表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/126

第18話 追憶編最終楽章~交わらぬ2人の円舞曲

「一夜漬けで……編んだ術式の割に上手くいったな」


 完全に打ち止めだ。


……プッ


 魔力が完全に空になった。

 血反吐の混じる唾を吐きながら俺はへたり込んだ。


『考えなしに動かないで下さいマスター。今回は本当に紙一重でした。相手が弱ってなければ殺られてましたよ』


 ディの冷ややかな声にも安堵が滲む。


 そしてあの黄金の光……また俺は助けられたようだ。


 仰向けになりながら。

 天を眺めながら。

 俺は天空の黄金色に向かって独り言ちる。


「また……助けられたなマリア」


『……やっつけたんだね。竜の騎士さんは凄いなぁ』


 何処からとも無く声。

 脳に直接響いてくる。

 なんとなくわかった。

 さっき俺を天使から救ってくれたのは、マリアの黄金の力だろう。


 この声は索敵武装気アスディックに乗せて話しているのだ。


(凄い女がいたものだ……全く。10キロ先までオーラを飛ばせる上、更に王都から天使の神気結界を破壊するとは……)


少しの安堵と嫉妬、そして欠落した感情から滲み出る愛おしさを感じながら、俺はいつものように皮肉げに口角をつり上げる。


「そっちは大丈夫だったか」


『……うん。騎士さんのおかげで……何事も無かったよ』


「昨日は……酷い事を言ってスマナかった」


「ううん私こそゴメン……気付かなくて」


 沈黙があった――お互いがお互いに惹かれていた。それが解った上で待って・・・いた。


 ユウィンは待った――亡くした恋人マリィを忘れたくない。

 その為には魔人を憎み続けなければいけなかった。


 もう復讐は十分だよ?


 言って欲しかった。

 マリアの言葉を待ったのだ。

 一言「私の所に帰ってきて」そう言って欲しかったのだろう。自分の意志と幸せを、マリィの死と共に捨ててしまったこの男は、待ってしまったのだ。


――彼女(マリア)の手を掴めずに、天を仰いだ。


「お前が危ない。そう思った時……俺は、俺はどうしようもなく焦った……俺にはそんな資格も、感情も持ってはいけないと感じながらも」


『うん。私も……だよ』


 マリアもまた、言葉を待っていた。

 「今からお前の元へ戻る」本心ではそう言って欲しかった。あの人が私の手を握って暮らす生活。


 何て素晴らしいだろう……何て幸せなのだろう。でも、自分からは言えない理由があった。


(だって私は……もう)

(やはり俺には)


――お互いに言葉が出なかった。





「そうか……じゃぁな」


『うん……じゃあだ……ね』


 マリアの声が途切れ出した。


「?……本当に……大丈夫なんだな」


『え、へへまた……心配されちゃった』


 ユウィンは斜に構えて口元を歪める。


「そうだなお前は……マリアは鈍臭そうだからな」


『……あ、ありがとう……ね』


 マリアは彼に心配されるのが本当に嬉しい。


「最後に俺の名だが……」


『待って……言わない……で?』


 マリアがユウィンの言葉を遮った理由――聞いてしまえばもう逢えない……そんな気がした。ユウィンはその心情を察する。また逢おう、と。


「そうか……今度だな」


『うん……だって約束でしょ……焼き肉』


「あぁまたな……マリア=アウローラ」


『……うん……竜の騎士さん……またね』








 振り向いた俺の背中に、マリアの黄金武装気が感じられた。


 温かい光――彼女にピッタリな太陽の力。

 この力は皆を幸せにする。

 復讐者たる俺が触れてはいけない光だろう。

 そう思って歩みを進める。

 結論の出ない明日と幻想を求めて歩き出した。


 ユウィン=リバーエンドは思う。


 俺はあの時――死を覚悟したんだ。

 光の巨人に掴まれた時、不死身である俺が死を覚悟した。

 その時金色の光と共に手が差し伸ばされた気がした。

 泣きながら、手を差し伸べてくれた女の子はマリアと言った。


 周りからはマリィ、そう呼ばれていると言っていた。




 あの時もう1人……泣いている奴がいた。


 何だお前まで……すまん……俺は又……守れないみたいだ。


 ヒック……そんな事ないもん……だって私……


 何ぃ?……焼き肉まだ奢ってもらってない?


