第3話 影王と100人目の奴隷
ルナリスは海に囲まれた大陸である、地球で言うところのオーストラリア大陸程の大きさであり、かの国でいう所の北側、3割を閉めるノーザンテリトリー、そこを「魔人領」と呼ぶ。
人類が大昔の大戦で建造した万里の長城「大壁」――それによって仕切られ、隔離された人類の天敵、魔人達の領地である。
「影王様……魔王様の御機嫌は、まだ悪いのですか?」
「……悪いな。俺のせいだスマナイ」
「い、いえ! そんな……恐れ多い」
魔人四天王雷帝キリンのメイド型使徒であるフヨウは、漆黒の甲冑を纏う同じく四天王である影王の言葉に、あたふたしながら答える。
前回、人間領王都トロンリネージュに出向いた際、キャロルの目に止まった少女シャルロット=デイオールの誘拐に失敗した影王は、自身の娘である魔王キャロルに「お父さん大嫌い!」と言われ、1ヶ月が過ぎたが、未だに娘の機嫌は治っていなかった。
影王は謹慎を言い渡され、現在魔人達の居城マカハドマの入城を禁止されている。
ここは城から離れた農園、養殖された人間達が魔人達の為に食料の栽培に勤しむ区画であった。
奴隷である女の子が1人、影王に近づいてきて親しげに話しかけてきた。
「王様っ! 順調に育ってるよっ イチゴの苗!」
「――こ、こらメア! 影王様に馴れ馴れしい!」
使徒であるフヨウは奴隷少女に叱咤するが、影王はそれを手で制した。
「そうか良かった。これでキャロルの機嫌が治ればいいが」
「きっと美味しいイチゴが出来るよっ そしたら王様もキャロル様に許して貰えるよぉ」
「頼りにしている……メア」
他の奴隷達は魔人達を恐れ、近づきもしないが、この少女は最近ドラゴン養殖場から出荷された新型らしい。
感情の浮き沈みが激しいが、明るく人懐っこい性格をしていた。
キャロルと王都に行った際、気に入っていた苺ジェラートの再現の為、影王は骨を折っている最中なのだ
「うんっ王様! えへへっ楽しみにしていてねっ」
「……あぁ」
ボロ布一枚、手と爪の中まで土で真っ黒に染めた少女は嬉しそうに仕事に戻ろうと踵を返すが、何か言いたそうな面持ちでもう一度振り返った。
「あの……王様?」
「……何だメア。後、俺は何度も言うが影王だ。ここの皇はキャロルだと言ったろ」
「え……へへ……でも私にとっては影王様が王様なの……」
恥ずかしそうに俯くメア、その姿を隣で見ているフヨウの眉間に、ピキッと血管が浮かぶが。
しばらくモジモジしていたメアだったが、意を決したように唇を開く。
「王様……この苺が美味しかったら……」
「……ああ」
少し沈黙の後……
「頭……撫でてくれませんか?」
顔を真っ赤にしながらメアは恥ずかしそうに言った。
「なっ!何を――」同じく顔を真っ赤にして、言いかけたフヨウを影王は再び手で制した。
「そんな事なら――」
影王はメアに近づき、そっと頭を撫でた。
メアは飛び上がらんばかりにビックリしていたが、影王の掌の感触に心底嬉しそうに微笑む。
「そんな事ならいつでも構わん。完成したら何か美味しいものでも届けさせよう」
「……あっ、うん……王様……あり……がとう」
耳どころか、全身真っ赤に染まった奴隷少女は、フラフラしながら畑に戻っていった。
今迄ワナワナ我慢していた、メイド使徒は影王に詰め寄った。
「お、お言葉ですが! 影王様は奴隷に甘すぎます。これでは他の管轄地区の奴隷に支障をきたします! ご自重下さい!」
「フヨウ……あの子はタンジェント研究所の新型だ。恐らく短命だろうし、これ位構わんだろう」
「構います! 奴隷は奴隷として扱って頂きませんと!」
「…………解った」
