第13話 シャルロットの放課後 号泣編
「本日の授業時は終了~おたんちんども、寄り道しないで帰るでござるよ~」
「「は~い! リーザ先生~」」
最後の講義《魔薬精製》が終わった所です。
講師の先生は、良く解らない火の国の言葉を使います。
(終わった……今日は散々だったなぁ)
ボクは今日一日を思い出しました。
午前中ユウィン先生と一緒に登校しようとしたら。
『今からアンリエッタと出かけてくる』
何故か胸がピキッとなりました。
隣に居たアンリエッタ様を見たら――
『お空を飛んでいかれるのですか? あの時以来ですね――』
ユウィン先生に嬉しそうに話してました。
どうしてか胸がピキピキッとなりました。
そして絃葉先生の――お昼の戦闘訓練の時です。
『ユウィン殿は子供が好きなんですね……良いお父上になられるでしょうか』
恥ずかしそうな顔で、絃葉先生はユウィン先生の話をしました。
ボクはバーン!ってなりました。
後はあまり覚えていません。
最後の「魔薬精製」は意識があまり無く、気が付いたら魔薬は親子丼になってました。
リーザ先生は何故か喜んで単位をくれて、美味しそうに食べていました。
その後トリップして倒れました――すぐ復活してたけど。
(ボク嫌な子だよね)
ボクはどうしたんだろう。
前はこんな事無かったのに……学校帰り、空を見上げて思います。
ユウィン先生がいないだけでイライラ。
女の人が先生の話をしたらイライラ。
ボクは先生を――
「あの――シャル? 声に出てるけど」
隣を歩いていたテッサちゃんが声を掛けてくれます。
――え? 出てたって何が?まさか。
「だからそれが出てたけど?」
「どっ! どこから?」
「ユウィン先生がいないだけで――から」
またやってしまった。
道路にガクッ! 四つん這いに倒れこんだボクにテッサちゃんは言いました。
「今日先生何で休みなの?」
「アンリエッタ様と……お出掛け」
テッサは顔をしかめた。
あちゃーシャルの奴今日それで様子がおかしかったのか。
今日はアベルとセドリックが居なくてよかった、こんなシャルを見たら嫉妬してウザい。
親友を励まそうとするがフォローが見つからなかった。
相手は皇女――あのユウィン講師って本当に何者だろう?
一国の王と親しく、人間とは思えない戦闘能力に加え、先月なんて切れた腕が生えてたし。
「相手がアンリエッタ様だと……シャルでも分が悪いね」
「や、やっぱりぃ?」
彼女は泣きそうな顔で四つん這いのまま、顔だけテッサに振り向いた。
「いやシャルも可愛いよ?……でも」
ハッキリ言ってシャルロットはモテる。
クラスの男でも彼女を想う男子は凄く多い。
しかし意外にモテるアタシの幼なじみアベルと、女子に圧倒的な支持を得るセドリックが、常に彼女に張り付いている為、他の男子生徒は手足し出来ないのだ。
でもそんな親友でも一国の皇女で、美人で大人の完璧超人アンリエッタ様の相手はキツイ、キツ過ぎる。
「アンリエッタ様ねぇ……あの2人付き合ってるのかな?」
「つ、付き合ってる訳ないよっ!」
「まぁ皇女だしね……公には出来ないわよね」
しまった――シャルがまた落ち込んだ。
先生も大人なんだから、ハッキリした態度取ればいいのに全く。
最近は更に1名、妖艶な美女アヤノとか言うユウィン先生の師も住み着いた。
彼女もどうやら先生を気に掛けている風に見えた。
いやはやお盛んなことで……。
アタシは他人目線で遠い目をする。
いやいや友達としてはここは励ます所か?
