第6話 開戦せよ女神争奪杯
アタシはテッサ=ベル。
曾祖母がゼノンで「雫黒」と呼ばれる有名な傭兵だったのを最近知った。
ゼノンの人間は褐色肌が多く、アタシは4分の1ゼノンの血が入っている為、トロンリネージュでは珍しい褐色の女学生だ。
目の前にはシャルロットが御機嫌ニコニコでテーブルの料理をパクついている。
とっても幸せそうだ……可愛い。
言っておくがその手の趣味はない――アタシは至ってノーマルな女子で彼女の親友をしている者だ。
この腹立くらい乳の大きな親友は、この手の無料メシに弱い。
父母を亡くして巨額の遺産を相続したのにも関わらず、昔貧乏だった時の癖で今でも貧乏臭い――たまに学食の残りをタッパーに詰めて持って帰ったりする。
そこが又なんか……可愛い。
断っておくがアタシはその手の趣味はない――至ってノーマルな女子である。
「もももいもっ もっももん!」
シャルの奴がリスみたいに、お口いっぱいゴハンを詰め込んでアタシを見た。
これはあれだな、動物が食べ切れない分を頬袋に詰めて巣に持って帰るという習性だろう。
成程、この娘はその手の生物だったのか。どおりで可愛いわけだ。タダ飯なもんで物凄い勢いで食べているな。
何を言ってるのか解らなかったが、きっと「美味しいねっテッサちゃん」あたりだろう。本当にこの娘は……ごっさ可愛い。
「そんな顔してっと、また女子からラブレター貰うぞ。テッサ」
こいつはアベル=ベネックス、アタシの家向かいに住んでる幼なじみでクラスメート。こんな奴でも女子には結構人気があるらしい。う~んアタシにゃ分からん。
せっかくシャルの笑顔見て、コイツに主席の座を奪われたストレスを解消していたのに全く……嫌な事思い出させてくれる。そんな女フェミニスト的な顔してた? アタシ。
「百合ユリしぃ顔してたぜ。お前」
何でコイツはアタシの考えが解るのだろうか? 不思議だ。
「アンタ迄ここに居なくてもいいじゃない。ナンパでもしてきなさいよ? 可愛い娘イッパイいるんだから」
「俺がそんな男に見えっかよ。……知ってんだろ」
言いながらアベルの馬鹿は、ちょっと顔を赤くしてシャルの方を見た。
そうそうコイツ、シャルロットに一目惚れしてずっと一途に想い続けてるみたい。
シャルの奴はユウィン先生一本狙いなのにね? あぁ~青臭くてやだやだ……アタシは大人の男が好きなのだ。でも先生はパス、あの人何百年も前から生きてそうで人間辞めてそうだし。
「ももむもんまもめまいも」
「え? 何だって? シャルロット」
「アベル君は食べないの? だって」
「テッサ何で解んの!?」
当然。アタシはシャルの唯一の女友達。
アンタはまだまだね。そんな事ではウチの娘はやれないなぁ? アベル君~ 娘を嫁に出したくない父親の心境でアタシは答える。
「あぁ……俺、今大会に向けて肉体の調整中なんだよ。ちょっと昨日食い過ぎてな」
中々燃えてるじゃんアベル。でも昨日食べ過ぎてちゃ世話ないわ。
「ンクッ……そうなんだ! 頑張ってるんだねっアベル君偉いなぁ」
お口いっぱいのゴハンを飲み込んでシャルロット。でも両手にナイフとフォークを持っているその姿では、全く言葉に重みがないぞ。
ん?……何だこの娘は――
「減量なんかしなくても~十分締まってセクシーだと思うよ? カッコイイおに~ぃさん?」
「わたっ――何だぁ? お前っ」
な、何なのこの娘!? 現れた黒髪の女――後ろからアベルの腕を絡めて胸元に押し付けてるぞ! この女、誰に断ってウチのモンに手ぇ出してんだ!――あれ? おかしいな、何だこの気持ちは……
「ウチはゼノン代表、美琴=白鳳院って言うの。宜しくね? 赤髪の王子様」
「ん? あぁ宜しく……でもワリィ、ちょっと離してくんねぇか? 当たっちまって悪いからよ」
何言ってんのアベル!? それは当ててんのよ乳に! 誘惑されてんのよ気付けバカ! ゴミ!
