第9話 追憶編~ 革命の大天使
再び場面は102年前――傭兵王国ゼノン。
旅の剣士ユウィン=リバーエンドが出逢ったのは、小さく幼い見た目とは裏腹に、恐ろしいまでの戦闘能力をもった女傭兵マリア=アウローラという少女だった。そしてその娘は、彼が終わらない復讐の旅に出るきっかけとなった女――マリィと瓜二つだったという。
ゼノンでは有名な絵本がある。
『戦女神と竜の騎士』
旅の魔剣士と天から遣わされた女神との叶わぬ恋を画いた本である。
続きを捲れと少女は言う。
星となった少女は言う。
天涯極星となった少女は言う。
今日も一人の男だけを見守り続けて、そう言う。
黄金の華はきっと咲くと。
《絵本より抜粋》
二人にはお互い秘密があった。
しかし竜の騎士は自分を恐れない彼女に興味を抱き、戦女神は自分を特別扱いしない彼を慕った。
そんな二人に、天に輝く星々は嫉妬し
九つの試練を与えたもうた。
辛く、哀しき試練を。
ゼノン王都での夜――街は火の光で明るく夜の街を照らし、周囲の店が仕事帰りの客で賑わっていた。そんな慌ただしい街の片隅で、ユウィンとDは顔をしかめる。
何とも言えない違和感を感じたからだ。
『マスター、反応は無いのですが』
「あぁ俺も感じた。感じた事のない気配だな」
ゼノン王都全体を覆うような気配が覆っていた。
魔族や人間のモノでもない敵意を感じない気配の為、放置してと構わないとは思うが、どうも気分が優れない。
(昼間は気付かなかったが……何だコレは)
索敵武装気にも悪しき者の反応は無い。むしろ痛々しい迄の干渉の念…というのか。
「不愉快な感覚だな…メロンに砂糖をかけて食うような」
『同意です。余計極まりないメロンへの冒涜ですね』
「そんな事にいちいち反応せんでいい」
合いの手を入れた相棒はレバ刺しとメロンが好物なのだ。
『まぁ解らない気配は良いとして……楽しそうですね』
「何がだ?」
『マリア女史とのデートです』
「どこがデートか、小動物に餌をやってるような気分だ」
『お昼のお寿司美味しそうでしたね』
「食べたいなら具現化していいぞ」
『結構です』
「何だ素っ気ない気がするが」
『あの空気に入って行けるわけないでしょマスターのバカ』
「なんだって?」
『気にしないで良いです』
なんだってんだコイツ。
何で機嫌が悪いのかよくわからん。
ご機嫌斜めの相棒に呆れていた所に、小さな女の子が寄って来た。リスとかハムスターみたいなちょこちょこした動きで落ち着きがない。昼間に知り合ったマリア=アウローラである。
「ご、ごめん待った?」
「いいや、昼間と違って可愛い格好してるじゃないか」
「へ、へんっ 褒めても何にも出ないぜ畜生っ」
「中央卸売市場かお前は」
謎のリアクションで返したマリアが顔を覆ってへたり込む。
(言って欲しい事を両方言われたー! 動揺して魚屋さんみたいになっちゃったぁぁ)
昼間はゼノン支給の黒の武道着を着用していたが、今はこの国の女史が公の場で着飾る正装――スリットの入った旗袍(チャイナ服)である。
(恥ずかしぃけど、何か嬉しぃかなフフフ)
「ゴメン待った?」「今来た所さ」「その服可愛いね」これがやってみたかったらしい。あまりに簡単に手に入ってしまい、心情としては爆発する程嬉しかったのだが、闘士としての無駄な防衛本能が働いてしまったのだ。
「さて、焼き肉にしようかと思っていたが……その服ではイカンか」
折角の正装に匂いがつくな。
落ち着いた店にするかと考えていた所、マリアが復活して立ち上がる。
「え?お肉? お肉大好きがお肉が良いオニクオニク! 」
「じゃあ個室がある所にしようか」
「何をする気!?」
「焼き肉割烹とかなら部屋が広いから換気が行き届いて良いかとな……何故構える、格好良いなその構え」
初デートの相手の苦笑顔に、再びマリアは顔を隠してへたり込んだ。
(またヤっちゃったー! ティアちゃんが余計な事言うからー)
今晩の為によく体洗っといたら?
