第3話 守銭奴女と天然娘
「ユウィン様……当国は今、危機に貧しております」
「どうしたんだそんな怖い顔して」
現在ユウィンは王族専用の書斎である十六夜の間に来ていた。目の前に居るのはこの国の皇女アンリエッタ=トロンリネージュである。王女というには分からないが姫かと言えば年がいき過ぎてると言えなくもない。その正体は齢18歳の、この国のアイドル様である。
可愛い美人と言わしめる完璧な顔立ちで、瞳は大きく色はパープル。本日のお召し物は自身の紫黒の髪に合わせた紫のドレスを着用いていた。だが、そんなアイドル様の御気分が晴れないようだ。チラリと見た彼女の机の上には羊皮紙で書かれたサイン前の借用書が積まれている。
これが不機嫌の理由だろうとユウィンは無表情ながら嘆息した。
「国庫が底を尽きかけているのです」
「お金がないというやつか」
…………沈黙が訪れる。
空気を読み違えたかとユウィンは頭を掻き、アンリエッタは眉をピクピク動かして続ける。
プライドを刺激されたときの彼女の癖だ。
「トドメはシャルロットさんの破壊してくれた城の修理費でした」
「ごごごごごめんなさい」
だから着いて来なくて良いと言ったのだがやっぱり着いてきたシャルロットが頭を何度も下げていた。
元々この国の資金面は思わしくなかった。
アンリエッタの父、先代のアドルフ王から彼女に代替わりした際、今だとばかりに臣下の上位貴族が資金を横流し汚職を繰り返した為だ。
それを目の当たりにした彼女が王政を改善しようとやっきになり過ぎ、数カ月前の魔人18体王都襲撃事件が起こったのである。
それを撃退したのが此処にいるユウィン=リバーエンドであり、それ以来この場所、城に住民権を作成してもらって住んでいたりする。
「俺が出稼ぎにでようか」
ユウィンは元々ギルドに所属し、高額のモンスターや魔人のハントを生業として旅と魔薬の資金を調達していた。特に魔人は超高額であり、それを繰り返していた為――魔人殺しの剣士という通名が付いた。
だから金銭には困ったことがないのだが、この皇女の頼みを断れず、学園の教師に就いたのである。
「ユウィン様? お気持ちは嬉しいのですが、これは我が国の話……私の仕事です」
「そうか」
お気持ちは嬉しい顔を全然していない。
そういえばプライドが高いのを忘れていた。
更に怒りの理由がありそうだが。
「そこで私は考えました。国主催の武道大会を開催します」
率直に言えば武道大会とは名ばかりの祭りを開こうをいう事だ。
各国から人が集まりお金を落とす。
国を上げてのスポーツ大会を開き、経済効果を狙う試みのようだ。
「先程ユーリ将軍から聞いた所だ。シャルロットも喜んでる」
「楽しみですお祭り! さっき先生と一緒に周ろうって言ってたんだよ……です」
ビシッ!
何かが割れる音がした。
アンリエッタの持っていた筆ペンがへし折れている。
シャルロットはアンリエッタから滲み出る気に怯えてユウィンの後ろにとっさに隠れた。
「シャルロットさんも……この1ヶ月で随分明るくなられましたね…嬉しいです」
「は、はいぃ…ありがとうございます。アンリエッタ様」
アンリエッタの笑顔に震えるシャルロット。
実は先月の事件で、父親と姉2人を同時に失った彼女は、此処に来た当時は、全く笑えなくなっていた。
命の恩人であるユウィンがいる時は普通に振る舞えたのだが、それ以外は友達といても暫くは暗かったらしい。
そんなある日の事。
ユウィンが「同じ城の居候同士なのだから、家族みたいに思ってくれて良い」そう言った翌日から急に明るくなり、それ以来、ベッタリ付きまとうようになったのだ。
「ユウィン様もぉ…毎日毎日ぃ…シャルロットさんとアヤノ様とぉ…イチャイチャイチャイチャ楽しそうで何よりですねっ」
「そう見えるか」
「見えますけどぉ!?」
シャルロットに後ろから抱きつかれているこの状況は、確かにそう見える。
不思議と急に、出稼ぎに出たくなる。
「アヤノ様の酒代、いくら掛かっているか知っていますか!?」
「あの人は上戸だったな、そういえば」
「1ヶ月で180Gですっ!」
この世界の通貨はGゴールド金、Sスターク銀、Nニッケル銅で表す。
G10,000円、S1,000円、N100といった感じである。
「遠慮していない数値だ」
「全く働いてくれませんしね!?」
「それは無理だ。働くどころかあの女は外にも出ない」
アンリエッタは俯いてしまった。
そのままプルプル震えている姿を見て、気弱なシャルロットは泣きそうだ。
「落ち着けアンリエッタ。その姿はちょっとあれだ……あれだ……無いな」
全く彼女をフォローするセリフが出ず、ユウィンは一瞬で諦めた。
彼がいつも即諦めるのは、残っている喜と楽の感情の”楽”が強い為である。
アンリエッタが自然に収まるのを待とうと判断。
しかしこの選択は正しくなかったらしく、彼女が正面に向き直り笑顔で語る。
「ユウィン様? 全部弟子のツケで、と仰ってましたので」
「そうか……そうなのか」
「……先生可哀想」
「今月のお給金どころか借金ですからっ」
そう付け加えられる。
そして弟子に心配される師匠は、アヤノに毎週30キロの距離を徒歩で酒を買いに行かされた修行の日々を遠い目をして思い出していた。
シャルロットには優しくしようと心から思う。
そしてすまん弟子よ、祭りに行く金が無くなったと嘆息する。
「それはそうとアーサー校長もここに来るのか?」
あまりに窮屈な空気だった為、ユウィンが会話をの流れを変える。
「そうです明日には来られるかと。大会用にゼノンから錆びた釘を1名連れてきて下さるそうです」
「ゼノンの上位傭兵か。それは良い宣伝になりそうだな」
錆びた釘は国外にはあまり出ない。それ故に実際見たものは殆ど居ない為、良い宣伝効果が期待できるという意味だ。
人外の強さを誇る噂から、武道大会には一度手合わせ願いたい猛者が集まるだろう。
ユウィンには良い思い出がないので少々苦笑する。
皇女に話すのは口止めされているが、ここには居ない彼女の執事クロードがそうである。
クロードには出会った時に脇腹に穴を開けられ、先日対戦したカルスという傭兵には右腕を落とされた。
奴らはとにかく速く、強く、特殊能力を持っていて、詠唱を必要とする魔導士には相性の悪い存在なのだ。
「錆びた釘が来るのなら良い見物になりそうだ」
「ユウィン様も出て頂きますよ」
何故?
