第11話 シャルロットの放課後 激闘編
まだ風は肌寒く、正午の日差しが暖かく差し込む冬――魔人領の遥か上空を飛翔している影がある。
身の丈ほどもある大太刀を背負い、アンリエッタを横抱きに抱えたユウィンは、笑われたような妙な感覚に眉を動かした。
「どうしたのですか? ユウィン様」
ずっとこのお姫様抱っこの体制で抱かれているアンリエッタは、まだこの状況に慣れないらしく、顔を赤らめながら見上げる。
「いや…Dか? 今笑ったのは」
『フフフ失礼致しました、少し昔を思い出していたもので』
背中越しの質問に、大太刀ラグナロクに宿る竜人は楽しげに返答する。
「なんだ急に」
『いえ、あの頃のマスターは少々が荒っぽかったなと』
「いつの話だそれは」
『ゼノンの姫君とデートしていた頃です』
「おい」
それを今言うのか。
ユウィンの無表情がやや崩れる。
鋭い目が更に細まり、もはや線である。
「D様…その方とは、どの様な御関係だったのですか」
案の定反応したアンリエッタ。
本人に聞かない所が怖いと言える。
『それは、Dの口からは言えません』
ユウィンは内心で安堵する。
近頃は一人旅の時とは違い、周りの人間にも気を使わなければならない事を知ったので、妙な誤解をされると面倒だからだ。
「今後のユウィン様の健康な毎日を維持する為、教えて頂けませんか?」
『二日限りの関係でした』
即バラされた。
それも誤解を招くような韻を踏んで。
「アンリエッタ」
「つーん」
「つーんてオマエ」
アンリエッタはそれだけ口に出して黙る。
居心地が悪い助けが欲しい。すかさず離れて飛翔している師匠に視線を送る。
「アヤノさん助かりました。俺では初期定着が出来きないもので」
「うるさい馬鹿弟子! ワタシは直射日光で機嫌が悪い、自分のケツ位自分で拭け」
「そんな怒らんでも良いでしょうよ」
「全く、乳臭い話しおって」
スカーフ型デバイスを傘にして日光に耐えているアヤノは不機嫌に毒づく。
「俺の味方はいないのか…」
「ちっ」
そんな弟子をさり気なくチラ見するアヤノ。
「全く忌々しい、竜人領まで行かされるとは思わなかったなぁ」
少し大げさに伸びをしながら。
「だからアンリエッタ、今夜は豪勢に頼むぞ」
「うぁっ……は、はいアヤノ様」
(もしかして助け舟を出してくれたのか? )
アンリエッタは嫌われてる筈のアヤノから話しかけられて飛び上がる勢いで驚いていた。
実際は、嫌っているのはアヤノさんであって今の状態はマクスウェルさんなので違うのだが。
(アンリエッタを連れて来た甲斐があったな)
理由が解らないがアヤノはアンリエッタを嫌っており、そんな彼女達に話す機会を与えられないものかと思っていたユウィンは少し微笑む。
「ち、ちょっと待って下さい」
「ん……どーしたお嬢ちゃん」
「ア、アヤノ様は、いつも目一杯召し上がるじゃないですかぁ!」
「クククあれでも遠慮してるんだがなぁ」
「後、禁酒して下さい! あの量は異常です病気になりますよっ」
「ならないよワタシは特別だから」
皇女アンリエッタはお端正なお顔をお真っ赤にして、どうにか無駄な経費を抑えようと必死だ。
「じ、自慢じゃないですが、我が国は貧乏なんですからねっ」
「そりゃお嬢ちゃんのせいだ、ワタシのせいじゃない」
「くっ…そうですけどぉ!?」
「なんだ自覚はあるんだな」
「アヤノ様のお年からすればお嬢ちゃんですけどぉ?」
「クックックッ…言うじゃないか」
「これでも君主ですのでねぇ」
「あっはっはっ結構面白いヤツだなオマエ」
何処から出したのか、隠し持っていた蒸留酒の瓶をキュっ――頑丈なコルクが素手で空け放たれる。
「……っくはぁ」
「そ、それは」
「悪くない」
「ヴァギー120年ものアルマニャック」
「なかなかの酒だな」
「あ、当たり前でしょー!? ど、どこからぁ!?」
「無論セラーからだが」
「どうしてどうしてぇ鍵はぁ!?」
アンリエッタは何処から出したのか分からない声をあげた。正直なところ俺には哀しみの感情はないが、同情する。
「ワタシは魔法使いだぞ」
「そ、それ1本100Gするんですよぉ!?
