第8話 シャルロットの放課後 嫉妬編
ボクこと、シャルロット=デイオールは最近よく分からない胸の痛みを感じています。
(アンリエッタ様とユウィン先生がさ? 凄く仲良しなんだよね……)
トロンリネージュの城に間借りをしているボクとユウィン先生は毎日顔を合わします。その度に先生の背中を追いかけます。住みだして1ヶ月以上が経つんだけど、二人はボクが見る限りいつもアンリエッタ様が怒り、先生が「まぁまぁ」って宥める。それの繰り返しが多かったのです。
でもパーティの日以降から。
とってもアンリエッタ様は御機嫌さんです。
いつもニコニコ先生とお喋り…してます。
いつもは無表情な先生も最近よく笑います。
そんな二人を見てから何か……ボクは悪い子なんですよね。楽しそうにしている二人を見てイライラするなんて、嫌な子だよね?
そうだ悪い事だ。
きっとボクは悪い子になってしまったんだ。
ど、どうしよう先生に嫌われちゃう。
「シャル、アンタ変よ?…顔」
「変かな!? やっぱり変かな? そうなのかな?」
「え、わけわかんない何事!?」
この娘はボクお友達、テッサ=ベルちゃんです。
今はお昼を過ぎた魔法学院三限目《近接戦闘》の授業中で、ぼ~っとしていたボクに注意してくれたみたいです。
「儲けたな……ゼノンのラスティネイルに御教授願えるなんて」
「張り切ってますねアベル、あまり力を入れ過ぎると鼻血が出ますよ」
「そうなのか? 鼻栓しとこうか」
「ふっ…ボケが殺されるとはこの事ですね」
「あん? 何言っとるんだセドリック」
この二人も友達です。
闘志ムンムンのアベル君と冷静沈着のセドリック君です。
ここは魔法学院の円形闘技場スタディオンと言います。そして本日は先生がアンリエッタ様と用事があるらしくお休みで――何故? また胸がイテテ……気を取り直して闘技場中央に立ってくれている臨時講師の先生を見ます。
「き、今日から1年、ぶぶ、し、失礼、武装気の教員を務める事になりました。ゼノン天涯十星……あ、こういう場ではその、ラスティネイルの一人、絃葉=神無木です……よ、宜しくお願いします」
おおぉぉぉ…
緊張して赤くなってる絃葉先生に男子の歓声が響きます。ボクは一度パーティで逢ってるので顔見知りでした。
絃葉先生はアーサー校長との契約で一年、この国全体の格闘技講師として招かれたようです。
(やっぱり綺麗な人だなぁ……)
ツヤツヤの長い黒髪にエキゾチック服(着物というらしい)絃葉先生に男子は皆首ったけです。
ボクは肩まである自分のプラチナブロンドを触りました猫っ毛で短くてふにゃふにゃした髪。
やっぱり、ユウィン先生も絃葉先生や、アンリエッタ様みたいな長い髪の大人な感じの女性が好きなのかな。
(そう言えば絃葉先生、パーティでユウィン先生の事……ずっと見てたなぁ)
アレはどういう意味で見てたんだろう。
うん?イタタ……また胸が変だ。
「アンタ暗いよ本当に…なにか嫌なことあったの? このテッサちゃんに言って見なっ」
「胸がちょっと苦しくて」
「殴るわよ」
「なんで!?」
ボクの胸に刺すような視線を感じます。
テッサちゃんは胸の話をするといつも怒るのです。やっぱりボクの胸のサイズはオカシイんでしょうか? それなら刺されたついでに萎んでくれたら良いのになぁ…重いんだよねぇ。
あ、でも先生は大きい事は良い事だって言ってくれたんだよねっ、やっぱりこのままで良いかなぁ。
「それはいけませんね僕が――ごっ!」
「セドリック……アンタ最近節操無くなって無い? あと鼻血拭きなさいよ」
「やっぱ鼻栓いるのか?」
「く…アベル…君の相方の手癖の悪さ何とかなりませんかね」
「良いエルボーだったな、つーか待て誰が相方だ」