 ち、ちが……そんなこと言ってな……もうヤダ……ふえぇぇぇっぇっ。


 冗談だガキンチョ……泣くな。


 ヒック……ガキじゃないもん。

 ヒック……私もう16だもん結婚も出来るも~ん。

 ふぇえぇぇぇぇ。


 泣くなよオイ……悪かったよ。

 ヤレヤレそんなに泣くなら1つ約束してやる。

 今度逢う時に……そうだなぁ。


 その時俺は、何故かこんな光景が浮かんだんだ。

 小さな姫と灰色の髪の男が舞踏会へ上がる。

 男にエスコートされ、マリアは赤面しながらおずおずと舞踏場の中心へ歩みを進めた。

 周りの貴婦人達は2人を年の離れた兄妹だと思ったらしく暖かな目で見守ってくれている。


2人はお互いを見つめ合い。

 軽く一礼し、男のリードでゆっくりと踊り始める。




 郊外を歩いていた灰色の剣士が振り返った。

たった2日間だけの出逢いではあったが2年は滞在していたかのような気分だった。


 傭兵王国ゼノン――忌まわしき記憶と共に

 もう1人のマリィと出逢った国――


「さよなら……マリィに似た幼い君よ」


 また逢うことがあれば――


 男は再び歩き出す。

 金色の光を汚さぬように、光に背を向けて歩き出す。


「今度はダンスでも踊ろうか」



 ◆◇◆◇



 場面は代わり、ゼノン城シネフビャッコ。

 第1白虎と名付けられた王都の中心にして、ここは天涯覇王と8人の錆びた釘ラスティネイルが死闘を繰り広げていた王の間である。


 頑丈に作られている王の間の壁が粉々に砕け、天井に至っては大穴が開いて空が見えていた。


 そこから輝く太陽の光、そして声。


「あぁ……マリアァァァ! 何で!? 何でこんな事に!」


「えへへティアちゃん……泣かないで? 仕方ないよ」


 アタシは親友のマリアを抱きかかえて叫んでいた。

 記憶があったんだ。

 アタシは全て覚えていた。

 この娘に言ったこともしたことも。

 マリアの胸はアタシの手刀によって貫通され、致死量の血液が流れ出している。


「師匠!お願いです。もっと、もっと癒やしの魔法を!」


「さっきから全力でやってる……でも全然傷が塞がらないのよ……」


 癒やし魔法を使える楓師匠も、さっきから必至にマリアに治療を施している。他の錆びた釘ラスティネイル達も正気に戻り、アタシ達の周りで固唾を呑んで見守っていた。8人全員が天使に操られていた時の記憶を保有し、自分達を守ろうとしたマリアの慈愛の心に打たれ涙を流していた。


「アンタ重症なのよ? 武装気を解きなさい!」


 致命傷でアタシの腕に抱かれるマリアは、索敵武装気アスディックを展開したままだった。


「私の武装気が消えたら、あの人は心配して戻ってきちゃうかもしれない……私のこんな姿……見られたくないもん……」


 マリアの全身には黒い呪印が浮かび上がっていた。この娘は力を使い過ぎたからもう消えないんだ。笑いながらそう言う。


「マリア……アンタそこまで。逢って2日の男の事……」


「初めてだったんだ……女の子として見てくれた人……名前も知らないあの人……」


 もうこの娘は目が見えないみたいだった。焦点の合わない瞳で話し始めた。


 昔自分が道具として扱われていた時があって、悲しくなった時はいつも夢を見たのだという。自分の為に泣いてくれる男性が居たのだという。その灰色の髪の男性は顔も名前も解らないが、あの男に似ていた気がするのだと。


