第2話 魔法使いの弟子
広大な敷地を誇るトロンリネージュ王国本城。
その西側に位置する建物は、歩兵騎士達が日頃より鍛錬に勤しむ【立待月の間】と呼ばれる場所で、3,000名までの戦士が収容できる広大な施設である。
様々な武器が設置され、魔法の攻撃にも耐えられるように強固な造りとなっており、そこでぶつかり合う2つの影――その正体はユウィン=リバーエンドとシャルロット=デイオールの2名であった。
「やぁぁ――」
「――おっと」
突きを放ったシャルロットの木刀を体を捻って躱す。
そこから彼女は、更に踏み込んで木刀を横薙ぎに繰り出してくるが、それをまた後ろに半歩下がって躱した。
(筋が良いな……むしろ良すぎるくらいだ)
更に木刀を躱しながら顔の筋肉を一切使わない無表情男は驚いていた。
髪は濃いアッシュグレイ、シワがありヨレヨレの白い襟付きシャツに、不吉の象徴である漆黒のレザージャケットを羽織っており、下も同様のレザーボトム、腰に中途半端な長さの剣である小太刀を下げていた。
現在、魔法学院臨時講師を職としているこの男は――ユウィン=リバーエンド年齢不詳である。
以前の戦いで広大な敷地にあった邸宅が倒壊してしまい、更に天蓋孤独となってしまった、シャルロット=デイオールが本城に住むようになってから1ヶ月が経った今日――彼女がどうしてもというので、剣術と人体強化の術――武装気の修練最中ある。
シャルロットの才能は桁違いで既に気の操り方をマスターしつつあるようだ。
(しかし何だ……この気は)
気の闘法には3種が存在する。
心の武装気:シィ
感覚を強化させる。
技の武装気:アスディック
オーラを飛ばす、探る、変化させる。
体の武装気:スチール
肉体をオーラによって強化、硬化させる。
これを、全ての人間が修練によって10年以上掛ければ体得出来る。
心技体の3種――人間の五感覚を強化する武装気だが、稀に人の第六感迄をも強化する特質体質が存在する。
――ズヒュッ!
木刀を紙一重で交わしながらユウィンは思う。
(……この娘はもしかして、アイツと同じ)
特型オーラ。
数万人に一人の確率で現れるという異能者。
オーラの研究が世界一進んでいる傭兵王国ゼノン上位傭兵には、この特殊なオーラを持つものが多く、非常に重宝されていると聞く。
「やっ! うーん……とぅ!」
「シャルロット上半身がついてきていない、もっと振り込みを早く」
「は、はい先生」
特にシャルロットは動きが桁違いに速く、速度に特化した武装気の様だ。体術に関しては高位級の実力を持つユウィンですら、体得1ヶ月程度のシャルロットに本気で避けなければならない程に。
(見たことのないオーラスキルだが……しかし)
迫ってくる高速の木刀を軽く手で反らしてみたところ――べちょっと、シャルロットは地面にうつ伏せに倒れてしまった。
手の甲で軽く弾いただけで木刀に体を持って行かれ、簡単に彼女はバランスを崩してしまったようだ。
「先生ぇ痛いぃ」
「シャルロット……君は本当に力が弱いな」
「ボ…ボク弱いですか……?」
彼女のオーラはスピードに特化した性能なのかと一先ず仮説を立ててみる。
「基礎の力が弱すぎる……子供用の木刀に振り回されているし」
「ボ、ボク、ダメな娘かな……でしょうか?」
泣きそうになっている彼女に、無表情男は珍しく口早に駆け寄る。
「いや、これはこれで可愛くて良いんじゃないか? 悪くないぞシャルロット。軽い武器でも何処かで造らせよう」
「可愛い? ホント先生」
ユウィンは嘆息する。
この娘が泣くと面倒なのだ。
先日廊下を歩いていた時の事だ。
隣にいたシャルロットが小さくて見えず「あ、居たのかシャルロット」そう言ってしまった所、氷の魔法を暴走させ、城の右翼塔が崩壊した。
幸い夜だったので死者は出ず、新月の間の魔導機器が新調される事となった。