そう言って影王は、まだフラフラしながら畑仕事に戻っている少女に目を向ける――彼はメアを特別視していた。
(あの娘の顔を見ると湧き出てくる……この感覚は)
遠い昔の記憶が湧き出るような、足りない事が解っている一生完成しないパズルを組み上げているような、一部分だげが抜け落ちてしまった小説を読んでいるような、そんな感覚が影王の心に広がる。
半年程前、死霊使いエリュトロンという魔人に、心を覗かれた様な感覚が襲った。
あの時感じた感情は「怒り」であったがこれは違う。
(……この感情は)
それ以来この感覚に襲われることがある。
そして王都で対敵した男と女――自分とそっくりな灰色の男と赤い髪の女……奴らと出逢ってから、更に妙な感覚に襲われることが増えた気がする。
あの時影王は自分に残った2つの感情が爆発した。
灰色の剣士には激しい怒りを――
赤い髪の女には激しい悲しみを――
……za…zazaza……影王の視界が揺れる。
これは白昼夢だ――近頃魔人である影王を急に襲う妙な夢だった。
『ユウィンは私が守る。人間は強くて弱い生き物だけど――』
そう言って微笑む女からは、金色の粒子が立ち上っていた。
『秋影を殺すなんて――わ、私には出来ない――出来ないよぉ!」
美しい顔を歪ませた緋色の髪の女、彼女の泣き顔は見たくないと思った。
(ちっ……またお前達か……何なんだお前達は)
影王は無表情に毒づく、時々白昼夢のように出てくる2人の女――メアと呼ばれる奴隷の少女は、夢の中に出てくる金色の女に似ているのだ。
そしてあの奴隷の少女から感じる感情――それは彼には有り得ない感情であった。
その感情とは――
「恐れ多いですが影王様は――」
――ズっっっっドン! フヨウがプンプンしながら、影王に言葉を掛けようとした時――農園に激震が走った。
隕石でも落ちてきたかのような振動――その瞬間、農場で勤労に勤しんでいた数名の奴隷が粉々の肉塊と化す。
「わざわざオデが出張ってきてやっダンダ、頭を地面に擦り付けて感謝しろやぁ奴隷ドモぉ!」
巨星の如く現れたのは、影王と同じく四天王の地位を持つ魔人ラビットハッチ――5メートル近い体長を誇る兎の化け物であった。
奴隷たちは直ぐ様作業を中断し、慌ててラビットハッチに頭を垂れる。それを見た兎は手近に居た奴隷の1体を踏み潰した。
「誰が作業を中断シロと言ったぁ! あぁっ!?」
奴隷達は震え上がって作業に戻ろうとするが、兎の魔人は更にその者達を四肢とは別に生える3本の触手で再び肉塊と変える。
「頭を下げろって言っタだろぉがぁよぉ! ゲハハハハッ」
「ラ、ラビットハッチ様――」
使徒フヨウが止めに入ろうとした瞬間、触手が奴隷の少女メアにも迫る――バシィッ! 触手がメアに直撃するかという刹那、いつの間にか間合いを詰めていた影王によって遮られる。
「アァ? これはコレハ……謹慎中の魔王のお父上様じゃぁねぇかぁ……娘に嫌われた代わりに奴隷でも愛でてんのかぁ? このロリコン野郎が」
「ハッチ……ここは俺の管轄区だ。いつからそんな偉くなった」
触手を握り潰さんばかりに掴みながら影王、彼は無表情に言った。対してラビットハッチの機嫌は頗る良いようで、笑いながら影王を見据える。
「ゲハハハッ……タンジェントの使いでよぉ……わざわざ出張ってきてやったんだよ。お前には頼みにくかったらしいぜぇ? てめぇは奴隷どもに甘ぇからなぁ」
兎の魔人が影王の後ろにいるメアを見ている。
「その奴隷は回収スル。文句はネェよなぁ? 影王」
「どうするつもりだ」
メアはドラゴン養殖場で改良された新型の奴隷、恐らく何かの実験の続きであろうが。
最強を誇る魔人四天王2体の気迫で、メアは苦しそうに胸を抑えている。
