第9話 デスパレードへと続く夜Ⅱ
「ユーリ将軍……私は諦めるべきですが勝負に負けたわけではないので正々堂々ユウィン殿と一騎打ちでアンリエッタ殿下の事は尊敬しているのです」
「あらあら~酔っ払っちゃったのねぇ~何言ってるのか解らないわ~」
「絃葉先生っ眼が座っております店員さん! 水を頂けませんか」
カターノートの聖騎士フォルスティーヌは完全に場を楽しんでいた。対してユーリ将軍は出来上がった絃葉を必至に落ち着かせようと、とりあえず彼女の持つワインジョッキを手から引き離そうとするが、とんでもない力で全く離れない。
「ユーリ将軍、お水って誰ですか! 私は絃葉ちゃんです!」
「まぁまぁまぁ落ち着いて……この水を飲んで下され」
「お水? あぁお水ですか。丁度飲みたかったんです。ユーリ殿は優しいですね……ってこれ水じゃないですかぁ! 騙しましたねユウィン殿ぉ!」
「えええええええ!?」
「あらあら~面白いわ~あ、店員さん、お水はもう結構ですから代わりにテキーラ頂けません?」
「聖騎士殿! もうこれ以上飲ませんで下さいっ」
フォルスティーヌは完全に繰り返し面白がっていた。推測するに、どうやらゼノン代表の絃葉=神無木は、奥のテーブルで密会を楽しんでいるユウィン=リバーエンドという男に恋心を抱いているようだ。そしてこの青臭い恋の相手は、ユウィンの向かいに座る、アンリエッタ=トロンリネージュ。この国の皇女にして、現在絃葉の雇い主。
「まぁまぁ絃葉さん一杯どうですか」
「あ、恐縮でござる」
何故か武士と化した絃葉はフォルスティーヌの傾けたテキーラ瓶に握りしめたグラスを口を付ける。
波々と注がれるアルコール度数40℃の生命の水。そのやり取りにユーリ将軍は頭を抱える。
「ヒック…これなんですか? 喉が焼けるんですけど」
「魔法の薬ですよ? 素直になる為の」
「素直?」
絃葉はパッツンの黒髪を揺らしながら首を傾げる。
「こんな所で愚図ってないで、直接言っては如何ですか? 好きだって」
「しょれが言えればこんな所で飲んでませんよぉ……って何の事ですか!?」
グラス片手に机にグデ~っと突っ伏していた絃葉は、顔面をアルコール以外で赤に染めて激しく起き上がって叫ぶ。ユーリはそんな絃葉の気配にとっさに防御姿勢。そしてフォルスティーヌはコホンと咳払いして一言。
「向こうの席のユウィンさんに貴方が好意を寄せているのはバレバレです」
「な、なぜ……?」
「大人ですから~」
ニッコリとフォルスティーヌ。
絃葉の持つグラスにヒビが入る。
「まぁでも……大人なんですから、告白などと青臭い手段に頼ってはいけませんわ? それは”私の事解って”と、言っているのと同意。馬鹿な女のする事」
「べ……勉強になり……まする」
絃葉は好きな男がバレてしまった件については半ば諦め、女として上位と感じる妻子持ち女聖騎士の言葉を真剣な面持ちで聞いていた。
「先程ユーリ将軍も言われていたでしょう? ハゲが大きな声で愛を囁いたからフラれたと」
「いや言ってません」
「ユーり殿お静かにっ 良い所なんです!」
「申し訳ない!」
ユーリ将軍は眼の血走った大和撫子に瞬時に降伏する。
「”告る”と”口説く”は全く意味が違いますわ。聞きますが、絃葉さんの武器は何だとお思いです?」
「両の拳でしょう……か?」
「この腐れ処女が」
「え、今何と?」
「何でもありませんわ~絃葉さん? 女の武器は体と容姿です」
破顔する絃葉。
「そ、そそそうで……した……か」
「そうです」
そうして絃葉の開いたグラスに更にテキーラを注ぎながら。
「自分の気持ちを”告げる”のではありません。”相手に伝え、向ける”のです。体と表情を使って」
「し、しかしどうしたら良いか……」
「素直になれば良いだけですわ? 絃葉さんは年の割に凝り固まった概念があるみたいですから……まぁ飲みなさい? それ」
波なみと注がれるテキーラ。
「いやでも、これ何か変な味が……」
