表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/126

第15話 シャルロットの放課後 悠久編

 トロンリネージュ王都北側には山脈が広がる。

 一番北面に位置する城に近ければ近い程、土地値が高騰し、そのエリアに住んでいる事そのものがステータスとなる。

 大きく分けて城側が第1階層、外門側が第4階層土地といい、城側に行くに連れて高い所にある宅地が存在し、第1が城側で上級貴族用の土地である。

 第4階層は外門、言わば国の入口側になり、多くは平民が住む一番の敷地面積の広さを誇るエリアだ。物流の最先端だけあって大いに活気があり、生活のし易いエリアではあるが、貴族としてはこのエリアに住むことは下級とされる。

 テッサ=ベル、彼女の家は第4階層――下街にあった。幼なじみアベル=ベネックスも又、このエリアの住民で、家が向かい同士である。

 彼女の曾祖母は傭兵王国ゼノンで高い地位を持っていたが、内戦をキッカケに国と地位を捨て、各国を漫遊しながら貧しい者や弱いものを守り、世直しをして周ったという。

 そんなある日、病の治療で立ち寄った王都トロンリネージュで曽祖父に出逢い、恋をして永住することを決めたという。アタシ事テッサ=ベルは――そんな事は全く知らなかった。



 現在その実家のリビングにて例の絵本の鑑賞会が開かれている。


「懐かしいな……ゼノンの覇王姫の絵本だな」


 伝説の魔女アヤノ様は酒瓶片手に何故かユウィン先生を一瞬見た? 何でだろう。


「ひっく…これのどこが…ユウィン様に似てるんですか?…ひっく」


 この国の皇女アンリエッタ様は大分お酒が抜けたみたいだがまだしゃくり上げている。正直リビングが超酒臭いです。


「おっきくて長いねぇー 立派だよー」


 アタシの親友シャルロットは何やら誤解を招くようなセリフを吐いた。ちなみに大きいのは絵本で騎士が持っている剣の話ね?


「…………」


 ユウィン先生は絵本の話になった途端いつもより更に無口になった気がする……どうしてだろう。


「イザナミ様もこの本をご存知なんですか?」

「ワタシに知らない事はないさ」


 絃葉先生が喜んでる。

 本当にこの話好きなんだなぁ……アヤノ様も知っていたのが嬉しいみたいだ。アヤノ様は火の国ジパングでは有名な魔女らしく、同じ火の元出身の絃葉先生は尊敬の念を持って和名のイザナミと呼んでいる。でもまぁその有名な魔女様はアタシの家にあるお酒の瓶を勝手に開けて飲んでいるが……。

  でも流石900歳、生きてきた年数は伊達じゃない。そんなところだろうか。どう見ても20代後半位に見えるけど。しっかしこの空間皆美しい女ばかり、アタシの周りには美人しかいない。自信なくすわ。


 さっき言ったが今はリビングでしっぽり落ち着いている所である。 両親はまだ帰っていなくていない。この面子を見たら流石にビックリするだろうし、タイミングが良かった。


 絵本オタクの絃葉先生は楽しそうにウンチクを語る。


「この絵本は、黄金覇王マリア様と東方の魔剣士との恋物語を題材にしています。そしてこれは102年前に、実際にあった内戦を記録した由緒ある絵本で、8人の錆びた釘ラスティネイルとマリア様は戦い、竜の騎士はその背中を護り、両思いの2人が決して想いを告げずに信念を貫く――」




