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第0話 黄金覇王と魔人殺し

過去編の序章です

 


「マリア=アウローラ姫様5人抜き! しかもまだ余裕を感じさせる表情です! す、凄い……いや強い! 強すぎる」


  闘技場に審判のアナウンスが鳴り響いた。


「どうしたお前らガッハッハ! ラスティネイルが揃いも揃ってこんな可愛い……おっと、若い傭兵に負けて情けないぞ」


「パ、パパやめて煽りすぎ……それに私そんなに余裕ないって……」


「なーにを言うか、無数にある特型能力の1つも出さず5人抜きしておいてからに」


 闘技スペース外から筋肉粒々の腕を組むゼノン王ユアン=ホークアイの言葉に闘技会場がドヨリとざわついた。


 時はルナリス歴798年――ゼノン王国の中心都市シフネビャッコ。王都では現在上位傭兵10人による勝ち抜き戦が行われている最中である。会場には1万以上の上位から下位の傭兵達が、自国の象徴とも目標とも言えるラスティネイル達の戦いを一目見ようと勇んで駆けつけた者達ばかりだ。

 英雄と詠われるラスティネイルだが彼等とて楽ではない。ゼノン代表として恥ずかしくない闘いをせねばならない重圧もさることながら、順位(ランク)を査定する神官達が目を光らせている為だ。


 だが今回の試合は空気が違った。


 ゼノン王国を代表する傭兵最上位――ラスティネイルには1~10迄のランクが存在する。ひとりひとりが人類最強、人外武神、鬼、との呼び声の高く、魔人をも凌駕する古強者達である。その10人の内5人が1人の少女、齢16歳の小さな女の子に倒された。これはにわかに信じ固い現実であり、イカサマ試合なのではと疑いたくもなる。だが、闘技場で今正に人類最強を制した少女ーーマリア姫はまだ本気ですらないと国王は言う。こうなればもはや信じる信じないの話ではない――呆れる。当国の姫は呆れるほどの別次元の何か。規格外の何か。高嶺どころか決して登ることの出来ない断崖絶壁に咲いた鋼鉄の花――この会場にいる大衆はそう感じるほかなかった。


 あれは我々とは違うものだ、と。


「マリアを先方に添えたのは不味かったな。これでは査定どころの話ではない。全員抜きもあり得ような」


「だからパパやめてって私怒るよ!」


「でもお前、手を抜いて――ぐほぁぁぁぁぁ」


 次の瞬間マリアの拳から衝撃波が放たれゼノン王を吹き飛ばした。現国王は闘技場の壁まで吹き飛んで壁にめり込んでいる。


「マ、マリア姫様ろ、6人抜き……」


「ちょっと審判さん。ち、違うの! い、今のは……」


「ほぅ素晴らしい。強化武装気だけではなくアスディック(放出気)も桁外れとは」


「ベルトランさんまでやめてよもぅ! 私ケンカで誉められるの好きじゃ……」


 そこまで言ってからこの場では無作法かと感じたらしく、マリアはプクーっと頬を膨らませて黙ってしまう。


 場外からマリアに声を掛けたラスティネイル第4位ルイクロード=ベルトランは薄ら笑いを浮かべる。どこか人を喰ったような、しゃべり方の割には見た目若々しい美青年である。


「ククク傭兵らしからぬその物腰……それに反比例する身体能力。興味が耐えませんね……次はイワン殿では? なにをしておいでで」


「急かすなベルトラン……次は拙ではない、ティアレスだ」


「と、いうことは俺は最後ですか。やれやれ気持ちが急きますね全く、まぁ楽しみは最後にとっておきましょうか」


「はぁ……嘗められたものですね。既にワタシとイワンさんが負ける。ベルトランさんはそう言われているのですか?」


 黒派クンネに組するイワン=アルベルトの鋭い視線がルイクロード=ベルトランをとらえ、異端の声をあげたのは同じく黒派のティアレス=ベル。ランク10位にして若手ナンバーワンと詠われる女傭兵だ。


「いやいやククク……黒派、いやはや暗部ごときのケチな技で姫の相手が務るとでも?」


「はぁ……蒼派の方は本当に自信家が多いですよね。我が一撃は無敵也……でしたっけ。まぁワタシはあまり蒼派だの黒派などどーでもいい派ですが」


 ティアレスの言葉にユラリと空気が殺気で弾けそうになった時、爆音が会場に鳴り響く。何事かと視線を向けたその先の正体にルイクロードは再び薄ら笑いを浮かべ納得の表情を向ける。


