第14話 追憶編~ 想い合う2人のアラベスク
景色はまどろみ現実感がない……これはきっと夢だろう――
まだ年端もいかない少女の母親は言った。
『お前さえ――お前さえ生まれて来なければ!』
研究者らしい白衣の女は少女に言った。
『君は売られてきんだよ~ん。だから今日からアチシのモノ、諦めてイジラレテいう事を聞いてねっ? イッヒッヒ』
大勢の人々が少女に罵声を浴びせていた。
『金色の悪魔め!』
『何でこんな事するのぉ!』
少女はいつも独りだった。寂しくなったら月を見上げて思い出す。夢にいつも出てくるお日様笑顔。自分にソックリな女性――私と重なるその女性は幸せそうに微笑む。でもその笑顔の先――男性はいつも辛そうだった。
『この病は薬で何とかなるモノではない』
それを聞いて悔しそうに顔を歪める貴方。
『魔女を見つけてやる! 助けてやる――俺が!』
血を吐いて微笑む私に……言ってくれた貴方。
『あぁ……マリィ返事をしてくれ……っ』
横たわる私を抱えて涙を流す貴方。
いつも夢に出てくる私と貴方――貴方はだぁれ?
『あぁ俺は――――だ』
そして私は聞き返す。
『ユウィン=チー? ごめんちょっと発音が独特ね、東方の人?』
『いや、呼びにくかったらユウィンでいいよ』
適当な人だなぁ……私は笑う。
『苗字ねぇ……これアナタの世界じゃどういう意味? え? 河ってあの河? そっかぁ……じゃあリバーエンドってどう?』
いいね……じゃあ俺は今日からそう名乗るよ。
貴方はやっと笑ってくれた。
いつも夢に出てくる私と貴方――貴方はだぁれ?
君が付けてくれた大切な名前だ――そう呟く貴方の背中、この背中は――この背中には覚えが……。
『今日から俺はユウィン=リバーエンドだ』
いつも私はこの人の名前を忘れてしまう。
はっ!
目が覚めた私は自分の部屋にいた。
ゼノン城「シネフビャッコ」第1白虎と名付けられた王都の中心。中心にあるのに白虎なの?そう私が聞いたらパパは麒麟ではゴロが悪かったからと笑っていた。
――私のベットの傍らにはパパが寝ていた。
ゼノン国王ユアン=ホークアイ。
戦うだけの機械だった私を拾ってくれて、育ててくれた優しい人。私の苗字「太陽」には特別な思い入れがあるのでパパには悪いけど今も名乗っている。
傍らで座ったまま眠っているパパを見た。城に戻るなり倒れた私を心配してくれたんだね。
(ありがとう……パパ)
微笑んだ瞬間パパが飛び起きた。
「マリアぁぁ! だだだ大丈夫かぁ! 腕の怪我は!?」
「う……うん大丈夫」
私の起きた気配に反応した。これは索敵武装気を掛けて寝ていたな。器用だなぁ。
パパは国王であり、錆びた釘だ。10人中2位の実力者で流派は蒼、シウニンです。心配してくれるのは良いんだけどパパはし過ぎ……そして私をとっても子供扱いするんだよね。
「パパは心配したぞぉぉぉ良かったぁ」
そう言って私を抱きしめて頬ずりしてきた。ちょっとパパ……もうマリアは16歳なんだよ?
「それではおはようのチューを……ブホォ!――」
――ゴガン!