「失敗続きで実験体が底を付いたらしいワ。農場に出していた”アウローラタイプ”は全て回収するんだそうだ」
人間、オーク、ドラゴン養殖場の責任者であるタンジェント博士の長年の研究――ドラゴンの因子と人間を掛け合わす事により、人間兵器を作る研究である。
「…………それは構わんがハッチ、他の奴隷は何故殺した」
「あぁ? 奴隷を殺すのに理由がいるのかテメェは」
影王は周囲を見渡す。
綺麗に整えられていたイチゴ畑が、嵐の後が如く無残に抉れ、肉塊の肥料となった奴隷達――影王の表情は変わらなかったが、その体から滲み出る”気”は明らかに不快を示していた。
「いい加減俺の生殖器カラ手を離せヤ影王……ロリコンの上、ホモかよテメェ」
「…………」
影王は触手を離し、背を向けて元居た場所にゆっくり戻っていく。
その場には、奴隷少女メアと兎の魔人だけが残る――ラビットハッチは面白そうに影王の背中を見据えながら、メアを触手で巻き上げた。
「オデの使徒は2体供死んじまってよぉ……ちょっとばかし遊ばしてくれや嬢ちゃん」
「や…や…だ……」
バリバリッ! 唯一着ていたボロ布を剥がされ、裸体となったメアは恐怖に身を萎縮させて動けない。
「へへへ……オ、オデは早えからヨぉ直ぐ済むって……少々デカイけどなぁ」
残り2本の触手がメアに迫る。
「こ、怖い……お……王様……王様……」
そのメアの言葉は影王に聞こえているが、彼は振り向かないで背を向けて離れていく。
当然だ。いくら奴隷に甘い影王でも、奴隷1匹を救う為に四天王同士で事を構えるなんて愚かな事だと当然そう思う。奴隷はあくまで奴隷、魔人にとって人間の奴隷など消耗品であり、性処理用の玩具である。
しかし何かを感じ、不意に影王は振り返る。
そこには――お日様のような笑顔の少女がいたのだ。今から犯され――恐らく研究所で実験に使われようかというのに。
「王様……ごめんね……苺……作って上げたかったんだけど……」
……ドクンッ……
……za…zazaza……影王の視界が揺れる。
彼は再び白昼夢に見舞われた。
金色の女、彼女は言った。
『私の手、暖かい? 大丈夫だよ――ユウィンは私を助けてくれたもの』
「マリィ……お前 ……」
これは俺か? メアに似た、この女は誰だ? 女の背中の先にラビットハッチが見える。一体これは誰の記憶なんだ……いったいお前らは誰なんだ。
この湧き上がる感情は何なのだ。
……za…zazaza……
ラビットハッチはこれを待ってたと言わんばかりの笑顔でいた。
「あぁ? 何のつもりだヨ影王ぉぉ」
「お、王様?」
気がつけば影王は、再びラビットハッチの触手を掴んでいた。
「二度と……二度と俺の前で女を犯すな……ハッチ」
ゴゴゴゴゴゴゴ……影王の体から武装気が揺れる。
兜を脱ぎ捨て、長い灰色の髪をなびかせる彼の右目は真っ赤に発光して兎の魔人を捉えていた。
触手を凄まじい握力で掴んだ反動で拘束が緩まり、奴隷メアは柔らかい土の上に落下――少女は驚いたような嬉しいような表情で影王を見上げる。
「お、王様……あの……」
「メア……死にたくなければ離れろ」
影王の気配は通常のモノではなかった。オーラと何か不思議な力が交じり合い、怒りに我を忘れているかのようだ。空気を読んだメアは傍らでオロオロしているフヨウの所まで一旦退く。
「ゲゲゲゲゲ……笑えるゼ影王、謹慎中にコノ騒ぎ、魔王のガキの父親だからとは言え、四天王からヒキズリ降ろせるかもナァ」
「始めから喧嘩が望みだろう……ハッチ」
「ゲハハハハ……オデはテメェが気に入らネェ……半年前の仕打ち、忘れたわけじゃねぇゾ」