微妙にそんな顔をするユウィンにアンリエッタが続ける。
「ユウィン様はこの国を救った英雄として出て頂きます」
「先生凄い! ボク応援するねっ」
ユウィンは王都に襲撃した魔人を1人で撃退した経緯があり、自陣のトロンリネージュ国民、特に平民に絶大な人気を博していた。彼も広告に使おうという腹だ。王都を単独で守った謎の剣士として。シャルロットが嬉しそうだが、ユウィンは無論乗る気ではない。
「俺はそんな人の多い所に出て行くような人間じゃない」
「ユウィン様の場合、魔法の使用はLv3迄にして下さいね」
全く聞かず、笑顔で続けるアンリエッタ。
「いくら君の願いでも……」
「優勝賞金は1,000Gです」
「いやそうじゃなく……」
「凄い大金! 先生、ボク達のお家買えちゃうかも!?」
何のお家? 思ったがシャルロットの言葉は流す。
「いいですね?師弟愛と夢があって」
アンリエッタの機嫌がまた悪くなり、笑顔が引きつっている。
「ユウィン様はトロンリネージュ代表です。負けて頂く訳には絶対にいきません」
「アンリエッタ、冷静に一度話さないか」
ビシッ! アンリエッタが借用書を彼の前に差し出す。彼の師匠がこさえた180Gの借り入れが記入されている。
「絶対に負けて頂く訳にはいきません」
「そういう……事か」
ユウィンは今日、やたらとしている溜息をついた。要するに賞金を他国の人間に出したくないのか――そして俺が勝てば借金が無くなりますよ? そう言っている。
「先生どうしたの? 嫌だったらボクも一緒に働くよ?」
「あぁ……ありがとうシャルロット」
赤面して師匠を覗きこんでいる弟子を見て、遂にアンリエッタの我慢の限界に達したらしい。
「シャルロットさん!? ユウィン様は今、私と話しているんです!」
「だってアンリエッタ様、先生にイジワルばかり言ってるもん!」
珍しくシャルロットが反撃に出た。ユウィンは今すぐ出稼ぎに行きたくなった。
「イジワルじゃありません。お仕事の話です!子供は黙っていて下さい!」
「年2つしか変わらないモンっ!ボクの先生イジメないでっ!」
シャルロットはユウィンの腰に隠れながら、果敢に反撃している。
「ボクのって……ユウィン様はねぇ……私の……」
愛しの先生の為とあらば、急に大胆になるシャルロットがアンリエッタの精神を攻撃――守銭奴モードのアンリエッタは、大人を装おうとしているのだろうがもうダメそうだ。日頃のストレスも相まって爆発寸前5秒前――
「さっき先生ボクに可愛いって言ってくれたモン!」
「な……なんですっ……」
はいトドメ。アンリエッタの怒りゲージが頂点に達し……たと思ったのだが彼女は涙を溜めてユウィンを見た。「私なんてねぇ」とか口が動いている。
「私なんてユウィン様と外泊したんだからーーー!」
大声で叫んでいる――ユウィンの顔が無表情を通り越して機械のように固まった。 俺は何もしてないぞ――そんな事を思いながら腰にへばりついているシャルロットを見たら、彼女は頭に?を浮かべていた。
「先生? 外泊ってなぁに?」
そのコメントに、アンリエッタは恥ずかしさと大人げのなさで遂に泣きだしてしまった。ベルベット素材の床にへたり込む。ユウィンはいたたまれなくなって、そんな彼女に駆け寄ろうとするが――皇女アンリエッタは泣いて終わるような女ではなかった。泣きながら腕を振り上げる!
「ユウィン様のーー巨乳好きぃぃーーーーー!」
ドバシュ――!
彼女は文武ともに優れた天才である。
風の弾丸は先月と寸分違わずユウィンの顎を目掛けてかっ飛んできていた。
それを完全に目で捉えながらも、ユウィンは腰に巻き付いているシャルロットが邪魔で動けない。
彼は完全に無表情で、この光景の結末を予想する。
(あぁそうか)
――ドゴガッ!!
またこれかと。