 同じく蒼派のユアン王がめり込んだ壁を破壊して復活した音のようだ。


「ちょっと待て審判! ワシはまだ負けとらんわ!」


「バパはもーだまってて! 嫌いになるよ!」


「え、ま、ま、マジで?」


「マジなんだから本当に嫌いになるもん」


「こ、これが反抗期……か」


 殺伐とした空気が一変する。

 ガクリと膝を折ったゼノン王にラスティネイル達は苦笑いを浮かべた。それは無論闘技場で観戦する1万を越える国民の目があるにも関わらず、マリアの一言に人生の終わり、絶望的な表情を浮かべている主君に対してだ。

 多くの側室を抱えるゼノン王だが、実子に恵まれなかった彼の子煩悩っぷりは国内全土に知れ渡っており、まぁもはや威厳もクソもないので部下としても別にどうでもいいのだが。緩和した空気を初めに破ったのはルイクロードだった。


「クク……ハハハ。いやはや興が覚めてしまいましたね。姫の黄金武装気に当てられたのでしょうか。いやはや俺もまだまだ未熟でしょうか」


(未熟だ。とは言わないのよね。あぁ……本当に面倒な人達だ)


 ティアレスはため息を着いた。

 実のところ彼女は自分の実力をかろんじられようが黒派クンネをバカにされようがあまり気にはならない。彼女がルイクロードの挑発に乗ったのは、先にマリアに負けてしまい近くでうなだれている自らの師――ラスティネイル5位神無木=楓と、同門の先輩であるイワンを立てるのが目的であったから。


(まるで悪い宗教よね……この派閥って)


 蒼派シウニンと黒派クンネにはゼノン王国建国初期からの隔たりがある。これは過去、トロンリネージュから離反した人々がこの地に移り住んだ際、先住民族アイヌツベの人々との関係が巧くいかなかった事に由来する。今でこそ混血が進みゼノン人の肌は約90%以上が褐色肌であるが、当初褐色肌で尚且つ突飛した身体能力を持っていたアイヌツベの人々を移民である白肌人種トロンリネージュ人は疎ましく思い、いざこざが絶えなかった。


 黒派は元々アイヌツベ人が仕様していた源流の技をベースとしているに対し、蒼派はトロンリネージュの剣技――元を正せば火の国ジパングが源流の”魔人剣”という”剣技”を”拳技”に変換した技をベースとしている。


 人体急所を無音で貫く黒派に対し、一撃の威力を重視する蒼派の2流派は、侵略されたアイヌツベと侵略したトロンリネージュの人々の心の奥底に眠る憎しみを象徴するかのようにいがみ合い、憎しみあい、対立しているのだ。


「ではカエデ師匠……いってきます」


 火の国の民族衣装、着物を戦闘用に改良した服を着た長身の女性、神無木=楓は敗北により項垂れていた頭をあげた。


「ええ。お友達だからって気を抜いてはダメよ。全力でやりなさいティアレス」


「わかってますよ」


 ティアレスはもう一度大きく息を吸い込んで、今一度ため息をついた。





「むぅ……天涯覇王、なんという強さだ。5人目の相手はホークアイ王と並ぶ実力を誇るあのボルスだぞ」


「対して姫様は息一つ乱れておらん上、まだ本気ではございません様子」


「まさに天涯覇王の名にふさわしい。名誉あるラスティネイル座席1位に任命した我々の目に狂いはなかったわけですな。姫様さえいれば一騎当千ゼノン傭兵の名は遠きトロンリネージュにも響き渡りましよう。カターノートからの傭兵派遣にも拍手がかり、姫様の名で得られる国益は図り知れませぬな」


 顎に手を当ててほくそ笑む中年の男達5人。

 純白のシルクで出来たローブに身を包み、闘技場内で愛娘を相手にはしゃぐゼノン王――ユアンとマリア姫を見据えるは、ゼノン王国神門評議会の神官達である。


 砂漠地帯の多いゼノンでは蚕の価格は膨大なものであり、身に付けている貴金属なども含めかなりの資産家である事が伺え、国王であるユアン=ホークアイに次ぐ権力の持ち主達である。