「ジェラート食べに行く?」
「いい……どうせボク可愛くないし悪い子だし」
イジケた!? 久々見たシャルの根暗モード。
アタシ達とつるむ前、食堂の隅で独りでご飯食べてた頃の死んだ眼をしている! 駄目だこの女早く何とかしないと内気な根暗ヒロインに戻ってしまう。
「あら――テッサ殿、シャルロット殿?」
「あ、絃葉先生も帰りですか?」
「武装気」の講師、絃葉=神無木先生が丁度通りかかった。
?が付いていたのは石畳にイジケて三角座りするシャルロットを見ての疑問符。
でも流石大人、シャルロットを気にせず話しだした。
「ワタクシも今終わりまして、帰る所です」
「先生も住まいはお城でしたっけ?」
「はい。一室を間借り頂いております」
しっかしこの先生も美人だ。
綺麗で長い漆黒のストレートヘアなんて反則でしょ?
「シャルロット殿はどうされたのですか?」
「いやぁ……ユウィン先生が構ってくれなくて拗ねてるんです」
「テ、テッサちゃん!?」
シャルがやっと復活した。
通行人の目が気になっていたので、立ち上がってくれて良かった。
絃葉先生は口に丁寧に手を当てて笑っている。
「フフフ……シャルロット殿は、本当にユウィン殿がお好きなんですね?」
「ちちち違うもん」
シャルの奴が赤くなって否定してる。
どう見ても好きじゃんアンタ。
この2名の間には、成人女性と幼稚園児程の精神年齢差があるんじゃなかろうか?
絃葉先生……美人だ。
「確かにユウィン殿は魅力的な男性ですね」
何? これはまさかの!?
アタシはシャルロットの顔を見た、ダメだこの女! 案の定固まっている。
「貴方達は戦女神と竜の騎士という絵本をご存知ですか?」
「あぁゼノンの本ですね……祖母から聞いた事があります」
固まったシャルは放っておいて、アタシは答えた。
絃葉先生は何故か必要以上に喜んだ顔をしている。
喜んだ顔も……美人だ。
「嬉しいです……この国でも知っていて下さる方に、また出会えました」
「こっちで知っている人は少ないと思いますよ……アタシは曾祖母がゼノン人ですから」
アタシの肌は少し褐色である。
この肌の色はゼノンの人間に多い、よく知らないが曾祖母がゼノンで名を馳せた人だったらしい。
そのお陰か、アタシの身体能力は元々高いのだ。
「ワタクシはその絵本が大好きでして、竜の騎士に憧れて育ったんです」
恋をするなら、あんな恋がしてみたいと。
絃葉先生が照れながら言った。
反則的に……美人だ。
「良い話ですよね? 少し悲しいですが」
「そうですね……影のある騎士の生き様に、幼い頃のワタクシは震えました」
東方より来たりし、巨大な刀を持つ剣士。
竜の騎士は暗黒の力を惚れた星の女神の為に振るう――決して女神に気付かれないように。
悲しい話だ。
シャルロットはまだ固まっている。
「先生ロマンチストなんですね?」
絃葉先生は頭を振って「と、とんでもありません」と否定、顔を朱にして照れている。
美人なだけではなく……可愛い。
「ユウィン殿を見た時は驚きました……竜の騎士とイメージが重なったんです」
「あぁ……確かに先生も長い剣持っていましたね」
アタシの言葉に先生は控えめに微笑みんで言った。
長年待っていた、そんな切ない表情に女のアタシでもキュンとなる。
「剣だけでは無いのです……ユウィン殿に潜む内側のチャクラ……あれは竜の力です」
「竜のチャクラ?」
「はい、私の武装気は人体の気の根源、チャクラが見えるのです」
「ユウィン先生にはそれがあると?」
先生は俯いた。
これはマズくない? シャルロットのライバルがもう1人現れてないコレ?
あ、シャルロットが復活した。
「ボ、ボクもその絵本見てみたい」
「え……シャルロット殿?」
「アタシの家にあるよ、見に来る?」
そう言えばアタシの家にシャルを呼ぶのは初めてだし良い機会だ、今日は部屋も片付いてる。
「ありがとう、テッサちゃん」
「絃葉先生もどうですか? 家は狭いですが少しゼノン風ですよ?」
「そう言えばテッサ殿は、祖先がゼノンの出と――」
そう言ってから先生は、何かに気付いたような顔になった。
どうしたんだろう?