パパは私の掌底を受けて吹き飛んだ。
私の得意技、上半身のバネのみで打つ便利な技ですが、パパはそのまま何事もなかったかのように起き上がって、また近寄ってきました。パパは丈夫なのです。
「最近はお風呂も入ってくれないのに! チューの1つ位いいじゃないかぁぁぁ」
「パパ……犯罪なんだよそれ? 今の世は」
「構わん! オレは国王だ!」
踏ん反り返って胸を張っている。
パパったら全く……でも私はそんなハイテンションに付いていける気分じゃなかった。
「パパ……昔の夢をみたの」
私の言葉にパパの顔が険しくなる。厳格な王の表情に。
「マリアはもう戦闘人形ではない……体の術式は完全に除去したのだから」
「うん……解ってる」
黄金の力を持って生まれた私を、本当の両親は恐れて売った。私を買い取ったのは魔法大国カターノートの研究者ランスロット博士と言った。――その女性は私の体に特殊な術式を掛け、戦闘能力を爆発的に向上させる機械人形に作り替えた。私の名前から取られたその研究の名は「曙の女神」霊子体と人間を融合させる、今は失われた魔導科学なんだとか。
「忘れる事は出来んだろう」
「……うん」
その女の特殊術式で私は操られるままの殺人機械となった。そんな私を魔法王国ヒラガ=カターノート校長と、最強の錆びた釘、「蒼天」ことパパが2人がかりで取り押さえて救ってくれた。ヒラガ校長は研究所を完全に破壊したけど、肝心のランスロット博士には逃げられ、私は今でも恐怖を感じている。――あの耳につく嫌な笑い声を思い出しながら。
「だが、お前は我の娘だ……マリア」
「うん……ありがとうパパ」
パパは教えてくれなかったけど何となく自分で気づいた。その研究のせいで私の寿命は残り少ないだろう――自分の体のチャクラが弱っていくのを感じている。だから残されたこの時間であの人に逢えたのが嬉しかった。
いつも夢に出てくる――あの人に。
「どうしたマリアぁぁおおぉぉぉ」
え? パパが私の顔を見てうろたえてる? 何で? 私は自分の顔を触ってみた――涙? 知らないうちに泣いていた。あぁそうか、あの人に裏切られたのが辛いんだ。
(このままお別れ何て嫌だよ……どうして)
どうして竜の騎士さんはあんな事言ったの? 冷静に考えれば解ることなのに……あの人は天使とは関係ない事は。私を殺そうと思えば殺せていたはず、あの人は嘘をついている。
『関係ない人間が何人死のうと、俺の知ったことじゃない』
でもあの言葉で頭に血が上っちゃった。
私が戦闘人形だった頃、常に自分が思っていた事、そして自分を置いてあの人は逃げた――それがきっと堪らなく私は悲しいんだ。
「はっ!」
そう言えば今何時――10時12分!?
あの天使は今日の10時に王都に火を放つと言っていた。私は部屋の窓から城下を見る。火の手は――上がっていない?
「どうしたマリア……大丈夫なのか!?」
パパが娘の奇行に心配な顔をしているけど、今は説明より確認が先――あの天使の言葉には凄みがあった、計画を中断したとは思えないもの。あの人の事がショックで忘れていた。王都が焼かれるかもしれないのに……しっかりしなきゃ、私はこの国の姫なんだよ! 自分より周りを守るのが役目じゃない。
「パパちょっと離れていて、全力で索敵武装気を掛けるから――!」
心配するパパを離して精神を集中させる。あの天使を探し出して倒さなきゃ……恐らくあの天使は強力な防御結界を持ってる、だから今迄気付かなかった。でも――私の全てを索敵武装気に乗せれば、探し出せるかもしれない。
「黄金武装気全開――」
体から黄金のオーラが揺れ、爆発的に気を高め一気に放出する。
――ドゥン
その索敵範囲は半径10キロ――しかし対象はあっけないほどあっさり見つかる。
王都にいない?
郊外10キロ地点……何もない所に天使を発見した。
そしてあっさり索敵武装気に掛かった所をみると、あの嫌な感じの結界が消えているんじゃ。
――そしてもう1人の気を感じていた。
無表情で、私をオンブしてくれた……あの人だった。
(あの人だ……天使と戦ってる)
また涙が溢れ出る……でもこれは嬉しい涙。私は竜の騎士さんが何故自分を突き放したか気付いた。
(あの人は……私を巻き込みたく無かったんだ)
そしてあの場には私の友達ティアちゃんもいた。だからあの人は悪役を買って出てくれたのか……。私はバカだ。本当にゴメンナサイ……酷いこと言っちゃった。謝りたい、そして伝えたい。
(私は貴方が――)
でもその時、私の索敵武装気が危険を察知した。――残り8人のラスティネイル全員?