「け、喧嘩はだ、ダメだよ?」
「そーよ駄目よ」
「馬鹿やってね~で先生見ろよ始まるぞ」
「あらいつも以上に熱心じゃん最近アツ苦しいわね」
「へっ…いつまでもテッサに負けてられねぇからな」
「ほぉ〜っこの学園一の褐色美少女テッサ=ベルちゃんに勝つつもりかねぇ? 十年は早いかなー」
「学園一なのは、お前の腹筋の割れ具合だろーが」
「はー!? アベルおま、おま、アタシの腹筋が最近ヤバぃの何で知ってんのよぉ!」
「はー!? 見てたら解るわ覗いたみたいに言うんじゃーよ」
「シャルロットさん、いつもの夫婦喧嘩なので僕達はあっちへ――フンッは!」
「どさくさにシャルの肩に手を回すな」
「目玉が飛び出る……かと」
「良いチョップだな、流石だテッサ」
「え…えーっと」
あ、うん授業聞かなきゃね。
みんなのお陰でモヤモヤした気持ちが少しスッキリしたよ。持つべきものは友達だね。
絃葉先生の授業が始まるみたいです。
「ここは魔導師育成の学舎ですから、魔法使いが近距離戦にもっていかれた場合どう対処するか? これが問題かと思います」
今迄はどのような訓練を? そういって絃葉先生は皆に聞きます。
アベル君が勢い良く手を挙げました。
「打突系と、関節技が主です!」
「ありがとうございます。成程……でもワタクシが思うに魔導師の本質は、遠~中距離……如何に相手から距離を離すかと考えます」
うん、ユウィン先生も同じことを言っていたな。でも先生は格闘技の講師じゃないので皆には教えてないけど……ボクは個別に指導してもらっているから知っているのですフフフ。
「ですので相手の動きを止める事が肝心です――論よりやってみせましょう……誰か」
「ハイ!」
「貴方は確か男子で1番の生徒でしたね、助かります。名前は……」
「アベル=ベネックスっす! 神無木先生ご指導お願いします!」
「暑苦しいわアンタ……」
隣でテッサちゃんが呆れていますが張り切ってるねアベル君。
「ワタクシが…先生……ですか……フ…フフ」
あれ? 何か絃葉先生が嬉しそうに見えるけど、どうしたんだろう。
アベル君が構えを取りました。
「ワタクシは動きませんので、打ってきて下さい」
「――ッフ!」
アベル君はいつも「行きます」って言ってから攻撃するのに今日は言わなかった。それに、いつもよりずっと速い――低い姿勢で瞬く間に間合いを詰めている。
相手の利き腕を読んで利き手の反対側から攻めている――上手いよアベル君! きっと学校が終わってからも鍛錬してたんだね。
(やりますね、強さを求める良い目をしています――)
(前みたく、デイオールとテッサの前で無様には負けねぇ! 一矢でも報いてやる――)
――ダッ!
凄い! 踏み込んだアベル君のスピードが更に上がった。足に少量の気が揺れている――強化武装気? アベル君凄いや自力で体得したんだ。
絃葉先生が嬉しそう? 掌底を正面に構えたまま全く動かない――どうするの?
先生の脇腹目掛けた、アベル君の中断突きが触れる瞬間にそれは起こった。
――バオッ!
(何だとぉぉ!?)
物凄い勢いで回転しながら、絃葉先生の後方にアベル君が投げ飛ばされている――先生は掌底を少し動かしただけだ――あっ危ない!
(――ハ! しまった!? ワタクシとした事が相手は学生――)
ダンッドドン!
周囲に沈黙が訪れた――。
「だ、大丈夫? アベル君……」
「デイオール? お、お、お、お前ぇ?」
なんとか間に合った――ひ弱なボクでも、落下前にアベル君の下敷きになる位は出来た。
「ス、スマン!」
「……ボクも鍛えてるんだよ? 気にしないで?」
アベル君が真っ赤になって飛び起きてる。
どうしたんだろう?