「しかし嘆かわしや、蒼派でも黒派でもなく白派などと」


 ゼノン流攻殺法――1つの技を追及する蒼派に対して、黒派では多彩な歩行術と、いかに簡易に対象を破壊するかが求められる。その2つの流派の良い所を合わせて新しい流派を取り入れていこうとした新流派。


 白派レタラ――ゼノン第一皇女マリア=アウローラが推進する近年発祥した新しい派閥である。


「一部の傭兵どもはマリア姫を強く指示している様子」


「ふん、あんな力だけのバカ娘に何ができるか」


 神官の一人が小さな声で毒づく。

 隣にいる初老の男はその言葉に口元をつり上げた。どこかこの2名だけは他の神官達と違う雰囲気を感じさせる。


 やや小声の話し声は続く。


「言葉が過ぎますぞプロコトール。しかしまぁ少々目に余りますな。ゼノン王も酔狂なことだ。あんな化け物を拾って来るとは。聞く話では例の科学者が引き起こした東部の内戦で拾って来た娘だとか」


「フラムクックよ貴殿こそ言葉が過ぎるぞククク。新しい派閥など直に騒ぎは収まろう。見よ奴らの表情を。ウーウェイや楓など明らかにマリア姫を敵視しておるでないか。派閥がまたいっそう深くなるだけよ。我々闇にはマリア姫(こむすめ)など、ただの金のなる木でしかないわ」


「でしょうな無用の心配ですか。しかしプロコトールよ存じ上げてますかな? マリア姫の内戦での二つ名と、近年王都で大きな力となりつつある新興宗教を」


「ラスティネイルも数名噛んでおるとか言われているあの宗教か?」


「流石よくご存じで。

 その件で少々厄介な情報を得ました。よそに気取られぬよう既に他国からの魔法因子持ちの入国を固く禁じております」


「仕事が早いなフラムクック。さて……ラスティネイルが噛んでいるのなら、あの小娘はまた騒ぎを大きくするやも知れんな」


 火喰い鳥と呼ばれる神官は顔をしかめる。


「そうですな全く。

 マリア様にも困ったものです。以前のは参りましたな。我々が元締めの娼館を7件も潰してくださいましたからな。まぁ少々悪目立ちが過ぎた店でしたので助かりもしましたが、後処理に相当の金が飛びましたからなぁ」


「世直しのつもりなのかククク……東部の田舎者めが」


 5名からなる神官の内2名、フラムクックとプロコトールという中年は会場のマリアを軽率な視線でとらえる。


 東部――ゼノン建国以前からの先住民族アイヌツベとゼノン王国軍が近年、何者かの襲撃で一夜にして滅んだ街。


『ワンペカタの夜』をきっかけに、建国初期以来百年越しにぶつかり、全面戦争寸前にまでもつれ込んだ。


 当初、大壁を抜けてきた魔人の集団が行ったものか、と言われていたがこの紛争の火付け役となったのはただ独り生き残った少年の一言から。


『人間だった』


 身体中に刺青を入れた小さな子供だったと言うのだ。

 その一言からアイヌツベ側はゼノンに宣戦布告し、ゼノン側もこれに応戦――全ラスティネイルを投入し沈静にあたった。


 双方身に覚えのない小競り合いが続く最中――現れたのだ。まるで闘争になるのを待っていたかのように、強い者達が集まるのを待っていたかのように。刺青の少女が現れたのだ。


 人とは思えないその強さに、ゼノン王はカターノートに援軍を要請する。駆けつけた世界最高の大魔導師ヒラガ=イザナヴェ=カターノートと、自ら戦線に立ったユアン=ホークアイの両名により紛争は鎮静化したのだ。


「居合わせた暗部からの証言ではよもや人ではなく獣……いや、確かこう言ってましたな」


「黄金の……悪魔か」


「その名をご存知でしたか。いやはや恐ろしい。

 紛争の最中ゼノン人もアイヌツベも見境なしに惨殺したとかどうとか。カターノート校長は言葉を濁しておりましたが噂によると例の科学者が造り出した戦闘兵器ではないかという情報も入っております」