  長ーい! マジでこの人オタクだ! 絵本にそんなこと書いてないのに調べたんだ。


「ボク……こんな良い絵本があるなんて知らなかったよ」


「本当にマンチックな話です……ひっく」


 本に詳しいシャルロットも知らなかったみたいね。そしてアンリエッタ様? 噛んでますよ。あれ? 絃葉先生の様子が……赤いぞ? 顔。


「ユウィン殿もご存知だったのですよね」


「……あぁ」


 ユウィン先生は無表情を更に無表情にして答えてる? どうしたんだろうこの人。


「初めてお逢いした時は驚きました。ワタクシの思い描く竜の騎士様にお逢い出来た。そんな気になったのです……」


「――も!?」

「――どういう意味ですか?」


 シャルとアンリエッタ様が即座に反応……絃葉先生は意外と積極的なのか? この人数の中、熟したトマトみたいになってユウィン先生を見つめている。


「絃葉さん? これは102年前のお話なのですよね?」


 アンリエッタ様の体内で燻っていたアルコールが吹っ飛んだみたい……目が怖い。


「先生……ボク何だか気分が」


 女の勘が気配を察知したが、それが良く解らないシャルは隣に座る先生の服を摘んでいる。


「そうなんですが……お逢いした時ワタクシ胸が熱くなってしまいまして……」


「お、お加減が悪いなら薬を手配します……が?」


 苦しい! それは苦しいですアンリエッタ様。躱せてないです。ユウィン先生は俄然無表情――この人本当に大丈夫か? こんな美人3人に囲まれてるのに全く動揺した気配もない。ゲイなんだろうか。


「クククッ……ユウィン? 剣を見せてやったらどうだ? ラグナロクを……」


「やれやれアヤノさん、面白がらないで下さい」


「師はお前の為に言ってるさ」


 ユウィン先生はアヤノ様の言葉に少し嫌そうだったが――今日は背中に背負っていた剣をテーブルに置いて、鉛の鞘を外した。

 どうも先生はアヤノ様には頭が上がらないみたいね。銀色の刀身に黄金色の光を放つ剣を見据えながらアヤノ様は絃葉先生に言った。


「火の国の絃葉と言ったか」


「あ、はいイザナミ様。今はゼノン人ですが」


「この剣の素材が解るか?」


「これは――もしかして火廣金ヒヒロカネですか」


 何だそれは? アタシとシャルには付いて行けない話だった。


「そうだ。これには粒子体を宿らせる力がある」


「魔人剣以外にも使い道がある……と?」


 魔人剣とは、防御結界を魔法無しで切裂く技である。その剣技を使用するには火廣金ヒヒロカネ――西方の言い方でオリハルコンの武器が必須なのだ。


「ユウィンはこの剣に竜を宿している――お前に見えたチャクラは竜のものだろうさ」


 絃葉先生は口元だけ動かした。「流石ですね」と動いた気がする。チャクラ――さっき表でアタシも聞いたな。人体の気の根源だとか何とか?


「イザナミ様はワタクシの武装気をご存知なのですね」


「言ったろアタシに知らぬことはないと。

 チャクラが見えたという事、すなわち六感特型技の極み――”境界の手ホライゾン”お前の武装気(ブソウオーラ)は特型だな」


 特型とは唯一無二の能力を持った個人専用の武装気の事。絃葉先生が感心したように口を開いた。


「流石、火の国の魔女殿ですね」


「その名は好かん、使ってくれるな」


「失礼致しました……イザナミ様」


 アヤノ様はユウィン先生の為、夢見がちなこの場の空気を変えたかったみたいだ。102年も前の騎士が、ユウィン先生の訳がない。

 これ以上シャルロットとアンリエッタ様を動揺させない為もあるのだろう――流石大人だ。


 しかし、やはりのアヤノ様とユウィン先生――この2人怪しい。師弟である以上に、黙っていても意思の疎通がとれている夫婦みたいな絆を感じる。

 シャルの一番のライバルはアヤノ様なのでは?


「あれ……最後のページに何か書かれてるよ?」


 絵本を見ていたシャルロットが声を上げた。

 アタシも子供の時読んだきりだったからな、何か書いてあったっけ? 絃葉先生は驚いている。どうしたんだ?


