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第4話 師弟と魂の穴

 挿絵(By みてみん)




 その夜、規則正しいシャルロットが22時に就寝した後、ユウィンはようやく1人の時間を過ごしていた。

 広い城のベルベットの絨毯をあてもなく歩き、窓からみえる星空を見ていた。


(俺は一体、何の為にここにいるのか)


 彼はその意味をまだ見出してはいなかった。今までは死んだ女の為に生きよ――強くあれそして魔人を殲滅せよ。それを目標に生きてきた。しかしここの皇女の親友に心を救われ、考えを改め己の望む道を進もうと決めた。だが自身の欲を持たなかった彼は、今現在只々皇女アンリエッタの意志に甘えて生活している。


 人の原動力の根本は、己の名前を後世に残すために生きるという。


(俺はきっと……世界に愛着がないのだろう)


 ただ歩いていた、広い城をあてもなくどこに向かうでもなく歩く。 目標が見いだせない。新たな試みを試しているだけ、定職に就いてみたり、弟子を育ててみたりと充実はしているのだが、何故か焦りを感じていた。


 独りが本当に好きな人間なんて、本当はいないのかもしれない。


「シケたツラをするな馬鹿弟子が」


 上から声がした。

 いつから付いて来ていたのか、彼の師匠が浮いていた。アヤノ=マクスウェルは自分の身長より長い赤黒の髪ごと、ストール型デバイズに乗って浮いている。


「風邪ひきませんか、その格好」


 彼女は火の国の浴衣を常に着用している。黒に紅いラインの入った浴衣が、空中で妖艶にハダケていた。そして葡萄の蒸留酒をロックグラスに入れて、グイグイ水みたいに飲んでいる。ちなみに酌は、彼女のデバイズ『アキ』がしていた。


「ツマラン返しだユウィン――寂しそうな弟子に声を掛けてやったのに」


「アナタの飲んだ額で債務者となりました」


「お前の無表情には慣れているがな……皇女のでもしゃぶって腑抜けたかユウィン」


 そんな彼女の方こそ無表情に言う。

 酒にめっぽう強い師匠は場末の居酒屋の酔っぱらいのようで、弟子は苦笑する羽目になる。


「アンリエッタとはそんな関係じゃありませんよ」


「ハァン? そうなのか」


 グラスを一度離して心底意外そうにアヤノは顔を歪める。何処か安堵してるようにも見えるが。


「俺みたいなのと一緒になって、幸せになる訳がないでしょう」


「ワタシ等みたいな年のって?」


「そうです」


 なに青臭い事言ってるんだと呆れて嘆息するアヤノ。話しながら園庭へ続く温室を更に抜ける。


「別に気にせず可愛がってやればいい、責任を取れとは言うまいよ」


「まぁそうですがね」


 歩いているユウィンと浮いているアヤノは園庭に出た。皇女の親友シーラを埋葬した王家の庭、ロイヤルガーデン。夜の風が頬を撫で、ユウィンはこれ以上彼女の事で討論する気はなく、話題を変える。


「明日アーサー校長が来るそうですよ」

「そうか、一度シメておこうと思っていた好都合だ」

「何をですか」

「余計な事を言いふらすなと」


 アーサーがユウィンに伝えた「アヤノは全てを知っている」そういった事についてのようだ。でもワザワザ俺の前で言うという事は、別の意図がありそうだ。


「仲、悪いんですか」


「アイツとは昔…戦争もやったが普通だ」


「良い関係ってヤツですか」


 心底嫌そうにアヤノは美しい顔を歪ませた。


「気持ち悪い事を言うな。随分と逢っていない。アイツ姿どうなってた?」


「白髪の魔法使いらしい老人でした」


「老いたか……フンッ、アイツの武装気ブソウオーラの能力は、死なないだけでワタシと違って年を食うからな」


 武装気?

 怪訝に思いユウィンが聞こうかと思った所で、アヤノが夜空を見ながら口を開く。

 

 アヤノの表情は少しだけ悲しそうにも見えた。


「先日の魔人……名を影王という」


「……影王」


 宙に浮いたままグラスを回している。

 純氷がロックグラスに当たる小気味良い音が辺りに響いていた。


「アイツを一度滅ぼしたのは……ワタシだ」


「そうなんですか」


 アヤノはユウィンの瞳を覗いていた。

 顔色をうかがっている様にも取れる。

 暫く見つめてきたが次の言葉はなかった。


「そういえば、お前は元からツマラン奴だ。感情がどうとかいう前に、意外と鈍いんだよオマエは」


「ニブイ? 俺がですか」


 そんなつもりは無かった。

 かなりの歳だし、人生経験もかなりある方だ。

 周りが見えてないなんてあり得るだろうか。


 この場に飽きたらしいアヤノは、そのまま宙に浮くデバイス、カラドボルグに乗って何処かに行ってしまった。


 ユウィンは園庭で再び1人になる。


(ニブイか……そうかもしれんな)