「証言のような刺青ではないが、紛争のきっかけになった女……との噂もな」


「流石よくご存じで」


「ホセ、マナド。貴殿ら何をこそこそ話しておる闘技場を見よ。マリア様の次の相手はティアレス=ベルだぞ。無駄口叩いてないできちんと査定せぬか」


「カムイ神官長殿失礼を致しました。姫のあまりの強さに少々中だるみましてね」


「次は10位のティアレスですか。若手対決見ものですな」


 どうやら神官達のまとめ役らしい男に釘を刺された瞬間営業スマイルを取るプロコトールとフラムクック。だが再び視線はマリアへと移る。


(あのあどけない容姿で何人殺したのか……善人を気取ろうが過去は消えぬよマリア姫。貴様も我々と同類……ただの人殺しよ)


 フラムクックは隣の男の心中を察していた。

 彼等はルシアンネイル――遠きトロンリネージュにまで通ずる闇の一族。王都の益になろうと邪魔になろうと、秘密裏に対象を排除し、駆逐し、殺傷し、無と返す。それこそが彼等の本質であり存在理由なのだから。


 マリアの存在は異端である。だが命令を聴かない獣は王国には不要だと彼等は考える。故に天涯覇王を懐柔せんと既に動いていた。


「雫黒……上手くやれよ」

「まあなんですな。中々巧くやってるようですではないですか」


 丁度マリアとティアレスの拳が交差し、両者の額寸前で止まった所だった。


 審判は引き分けのサインを出し、マリアは6人抜きで闘技終了となり、次の対決はイワンとルイクロードの試合運びとなる。


「カムイ神官長殿は彼女をどうみますか?」


「ティアレスか? うむ、のびしろはあると思うが6人抜きした後のマリア姫と分け、では査定にはあまり点数を付けれんな。しかしあのマリア姫様を抑えたのも見事ではあるのも事実」


「ではティアレスは……良と」


 淡々と新門会神官達は羊皮紙に査定内容を書き込んで行く。人類最強と名高いラスティネイルの超人達。その多くは”特型”と呼ばれる特殊な武装気(ブソウオーラ)の能力者である。


 ランク1位のマリア=アウローラを筆頭に、人体の第六感をも強化する無敵の能力特型オーラ。その中でもマリアの能力『黄金(オーバーロード)』は数ある特型の中で頂点に位置する力である。


 一度見た特型武装気をコピーする事をが出来、通常武装気で引き上げられる強化倍率の数十倍以上の力を引き出せる正に覇王の名にふさわしい力である。


 ゼノン王国の守護者黄金覇王ーー天涯の二つ名を持つマリア=アウローラ姫だが、大衆の目は冷ややかなものだった。彼女は独りだった。突如としてゼノンの姫に即位し、突如として上位傭兵ラスティネイルの筆頭に登り詰めた愛らしい容姿の小さな少女――彼女はあまりにも強過ぎたのだ。


「望もうと望むまいと……人殺しの末路に幸せなどないというのに」


  プロコトールの呟きは試合開始の合図と同時に起きた大声援によって、聞き取れたものは何処にもいなかった。



 ゼノン王直下特別上位傭兵特殊部隊――ラスティネイル。

 錆びた釘と名付けられた一騎当千の修羅達――今回の査定では以下の得点が付いた。


 次回の査定では順位の入れ換えが行われる予定である。


 1位白派――天涯マリア=アウローラ(10000)

 2位蒼派――蒼天ユアン=ホークアイ(4250)

 3位蒼派――玄武ボルス=クリード(4200)

 4位蒼派――蒼槍ルイクロード=ベルトラン(3950)

 5位黒派――風月カエデ=カンナギ(3300)

 6位黒派――夜叉ウーウェイ=クンネモーガン(1950)

 7位黒派――夜鶴リュウホウ=クンネモーガン(2950)

 8位黒派――黒厳イワン=コスモリア(2550)

 9位蒼派――武蒼アルベルト=ホークアイ(2800)

 10位黒派――雫黒ティアレス=ベル(4150)



 ◆◇◆◇



「ちょっとまって、まってよ~」


「今あまり喋りたくないし待ちたくない気分」


「そんな事言わないでよ~ティアちゃんっ」


 全査定試合が終わり――アタシ事ティアレス=ベルはマリアの呼ぶ声を気にせず闘技場から更衣室へ向かっていた。汗臭い体を早く流したいという気持ちもあるが、正直少々イラッとしていたのも事実なんだ。