アンリエッタの口添えで何とかなったが、トリスタンという財務大臣は号泣していたらしい。
それ以来、瞬発的に彼女を庇う癖がついていた。
シャルロット=デイオールは、体の小さな女の子である。
プラチナブロンドの髪は毛先を散らせたうなじ迄のショートヘアの16歳。小動物のような愛らしさに大きな瞳の色はエメラルドである。
スリムな体躯をしているが、体の一部、胸だけは何を食べて育ったのかという程の巨乳な美少女であった。
そのシャルロットが現在、ユウィンの言葉で恥ずかしそうに俯いている。
その一連の出来事を演習場の脇で、チーム氷の姫トリオが眺めていた。
「……イチャついてるねぇ」
「正直不愉快ですね」
「セドリック、魔法を演算するのは止めろ、どうせ先生には当たらん」
トロンリネージュ魔法学院、魔法戦闘科目臨時講師であるユウィンの生徒で、シャルロットの親友達である。
親友の笑顔に和む褐色肌の女子である――テッサ=ベル。
端正な顔立ちとは裏腹に黒い感情を講師に向ける男子――セドリック=ブラーヌ。
そんなセドリックを止める赤毛の――アベル=ベネックス。
テッサは止めとけと言ったのだが、セドリックとアベルがどうしてもと言うので、シャルロットの仮住まいである城の敷居をわざわざまたいで来たのだが、現在ユウィン講師に抱き起こされ、瞳がハートになっているシャルロットが視界に入っていた。
男子2名は愛しのシャルロットの、こんな光景を目の当たりにするとは思わなかったようだ。
「シャルロットさんが……先生の正式な弟子になったというのは本当だったのですか」
「デイオールの魔力じゃ、他の生徒と一緒に魔法訓練やる訳にはいかんものなぁ……死人が出そうだ」
「おのれリバーエンド講師……あ、そんなに気安く姫の体をぉぉ」
「おいおいセドリック……マジでLv2を演算してるよなヤメろって……でもまぁ、ありゃ完全に先生に惚れてるよなぁ……ハァ」
「だから止めときなさいって言ったのに付いて来るからじゃない」
無論シャルロットはこの3人と学校に通っている。
しかし魔法訓練の授業は基本受けるのみで行わない。
彼女は先の戦いで一度半魔人となり、ユウィンによって人間に戻された経緯があった。
元々最大出力9万という突飛な魔法因子核の出力を持っていた彼女は、魔人化の影響でその出力を更に上げ、国内最高レベルにまで達している。
一般魔導師と一緒に参加させる訳にはいかず、個別で学ばせるしか無いと判断した学園側が、体術と魔法は放課後、城の演習場で個別に行うようになったのだ。
更にシャルロットの強い希望でユウィン=リバーエンドの正式な弟子となり、当のユウィンも彼女の資質を一般的な教育で殺すのは惜しいと判断した結果である。
「では、いっちょ俺も……」
「アベルも相手してもらうの?」
アベルが腰を上げる。
幼なじみのテッサは、さも面白そうにニヤニヤとアベルをからかおうとするが、その時1人の騎士がユウィンに声をかける。
「こんな男ばかりの演習場に可愛らしい女の子が居ると、それだけで違いますな」
「すまないユーリ将軍、気が散ってしまっただろうか」
「いやいや違いますとも。もしよろしければ一度、手合わせ願おうと思いまして」
「俺……ですか」
男は王国最強を誇る、第一騎士隊クサナギの総隊長を務めるユーリ=アルダン将軍である。
裸一貫の平民から30歳そこそこで将軍にまで上り詰めた達人である。
しかし魔法成績がの方が遥かに重宝されるこの国での地位は低く准男爵であったが、先日の魔人襲撃時に腰に下げた業物、魔法剣アクアラクナを振るい、魔人2体と4体もの使徒を切り伏せたという功績で男爵となった男である。
テッサとアベルは男爵家であり同格で、セドリックは2つ位が高い伯爵家だ。
一番高い身分から――公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵、騎士、平民となる。