「ほぉ…値段の割にはまぁまぁだな」
「じゃあ呑まないで下さいよぉ返してぇぇ」
「うぉっ、ちょっと暴れるなアンリエッタ」
「いざとなったら売ろうと思ってたのにぃ」
100G=100万円也。
「ホントにケチくさいお嬢ちゃんだ」
「ケチとかそーゆー問題じゃ無いですよ!」
「もうセラーにある半分は飲んだぞ」
アンリエッタは破顔する。
国民には見せられないような顔である。
「あっはっは愉快愉快」
アヤノは珍しく楽しそうに回転し――ユウィンの背中にポンと乗って腰掛ける。
「ととっ……今はマクスウェルさん、ですよね」
アンリエッタを抱え、更にアヤノの体重が増えたことにより重力制御を安定させる――甘えたのアヤノに対して気の強いマクスウェル。2重人格の一面、マクスウェルにしてみれば珍しい行為である。
「そうだが? 良いじゃないか、たまにゃワタシが甘えても」
「いいですが」
「良くないですよぉ!」
「じゃあ返すとするか」
涙を流して訴えるアンリエッタの口に、蒸留酒を瓶ごと突っ込んで黙らせる。
「も、もったいな――――ガクっ」
貧乏皇女アンリエッタは真っ赤になって昏倒。
眠り姫と言うより白目を剥いて口から蒸留酒を流してる姿は場末の酒場のホステスのようで、やはり国民には見せられない……最近散々だな。
「クククっ凄いぞユウィン見ろ見ろ鼻から○○が出てるぞハハハ」
何てことするんだアヤノさん。
この娘は酒を憶えたばかり、急性アル中だったらどうしよう。あれって確か治すには尿道に……想像しかけてから考えるのをやめる。
「ハッハ昔を思い出すなぁユウィン!」
重力制御の術式を教えてもらった時は、こうやって二人で飛んでいた事を思い出す。この術式を覚えた時は感情の乏しい俺でも感動があった。30kmの距離を徒歩で酒の買い出しに行かなくて良くなったからだ。
でもこのアル中……違ったアンリエッタは大丈夫だろうか。虚ろな眼で何かブツブツ言っているが。
ドボドボ……
(おぉ冷たっ……何だ酒か)
弟子の頭に1本が給料の3ヶ月分プライスの蒸留酒が掛け流されていた。俺の頭に酒をかけながらアヤノさんは笑っていた。もったいない……これは完全に酔ってらっしゃるな。
「昔といえばD! 初めて逢った時からお前はユウィンにベッタリだったな」
『ベッタリとは心外な』
「違うのか?」
『いく久しくお供しているだけですよ』
背中に居る者同志で唐突に話し出した。
完全に酔っぱらいの絡み酒だが、デバイスに竜王を連れてきた時は驚いたよ。とか言ってるアヤノさんの絡みに、いつもクールである筈の相棒が御機嫌に返して見せる。
『マスターは昔も良かったですが、今の方が素敵です』
おいおい……何故そんなに饒舌なんだ。
背筋が冷たい……背中からも蒸留酒の匂いがする。まさか酔ったのか? 竜でも酔うのか。
『アヤノ様、デイの方がマスターとは付き合いが長いのです。今が旬です間違いありません』
(俺は回遊魚か何かか)
そんなツッコミを心で入れていたら、急に背中の重量が増える。
『Shift――失礼しますマスター』
な、何だ。
Dが勝手に具現化した。俺は急に出来た重量を制御し、飛行スピードを緩める。
「おいおいD……」
「マスターは黙って下さいガールズトーク中です」
「ククク全くだ馬鹿弟子、空気読め」
「……」
これで背中に酒をラッパ飲みしながら腰掛けるアヤノさんと全身黒のメイド服美女となったDと、手には白目となったアンリエッタを抱える四身一体の究極魔導戦闘機が完成する。ここにシャルロットが加われば世界を取れるかもしれない。
「Dはそう思うか? だが、魔法言語のコードが読めんで、イジケてた頃のコイツも可愛かったぞ」
『いえいえ断然今のクールなマスター推しです』
「今のコイツは気取り過ぎていかん、昔はもっと口が悪くて可愛げがあったさ」
『うーん、その意見には同意です。昔の口調も捨てがたいですね』
野性的な事は良い事です。
文字通り発光する黒髪をなびかせて頭の角をイジりながら考え込んだ。俺にとっては心底どうでもいいような事を。
この不思議な状況に更にアンリエッタが復活する。
「もぉぉぉむかし、昔ってぇ~ 一体なんなんですか~私も話に入れてくださいぃ」
復活したかと思えたアンリエッタは急に。
「うぇ~んお酒臭いよぉぉお貧乏はいやぁぁあ」
んんんんん?泣きだしたな。
酒は呑んでも咽まれる泣き上戸タイプか。
ま、いいさ。3人共楽しそうだ何よりだ。
アンリエッタとアヤノさんが打ち解けてくれたらいいさ。シャルロットも酒の味が解るようになって、皆で騒ぐような事があれば、それはきっと幸せな事なのだろうと思う。
いつもの小太刀の横に、もう一本新しく差した鞘に目をおくる。
(シャルロット……気に入ってくれるだろうか)
弟子の無垢な笑顔が思い出されたのだが――ん?