「歩くの速い~」


「アンタの歩幅が狭いだけ~」


「酷い! 気にしてるのにっ」


 さっさとシャワー浴びたい。

 そういう気持ちもあるのだが、さっきの試合はないわ。ちょっと怒ったぞワタシは。


「あのねマリア」


「ごめんなさい」


 あら? 謝ってきたよ。


「それとありがとう。引き分けに持ち込んでくれて。ティアちゃんのその……なにかその」


 全く……妙に空気は読めるんだから。

 ワタシの闘士としてのプライドを傷つけたかと。安いプライドを傷つけたかのかなと、この娘はそう上手く言えないみたいね。


「べつにいいよ。もーアンタの顔見てたら萎えたし」


 打算的だがマリアを抑えたアタシの査定はかなり良かっただろうしね。


「アンタ、なんでそんなに試合嫌がるのよ。組手なら喜んでやるのに」


「え? え~と……アハハ」


 なんなんだ全く頭かいてヘラヘラ。ん? 違うか。少し悲しそう、かな。


「私ね? みんなが競い会うの……は、良いと思うんだ」


 この娘に勝てる人なんて要るわけないのだから。力を持って生まれた人間特有のどうせ大した理由じゃないとワタシは思っていた。


「でも私独りで出来ることも……ラスティネイルがみんながみんな集まって出来ることも、きっとあまり変わらないと思うの」


 ん? 何が言いたいのかわからないな。

 時々この子は生まれてきた年月以上の大人びた事を言うときがある。


「人は所詮独りで生きる生き物だもの。でもね? 10人で出来なくても千人なら。千人で出来なければ十万人なら何とかなるかもしれない。みんな……ひとりぼっちが嫌いなハズなのに、ひとりぼっちの誰かを気にして独りになろうとしてるって言うか……バカだから上手く言えないや。えへへ」


「アンタは今のゼノンを変えたい。そう言いたいの?」


 傭兵王国ゼノンは各国に強力な傭兵を派遣する事を国益としている国家だ。その真価は強さである。傭兵ひとりひとりが我の拳こそが最強であると信じ、磨き、自らを昇華させるからこそ今の強力なゼノンがある。マリアの言動はそれを否定しているように聞こえた。この国の傭兵の頂点に立つマリア=アウローラ姫が。


「少し……違うと思う。

 ティアちゃんオテテをね? 握ると拳になるでしょ?」


 またワケわからないな不思議な娘だ。マリアは小さな体に比例した自分の小さな手のひらを握った。


「簡単に拳になる。グッと力を入れたら硬く、鍛えれば鍛えるほど固く。てもねこれ、外からつついたら以外と柔らかいの。私は出来たら……ね?」


 まだ意味がわからない。


「私はオテテを広げていきたいんだよ」


 彼女はやはり少し悲しそうにニッコリ笑った。


「マリア……あんたね」


「ん、なーに?」


 と、思ったら既にいつものニコニコ笑顔になっとるし。


「全然意味わかんない」


「アハハ……だよね。私も」


 まぁ良いやこの子の事だ。

 きっと嫌味で手を抜いた訳でもないのだろう。

 ワタシは思う――この娘は悪い子じゃない。それだけはわかる。わかってる。この子が他のラスティネイルみたいな自分の強さを鼻にかけるような人間ならワタシは友達をやっていない。

 だけど思うんだ。

 こんなにも強いワタシの親友は訓練では決して手を抜かない。訓練などしなくとも絶対的な強さがあるのに。マリアは己を鍛えることに手を抜かない。


 こんなにも強いワタシの親友は何処へ向かっているのか。

 マリアの良く言う言葉がある。

 人間は所詮独り、孤独に生きてそして死ぬ。

 彼女は誰のために。どんなモノの為に。己の為に。その小さな拳を握るのだろうか。


 何となくだけど、彼女は未だ見ぬ誰か一人の為に、自分の手のひらを握ってくれる誰かだけのために。その時が来るまで自分の拳を使わないようにしているのではないだろうか。


(マリィ……アンタは時々悲しそうに笑って見せる)