半年前、影王にとっては恩人である魔人キリン。その使徒であるフヨウに危害を加えたラビットハッチの触手を両断した経緯についての言葉、ハッチはそれ以降、魔王であるキャロルに四肢を断裂されるは散々な目にあっていた。これはハッキリ言って影王に対しての逆恨みの分も含まれている。ついでに珍しく謹慎を命じられた影王に、始めから喧嘩をふっかけて更に立場を悪くしようという算段だ。
「1つ聞くがよぉ……400年前に魔力を無くしたテメェが、まともにやりあって、オデに勝てると思ってるのカァあぁ!?」
「良く喋る……兎小屋だ」
グググッグ……ラビットハッチと影王の身長差は3メートル近い。その身長差から両手で力比べをしている形の2体――圧倒的な力をもつハッチの腕力に完全に影王は押されていた。
「兎小屋っテぇ――言うんじゃねぇ!」
「グッ――」
バコッン! 影王の足元に一瞬の内にクレーターが発生――柔らかい土の上に立っているのにだ。これは刹那の瞬間に、とんでもない力が放たれた事を意味する。
「昔のテメェは歯ごたえガあったがよぉ……今はこの体たらくじゃねぇか。悪趣味な使徒も失ったみてぇだしよぉゲゲゲゲ」
「……奇遇だな」
「あぁ? 何言ってんだお前ぇ」
兜を脱ぎ捨てた影王の顔は無表情だった――が、これは”怒り”凄まじいまでの怒気であった――影王の因子核に刻み込まれたあの力は怒りによって発動するから。
「奇遇だ……俺もお前が気に入らん」
「あぁ――!? ナンダこのチカラは! ぐおぉ!」
影王の周囲空間が歪む、武装気が爆発的に増殖して空間を侵食していく。
『武装七皇鍵起動――』
ギイイィィィ!
影王の体から本来、魔人が持つはずのない多重防御結界が展開される。地獄の門から力を引き出す鍵セブンバンド――創造主に選ばれし王者の力。そこから引き出されるの力は起動し続ける限り自身の戦闘能力を数百倍に引き上げ、無限に体の再生を繰り返し、周囲のミストルーンを半永久的に吸収し続け、いかなる魔法攻撃も反射吸収してしまう。
本来7つあるべき鍵の内の3つ――魔人影王の核にはその3つの鍵が刻み込まれている。
「最近白昼夢を見る……ハッチよ、お前の出てくる夢だ」
「テメェ何だこの力は――」
「夢に出てくる金色の女は、男を守ってお前に殺される」
「テメェは400年前魔力を失った筈じゃあ――」
「その情けない男の顔と……女の最後の言葉がいつも聞こえないし、見えない」
ラビットハッチは必至に影王の腕から逃れようと、空いている3本の触手と6本の足を総動員して攻撃するが、彼の展開する結界に全て阻まれてしまった。
中位の粒子体である魔人の防御結界は、こと接近戦に限ってのみ魔人同士の戦闘では意味を成さない。近づいた瞬間、互いが互いの結界に干渉し、打ち消しあう為だ。故に影王の展開する結界は魔人のモノでは無いと判断できる。
「良く分からんが、俺は本能でお前を嫌いのようだ」
「良く分からんコト……言ってんじゃねぇぇぇ!」
兎の魔人の渾身の拳が影王に迫る――この拳の一撃は甲冑を来た重装歩兵10人を一撃で吹き飛ばす威力を誇る。だが影王はその拳を完全に目で捉えていた。そしてこの程度、躱す必要すらないと攻撃に移ろうとするが、しかしその時――再び視界が変わる。
……ドクンッ……
『秋影……どうして貴方はワタシにだけ、キツくあたるの?』
「はぁ? 俺お前にキツイかぁ――」
『キツイよ。ちっちゃい時はあんなに可愛かったのに』
「はっはは! そりゃあな? 俺はお前に――」
また白昼夢だ……こんな時に。そしてこの女は王都で出逢った赤い髪の女だ。何か言っていたな、あの時は急に胸が苦しくなって瞬時に退いてしまったが……何と言っていただろうか……あぁそうだ。