「飲みなさい?」
「変な味が……するん……ですが」
「飲め」
「あれ?」
おかしい。フォルスティーヌの眼を見ていた絃葉の意識が遠のいていく。どうしたんだろう私。
(女は体~女は体~女は体~女は体~女は体~)
頭の中に女体のリフレイン。
絃葉の意識が月あたりまで吹っ飛んだ時、彼女は勢い良く立ち上がって店奥のテーブル(標的)を見据えた。
◆◇◆◇
「ここに直れ。お前達」
「なんで俺まで」
「小生……激しく正座」
アタシことテッサ=ベルは、いきなりウチの親友シャルロットに告白しやがったサイ君と、ついでにリョウ君を地べたに正座させた所だ。
「アンタ達……ウチのシャルに手ぇ出す気ならもっとヤリ方ってもんがあるでしょうが」
あまりにもムードが無さ過ぎる。
そんなこたぁシャルの第一女友達、テッサ=ベルが許さないっての。
「まずサイ君。貴方はシャルの何処が気に入ったの」
「そ、そうよサイいっつも隣にいる私の身にもなりなさいよっ!」
恐らくサイ君の事が好きであろうルイズ嬢も参戦。
アタシの隣で彼に捲し立ててる。当のサイ君はきょとんとしてるが。でもコイツ、もし巨乳とか言ったら張り倒してやる。
「小生……自分より魔力の高い人間……始めて見た」
んんんどういうこと?
「生まれた時から魔力強かった……義母……小生の事、怖がった。彼女……同じ臭いする」
「サイ……あんた」
何故かルイズ嬢涙目。
後で聞いたのだがサイ君は孤児だったらしい。
教会に拾われ育てられたが彼を拾ったシスター(義母)も彼を恐れ、追い出した。野良犬のような生活をしていた所、アーサー校長に拾われたのだそうだ。
しかし何と……意外にも重かった。
この空気どうしてくれよう。
確かにシャルの奴も両親には恵まれなかった。何で解ったんだろうか、魔力の高い者同士の共感みたいなものか。ここはとりあえず流して、リョウ君にも振ろう。
「で、リョウ君はどうしてなの?」
「俺は別に……」
コイツ面倒くさい男だなぁもぉ。
そんな事を思ってたら、今迄アベルを口説いてた同じゼノン代表、美琴の声が割って入る。
「リョウは覇王マリア様みたいな女の子が理想なの。小さい頃ゼノン城シネフマリアに行った時、謁見の間に飾られてる絵画に一目惚れしたのよコイツ――だったわよねリョウ?」
「ち……妙なことばっかり憶えてやがって。そうだよ――顔は似てないが、俺のオーラがそう言ってる。アンタしかいないってな」
ちぃ、何いってんだか解らねぇ。
とか言いながら俯いて頭を掻いている。
何とメルヘンな。
何処か幼いリョウ君っぽい理由だった。もしかして彼も絃葉先生と同じ”あの絵本”のファンなのだろうか。リョウ君は長い前髪をいじりながら再び口を開く。
「……マリア様は純真無垢な太陽みたいな女だったと聞いてる。デイオール…さんはそんな感じがしたんだよ」
う~ん……またまた覇王マリア姫か。
102年前に亡くなった人なのにゼノンでは未だに人気があるなんて凄い人だなぁ。最近長生きなことが判明したユウィン先生の前カノ?だった事が解ってビックリした覚えがある。そしてアタシのひい婆ちゃんの友達だったとか……妙な繋がりを憶えたよ。
「だってさシャルどうする? 2人共アンタの事好きなんだって」
アタシは横に座って置物みたいになっていたシャルに問いかけてみる。
「う…うん。ビックリした」
何と。ちょっとアタシもビックリした。この娘の事だからキョドりまくって得意の「ゴメンナサイ」が出るかと思ったのに。憂いを帯びた顔で、シャルは言葉を続けた。
「サイ君の言った事、合ってるよ……ボク御父様に乱暴されて育ったから」
「お、おい……デイオール」
事情を知ってるアベルがシャルの肩を掴んだ。
シャルの心の傷がまた開くのではと心配した行動であろう。アタシもそんな心境。この娘の体にある、おびただしい数の古傷が。
「ありがとうアベル君。でも大丈夫だから」