 園庭にあるシーラ姫の十字架を見ながら思い返していた。


 長い年月をかけて強くなった。

 でも自分自身の事を振り返るような事をしたことはなかった。


 厳密には無駄だと思っていた。

 

 感情が欠落したユウィンは、感情の切り替えが速すぎる。そして全ての結果を、既に出来上がった答えの中から算出している。ただその答えが合っているのか? それをしたことが無い。


「ユウィン様……?」


 園庭の入り口、後方から声がした。

 アンリエッタのよく通る声――通常、ユウィンが周囲の気配に気付かないのはおかしく、相当気が抜けていた証拠である。


「まだ仕事だったのか……大変だな」


「い、いえそんな」


「どうした」


「いえその……」


「あぁ」


「となり……よろしいですか?」


 園庭にある木製のベンチ。

 アンリエッタはユウィンの隣に丁寧な仕草で掛ける。


「あ、あの、昼間は……」


「気にしてない。俺の方こそ気が利かなくてすまなかった」


 彼女は少しだけ驚いたようで俯いた顔をあげる。


「君の職務は大変な仕事だ。昼間の話、手伝わせてもらうよ」


 ユウィンの言葉にアンリエッタは、悲しそうとも嬉しそうとも取れない顔をして目を閉じた。


「……ユウィン様って何でも出来て、何でも解っちゃうんですね」


「君の執事程じゃない」


 いつか言ったような言葉が出た。

 彼女の黒紫の髪が、夜の園庭に優しく揺れていたが急に何やら子供っぽく頬を膨らませた。

 表情も忙しい女だなとユウィンは胸中で苦笑するが、不思議と良い気分ではあった。


「でもユウィン様は、シャルロットさんとアヤノ様に甘すぎますっ!」


「しかし彼女たちは」


「……もっと私にかまってくれても」


「ん?」


「何でもありませんっ」


 頬をふくらませながら明後日の方向を向いてしまった。そんな彼女に、出来るだけ優しく伝えようと思う。


「あの2人は……ずっと耐えてきた女性なんだ。暖かく迎えてやりたい」


「耐えてきた?……あの2人がですか」


「シャルロットは両親から虐待を……アヤノさんは大昔、とても辛い事があって人格が2つに割れてしまった」


「2人にそんな過去が……」


 再び彼女は俯いてしまったが、その良すぎる頭でユウィンの言わんとする事を瞬時に導き出したようだ。


「ユウィン様は、彼女達を救ってあげたいんですね……私にしてくれたみたいに」


「……そんな大層なものじゃない」


「自分が嫌になります……私っていつも自分の事ばかり」


 彼女は文武ともに優れた誰しもが認める天才であるが、一生懸命になると周りが見えなくなる人間。

 そこをユウィンに以前諭された事があった。

 人は簡単には変われない。

 人はトラウマや、他者の執着心を乗り越えて変化する生き物であるから。


「私が未熟なばかりに、ユウィン様に迷惑かけてばかりで……」


「俺が……迷惑?」


 ユウィンには珍しく、質問で聞き返す。

 アンリエッタは俯きながらその答えを口にする。


「感情の起伏の少ないユウィン様も、学院で若い生徒達に囲まれたり、武道大会で国民達の視線を浴びたら、少しは笑いやすくなって頂けるかと……勝手をしました。でも迷惑だったですよね。きっと……」


「……迷惑だなんて思っていない」


「でも最近ユウィン様は、ため息ばかり……」


 驚いて、その鋭い目を見開き、彼女を見つめてしまう。

 驚いた理由。

 こんな感情はもう沸かないものだと思っていたのだ。

 自分は不幸を呼びこむだけ、独りで生きてそして死ね。


(なんて、事だ、これは……)


 そう天に言われているものだと思っていた。

 そんな、ユウィン=リバーエンドという男の、表面ではなく内面を気遣ってくれる女がいたのだから。


(アヤノさん……やっぱり俺はニブイようです)


 思い、目を閉じる。

 優れた魔法因子核、絶大な魔法力と戦闘能力、ではなく、自分自身だけを見てくれていた、この娘の事を愛おしく思った。

 それは、何百年と終わらない復讐という輪廻を生きてきたユウィンという人間が、約四百年ぶりに生み出した感情。


「アンリエッタ」


「は、はい」


「今年の君の誕生日だが……」


「え?」


 6月29日――誕生石は月の石だったか。

 まだ3ヶ月も先の話をするのはムードがないかとも思えたが、伝えたかった。

 今この瞬間に生まれた、実に久方ぶりのこの感情を。


「少しだけでも構わない……俺に祝わせてくれないだろうか」


「え?……えぇ?……そ、それは」


 才女アンリエッタは言葉の意味を即座に導き出したようだ。動揺したのか一度夜空を見上げて表情を隠す。


 プライドの高い彼女のクセである。


 この国では誕生日は家族と過ごすものだという風習がある。男性から女性に誕生日を過ごそうと言う言葉は、遠い火の国での「今夜は月が綺麗ですね」そういう回りくどい、複雑な口説き文句と同意である。