「あら何て素敵な躱し方っ。本当に格好良いねっ アベル君って」
「名乗ったっけか?」
「ん~ん? ウチ気になった男性はすぐ調べるクチだから」
上目遣いでそんな事を言っているミコトという女生徒は、やっとアベルの腕から離れた。
いちいち媚びた言い方と表情する女だなぁ……絶対友達になれないタイプだ。
でもさっきのアベルの返し方、コイツ誘惑されてるの気付いてたのか、ちょっと格好良かったな。ずっと鈍感で鈍いヤツだと思ってたんだけど成長してたんだなコイツ。幼なじみでずっと一緒に居るから気付かない事もあるんだ……
「アベル君って、ゼノンの女剣士とかに興味ないかなぁ?」
「アンタすげぇ刀もってんのな。俺には使い熟せなそうだ」
「ンフフッ……」
どストライ~ク、決~めた。
何やら駆け引きじみた会話の後に、ミコトという女が小声でそんな事を呟いている。
確かに凄い剣を背中、腰と臀部の間に真横に掛ける様に下げている。ユウィン先生のラグナロクと良い勝負、刃渡り140はありそうだ。
ゼノンで武器を使う人間は珍しい、それにあの剣の形状は火の国の物だ。
「ミコト程々にしろよ……ゼノンの品位を下げる」
「あらリョウも来たの? アンタも下心ありのクセにぃ」
「ち、ちげぇよ。いらん事言うんじゃねぇ」
もう一人現れた……褐色肌ゼノン人、コイツの事は知ってる。いけ好かない女、ミコトが「リョウ」と呼んだ……ゼノンの傭兵でリョウと言えば有名な奴だ。アタシはシャルのチチを肘で突いた。
「フニャ! な、何? テッサちゃん」
「アイツ、リョウ=ヴィンセントよ。ゼノン最強の錆びた釘2世……」
学生部門優勝候補の1角――最強の天涯十星ジン=ヴィンセントの一子、16歳で既に魔人を倒した事があるとかないとか……アタシ達の最大の敵となる可能性が高い。新聞とかでも取り上げられる程有名な奴だ。
そんな奴を前にシャルは、ローストポークがいっぱい乗った皿を片手に、それをモリモリ平らげながら2世君を見てる。全く大物なんだかバカなのか可愛いのか……
「確かに質量の高いチャクラだね? 凄いや」
「な!? い、今の……アンタ見えるのか」
チャクラ? 前に絃葉先生が言ってた単語で、人体生命の源とか何とか。
シャルの不意に言った一言に2世君が喰い付いてにじり寄って行く。
結構遠くに居たのに聞こえたらしい、凄い耳良いな。心武装と言うヤツだろうか?
「ア、アンタ名前は……な、何て言うんだ」
「え…え…え…えっと……」
2世君がキョドりながらにじり寄るもんだからウチの親友が怯えている。この娘は人見知りなんだからやめたげて! リョウ君は顔は良いのにあんまり女に慣れてないようだ。
アタシがシャルの腕を引っ張ろうとした瞬間――
「デイオールが怯えてんだろ、空気読めよお前……」
――アベルがリョウ君の手首を後ろから掴んだ。
「……離せ。お前には関係ねぇ、引っ込んでろ色男」
俺はコイツに用がある。
リョウ君は顔に似合わず意外と中二病とか、キレやすいとかそういう類の人種なのか、腕を掴まれた事にあからさまに敵意を剥き出しにしている。
対するアベルも退く気はないようだ。
「デイオールは俺の友達だ。お前こそ関係ない離れろ」
「お前この女の保護者かよ……それとも自分の女だとでも言うのかよ?」
「――な、何言ってる!? ちちちち違うけどその何だ……」
あ、今迄カッコ良かったのにいつもの不細工なアベルに戻った。
顔を真っ赤にして動揺しだした。
やっぱりあれはアベルだ。ヨシヨシやっぱりコイツはこうでなくちゃ。
「俺はこの女に興味がある。お前の女じゃないのなら――」
「――アベル君!」
何事!? シャルの奴が叫んだ瞬間アベルが弾かれたようにバックステップした。アベルの顔が歪む。
「な、んだぁ……今のは」
「へぇ……思ったよりやる……と、言いたい所だが――」
リョウ君の右手甲が焦げている。一体何が起きたんだ。
うっすらとしか見えなかったが、リョウ君がアベルに掴まれていた右手をポケットから出した瞬間凄いスピードで放った掌底に、火の玉が直撃したように見えたけど……
「何故邪魔をした。カターノートの魔導師――」
アタシ!? リョウ君がこっちを見ている。
「その娘怖がってる……解らない程バカ?……君」
「ひゃあ!」
思わず叫んじゃうアタシの後ろにマントの小人が居た。
全然見えなかった。小さすぎて。
全身をマントで覆ってる少年……かな? この子も選手なの? というかさっきの火球はこの子が出したんだろうか。
ババババンッ!