あの言葉で意識してしまったらしい。
(全くもって変な子供だ)
小動物のようで肉食獣のような、よくわからん少女のリアクションにユウィンの無表情が緩む。
影にいるが相棒が、何故か頭を振った気配を感じたが。
「オマエってお姫様だったんだな」
「へっ!? バレちゃった?」
急いで立ち上がり、お尻に付いた砂を叩きながら。
「まぁ有名だからな天涯覇王だったとはね。やれやれ全く、どおりで強いわけだ」
指一本触れられなかった事を思い出し苦笑する。
対するマリアは不安そうな顔をしていたが。
「あの、その、隠してて、ご、ごめ…」
「さて行こうか、どれだけ食えるか勝負するか?」
「え? あ…」
喧嘩では負けたからな。
ユウィンは目配せして歩き出す。マリアはホッとしたような嬉しそうな顔で着いて行く。
(ちゃんと女扱いしてくれたこの人…エヘヘ)
マリアは世界一強い女と呼ばれている。
小さい容姿も相まって周囲の男は彼女に近づかず恐れた。友人もティア一人しかいないのだ。
「あっ!」
「どうした?」
「名前聞いてなかった!?」
「いいじゃないかそんな事は」
「良くないよ!」
「じゃあ、竜の騎士とでも呼んでくれ」
「長いよ!?」
「長いか?」
マリアはゼーゼー息を切らせているが諦めない。
実の所ユウィンは、マリアに名前を呼んで欲しくなかった――死んだ恋人と瓜二つの彼女には。きっとあの頃のマリィを強く思い出してしまうだろうから。そして逆に何も感じなかったら? それが怖かったのだ。
「じゃあアナタで頼む」
「意地悪ぅ~」
「意地悪くない」
「嫌なら、良いけど、良くないけど」
ホッペタを膨らませてユウィンの後を追うマリアだが、ふと脇道に知った顔を見つける。
(あれはボルスさんと、楓さん?)
一見カップルに見える二名が、共に歩いている姿を――普通なら職場恋愛さながらの風景だが、あり得ない。タダでさえ啀み合っている流派の違う彼らが、ましてやその頂点に君臨する上位傭兵ラスティネイルである彼らが揃って出歩いていることが。楓という、火の国の衣装をなびかせる女性はティアの師匠に位置する。
(何でボルスさんと…)
楓の流派黒は暗殺部隊。ボルスは流派蒼――黒派と蒼派は、その派生した歴史自体が違い、建国当時から顔を合わすだけで殺し合うほどである。故にゼノン王も絶対に同じ任務には就かせない。
マリアの流派は自身で立ち上げた、近年新しく出来た流派白である。そのお陰もあってティアとは仲が良いが。
「どうした」
「みゃ!」
自分の真横に急に、顔を寄せて来たユウィンの右顎に反射的に放った肘が入る。
「お、お前と言うヤツは…」
そのままの位置で激痛に耐える。
「……野生のクマみたいな女だな」
「ゴゴゴゴゴ…ゴメン」
脳震盪で昏倒するかと思ったが、器に入れた豆腐の容量で頭を回して脳を器用に回復させている。
「気配消してるからビックリしちゃって」
驚きで涙まで流している。
熊というより子供なだけか、漏らしてなきゃいいがと嘆息する。
「ちょっと気になることがあって」
ユウィンも彼女の視線を追い、体格の良い2名のカップルに視線を合わせた。
その2名の行き先、小狭い路地に入って行く――。
(あの路地はこの娘が初めにいた――)
マリアを見る。
(……おっ)
初めて見る。
一国の姫らしい凛々しい真剣な眼差し。
「やっぱり噂は本当なのかも」
「内戦とか上位傭兵の引き抜きとか言われてるアレか」
「な、何で知ってるの?」
マリアは自分より背の高いユウィンを見上げた。
「実の所、俺の追っていた魔人が言っていた。……そいつはこの付近で消えてな」
賞金首の魔人を追ってゼノンに行き着いた。
正直魔法技術の退化したこの国に興味はなかったが、その賞金首の魔人は人型で裏の情報に詳しかった。
情報の収集をしてから仕留めようかと思い、暫く行動を共にしていたが、ある日外に出たきり帰らず気配も消えてしまう。
諦めて死人を生き返らせる様な情報を収集しようとしたが、それも空振りに終わった所でこの娘――マリアに出逢ったのだ。
「丁度その魔人の反応が消えた付近で、お前に出逢ったと言う訳さ」
「り、竜の……騎士さんは魔人ハンターなの?」
言い難かったら言わんで良いのにと思いながら答える。
「趣味だ……ピーマンと魔人が嫌いでな」
「あっ! 私もピーマン苦手」
1つ目の共通点を見つけ、嬉しそうにしているマリアに微笑み返しながら、しっかりと2名を見据える――そして彼らが消えた。
「消えたな――何処かに入ったか」
「地下に入ったかだね――索敵武装気が使えたら楽なのになぁ」
索敵武装気を使える者同士では、自分が感知した瞬間、相手にも感知されてしまう。
特にマリアの黄金オーラは派手な気配の為、隠密には向かない。
「行くのかい? お嬢さん」
「あ、うん。ちょっと気になるの」
成程。昼にあの辺を探索していたと言う事は、彼女は随分前からこの国の姫として調べていたという事か――お嬢ちゃんと子供扱いした事を詫びるよ、君は立派なお姫様でお嬢さんだ。
「では付き合おう」
「付き合って……じじじじゃなくて危ないから私だけで行くよ」
一瞬勘違いしながらもマリアはユウィンを心配する。
でも内心では失神する程嬉しい一言だった様でマリアは眼を回していた。
「魔人が居るかもしれんのに、君だけ行かせる訳にはいかんさ……魔法の力が必要な時もある」
「ひょ…ひょうがにゃいなぁ」
マリアはドストライク射抜かれた。
吐血するかと言うほど心臓が高鳴り、呼吸困難に陥っていた。
彼女は生まれ持って強かった。男性から心配された事は今まで父親以外なかったのだ。
更に先程からお嬢ちゃんがお嬢さんに。お前が君に変換された件に着いて心中穏やかではなく、良からぬ妄想を掻き立てている。
(こ、これが両思い……ランデブーなの?)