「ちょっとアベルアベルアベル!? 誰、誰、あの騎士様カッコ良くない?」
「はぁ? お前ハゲ好きだったんか」
スキンヘッドの濃い男前といったら良いのか、ユーリ将軍を見るテッサが瞳を輝かせる。
このテッサという女が、顔でも流行でも男を選ぶタイプでは無いのを知っている幼馴染アベルは、少々苛立った口調で手を上げた。
「ユーリ将軍! アベル=ベネックスと申します。
俺と手合わせ願えますか?」
「ち、ちょ、ちょっとアベル!?」
テッサがアベルの制服を引っ張る。
何故かそれを見てセドリックはにやり笑みをこぼした。
「ガッハハハ! ベネックス卿のご子息ですか! お父上に似て男気があって良いですなぁ!」
ユーリ将軍は急に声をかけられ驚いていたが、すぐに豪快な笑顔で応える。
「え? あ……どうもっス」
「戦りましょうか一手、どうぞどうぞこちらへ」
アベルが引かれた白線の円に招かれている。
本人は将軍が見かけによらず良い人だったので少々恐縮していたが。
「テッサさん、結構いい線行くんじゃないですかね。アベルも先月の一件以来並々ならぬ訓練を受けていますし」
「えーだってアベルよー? まだ私にも勝てないレベルで王国最強騎士にまともな手合わせが出来ると思うー?」
「いやいや彼、二度とテッサには負けないと意気込んでますから」
「ふーん、あっそ」
「あ、はは、これは中々骨が折れそうですねアベル」
最後は小声でつぶやくセドリックであった。
「ねぇねぇシャル! ユーリ将軍どう思う? ねぇねぇカッコよくない!?」
「え? うーん。ボクは良くわかんないかな」
「まーそーよねー」
「?」
「アンタは先生がいりゃそれで良いんだもんね」
「テテテテッサちゃん!? 何で先生の横でそんな事いうのぉっ」
「何言ってんの今更でしょ」
「ダメだよ!」
「……2人共、始まるぞ」
最後は少々無表情を呆れ顔に変化させたユウィン。
アベルとユーリを見据えながら女子2名に伝えた。
その言葉に生徒3名は前方の対戦に視線を移した。
「徒手……ですかな?」
「ウス。宜しくお願いします」
「承りました。では、いざ」
アベルとユーリ将軍が拳を構えた。
アベル=ベネックスは徒手格闘で全男子中1位の実力を誇る――慣れたスリ足で間合いを詰めていた。
ちなみに全校1位はテッサ=ベルである。
「「勝負!」」
――ドダン!!
「…………くっはっ」
「いやはや学生とは思えぬ動き、感服しましたアベル殿」
勝負は一瞬で着いた。
体制を低くしたまま飛び出したアベルの肩をユーリ将軍が掴んだと思った瞬間、一回転させて押さえ込んだのだ。
「ゲッホ!……負けてりゃ世話ないッス。ありがとうございました」
悔しそうんアベルは学生グループに戻ろうと起き上がる。
そんなアベルに見向きもしないテッサは「アタシも!」と手を上げたいみたいだが、今まで開いてなかった乙女の扉が邪魔しているようだ。
「はや~い殆ど見えなかった~」
「ユーリ将軍のアレは恐らく火の国の体術ですね。
確か空道――関節技と投げに特化した武術です」
シャルロットにセドリックが説明しているのをユウィンが隣で「へぇ」と言う面持ちで聞いていた。
「……ん?」
ユーリ将軍がユウィンを見ていた。
正直乗る気出なかったユウィンは「覚えてたか」と嘆息して、アベルとすれ違いにユーリ将軍へと向かう。
「真剣で戦られますか?」
「……ではその方向で」
ユウィンとユーリ将軍が演習場の壁にかけてあるロングソードを取り、構えた。
「え、真剣でやるの?」
「ねぇねぇテッサちゃん先生大丈夫かな? 大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ死にはしません」
「セドリック……何で笑顔なんだお前は」