「最後のページが、ワタクシの知っているラストと……違う」


 アタシはこれしか知らないのだけれど、絃葉先生曰く最後が違うらしい。

 絃葉先生曰く、騎士と女神は最後にお互いを護って死に、星になって結ばれるらしいのだが。


 そのページには、これだけが書かれていた。


『あぁこの人を護って死んで良かった』


 ~例え何百年経っても、ティアレス=ベルは親友マリアの最後の言葉を、騎士に伝えると誓う~


「ティアレスとは……この絵本を書いた……」


 絃葉先生が著者の名前を言った。

 ベル? アタシと同じ苗字……気付かなかった。


「この2人は……どうなったの?」


 ん? さっき迄楽しそうだった、シャルロットの様子がおかしい。


 ドサッ……その時後ろで音がした。


「……灰色の髪の……剣士様?」


「父様――?」


 アタシの父様がそこに居た。

 帰って来てたみたいだが、机にある剣とユウィン先生を見て驚いている。

 鞄を床に落として――どうしたんだろう? 普通この国の皇女である、アンリエッタ様が家にいることに付いて驚くとは思うのだが。


「剣士様……お名前を伺えませぬか?」


 父様はユウィン先生に歩み寄り、正面から向き合い聞いた。


「ユウィン=リバーエンドと言います」


 父様は先生の名前を噛み締め、心に刻んだような顔をした。

 先生も立ち上がっている、本当に父様も先生もどうしたんだろう?


「……ユウィン殿、夢見がちな事とは思いますが……聞いて頂きたいことが有ります」


「この絵本の事ですか……」


 先生の言葉に父様は驚き――そして涙を流した。

 父様どうしたの? この場にいる皆が固唾を呑んで黙って聞いていた。


「私の曽祖父は80年前、この王都で1人の女性と恋に落ちました……名をティアレス=ベルと言います」


「彼女の親友ですね」


 先生は答える。

 絵本の最後のページ……それで何かを悟った様だ。

 父様は感極まった面持ちで言葉を返す。


「おっ――お解り頂けますか、不思議な事ではありますが、貴方はやはり……」


「俺は今まで、これを最後まで読んだことが無かった。聞かせてくれませんか」


 先生の言葉に父は語りだす。

 80年前に代々伝わって来た、たった二言を――


 覇王マリア=アウローラの親友であった当時の「雫黒ダコク」と呼ばれる上位傭兵、ティアレス=ベルは内戦の最中、親友と戦い、致命傷を追わせてしまう。マリアは本来、9人の上位傭兵を相手にしても互角以上の力を持つ、正に覇王であったと言う。


 しかし絵本とは違い、遠方で別の敵と戦う竜の騎士の為、力を使い果たし、ティアの攻撃が避けられなかった。

 そして親友マリアは内戦が終わった後、死に際にティアに言葉を残したと言う。


 ティアレス=ベルはその言葉を竜の騎士に伝える為、騎士がいつか帰って来た時、マリアの事を思い出してもらえるよう絵本を書き、ゼノンに広めた。そして自身で書いた初めの1冊のみを持ち、国を出て旅に出た。


 だが竜の騎士は見つからなかった。

 彼女は旅の最中、重い病気を患いトロンリネージュに行き着く。

 曽祖父は、重い病と闘いながらも親友の為、騎士を探しだそうとするティアに恋をし、誓いを立てる。


「我が爵位と名を捨て、君の名「ベル」を受け継ぎ――何年経っても騎士を探し出してみせましょう」


 貴族の身分を捨て、流浪者のその女と添い遂げる。そう言った男の言葉に、ティアレス=ベルは答えた。


「明日が来ない我が身で良ければ、貴方をアタシは受け入れます」


 どうか竜の騎士に、マリアの言葉を伝えて下さい。アタシの親友の最後の言葉と、この絵本を――その言葉は、曽祖父の時代から受け継がれてきたのだという。



「灰色の髪と、大きな剣を持つ剣士が来たら渡してくれ――と」


 もう現れない。

 そう思っておりました。

 父様は言った。アタシはこの本にそんな過去があるなんて全く知らなかった。

 そして竜の騎士――先生? 貴方は一体何者なんですか? 何故102年前の内戦から生きているんですか? アヤノ様のように不死なのですか? 


 疑問はあった。

 疑問はあったが喉の奥が熱くなって言葉が出なかった。


 お父様は笑顔で言った。

 親友のこの言葉と――絵本を渡してくれ、そう伝えてくれと。


『マリアは貴方を愛しています』


 そしてもう一つ、絵本の最後のページの言葉――


『貴方を守って死んで良かった』


 だから貴方は救われて下さい、そう言っていたと――



 ユウィンは102年経った今日、彼女の最期を知る。


 窓の外では雨が降りだし――彼は絵本を受け取った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ユウィンが不死なので、このような描き方のアプローチも出来るというのが御作の魅力ですね。直接、場面を描かずとも、こうして結末を、断片であっても知ることが出来るということでね。物語を描くに際し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