それも最大級の殺気を放って――此処に来る。
◆◇◆◇
決行当日 10:01――
ユウィン=リバーエンドと天使カムイ=バラキエル――彼らは王都の地下で対峙していた。
「子羊よどういう事か、精神世界から戻って来れるとは」
「あぁ……悪趣味な世界、楽しませてもらったしかし俺には野生のイノシシみたいな女神が付いていてな」
俺は対峙する天使を見据え、胸を抑えながら軽口を叩く。
正直胸の魔法因子核がオーバーヒート寸前だ。激痛に耐えながら顔に出さないようにしているが、頬のこけた天使はそんな俺に興味が無さそうに口を開く。
「王都に張り巡らせた我の神気が消えているな」
「火を放つ予定だった市民は今頃正気に戻っているだろうさ」
「貴様の仕業か?」
天使の言葉に少しだけ苛立ちが混ざる。もう少し回復に時間がほしい、会話を引き伸ばせ。
「解除と言ってな。師、程じゃないがリンカーコアを持たない市民の暗示位は俺でも解く事が出来るんだよ」
天使は怪訝な眼差しを向ける。人間如きにそんな真似ができるはずがない、そういった顔だな。
「子羊よ、貴様、本当に人間か?」
「人間さ、少々長生きのただのな」
空間魔法言語。
俺はこの術式を王都全体にドーム状に張り、中に(バックドア)を打ち込んで天使の神気結界を解いた。これは俺こと、ユウィン=リバーエンド専用の術式、天使でも解読できない未知の魔法だ。
しかしこの術式は因子核に凄まじい負荷を掛ける――魔法因子核がオーバーヒートし、フリーズ状態に陥って魔法が現在使えない。あと5分は掛かる――今攻撃されればヤバイ奥の手を出す前にヤられる。引き伸ばすんだ――会話を。
「ふむ――――しかし8人の錆びた釘には効かなかったようだな。既に彼らは城に向かっているようだ」
「何だと?」
俺は心でDに語りかける。
広範囲索敵機能を使い錆びた釘の居場所を検索させたのだ。
『はいマスター、マズイデス。確かに超級オーラの手練れ8名が中央に向かっています』
(しまった……武装気で防御されたのか。いやバカな。アヤノさん程でないにしろ非因子持ちの人間にバックドアが通じないわけが……そんな事より)
マリアが危ない。
冷静になれ、俺の拙い解除魔法では完全に解くまでは至らない……そういう事だろう。ここは冷静にならねば負けるぞ落ち着け。逸る俺とは対照的に天使は余裕を取り戻し、淡々とした口調で語る。
「彼らには我が直接力を注ぎ込んだ――解除は出来ぬよ」
「解くには」
「我を消滅させるしか無いな」
「それは難しい事で」
どうした何故気が焦る。
内心焦っていた。感情が欠落した俺は常に冷静になれるように訓練を積んでいる。残った感情「喜」と「楽」の感情が出てしまう事を抑える為だ。しかしどうしようもなく気が焦る――早くしなければマリアが! 天使はそんな俺の心を読んだ。
「マリア……か。貴様あの女と死んだ恋人を重ねているのか――哀れな子羊だ」
「情けない男なものでね」
落ち着け、そんな事より今は因子核の回復に専念を――。
「ならば我の力で彼女達2人供存在する世界を創ってやろう」
「遠慮するよ……あの世界には2度と行きたくない」
もう一度あの幻覚を見せると? 俺にまたあの光景を見せるだと? 体表面に魔法粒子が収束し、青紫色の気流が発生し出した――胸の激痛などどうでもいい程に。
主人の気持ちの高ぶりに、Dは『落ち着いて下さい』そう言ってくれるが――もう聞く気なんてなかった。
『マリア=アウローラが死のうと、我が何度でも創りだしてやるぞ?』
その言葉に俺の中で何かが切れた。
掌を天使に突き出す――。
「天使よ。
いくらあの娘が強くても、お前と戦わせる訳にはいかなかった。てめえの強力な多段層防御結界は武装気で抜ける代物じゃあないだろうからなぁ」
天使は俺の差し出した掌を不思議そうに眺める。
「解っていて戦いを挑むか――愚かな子羊よ」
「あぁ俺の師匠――アヤノさんもロクな奴じゃないと言っていたよ。てめえらは事故顕示欲の塊の勘違い野郎共だと」
「我は救ってやろうと言うのに……全く人間は相も変わらず愚か極まりない」
俺の因子核はまだ回復していない――だが、限界だ。
「場所を移そうお偉い天使様よ、此処では被害が出るだろうから――な!」
ギゴゴォ
天使の周りに光の魔法陣が展開され霊子体を拘束する。――俺は胸を内側から内蔵を刳られるような激痛に耐える。内蔵魔力超過――因子核の限界を超えたのだ。
「何だと空間に――術式が!?」
流石の天使も顔を歪める。
動けまいよ、俺の空間魔法が座標ごと体を固定しているのだから。
「成程……天使の防御結界でもこの魔法は有効の様だな……っ」
「何なのだ、この忌々しい力は……」
お前は絶対に許さん。
己が正しいと唱える天使様よ人間の力を思いしれ――これが俺の空間魔法ジィフォースだ。
『LvΩ拾六転換――天照!!』
独りで8つの試練に挑んだ竜の騎士
それを少女は知ってしまいます。
少女は天から舞い降りた戦女神
騎士は光を求めた暗黒の竜
敵は天の寄こした8つの魔星です。
騎士と少女はお互いが決して出会わないように
お互いを思いながら
背を向けて魔の星に挑んだのです。




