最終話 渡り鳥の季節
奇妙な来客だった。
1人は上品な口ひげを生やした紳士風の男、片メガネにロングコートスーツを着込んだの紳士であった。彼の背後に恐ろしく美しい瞳をした4名のメイドが立っていて、赤紫の瞳でカルスを見つめている。
「急な訪問、失礼致します」
「別にどうでもいいけどよぉ……」
傭兵王国ゼノン地下監獄――囚人や謹慎を言い渡された者が一時的に幽閉される場所である。異国の紳士が訪れるような場所ではない。
しかし「鴉」と呼ばれる錆びた釘、カルス=シンクレアが妙に思ったのは紳士とメイドの更に背後、白衣を着込んだ女の隣――標準より大きな胸元に刺青を刻み込まれた小さな少女だった。彼女のあまりの威圧感に、鉄格子の中で身構えながらカルスは口を開く。
「お前ら人間じゃねぇだろ」
「ワオワオ! 解るんだ~いいねぇ生きがいいねぇ」
「タンジェント……黙っていて下さい。貴女が喋ると話が進みません」
白衣の女、タンジェントと呼ばれる女を冥王ヘルズリンクは片メガネを直しながら手で制した。そして鉄格子の中にいるカルスを外から見下すような形で語る。
「ここから出して差し上げます、我々と一緒に来ませんか?」
「ありがてぇけどよぉ……お前ら魔人かぁ? そっちのメイドと幼女ちゃんもかな?」
「ワオワオ! 結界リングで魔力を制限してるのに解るんだぁ~やっぱこの子当たりだよ~ねぇヘルズリンクぅ~?」
「そうですね……しかし少年、魔人は我ら2名だけです。メイドは私の使徒、そしてこの小さい娘は人間です」
ヘルズリンクの言葉にカルスはあからさまに眉をひそめる。
彼の索敵武装気に一番違和感を憶えたのは、その一番小さな女の子だったからだ。こんな気配を放つ人間は見たことがない。
「その幼女が……人間だとぉ?」
無表情に立っている刺青の幼女を見据えながら、錆びた釘3位の男は怪訝な眼差しを送る。
白衣のタンジェントは、その表情と反応にすこぶる嬉しそうだ。
「解ってるねぇ君! 解ってるよ~ホント!」
「タンジェント……本当に黙って下さい、私は早くここから出たいのです」
埃っぽい地下牢獄から早く出たい、という理由もあるのだが、ここは人間領――さっさと魔人である我々としては身を潜めたい。そういう事のようだ。
「まぁ単刀直入に言いますと、貴方達”暗部”に仕事を頼みたいのですよ」
「へぇ~魔人様が人間に頼み事ってか……」
「そうです」
紳士は丁寧な態度でカルスに話しかけているが、その赤紫の視線は完全に道端の石ころを見るように、冷ややかに見下して話している。
通常、カルス=シンクレアという人間は、こんな態度を取る対象を許しはしない。
自分を軽くみられる事を嫌い、それを全て力で捻じ伏せて生きてきた。
「悪くねぇな。でもよぉ……オレが素直に言う事を聞くと思ってんのかぁ?」
しかしカルスの額には汗が滲んでいた。
結界リングのせいで、魔力が9割以下になっているヘルズリンクでも、白衣の女タンジェントでも、4人のメイドにでもなく――刺青の少女に対して強烈な恐怖を覚えていた。
(何だぁこの女は……考えられねぇ量の武装気だ)
その少女からは常軌を逸した量のオーラが感じられた。人間が持つ気の量を明らかに超える超常的な力。自身が索敵武装気を使えるのを後悔した程に。
「実の所、君に拒否権は無いんですよ」
「そ~だよ~? 黙って着いてきて~ん」
牢獄の中で苦笑い気味のカルスに冥王は続ける。
「悪いようにはしませんよ……君には力を、ここに拘束されている他の暗部『ルシアンネイル』の方々には権力が手に入りますし」
そこまで話した所で、地下牢の出口付近から声が響いた。
「ちょっとちょっと、勝手にウチの若いもん勧誘しないでくれる?」
「――ジン!? いつからそこに」
「おいおいカルスの小僧ぉ~せめて”さん”付けで呼べよぉ~」
カルスは暗部の中でも最強の力を持つ傭兵である。
隠密行動を得意とする彼の気配察知能力ですら、全く気付かれない完璧な気配の消し方で現れた男――人類最強を誇る錆びた釘1位。
ジン=ヴィンセントがいつの間にか出口を塞いでいた。
「そんな少人数で攻めこんでくるたぁ~肝が座ってるねオタク達」
今迄黙っていたメイド従者達は直ぐ様、主人であるヘルズリンクの前に立ち、壁となって警戒を強めている。
「申し訳ございませんご主人様、接近を気付けませんでした!」