一同は固唾を呑んで親友の言葉を待った。
「ほら傷だらけ……ボクの体」
「コ、コラ! アンタ」
シャルは制服のブラウスをお腹が見える位までたくし上げた。周囲の目があるし、アタシ何だか思わず赤面して止めに入ったが、親友は「聞いてテッサちゃん」と笑顔で返した。
「だからボク、自分の体が汚いって……好きになってくれる人なんていないって思ってた。でもね、テッサちゃんが、アベル君が、セドリック君が、3人が3人共……”同情じゃ無い”って、友達だって、命がけで助けてくれたの」
数ヶ月前の出来事――アタシはシャルロットを抱きしめ、アベルは殺意の化身ともいうべき暗殺者に立ち向かい、セドリックは命を懸けて心を閉ざした小さな親友を救い上げた。
「本当に嬉しかった。それに今日、またボクの事好きって言ってくれる人が現れた……本当に嬉しい」
「っつっは……」
「しょ…小生……は」
アタシの友達はリョウ君とサイ君にちょっと恥ずかしい。そんな微笑みを向ける。そのあまりの威力に国代表の両名は真っ赤になって胸を抑えている。
「ボクは今迄”生まれてきて良かった”って思える事が3つあったの――1つは小さかった時、母様が1度だけ祝ってくれた誕生日。2つは学校で友達が出来た時、3つ目はテッサちゃん達と帰りに苺ジェラートを食べた時。そして今日4つ目が出来た――ボクなんかを好きって言ってくれる人に出逢った」
それは友達の「好き」ではなく。
「ありがとうリョウ=ヴィンセント君。ありがとうサイ=オー君」
アタシには解った。
シャルの笑顔。
それはこの2人の気持ちを受け入れる。ではなく――
「でもね……今言った4つより、ボクには嬉しかったことがあるの」
もうこれ以上は無いと思っていた「幸せ」だったと、親友はアタシに言ったことがある。
それは――彼女を救ったギコチナイ笑顔と。
「ユウィン先生がボクを助けてくれた時、家族だって言ってくれた時、頭を撫でてくれた時の……掌」
シャルの目には涙が浮かんでいる。
「これが2人への返事……です」
ひゅ~っ美琴が軽い口笛を吹く。
ボーっとした女だと思ったけどやるじゃん…そんな顔だ。
そう、シャルは謝らなかった。好きに人が居るから「ゴメンナサイ」と言わなかった。精一杯の気持ちを無責任な「ゴメン」で返さず、自分の気持ちの全てを載せた「言葉」で応え、返した。
(……アンタいつの間に)
親友の成長を嬉しく思う。
先月の急に強くなった時も思った事――この娘には驚かされてばかりだ。
「でも先生……アンリエッタ様が好きみたい……っ…ふ…ふぇっ……」
「ちょ……と、シャル? シャルロット!?」
うえぇぇぇぇ~~ん。
あらら……泣きだしちゃった。
さっき迄はイイ女だったのになぁ。余程聞こえてきたユウィン先生の会話がショックだったみたいだ。
リョウ君が頭を掻いている。顔がまだ赤いっぽい。
「リョウ、アンタってばフラレたのって始めてじゃない? 良かったね童貞卒業」
「へッ……うるせー美琴。でもまぁ――」
これが女に惚れるってことか。
そんな言葉を聞こえないように呟いてた気がする。まだ赤い顔は微笑んでおり「あきらめねぇよ」みたいな顔をしてるな。
「サ、サイ? ざざざ残念だったわねっ特別に私が慰めてあげても……いいいい良いわよっ」
「…………」
ルイズ嬢……サイ君には聞こえてないみたいですよ? 座った姿勢のままフワッと浮いたかと思えばシャルの前にスッと降り立った。
「うえぇぇぇ……え?」
「小生……君が羨ましい」
サイ君が女の子みたいな顔で微笑んだ。
「君の光……美しい。君は彼の者の背中、守る……そして小生は君の背中を守り、この生命、使いましょう」
くったくのない笑顔で「命」を差し出すと彼は言う。
その言葉にシャルの目の色が変った。エメラルドの瞳が一瞬金色に輝いた気がした。
「そのチャクラ……サイ=オー君はもしかして……」
「はい…今ので確信…しました。小生は貴女の――」
ゴガッシャーン!