(Dに言われたからか……変だな)
シャルロットの笑顔がふと――
死んだ恋人と、ゼノンの姫と重なった。
◆◇◆◇
そんな先生の心情は露知らず、ボクは臨時講師である傭兵王国ゼノンの天涯十星――絃葉=神無木先生と対峙していました。
魔法学院の円形闘技場スタディオンでは今正に女の戦い(?)が繰り広げよられようとしています。
「竜の騎士様のお弟子殿……お名前を伺っても宜しいですか?」
「ボクはシャルロット=デイオールだもん……です」
「講師として招かれた手前、もう少し早く実力を見せておいた方が良いでしょうか」
ボクは怒っています。
理由は良く解らなかったけど、確かユウィン先生の事を話す絃葉先生を見たらイライラしたのがキッカケだった気がします。
「テッサちゃん! ボクの木刀投げて」
「え、う、うん!」
お友達のテッサちゃんは大分後ろに居ます、ボクの鞄に挿してある木刀を、ブンッ! 軽く投げてくれました。
「あいてっ」
掴み損なって頭に当たって落ちた木刀を急いで拾います。
頭がクラクラしましたが――これで準備は整ったよっ。
後方――シャルロット親友トリオは不安そうな面持ちで頭を抑えながら木刀を拾った親友を見つめていた。
あの木刀は非力なシャルロットの為、彼女の師匠が削って小太刀並に絞り込んであるが、テッサは無い胸を手で抑えて親友を心配していた。
「ヤバイわアレは……シャル魔人モードになってる……死人が出ちゃうんじゃ」
「デイオールのドジなとこって、あのモードでも変わらんのな」
親友1アベルが腕を組んで愛しのシャルロットを見据える。
「そこが良いんじゃないですかアベル。ゾクゾクしますね」
親友2セドリックは丹精でモテる顔を鋭い笑顔で歪ませる。
「セドリック……その意見には男として同意する」
腕を組むアベルが顔を赤らめ、珍しく男友達に同意した。
ドカガ!
「イッテ!」
「ふもは!」
テッサはそんな男子馬鹿2人の頭に、近接戦闘全校1位のゲンコツを浴びせる。
「イザとなったらアタシ達で止めるよ! 馬鹿やってんじゃないの!」
「す、すまん……」
「じ、女性に殴られたのは初めてかも」
謎の性癖に目覚めそうになっているセドリックは放っておいて、テッサは親友を見据える。
テッサは心配ではあったが、あの内気なシャルロットが自ら挑んだ勝負――それを今止めるつもりはなかった。
(理由はどうあれ相手は上位傭兵、目一杯やりなさいシャル……)
親友テッサは思った。
あの娘は異常に相手に気を使う傾向があり実力を出しきれない節がある。
ユウィン講師と居る時はいつも緊張している為、自分達と居る時は気を使わせてしまうから彼女は全力を出し切れていない、そう思っている。
セドリックは他の生徒に危害が及ばないよう、前方に風の結界を張り巡らせる。
アベルはそれを更に炎属性の熱結界で補強した。シャルロットの氷の魔法に備えての結界。
テッサはニヤリと笑う。
馬鹿2人もテッサの心情を解っていたのだ。
「わかってんじゃん親友1と2」
「そろそろ付き合いも長いしな」
「気休めですがねぇ」
テッサは中腰で臨戦態勢を取り、親友の背中を見つめていた。
(見せてあげなさいシャル――今のアンタの力を)
――ダッ!
ボクは真正面から駆けた。
木刀を突きに構え、突進する。
絃葉先生は正面に掌底を構え動かない。
さっきアベル君を投げ飛ばした妙な技を使うつもりだ。
(中々の速さです。でも真正面からは頂けませんね)
先生は掌底を少し下に移動した――今だ!
――ドン!
ボクの気はスピード特化。
他の技が苦手な代わりに肉体強化能力が高い(気がする)
瞬く間に先生の右後方に移動して再び突進する。
(加速した――速い! 鍛錬を初めて数ヶ月と聞いていましたが)
先生は眼でボクを追えている……流石錆びた釘だ。
でも――ここからだ!
――グドン!
(な、更に加速した!? 何て速さ――)
絃葉先生はジグザグに動きながら接近するボクを捉えにくくなっている。
よし――行くよ先生!