 その笑顔がワタシは堪らなく嫌だ。

 自分の気持ちを圧し殺している、嘘をついているワタシという人間自身を見透かされてそうで、嫌だ。


 そうだ。

 ワタシは彼女が羨ましいのだ。



 ◆◇◆◇◆◇



「変わった奴だな。人間社会に溶け込めるとはな」


「だ、誰だ。いつからそこにいる警備の兵は――」


 ゼノン王国という国は――元々、創世記戦争後トロンリネージュという大国から3つに別れた国の1つである。魔法因子を持たなかった元トロンリネージュ第3部隊『ハバキリ』の師団長だった――ラスティ=ホークアイ=エストレア初代国王が建国した王政国家だ。


 昔からかなり変わった男だったらしく、武器を一切用いず、身体能力の強化に固執したそうだ。

 元々青の将軍として名を馳せていた彼の字名を元に、蒼派いう流派の基盤を作った人物であり、新天地からの移住民であった彼等と、大小様々な先住民族達をまとめ上げた立役者であり功労者であるのは言わずともがな理解の及ぶところだろう。


 ただ、そんな彼が建国時最も頭を抱えたのが宗教だった。

 ラスティ=ホークアイ国王の出身国、トロンリネージュという国には宗教が存在しない。


「け、警備兵何をしている早くこいつを――」


「騒がない事を薦めるが」


「そ、その剣は……まさか」


 ――それは元々、火の国の出身であったトロンリネージュ初代国王アーサー=イザナギ=カターノートという男が、神を信じない、むしろ憎んでいるとの噂があるくらい無宗教だった為、ホークアイ国王も同じくして存在自体知らなかった位であっのだから仕方のない事かもしれない。


 現在ゼノン王国がある土地の1/4は先住民族アイヌツベという部族の土地であった。――オンナカムイと呼ばれる月の女神を絶対神として崇める先住民達。


 ――彼等との溝を埋める為、宗教の自由化と、王室と国王に匹敵する国家権力を持つ『神官』を行政配置することによって内戦ならないよう回避したのだ。


「ほう……この剣に見に覚えでもあるか」


「ラ、ラグナロク(クサナギノツルギ)……ということは」


 私こと――ゼノン神門協議会(ゴッドファーザー)神官長カムイ=アブラサムはこの日の出来事を決して忘れないだろう。


 この男との出会いが全ての始まりだった。

 人としてこの世に生を受け、魔人核というモノに出会い、今日まで努力してこの地位に起った。私のような者は珍しいのだろう。魔人と転生した後も魔王様の支配を受けず、今日まで人間社会に溶け込んで高い地位まで築いたのだから。


 思えば苦労もしたし涙が枯れるほど辛い事もあった。魔人の身でありながら人を救った事もあったのだ。――だが、あの二人はそんな私を許さなかった。――黄金の剣を持つ死神と、全てを見透かす天使のような男は。


 私は今日までの事を地獄に落ちても覚えているだろう――私が私でなくなるこの日のことを。


「知っているとは博識な野郎だ。そして話が早い……じゃあ」


 その男は異常だった。

 身の丈程もある細身の剣を突き付け、ゼノンで最も地位のある神官長の座に就く私の部屋にいつの間にか居たのだ。


 いつも通り職務を終え、いつも通り湯編みをし、いつも通り床に着こうかと書斎机から席を発とうと振り返った時だった――この男に出会ったのは。


「動いても喋っても瞬きしても殺す。黙って俺の質問に答えろ解るか」


 黙って私は頷いていた。

 異常だったからだ。――その男からは殺気所か敵意すら感じなかったのにも関わらず、私の本能が死を告げていたからだ。空っぽの瞳で死を宣告出来る男だった。


 ――故に頷くしかなかったのだ。


 そしてこの身の丈程もある黄金色の剣を持つ者と言えば、我々魔人族にとって有名な敵だからだ。百数十年前だっただろうか――今は新しい魔王様の誕生で復活なされたが、魔人族最古参にして最強の魔獣ラビットハッチ様を倒し、百を越える同胞を殺した人間――


「き、貴様は」


「貴様?」


「い、いやあなたはもしや……魔人殺し殿では」


 魔人殺し――言い伝えによると創世記から生きる人間族だ。我等魔人族と違い寿命が百年ともたぬ人間が何故永久の時間を生きているかは解っていない。一説によれば魔人のなりそこないであるとか、一子相伝で代替わりしているとかいう噂は耳にするが真相は定かでないのだ――理由は、出合った魔人が全て死んでいるから。