 頬色を急激に紅潮させ、天を仰いでいたアンリエッタは、それからシュンと俯いた。


 動揺した時の彼女のクセである。


「君は皇女だ……やはり忙しいだろうか」


「た、確かに困ります?……いや困りません!……でも心の準備が……まだ……いやいやそうじゃなくて……はい」


「YESと取っても?」


「…は、はぃ」


 完全に砕けてしまった表情を隠すのを諦め、真っ赤になって俯く。


「ユ、ユウィン様……それってつまり」


「その頃には、お金を何とかしておくよ」


 いつも無表情なこの男が、とびきりの笑顔で眼の前の女に伝えたのはそんな皮肉めいた一言。


 少しの間……女は大きなパープルの瞳を見開いてキョトンとしていたが、その意味をすぐに理解したようだ――今日、眼の前の男に突きつけた借用書の件である。


 女は、プッと噴き出して笑ってくれた。



 今は冬の終わり、2月の下旬である。


 夜の園庭はまだ寒く、風が冬の花の終わりを運んでいた。


 その風までも、まだ冷える。


 そんな冬空を見つめてた――2人の距離が一歩進んだ。


 この終わる事のないでだろう安い命。

 その命が尽きる迄、この女を護ろうと。


 月の女神の微笑みが……永遠とわに続けと、

 願い想った。





 園庭の遥か上空――酒盛りをしながら二人を見ていたイザナミ=アヤノ=マクスウェルは、既に空いてしまったグラスをつまらなさそうに傾けていた。

 だが急に表情を硬いものから子供っぽい、その生きてきた年月を象徴するかのような髪の長さに反比例する若い娘のそれに変わる――人格が入れ替わったようだ。


『何であんな事をゆー君に言うの!?』


「影王の事か?」


『それもあるけど!ニブイとか!思わせぶりな事!』


「まぁいいじゃないか」


 アヤノはクックックと笑いながらグラスを傾けた。

 直ぐ様『アキ』がグラスに蒸留酒を注ぎ入れる。


『良くない!あの女に君の居場所を教えたりしてぇ』


「ユウィンのシケタツラが耐えがたくてね……お前も嫌だろう?」


『嫌だけどでもあの女は……』


「まぁな……でもあの娘は何も知らないんだ、生理みたいに嫌う事はなかろうよ」


『嫌なものは嫌!』


「お前が言ったんだぞ? アイツを楽しまそうって」


『ワタシと楽しもうって言ったのよっ!』


「そうだったか。アルコールで記憶がトンだかな」


『ワタシ等の脳は1つ何だから、記憶がトブ訳ないでしょお』


 これは2重人格のアヤノが別人格と喋っているようだ。本当の人格はアンリエッタを嫌っている方である。


「まぁそういうな……ユウィンは可哀想な子なんだ」


『まぁ……ゆう君笑ってたし、良いけどさ』


「今のうちに楽しませてやろう。いずれ彼らの内どちらかが死ぬ」


 上空で夜風に揺れるアヤノは地上の弟子を悲しく見つめる。


『奴らも予期できなかった事……でも後2人が入ってきたら……この悪趣味な世界を創った奴らの為なんかにゆう君は……』


「そしてワタシ達は自分の役目を放棄し、彼を苦しめたのだから……」


『でも関わらせないでマクスウェル! これ以上は絶対に!』


「あぁ解ったよアヤノ……」


 懺悔と後悔があからさまに伝わる強い口調のマクスウェルに対し、弱いはずのアヤノは決意を曲げない。


 一人の体に対して2人の心を持つアヤノは、ずっとこうやって数百年相容れない答えを問答して生きてきたのだ。




 ユウィンはアンリエッタを部屋まで送り、自室に向かって歩いていた。

 先程迄の虚無感と悩みが嘘の様に晴れていた。


 そうか――俺は誰かに見つけて欲しかったのか。

 こんな歳になって寂しかったのだ。

 彼女の頼みを事を断れない理由――きっと俺は彼女ともっと関わりたいのだろう。


 それだけでは無い気もしている。

 彼女と初めてであった時に起こった現象――彼女に振り込んだ刃が自分ではない未知の力によって強制停止された。その時から胸の中心にある核から絆を感じている。


 彼は自分の部屋の前で、ふとアンリエッタの顔を思い出していた。彼女の笑顔は彼の心を満たすようだ。目標と生き方は焦らずゆっくりと探そうか、そんな気持ちにさせてくれた。


……ドクン


 でも次に出て来たのは、再開した時アヤノ=マクスウェルが見せた、あの哀しい顔だった。


 心ではなく、魔法因子核が――少し傷んだ気がした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シャルロットちゃんには就寝時間という究極の弱点が(笑)シャルロットちゃんが就寝中の出来事と思いながら読むと、なんだか笑えてしまいました。ちょっとしっとりとしたトーンで関係が進み、とても心情…
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