「いつか……私が笑わせてあげようって……そう」


「解った……解ったからマリアぁ……もう喋らないでぇぇ……」


 マリアが喋る度に胸の傷から血が吹き出した。アタシは耐えられたくなって、ボロボロ涙を流した。


「ティアちゃん……みんな……?」


 隣で崩れ落ちる国王含め、9人の錆びた釘ラスティネイルは全員マリアを見た。


「人間は孤独で……弱い生き物……でも私達には……強い拳があるでしょ?」


 ゴブッ……血が滴り落ちる。

 だが全員が必至にマリアの言葉を受け止めようと聞いていた。


「だから迷う時がある……試したくなる……強い拳は握りしめたくなる……でも……違うんだ……おててはね?……繋ぐものなの……」


 錆びた釘ラスティネイル全員に向けての言葉、流派でいがみ合い、主張でこじれた今回の内戦についての言葉。


「みんな……仲良くね?」


――マリアは瞳を閉じた。


「マリアぁぁ……いやだぁぁ……いやだよぉぉ」


 アタシは泣きじゃくり、彼女の父親はマリアを直視できず、地面に頭を擦り付けて号泣していた。



 その時マリアが黄金に輝いた気がした。

 周囲のみんなには見えなかったみたいだけど、アタシにだけ声が聞こえた。


「ティアちゃん? ゴメン1つだけ頼まれて欲しいんだ」


「うん……言って」


「私……竜の騎士さんに言ってないことがあるの……」






『戦女神と竜の騎士』


 この絵本はゼノンでは有名な本である。

 今迄バラバラだった錆びた釘ラスティネイルを命と引き換えに1つに纏め上げた姫が居た。

 

 天涯――生まれ持って、

 覇王の力を有していた孤独な星の戦姫がいた。


 彼女の死を悲しんだ9人の錆びた釘ラスティネイル達は自らの行いを悔い、独り孤独に戦い星になったゼノンの姫マリアの為、天に輝ける彼女に救われた命を返すべく、命尽きるまで国を守り死して星となったと言われている。


 それ以来――ゼノンの上位傭兵は、彼女を守る十の星と例え、天涯十星ラスティネイルと呼ばれるようになった。



 絵本の一文にこんな一言があった。



 どうか私と踊って下さいませんか?


 一本の大きな剣は少女の言葉に思いました。


 僕は貴方の背中を人知れず守りましょう。


 少女は思いました。


 貴方の右手の刃が血に染まれば


 私は貴方の左手の剣になりましょう




 天空に輝ける星となったマリアは思う。


 背中を護られるのは嬉しいけど――やっぱり寂しいかなぁ。

だって、貴方のお顔が見れないじゃない?

 私女の子だもん。

 貴方より強い女の子はもう……嫌かなぁエヘヘ。


天涯極星(マリア)は願った――月の女神に。


 だから今度生まれ変わったらね?

 貴方の背中に隠れてるような気弱な女の子になろう。

 ずっ〜っと貴方を影から支えるような内気な内気な女の子になろう。


 この願い届くといいなぁ。


 もし叶ったら、今度こそ――




 数年後――剣士は再びゼノンを訪れる。噂を聞いた為だ。黄金覇王と謳われたゼノンの姫は、内戦時の傷が元で亡くなったのだと。


 その時の内戦を元にマリア姫を憂いた、彼女の親友が絵本を書いたのだという。


 剣士は絵本を手に取った。

 絵本の剣士と姫は噴水の前で楽しそうに踊っていた。楽しそうに……大きな剣と小さな姫が踊っていた。


 竜の騎士ユウィン=リバーエンドは、絵本の最後のページをめくらず――どこか泣いているとも怒っているとも取れない声でこう呟いた。


 良い本じゃないか。


 だが、俺には最後のページをめくる資格がねぇよ。

 彼は天を見上げる。

 出ない涙を悔やむように、失った感情を恨むように。


「今後は剣舞じゃなく輪舞曲でも踊ろうか……マリア」


『うん、今度生まれ変わったら……きっとだよ?』


 大空に小さく、しかし黄金に光輝く星が――そう答えた気がした。



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 物悲しさもたたえつつ、とても見事な幕切れでした。なんとなく生き切った。そんな心象を受ける場面でした。ティアちゃんが悲嘆に暮れるというところの描写が、痛々しさとともに見事なのでとても読み応え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