第8話 デスパレードへと続く夜Ⅰ
トーナメントを前日に控えた夜、俺とアンリエッタは大衆酒場に来ていた。
窓から見える景色――前夜祭で賑わいを見せる表通りは、夜の21時だというのに凄い数の人がひしめき合い、ゆっくりとしか歩けない状況となっているし、いつもはガラガラに空いているこの酒場も満員御礼で既に席が埋まり尽くしている。
この盛況ぶりは国を挙げての祭典。
世界武道大会の大成功を意味している。これを企画したアンリエッタもさぞ鼻が高いだろうと思う。
「……良かったな」
「何がですか? ユウィン様」
ここは表通りにある安い酒場なのだが、平民の服に変装したアンリエッタは例の事についてあまり気にしていない様子だった。あの事、に関して別に後ろめたいことなど無いのだが妙に気マズイ。俺は彼女の顔を直視できないでいた。
「いや、別になんでもないが」
そんな俺にアンリエッタは呆れたように溜息を付いた。
「ユウィン様……私は別に怒ってませんから普通にして下さい。殿方はあの手の誘惑を断りにくいものだと解ってるつもりです」
俺の様子に年のわりに流石は皇女と言うべきか、大人のアンリエッタは、少々不貞腐れた顔をしているが本気で怒ってはいない空気をかもし出す。ワインにジュースを混ぜたカクテルに口をつけながら一言。
「それとも本当に後ろめたい事でもあるんですか?」
キロっと睨まれる。
「いや……無い。……多分」
「多分?」
「無い」
先日のパーティ後ユーリ将軍から聞いたのだが、城中で俺がアヤノさんと朝帰りした事が噂になっており、メイドさんやら執事長やらに散々冷やかされてしまった。だけなら良かったのだが当然アンリエッタの耳にもこの話が入っており、それ以来どうしたモノかと考えていたら4日が経っていた。
俺はてっきり「ユウィン様の熟女好きー!」とか言っていつものように張り倒されるかと思ったのだが。
「アヤノ様とのお噂の件は特に気にしてません……少しだけです」
「少し……か」
「ユウィン様程の大人の男性なら気づいていらっしゃると思ってますよ。私ごときの気持ちなんて」
「駆け引きじみた言い回しだな」
「職務上……いいえ違いますね。私って結構嫉妬深いみたいですけど、大人な方だと思ってますので」
「あぁ、俺もそうは思う」
実の所俺は師匠と温泉へ行った日、グラッパを一気飲みして理性を失った――瞬間いつの間にか具現化していたDの炎魔法で吹き飛ばされ、気付いた時には温泉の外で泥だらけで気絶。気付いたら朝になっていた。
Dの奴がどういう意図で俺を攻撃したのかは考えないようにしているが、結果的には助かったと言える。流石我が相棒だ。
周囲を見渡せば温泉で女体化したDとアヤノさんが全裸で浮いており、状況から察するに俺を吹き飛ばした後キャットファイトが行われ、その後相打ちになったのだと推測――まぁそんな落ちを彼女には話した。
という訳で今日はラグラロクを置いて来ている。Dは不在だ。
「それに、アヤノ様とシャルロットさんに甘いのは今に始まった事じゃないですしねー?」
この態度はある程度、俺のアンリエッタへの気持ちを組んでくれているのか。はたまた心底呆れ果てられたかのどちらかだろう。
それにしても参った。
とんでもない年下の女子に完全にペースを持って行かれているとは情けないものだな。
近頃彼女を意識している。
特別視している。
まぁ何だ……そういう事だ。
自論ではあるが、恋愛というのは主導権を取られた方がケツを持って行かれ敷かれる。
今後の為に此処は落ち着いて話した方が良いだろうか。
「正直ちょっとは怒ってるんですよ?……でも、また連れ出してくれましたから許してあげます」
「イイ女ですか?」アンリエッタはニッコリ微笑んでいる。
私心の広い女でしょ?重たいとか思われたくないし。
そう言っているのか。
「ん……あぁ」
その笑顔のあまりの破壊力に目眩を覚える。
言ってる端からこれだ……ダメだな俺は。
「2人っきりで、コホン……ブルスケッタのパブ以来ですね。お食事に誘って下さったのは」
何故かちょっと照れが入ったらしい。
「あぁ……あの時は君がワンワン泣いて大変だったな」
彼女から視線を外してて酒の入ったグラスを指でかき混ぜた。
