い思い出だ。
天空を見ながらグラスを傾け、今の記憶にふと訝る。今思い出すにはおかししくないかこの記憶……何故思い出した。アイツ意外と嫉妬深かったっけ?
(やっぱ殴り殺されるかもしれんな)
角の生えたマリィを想像して苦笑するが。
(でもまぁ400年……時効だろマリィ)
今一度窓の外、夜空を見上げる。
「君を愛していたよ」
俺は彼女に別れを告げた。