――ドバァン!
(消えた――縮地!? こんな子供が――)
完全に死角に入った!――届けえぇぇぇ!
刹那、先生から強力な索敵武装気が展開られた。そしてボクの方を見ずに掌底を合わせてくる。
(ワタクシに武装気を張らせる学生とは……流石です御弟子殿、ですが――)
――バオン!
へっ……………?
状況が解るまでちょっとかかった。
先生はボクの木刀に触れただけ、なのに投げ飛ばされている。
どうやったか? そんな事は後回し、これはボクが言い出した決闘――全力を出しきらなきゃ相手に失礼だ。
投げ飛ばされて闘技場上空を舞うボク空中で瞬時に空間を把握し術式の演算を完了する。
50連!――『Lv1アイスブランド!』
氷の塊を先生に放った――その数50発! ベーシック魔法の連続演算。ユウィン先生に教わったボクの得意技だ。
ガドドドドドドドドッドド!
先生は直系1メートルもある氷の塊を、紙一重で避けながら更に弾き飛ばしている。空道とは魔法もいなせるの!? 流石先生、そしてボクはまだ空中――次がボクの最後の攻撃だ!
(なんて子供……体術、魔力共に人間離れしている――まだ来る!?)
ボクは氷の魔法を放ちながら、空中に足場を作っていた。
踏み込む為の足場! 見よう見まねだけど――今のボクの全力! 行くよ絃葉先生!
ドギィン!
「氷月撃魔人剣!」
(間に合わない――)
絃葉がそう判断した瞬間周囲の空間に異変が起きる。
――――バグアッ!
テッサは即座に反応した、空中から絃葉に突撃したシャルロットが、急に方向を変えて吹き飛んだのだ。
絃葉はシャルロットに触れてもいないのに、投げ飛ばしたと言うことになる。
そんな事はテッサには今どうでもよく、片膝を付いている絃葉ではシャルロットの救助に間に合わないと判断――即座に親友の落下地点目掛けて踏み込んだ。
「シャル!」
同時にアベルとセドリックも踏み込むが――
「服を掴むなセドリック! 俺が――」
「今度は僕の番です、譲りなさいアベル!」
もみ合って2人共転倒……何やってんだか。
その間にテッサが落下するシャルロットを優しく受け止めたが心中は穏やかではない。
周囲を見渡しせばダイヤモンドダストが舞い、氷の塊が辺を埋め尽くし頑丈な闘技場を破壊していた。
アベルとセドリックが共同で魔法結界を張っていなかったら、この場に居る生徒達も危なかった。
最近影の薄いクラス委員のイジメっ子、セレナに関しては今のシャルロット実力に爪を噛みまくって血を流している。
テッサは自分が腕に抱く小さな親友を見つめた。
「アンタいつの間にこんな強く……」
気絶して眼を回しているシャルロットに視線を落としていたら、そこに絃葉先生が歩み寄った。
「お友達ですか?」
「は、はい……友人してますテッサと言います」
ぱっつんの黒髪を揺らして小首を傾げながら、綺麗な言葉と声で絃葉は続ける。
「先程のアベル殿といい、良いお友達をお持ちですね」
「アベルはただの馬鹿ですけど」
絃葉はシャルロットを抱きかかえるテッサに優しい笑顔を向ける。例えるなら静かな湖にさざなみが広がっていくような笑顔に、思わず女なのに顔を赤らめ俯いてしまう。
(あ、危なかった……目覚める所だった)
精神の力で貞操を守ったテッサ=ベルは親友の顔を見ながら絃葉に今の気持ちを伝える。
「この娘はアタシの……自慢の親友なんです」
絃葉もシャルロットを見つめる。
(特殊な武装気を持つのはアナタだけではありません……でも)
絃葉は正直な所驚いていた。
武装気の修練を初めてまだ数ヶ月と聞いていたこの小さな子供が、人類最強を誇る錆びた釘の自分をあそこまで追い詰めるなんて……通常武装気の系統、心・技・体のオーラの内、全てを自然に支える迄になるには10年かかる。
シャルロットはスピードに特化した武装気と思われている。――しかし武装気は奥が深く、有名な天涯覇王の黄金武装気や、アーサー校長の賢者の石のような、特殊なオーラを持つ希少種がいる――絃葉もその1人であった。
(ワタクシに武装結界を使わせるなんて……)
ただの極型武装気では説明がつかないシャルロットの資質に、絃葉は胸の高鳴りを隠せなかった。
(この娘は…ワタクシが育ててあげたい)
2人の女性に見つめられ、気絶しているシャルロットは、ちょっとくすぐったそうに笑った。
 