(何か勘違いした顔をしているな……多分それ違うぞ)
話した時間は半日も無いのだが、ユウィンはマリアの扱い方に慣れてきた。
説明するのが面倒だったので、ユウィンはマリアを横抱きに抱える――。
(ここで!? そ、そんなまだ私達早いよっ!)
(多分それも違うぞ)
両手で顔を覆っているマリアをジト目で流して、ユウィンは一気に上に踏み込んだ。
周囲の人間にも見えない程のスピードで50メートル上空にまで飛翔――停止する。
「そ、空でなんて、ロ、ロマンチックですね」
「何で敬語?」
何考えてんだこの女は。思いながらも状況を説明する。
「音速飛翔重力制御という魔法だ、さっきの路地を見てみろ」
「は、はぁい……」
チャイナドレスのマリアはフワフワしながら、眼下に映る50メートル下の路地を見た――地下に続くような階段がある。
「恐らくあそこだろう。策敵されにくい上空から一気に突入する」
「わわわ! 飛んでる!――凄い」
今頃正気に戻ったマリアは感嘆の声を上げる。――魔法って凄いんだね? そんなことを言いながら笑っていた。
(マリィも俺が魔法を使えていたら、こんな感じで笑ったんだろうか)
ユウィンは黄昏れながらも、高スピードで地下室目掛けて降下――誰にも見られないで地下に侵入出来する。
「索敵武装気は張られていないな」
「そうだね……でも何なんだろうこの感じ」
ユウィンとDが感じた気配を彼女も感じ取ったらしい。どうやらここから発せられているようだ。
強力な気配になりつつある。
「何か嫌だなぁ……まるでメロンに蜂蜜かけて食べるみたいな感覚」
「っ――全くだ」
あまりのシンクロ率に、ユウィンは吹き出しそうになったのを堪える。
「結構……広いね」
「あぁ、反響音からして奥にデカい空間がありそうだ」
彼らは地下室の奥へ進んだ。
これまでは一本道で突き当りに扉が1つあるだけだ――この地下室はそれだけで終わっていた。
大きな扉を音を立てず――少し開いて中を見る。
そこは薄暗く――地下とは思えない広さの空間だった。
だが異様な光景だった――数百人が一同に横たわって天井を見上げていた。
ユウィン達が続けて上を見上げるとそこには大きな眼――あまりにリアルだったので一瞬訝るが、それは絵だった。
大きな瞳の一枚絵――数百人がその一点を見ている。
「あの絵から気配を感じる。見たこともない……術式か?」
「何か嫌な感じ……怖いよ」
天涯覇王も怯えていた。
無理もない――俺もだ――この圧力は異常だ。
「出るぞマリア――」
「あ……」
マリアの視線をなぞると、天井の絵がこっちに視線を合わせている。
(これは――解らんがヤバイ)
瞬時に術式を解凍し高速移動魔法を実行する――。
「迷える子羊よ、神は何人にも平等な救い与える」
背後に男が立っていた。
(この姿――魔人!)
ユウィンは即座にマリアを抱き寄せ振り被り、術式を切り替える――
断て――『Lv4断魔空裂地獄ソニア=リゲイル!』
指定内空間の対象物を無数に切り刻む刃が男を襲う。
――ズドッバゾン!
その男どころか地下通路が崩壊する勢いで切り刻まれ、周囲の壁に血がへばり付いた。
肉片となった男を飛び越え――出口まで一目散に駆けた――つもりだった。
「迷える子羊よ。神は何人にも平等な救い与える――」
目の前に地上への階段があったはず――元の大きな扉の位置に戻っていた。
周囲の壁も元通りに戻り、壁に血糊など無い。
完全に魔法を放つ前の状態に戻った。
「な、なに?なんだコレは」
「り、竜の騎士さん痛い」
「それどころじゃない……マリア」
そして眼前の男には神気を放っていた――奴ではないのか?
「我は救いの御使カムイ=バルキエルです」