「もぉ~そんな言い方酷いです。ユウィン様だって、カッコつけてずっと斜に構えてたじゃないですか」
「そうだったか」
そんな気はする。
「そうですよ。指でグラスこうやって混ぜて――”君は1人じゃない”っとか言って」
今と一緒。
思えば恥ずかしいセリフを吐いたもんだ。
「あの時は君とこうして再び飲む事になるとは思わなかったよ」
俺の言葉にアンリエッタが小首を傾げながら意地悪い顔で眼を細める。
「次は無いかも知れませんよ? 私にも縁談の話が来てるんですからねっ」
チラッと俺を見て「どう思います?」そんなことを言ってくる。
「……それは困った。拗ねて帰ろうかな」
肩をすくめる。
俺達はプッと吹き出して笑い合った。
◆◇◆◇
実はそんなプッと吹き出してる2人の密会をアタシ達は覗いていた。
学生のご身分で酒場に6人でいる(笑)。
まぁ引率居るから良いよねウンウン。無理やり納得しながら隣の親友の状況を見て溜め息をついた。
しかしユウィン先生って……アヤノ様と朝帰りするわ。シャルに「コイツは俺のもんだ」みたいな言葉を吐くは。かと思えばアンリエッタ様とこうしてこっそり逢ってたり……ロクな男じゃないのではなかろうか。親友の将来が心配になってきたよ全く。
「ねぇねぇねぇシャル。あの2人なに喋ってんの?」
「ボク言いたくない」
この娘は聴覚を強化する気を使えるから聞こえてるんだろうが、余程ショックな内容だったのか、アタシ達の陣取ったボックス席のソファーに、三角座りでイジケ出した。
「ちょっ! 騒ぐなテッサ聞こえない……って白鳳院! 何で体をすり寄せてくんだよ」
「それはね? アベル君に好意を持ってるからかな」
このイケ好かない女。
美琴=白鳳院も付いて来たのが気に食わないが。
「何だお前……心武装もロクに使えねぇのかよ。よくそれで代表やってんな」
アベルに向けての言葉。
喧嘩腰のゼノン代表、若干厨二病臭いリョウ=ヴィンセント君は何だか機嫌が悪そう……嫌なら付いて来なきゃ良かったのに。
「ルイズ小生解らん。何故お前……怒ってる」
「べべべ別に怒ってないわよっ! カターノート学生の名誉の為、アンタがあの娘に色目使わないか見張りに来ただけなんだからね!」
カターノート学園代表の2名。
覆面マント少年サイ=オー君と、ピンク髪のルイズ=カターノート嬢がなにやら話している。もしかしてルイズ嬢はサイ君の事が好きなのかな。ツンデレ族って何故理由を説明するのだろう?不思議だ。
実はアベルとシャルとアタシで表参道の祭りに来ていた所、カターノートとゼノンの集団に偶然バッタリ出食わしたのだ。
そこで相性の悪いアベルとリョウ君が又喧嘩になりかけた所、酒場に入っていくユウィン先生とアンリエッタ様を発見。
アタシの一言「男なら喧嘩は酒で付けろ!」で今に至る。
無論アタシは覗きたかっただけだ。
「チッ悪趣味な。何で俺まで覗きの片棒を……」
「リョウはシャルロットちゃんと仲良くしたいだけなのにねぇおっぱいマイスター君?」
「み…美琴…おま……お前ぇ……」
リョウ君はキョドっている。
気になるオッパイの目の前だけに大人しい。
羞恥心回路も限界点を突破したようだ。俯いて照れまくっている。
当のシャルは心を閉じているので聞こえてないが。
「ルイズ……小生解らん……何故シャルロット嬢は落ち込んでいる?」
「ん~多分向こうに座ってるユウィンとか言う男が好きなんじゃない? 他の女とイチャついてるから嫉妬している。そんなトコじゃないかしら」
当たりですルイズ嬢。
「へぇ~シャルロットちゃん年上好きなんだヤルぅ~」
アベルにくっつきながら美琴選手。
「いいんだ……ボクどうせ可愛くないし……ちっちゃいし」
ミコト選手の言葉は聞こえたらしい根暗モードとなったウチの親友。
「そんな事ないよ~凄く可愛いのに~ねぇリョウ?」
「おぉ!? おぉ……そう……だな」
この女、アベルがシャルに気があることを感づいて無理矢理リョウ君とシャルをくっつけようとしてないか? 本当にイケ好かない女だ。
妙な駆け引きじみたやり取りの中、サイ君が暑かったのか、顔を隠しているフードを取った。
な、何ぃぃ!?