「テッサ殿の御苗字は確か――」
「ベル家ですよ? テッサ=ベルです」
先生が「まさか――」と口ずさんだ時、大きな音がした。
――ドッ!「痛ぁぁ……」
「馬鹿弟子……お前まだ着地が下手なのか」
「だ、大丈夫ですか? ユウィン様ごめんなさい私のせいで……」
前方に3名が空から飛来した。
アタシはこの人達の非常識な出現の仕方には慣れていたので、冷静だった。
皇女様までいるし、こんな街中で大丈夫か? パニックにならなきゃいいけど。
ユウィン先生はつんのめって倒れている――アンリエッタ様を両手で掲げ上げながら。
「俺の子だ~」みたいな状態になっているな。
更にイザナミ=アヤノ様――伝説の魔女まで一緒にいらっしゃる。
「ハッハッ シャルロット! どうしたベソかいて」
「ど、どうしたのですかシャルロットさん?」
アヤノ様とアンリエッタ様に心配されるウチの親友、何か凄い絵だなコレ。
2人が言う通りシャルロットは、立ったままポロポロ泣いていた。
何で? あぁ成程……どうやら今日一日ユウィン先生に逢えず、モヤモヤしてイライラしてた気持ちが、急に現れた先生の顔を見て爆発したみたいだな。
「殿下、ご機嫌麗しく――」
「御機嫌よう絃葉さん、お勤めご苦労様です」
大人の女性2人が、麗しい挨拶を交わしている。
流石大人の女性……美し過ぎる2名だ。
と思ってたらアンリエッタ様は急に泣き出し、それを見たアヤノ様は大笑いし、立ち上がったユウィン先生は全身が酒臭い。
「すまんテッサ……アンリエッタは酔っていてな。このまま連れて帰る訳にもいかず、君達を探していた」
「は……はぁ……女2人酒に酔わせて何処で何してたんですか先生?」
ユウィン先生の無表情が、微妙に崩れたのをアタシは見逃さない。
「実はシャルロットの……っと?」
シャルロットは、人目もはばからずユウィン先生に抱きついた。
「せんせぇぇ…………お酒臭いぃぃぃ」
「朝はすまなかったシャルロット、実は君を驚かせたくて」
先生は抱きついたシャルをヨシヨシ撫でている。
シャルロットは先生の低く通らない声が、自分の鳴き声で全く聞こえていない。
更に酒臭かったらしく、しゃくり上げて泣いていた。
この国の皇女アンリエッタ様は酔っ払って泣き、アタシの親友シャルロットは情緒不安定で泣きじゃくり、伝説の魔女様は、酒瓶片手にそんな情景を大笑いしてる。
そして時の人――ユウィン先生は、声が通らなくて何言っているか分からない。
アタシは先月こんな情景を目の当たりにしてるから抗体があったが……隣でこの情景に慣れていない絃葉先生は固まっていた。
「あの……絃葉先生?」
「は、はいっ!?」
余程この情景がショックだったのか、絃葉先生は心を閉じた状態からビクっと正気に戻った。
このままでは収集が付かない……。
「皆でアタシん家来ませんか?」
絃葉先生は周りを見回す――街の真ん中である為、ギャラリーが増えて来ていた。
アタシ達はともかく、この状態のアンリエッタ様をこれ以上人目に晒す訳にはいかない。
親ビックリするだろうなぁ……。
テッサと絃葉は苦笑しながら微笑み合った。
絃葉がアンリエッタに肩を貸し、シャルロットはユウィンがオンブし、アヤノは宙に浮きながらその隊列にくっついて来ている。
テッサの家を目指して――
親友は泣き止んだシャルロットを見て微笑む。
彼女が見たいと言った絵本。
『戦女神と竜の騎士』 著者:ティアレス=ベル
102年前の錆びた釘、字名を「雫黒」と言った。
テッサベル――彼女はその子孫である。