ふと、アベルはユーリの表情を見た――先程と表情が違う。
(俺には始めから徒手で? と聞いた……そういう事か)
レベルの違いに歯ぎしりしながらも、内心ではワクワクしていた。
(俺もいつかあのステージに……)
震える心を胸に秘め、男アベルは1つ大人になったようだ。
「ユウィン殿は二刀流と聞きましたが?」
「どこでそれを?」
「クロード殿ですな」
「あの性悪執事……いや、俺は基本1刀だよ」
「魔人剣……でしたか? 拝見してみたいと思っておりました」
「そんな大層なものではないさ」
そう言いながらもユウィンもユーリ将軍も動かなかった。
(うむ、標準的な長さの剣だな……相手の技量は恐らく俺と同じ高位級……マスタークラスだろうな)
いつもは中途半端なサイズの小太刀と女性の身の丈程もある大太刀を使い分けており、それ以外の剣を握った事のないユウィンは演習用の剣の重量に浮き足立っていた。
感情の起伏が少ないユウィンであるから、別に勝負に勝ちたい訳では無いが、折角自分に興味を持ってくれているのだから、出来る限り尽くそうと考える。
ユウィンが瞬きした次の瞬間にユーリ将軍が仕掛けた。踏み込んだ足元が割れている――将軍も武装気を使うようだ。
ドギン――カッ!
再び勝負は一瞬で着く。
「やれやれ」
「流石ですね」
分けである。
武装気で強化された双方の剣が折れ、2本の鋼が堅い演習場の壁に突き刺さっていた。
「読まれてたか」
「ユウィン殿の表情からは読めませんでしたからな……気配で詠ませてもらいました」
「大したものだな」
ユウィンは間合いが掴みにくかった為、始めから武器破壊か、剣を弾く事を狙っていた。
対するユーリ将軍も相手の気配から剣の懐を狙っていた。
故に、武器破壊を狙ったユウィンは将軍の気と剣撃を押し切れず、こちらの剣が折れてしまったことについて「やれやれ」だった様子だ。
「ワッハッハ! これだけ振れて魔法も使えるというのですから困ったお人だ。殿下が気に入られるのも無理は無い」
「アンタが本気じゃなかったからさ」
豪快な笑いと態度に珍しくユウィンの口角が緩む
そんな2人を、学生4人はポカンと見つめていた。
「ユーリ将軍ヤバいヤバいヤバい、マジで惚れたかも」
「ユウィン先生……カッコいい」
「今の見えましたかアベル?」
「全く見えんな」
テッサとシャルロットは目がハートである。
男子2名は今まで培ってきた男としての自信が音を立てて崩れ落ちる感覚に襲われていた。
「では、勝負は武道大会で着けましょうぞ!」
「……武道大会?」
「聞いておられませんか?」
学生達も知らなかった様で聞き耳を立てている。
「来月アーサー=カタ―ノート様がスポンサーとなって、大々的に祭りが開かれるらしいです」
「そうなのか」
「あ、しまった忘れていました!」
ユーリ将軍がスキンヘッドをペチンと叩きながら豪快に笑う。
「ユウィン殿! 殿下がお呼びですお戻り頂ければと」
「アンリエッタが? 何用だろうか」
「いやそこまでは聞いておりませんでした故……ああでもそういえば」
「あぁ」
「ご機嫌はすこぶる悪そうでしたなぁガッハッハ」
「あぁ……そうなのか」
ユウィンは無表情に頭を抱える。
シャルロットはここに居るし、どうせまた師匠アヤノさん関連だろう。
あの人が来てからというもの、居心地というモノが月にでも吹っ飛んで行ってしまったのかと思うほどに悪い。
しかもシャルロットが四六時中くっついて来るものだからアンリエッタとゆっくり話す時間もない。
アヤノさん……何で貴方はアンリエッタにキツく当たるんですか。
そしてアーサー=カタ―ノート校長が言っていた言葉。
「アヤノが全て知っている」
この言葉の意味――俺の失った過去、一度聞いてみたがやはり「知るか」で終わってしまった。
あまり興味がある訳ではないのだが、何か引っかかるものがあったのに。