「シャルロット……デイオール嬢」
美少年だった。
意外にも素顔めっちゃかわいいだぁぁ。いかん取り乱してしまった。リョウ君が中性的な男前に対して、サイ君はもろ女の子と言って良い。ちょっと頬のコケた美少年は長い白髪をポニーテールに結い上げている。
「ほぇ?」
シャルが呼ばれて俯いていた顔を少し上げる。
「小生と……激しくお付き合いして欲しい」
「「――――っ」」
その場に居た全員が固まった。
サイ君……超空気読めねぇ。
それもアタシ等のボックス席テーブルの端と真逆の端、3mの距離から告った。
遠いわせめて目の前行って告れ!
◆◇◆◇
「ガッハッハッ いや~学生達の恋話は初々しいですなぁ。このユーリ、若かりし日の失恋を思い出しました!」
「あらあら~どのようなフラレ方をされたのですか?やはり声がデカくてハゲだったからかしら」
「い、いやフォルスティーヌ殿、それはあまりにも失礼では……」
「ガッハッハッ いや絃葉先生お気になさらず。しかしこの頭は剃ってましてな! ハゲでは無いのですよっハッハッハ」
「あらあら。将軍は器の大きな方なんですね~ウチの馬鹿息子も見習ってほしいわ~」
はぁ……絃葉は溜息を付いた。
今日何故私は生徒の引率などしたのか。いつものように21時に就寝していればこんな所に来なくて済んだのというのに。
その理由――彼女は遠くのテーブルで楽しそうに話す1組のカップルを見ている。
絃葉=神無木は再び吐息を漏らさずにはいられない。今日ここに来なければ――
(あんな顔をされるユウィン殿を見ないで済んだのに……あっ)
不意に涙が出そうになる。
(危なかった)
テーブルに置いてあったおしぼりで瞬時に顔を拭く真似をしてやり過ごす。
そんな絃葉の視線と様子を横目で見ていた聖騎士フォルスチィーヌ。彼女も大会期間内、城に在住する学生達の引率と、ルイズの護衛の為ユーリ将軍共々駆り出され今に至る。
「ガッハッハ。いやはやフォルスティーヌ殿も大変ですな!こんな時間までルイズ殿の護衛とは」
「たいして苦ではありませんよ。それにお陰で面白いものが見れましたから~アンリエッタ様も意外とお転婆さんなのね~」
その言葉に、おしぼりで顔を隠した絃葉の方が少し揺れる。
絃葉の様子を見ていたフォルスティーヌが、前に座るユーリに目で合図を送った。
その合図にユーリは一瞬訝るが、おしぼりを顔にあてる絃葉の様子とフォルスティーヌの言葉に成程と口を緩める。
「酒はいけるクチですかな……聖騎士殿?」
「あらあらウフフ支払いは将軍ですが宜しいのですか?」
「ガッハッハ任されよっ――では絃葉先生」
「っ――は、はい!」
急に呼ばれたもので、おしぼりをテーブルに落としてしまう。
「今日は付き合って貰いますぞっ! ここのサングリアは最高ですからな!」
「で、でも私お酒はあまり……」
「あらあら、天涯十星ともあろう方がお酒に呑まれるような事は……ありませんよね?」
とか言ってフォルスティーヌは既に勝手に注文を終えていた。その量、実に2リットルのサングリア(ワインのフルーツ割)を。ユーリ将軍はジョッキでポートワインを握る。
「学生達はキャッキャウフフさせといて、大人なら乾杯と行きましょ? ね?」
「代表同士、明日の大会の前勝負と行きましょう! ガッハッハ」
「そ、そこまで言われたら……退けません」
絃葉は俯き唱える。
天涯十星ラスティネイル10位、我が《颶風》の名に掛けて――
「この勝負、呑ませて頂きます!」
彼女は涙目で何やら上手い事を言いながら乾杯の後グラスいっぱいに注がれたサングリアをカッと飲み干した。
ユーリとフォルスティーヌはそんな彼女を見て薄く微笑み、自分達も続けてグラスを空ける。
彼らの夜はまだ始まったばかりだ。