ひゃー何事ぉー?
アタシはとっさに防御姿勢をとるが、何ともなかった。ジョッキグラスが割れただけだ。絃葉先生の握り締めていたグラスが。
後ろのボックス席に座っていた先生はいつの間にか立ち上がって一点を見つめている。そして握りしめたジョッキをバラバラにして血の1滴も出ていない。武装気怖ぇぇぇえ!
「女は体、私は女、武器は女、女は私……」
怖ぇええ!
虚ろな眼でブツブツ言ってる。何々!? 何があったのぉぉぉ。
「あらあら~効き過ぎちゃった。でもこれで絃葉さんは1つ女の壁を超えられる筈ですわ~」
「母さんっ! アンタ絃葉様に掛けたな!?」
同じく後ろのボックスに座ってた聖騎士フォルスティーヌ様も現れた。
「リョウちゃんお母さんにアンタとか言っちゃ~や~だ~」
「年考えろぁぁアンタの悪戯と親父の女癖で俺がどれだけ恥ずかしい思いしてると――」
「年のコトを言うなバカ息子」
吹っ飛んで酒場の入り口付近まで転がる哀れな2世リョウ=ヴィンセント君。今日はおっぱいマイスターと罵られるは、フラれるは、母親にぶん殴られるは散々だな。
「はいはい~さぁ絃葉さん? 目標は左斜め前方、距離にして20宜しくて?」
「はい師匠。女、絃葉=神無木――人肌脱いでご覧に入れます」
コハァァァ……
あの…絃葉先生?口からオーラが出ています。
明らかにユウィン先生の席を睨みつけている。これは面白い…じゃなかった危ない展開感がビンビンだぁぁ。
「テ、テッサちゃん……絃葉さん、あれ先生見てるよね? ユウィン先生の方見てるよね?」
シャルがうろたえてアタシの制服のブレザーを引っ張ってきた。本日2度目の涙眼で。
「シャルロット嬢…小生…行った方が良い……伝えた方が良いと考える」
「伝えるって……サイ君。でも先生はアンリエッタ様が――」
「小生は……君の為に動きたい――」
「わっわわわわ」
涙目のシャルをサイ君はフワッと抱えた。
見かけによらず超チカラ強ぇぇっと思ったけど浮いてる。魔法のようだ。
アタシ達のボックス席前には今か今かとスタートの機会を伺ってる狂気の酔っぱらいと化した錆びた釘10位――絃葉=神無木!
そして第2コースにはカターノートの天才魔導師サイ=オーに抱き抱えられながら浮いてる氷の弾丸! 我らが姫シャルロット。
選手達は目標目掛けて――今踏み込む! ユウィン先生にとってこの行進は言わば死の行進。3つの地雷をどう躱す!?
(センセイニゲテー)
心の中で気持ちばかりの良い生徒のセリフを棒読みで吐いてから、アタシは死んだ魚のような眼でその一部始終を見守った。
 