「構いませんノワール。奴は噂に聞く”白銀”の字名を持つ男……過去1人で20体もの魔人を葬った程の奴です」
「へぇっえ~? 君がラスティネイル1位かぁ ふふふ~良い実験体になりそう~」
メイドさん型従者達の動揺など露知らず、ヘルズリンクとタンジェントは落ち着いていた。魔力を抑えたこの状況で出逢いたくないベスト1の人間が目の前を塞いでいるというのに。
「貴方も一緒にどうですか? トロンリネージュの祭りに参加する予定なのですが」
「そうそう、楽しいと思うよ~?」
ヘルズリンクとタンジェントは何食わぬ顔でスカウトを続ける。
祭り? アーサー校長が先日言っていた例の武闘大会の事か。ジンはだらしない笑顔を崩さず胸中で訝る。
「トロンリネージュで、な~にをおっぱじめるつもりよ」
「まぁ……革命というヤツでしょうか」
「丁度アーサーの奴も王都に出張ってるらしいからねぇ……後はオ・タ・ノ・シ・ミ」
革命――ゼノンの錆びた釘はこの言葉を嫌う。
102年前に「天使」に操られた当時のラスティネイルが王都「シネフビャッコ」に攻め入り、数百の死者を出し、覇王マリア=アウローラを死に至らしめた苦い過去が伝承で伝わっているからだ。無論ジン=ヴィンセントもその1人である。
「その言葉はゼノンでは吐かない方がいいよぉ~反感買うからさぁ」
そのジンの言葉に、何故かタンジェントは耳を真っ赤にして歓喜し、小躍を披露する。
「そっかそっか~アチシが昔イジった天使とマリアちゃんが何やら騒動を起こしたんだったねぇ」
「何だって……どうゆう事よ?」
ジンの質問など白衣の魔人タンジェントは全く聞いていないようで、両手で自分の腕を抱き締めながら悦に浸ったように。
「あれは大失敗だったなぁ~アーサーの奴に邪魔されるわ天使の奴には逃げられるわ。でもでもおかげで良い絵本が出来てたじゃない? 戦女神と竜の騎士……だっけ?」
「お嬢さん。アンタが内戦の黒幕だった……って理解で良いのかな?」
「そ~だよ~ん」
「タンジェント……黙って下さい。貴女が喋ると本当に話が進みません」
お嬢さんと言われたことが嬉しいのか、タンジェントは超ご機嫌顔、呆れ顔のヘルズリンクが頭を抱え、ジンの顔から笑顔が消える。その表情からは静かな怒りが感じられた。
「天涯十星としては捨て置けんよなぁ……お嬢さん」
ジンが構えを取り、体から凄まじい量の武装気が展開された。人類最強の男と名高い”白銀の狼ジン=ヴィンセント”その実力は一国の戦力に匹敵するとまで言われた男である。牢の中でこの場を警戒しながら様子をうかがっていた暗部のカルスですらジンの気迫に萎縮している。
気配を察した刺青の少女が、タンジェントの前に静かに移動した。
「1位のラスティネイルなら良いデータが取れそうだよ~メアちゃん? 殺さない程度でヤっていいよ」
『ハイ……博士』
ズオッォォォォ……
”メア”そうと呼ばれた少女の刺青が発光した。ジンの気迫に呼応するように展開したのは同じく武装気であった。だが――
「な、何だと!」
「マジかよ!?」
ジンとカルスが驚いたのはオーラの量ではなく――色。
「お、黄金武装気……だと? それにお嬢ちゃんの顔は」
少女の体から立ち上る黄金のオーラ――それは過去、覇王と呼ばれたゼノンの姫、マリア=アウローラが持って生まれたと伝承される最強の”特型武装気”現存する全ての特型能力を行使出来、かつ心技体全ての気を数十倍に引き上げることが可能だったと伝承されている。
期待通りの反応に、タンジェントは白衣を翻して声を殺して笑いをこらえていた。
「イッヒッヒ~ 見せてあげなさいメア=アウローラ! 完成体のお前の力をぉ!」
ズッドン! 音よりも早く――戦闘人形アウローラは、黄金の閃光となった。
魔人領天才科学者タンジェント博士――昔の名をリィナ=ランスロットと言う。
イザナミ=アヤノから魔導科学を受け継いだ女――不死のマッドサイエンティストの研究成果メア=アウローラ。黄金の閃光は傭兵王国ゼノンで最も強い錆びた釘ラスティネイル1位の目ですら、少女の姿を捉え時には時既に遅く、腹部に小さな掌が突き刺さった後だった。
自身の作品の出来栄えに、遂にこらえきれなくなって高らかに笑う。
――この日ルナリスでは大空を埋め尽くす鳥たちが観測される。まるで何かに逃げるように。遂に降り立ったのだ奴等が――地獄の王と天界の光人が、人類の生き残る望みは人皇と呼ばれるプレイヤーと、3人の権限者に委ねられる。
 