『その力……多用するなよ影王?』
そう言っていた気がする。
そこで白昼夢は終わり、ラビットハッチの巨大な拳が眼前に迫ってる。 影王の胸部に魔人の体でも耐え切れない程の凄まじい激痛が走り、いつもの無表情が苦痛に歪む。
(ぐ! む、胸が!? 何だこの痛みは――)
まるで影王に残った人間であった時の魂が、まるごと地獄に引きずり込まれるがごとくの激痛――その正体は魂の摩耗である。
魔人とは――魔王の言わば分身である。元々は人や動物、エルフ、巨人などが魔人核を取り込み転生した姿である。では何故魔人は魔王に逆らえないのか――それは魔人核を取り込んだものにしか解らない感覚であるが、魂が地獄に引っ張られるが故である。
魔人となった者は一番始めに”門を見る”と言われている。
目の前にそびえるは地獄の門、魔王は地獄第1階層”地獄の門”辺獄の守護者である。魔人達の魂はリンボに捉えられ、絶対服従を無理なくされるのだ。
2階層以下に存在するは魔王の力を遥かに凌駕する魔神族と呼ばれる者達、現在は7つの鍵によって封印され地上に完全な姿では現界出来ない状態となっている。
魔神族、そして七人の魔神王を封印せし創造神が創ったとされる鍵”セブンバンド”――その力を使用すれば、脆い人の身であろうとも、超能的な力を持つ魔神族と対等に戦えるだけの力を得ることが出来る。しかし――使用すれば神の怒りを買い、罪と罰を持って魂が地獄、言わば門の内側に少しずつ”喰われていく”のだ。
人が使用するのならともかく影王は魔人である。元々魂が地獄に近い彼が”鍵”を使用した場合どうなるか? 答えは言わずもかなである。
――グドがァッ! 次の瞬間、ラビットハッチの渾身の一撃を顔面に食らった影王は30メートルは吹き飛ばされ、冷たい土の上に倒れていた。
顔半分が消し飛び、思考がまとまらない。
(な、何が……お、おきた)
脳の半分が持って行かれた……言葉を話すことも出来ないし、動くことも出来ない。
「吹き飛びやがった…ハァ…ハァ…何だったんだ奴の力…胸クソ悪ぃい……」
4メートル超の兎の魔人は肩で息をしながら片膝を付いた。
「王様ぁー! 王様ぉー」
そして、影王に駆け寄ろうとしたメアを、素早く触手で絡みあげる。
「チィ……興が覚めちまっタ。騒ぐな奴隷のガキ! 研究所に戻る」
「王様ぁーー!」
しばらく叫んでいたメアをラビットハッチは殴って黙らせ、影王との戦闘で完全に興を削がれたらしいウサギは、大人しくタンジェントの統率する研究所へと歩みを進める。
ここは城から離れた農園、養殖された人間達が魔人達の為に食料の栽培に勤しむ区画であった。
広大な敷地は先の戦闘で荒れ果て、生き残った奴隷達は肉塊となった仲間たちを淡々と片付け始め、何もなかったかのように仕事に戻り始める。
フヨウは影王に詰め寄り、何か謝りながら癒しの魔法をかけていたが、涙を流して鼻をすすりながらの為、何を言っているのか解らなかった。
「グス…塞がらない傷が……ど、どうして!?」
魔人影王は半分掛けた脳を駆使して思う。
仰向けで天を見上げながら思う。魔人領では珍しい、雲の切れ間に青い空が見えていた。
「また……俺は……」
守れなかった。
メアを……白昼夢に出てくる金色の少女に酷使している奴隷の少女を。
あの時影王の心に感じたありえない感情――この娘と話すのが「楽しい」そしてこの娘が笑うと「嬉しい」彼には存在しない2つの感情。
虚ろな記憶が呼び覚ます、いつか無くした感情は、夢に出てくる女達、彼女達だけが知っているのか――
連れて行かれてしまった奴隷の少女、名をメア(100人目)といった。