ちゃんと受け止めたから痛くなかったと思うけど……。
「さぞ良い感触だったでしょうねぇアベル……」
「セドリック、その顔ヤメなさい……成人指定入るわよ」
あれ? 先生がボクを見ている。
(あの距離を一瞬で詰めた?あの娘は確か……)
ボクとセドリック君に近づいて深々と頭を下げる絃葉先生。
「アベル殿、も、申し訳ございません……力が入りすぎました」
「いや良い経験をさせてもらったッス、今の技は?」
「空道と言います、相手の力と自身の力で相手を制す火の国の技です」
空道? 確か前にお城の訓練場でユーリ将軍が使った技。そう言えばこの先生ユウィン先生にも使ってたな……ちょっと乱暴な人だなぁ。
ボクはお父様達を殺したゼノンの人間に、関係ないとはいっても少し苦手意識があります。
先生は気を取り直して皆の方に向き直り、こう話した。
魔法使いの闘法は如何に相手に近づかれずに戦いの主導権を握るか――万が一近づかれた場合の対処方には、この技が最も有効な手段の一つですと。
「ここ迄出来ろとは勿論言いません、しかしこれは相手が強ければ強いほど力が増す技なのです」
成程、確か凄い技だ。
絃葉先生は武装気を使っていなかった……それでこんな威力を出すなんて……流石錆びた釘だ。
(ボクも頑張らなきゃ)
ユウィン先生に力が弱いって言われてるから調度良い技だね。
「それはそうと貴女は確か、ユウィン殿の傍らにおられた女史でなかったでしょうか?」
「ハ、ハイ……先生の弟子をやってます」
アレ? 何でボク弟子とか言ってるのかな。
「あの方の弟子なら頷けますね……先程は素晴らしい抜き足でした」
危うく生徒を怪我させてしまう所でした。
そう言ってボクにお礼と笑顔を向けてくれた。
「ユ、ユウィン先生は、教えるの上手……なんだから」
「そうなのですか? やっぱり、あの方の無表情で冷たい感じがしますが……子供に優しく感情を表に出さない大人の男性なのですね」
黒髪ロングの綺麗な髪を揺らせる絃葉先生。
でもボクは、何故かプリプリしていた。
ボク子供? あの方? あの方って言ったこの人!
う~~~何でそんなに親しそうに言うのぉ?
「あ、何かまずいなシャルの奴……スイッチ入った顔してる」
「やっぱりか!? あの顔はヤバイよな?」
「えぇ、どうしたんでしょうね? テッサさん心当たりは」
「あの顔からは、無駄な嫉妬心を感じるわ……」
この人ユウィン先生に乱暴して、アベル君にも乱暴して、ボクの事子供って言った!……子供だけどさ。
ユウィン先生を親しそうに呼んだ! 話してた! ボクのユウィン先生にユウィン先生にユウィン先生にぃ~~~!
「絃葉先生――ユウィン先生はボクの先生なの!」
「まぁ…ユウィン殿を兄のように慕っておられるのですね、美しい師弟愛です」
「ボク妹じゃないもん!」
「あの方も、こんな小さな娘に慕われるなんて……子供が好きなんですね。良いお父上になられるでしょうか」
「オチチウエ!?」
小さい子供って言ったなぁ……そうだけど。
この人何で、そんな恥ずかしそうな顔で先生の話するの? それになんだよオチチウエってぇ。
競技場の皆がざわつき始めたけど、ボクには全く聞こえていない。
「心の声……聞こえてるんだけどねシャルの奴。親友として恥ずかしいわ」
「本当に不愉快ですね、ユウィン講師もさっさと、どこぞの売女とでも入籍すれば良いものを」
「セドリックよぉ……お前……やっぱいいやぁ……もぉ」
アレ? もう何考えてるのか解らなくなってきた。
モヤモヤするなぁもぉぉぉ聞こう!? 聞いてみよう!? 何を? 既に考えがまとまらない。
「絃葉先生!?」
「何ですか?」
ほんっとうに笑顔も綺麗な人だなぁ……ボクもこんなシュッとしてたらなぁ。
「先生には、ボクとユウィン先生がどう見えてるの!?」
絃葉先生はちょっと考える。
「親子でしょうか?」
「レベルダウン!?」
さっき兄妹っていたじゃないかぁ。
まさかのランクダウン…ボクだって怒る時位あるんだぞぉ――もう我慢出来ない!
「絃葉先生ボクと勝負だ!」
絃葉先生はボクを見てちょっと驚き――スッと大人の笑顔を見せた。
「承りました。竜の騎士の……お弟子殿?」