 私の背中に冷たい汗が流れた。


「まあ俺の名など、どうでもいいが質問に答えろ魔人……名は? そして目的はなんだ」


 私はゼノン王国で神官長の座に着いている。正直私という魔人は地獄より天の属性に近い魔人故に、魔王様の支配力が弱い。だが魔人としての(サガ)は持ち合わせているが為、ゼノンの国力を引き上げることで人間同士の闘争を促すのが私の目的……だった。


 しかしなが今は違うのだ……私は、私はこの国を気に入っているのだ。この位置と、この人々に必要とされている高揚感に、魔人として恥ずかしいのだが生きている、という充実感を感じているのだ。だからこれは罰なのだろうか、魔人が人の真似事をしたことに対しての、神の罰なのだろうか。


「名はカムイ……カムイ=アブラサム」


「目的は?」


「い、いや」


「どうでも良いか……ん? なんだ珍しいな(デイ)、興味があるのか」


 殺される。

 そう思ったのだがこの男は何やら独り言を呟いて剣を少し下ろした。この隙に攻撃した方が良いか――いや、私の戦闘能力は魔人族としても最下級に近い。この男が本当に例の魔人殺しなら一瞬でも敵意を見せた気瞬間殺されるだろう。ここは話術で切り抜けるしかない。


「わ、私は」

 ――ギっ


 恐怖で声もでなかった。声を上げた瞬間私に付いていた1部分が宙を舞ったからだ。勢いよく血が吹き出し部屋の絨毯を赤く染めた。落ちた物体を私は眼でなぞる――耳だ。


「しゃべって良いと言ったか? 俺は魔人とピーマンが嫌いでな」


「――――っ」


 声にならない声がでた。

 何て奴だ。私の、魔人の防御結界を魔法も使わずいとも簡単に切り裂くとは。――間違いないコイツは魔人殺しだ。私は……死ぬのか。


「で、だ。カムイ神官長様よ。机の書類……あれは何をやってたんだ?」


 耳を削いだ男のものとは思えないような優しい声で魔人殺しは私に質問する。一体何なのだ私はどうなるのだどうしてこうなった。


「ラスティネイル達の査定表を……つけていた」


「ほう、噂に名高い天涯覇王率いるゼノンの超人ラスティネイルか……お前は彼等に査定をつける立場って事だな。どの程度偉い」


「わ、私の上にはゼノン王ユアン=シウニン=ホークアイ様しかおらぬが」


『マスターやはり例のモノを手に入れるなら……』

「ふむそうだな……確かに、そうだな使えるかもな」


 この男は先程から自分の剣と話しているようだ。聞いたことがある――創世記の魔導科学に、生物と金属を繋ぎ魔法演算速度を飛躍的に上昇させるDOSという技術があることを。


「俺は魔人を狩る事を生業としている。……が、カムイ神官長よ。場合によっては見逃してやる」


「わ、私は確かに魔人だが! 世の為人の為に――ひっ」


 全身が凍りついたのかと思った。

 異常だったからだ。目の前の男はうっすらと笑っていただけなのだが、これ以上喋ると死ぬ。――そう思ったからだ。


 恐ろしいなどという言葉では言い表せない。殺気など無いのだ。なのに恐ろしいのだ。この男が私を見る眼はそうだ。


 あれだ。魔人を『糞』――以下に思っている目だ。道端に踏まれ、押し付け、潰された目障りなひしゃげた糞――『見るだけで不快』――それ以下、存在自体が不快――。魔人と過去、どういう因縁があれば、こんな恐ろしいの笑顔を作ることが出来るのか。


「やはり博識な野郎だ。だがもう一度言うぞ」


 俺は魔人とピーマンが嫌いだ。


 彼の言葉と笑顔をもう一度見た時、私は神官長である事を諦めよう。――そう、芽生えた夢を諦め。魔人はやはり人と交わってはいけなかったのだと、そう感じ、そう思い、そうあろうと心に刻みこんだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 回想の場面ですが、ユウィンの印象がまた今と少し違っていて、語調一つでそれが出せているのが脱帽です。マリアちゃんの自分にしかわからない感覚を言葉にしようとして出来ない姿がどことなか可愛いらし…
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