更にリョウ君の居た場所に爆竹の様な光が上がった。
まるで火器のマズルフラッシュ! それを凄いスピードで躱すリョウ=ヴィンセント君――コラコラぁ! ここにはアンタ達の所の王様も居るのよ! つまみ出されるのでは!? と思って王様達のいる高砂を見たが、慌ててるのはアンリエッタ様だけで、アーサー様はそんなアンリエッタ様のお尻を触ろうとして蹴られ、クワイガン王に関しては既に酒で出来上がって騒ぎを楽しんでる始末。駄目だアイツら……使えない。
「炎魔法の高速演算……お前がサイ=オーか」
「君に答える……義理ない……ヴィンセント2世」
なんなの!? なんなのコイツラ! 喧嘩なら他所でやってー! 遂にリョウ君は武装気を展開し出した。彼の体に白い霧が纏わり出す――対してサイ=オーと呼ばれるマントの少年の視線の先が揺れている? 何だろうか凄く嫌な感じがするぞ?
「2世――言うんじゃねぇ!」
リョウ君が踏み込み、サイ君から感じる嫌な気配が弾けた! とっさにアタシは両手で顔を十字防御で守る。
――――――――バグンッ!
しかし何も起きない。アタシは閉じていた目を開いた。
「――凄いな少年……その年で詠唱破棄が使えるのか」
「あ、先生っ」
シャルの奴が、これでもかっていう笑顔を向ける先――いつの間にかリョウ君とサイ君の中間地点に、朝帰りのユウィン先生が現れていた。
相変わらずこの人、現れ方も人間離れしている。もう馴れたけど。
そしてさっきのは何かしらの魔法が放たれたみたいだ。先生の右手が焦げている――恐らくサイが放った魔法を発動前に握り潰した。そんな所だろうか?
「しかし祝いの席でのこれは感心しない……決着は大会迄預けてはどうだろうか」
自分はシッポリ朝帰りした上に遅刻しといてカッコイイ事言ってる。締まらないなぁ。
リョウ君は踏み込んだ瞬間ブレーキを掛けた様だ。地面が抉れている。
(コイツがあのユウィン=リバーエンド……俺を踏み留まらす程の技量か)
リョウ君が先生を睨んでいる。
どうやらあの刹那に何かしらの駆け引きがあったらしい。対して先生は頭を抑えている。いつも無表情な先生だが、今日は解る。あれは二日酔いの顔だ。
「で、これはどういう喧嘩なんだ。シェリー」
「え……え~とボクもよくわかんなくて」
先生、何でシャルを愛称で呼ぶ? しょうが無いからアタシが答えた。
「ゼノンのリョウ君がシャルに悪戯しようとしたら、アベルが嫉妬して怒って、更にサイ君がシャルロット争奪戦に割って入った感じです」
「悪戯じゃねぇ!」
「嫉妬言うな!」
「小生激しく……同意」
3人共良いリアクションで返してくれた。
当たらずとも遠からずだったみたいね。今迄遠くで見ていたイケ好かない女、ミコトが面白がって手をメガホン代わりに声高らかに叫ぶ――
「先生~~リョウ=ヴィンセント君はオッパイの大きな娘が大好きなんでーーす!」
「ぶっっっ殺すぞ! ミコトぉおあ!」
茹で上がったロブスターみたいな顔で叫ぶリョウ君。
ほぉほぉ…さっきのはシャルを口説こうとしてたのか……成程。
「小生……激しく不快……」
「あらあら~どこの馬鹿が騒いでるのかと思ったら息子だったわ~あの子ムッツリだったのね~ライバルはただの中二病だから気にしないで頑張るのよ~サイ?」
「フォルスティーヌ……アンタ絶対面白がってるでしょ……聖職者のクセに悪趣味ぃ」
騒ぎを聞きつけて、いつの間にか現れていたのはカターノート代表の2名――確かカターノート十字軍聖騎士フォルスティーヌさんと、アーサー校長のお孫さんのルイズって娘だ。しかしあのシャルより小さな男の子が、かの有名な「炎帝」サイ=オーだったのか。あの子もシャル狙いだったのね……相変わらずモテるな親友。
「……ふむ」
先生は二日酔いで少々しんどそうだが、周囲の言動から情報を読み取り状況を把握したようだ。
「シェリーは俺にとっても大事な女性(娘みたいなモン)だ」
あれあれ? 先生? だから何故アナタは愛称でシャルロットを呼ぶの!
「交際は――」
おーっと先生! これはまさかの!?
「――認めんよ」
面白くなって参りましたーー!
アタシの隣で立っていたシャルがその一言で「ふにゃ~」と、天にも登る幸せ顔で失神し、朝帰りのジゴロ教師ユウィン=リバーエンド先生は学生相手に大人げなく啖呵を切った。




