第1話 傭兵王国の星
傭兵王国ゼノンとは――各国の内戦や、魔人の防衛に強力な傭兵を送り込む事を国益としている、ルナリス三大国の一つである。
ゼノンの傭兵という兵団を主戦力として15万名保有し、魔法を一切行使せず身体の気である武装気を行使して戦うとされ、字名を与えられし傭兵ランク上位10名は魔人以上の力を持ち、畏怖と尊敬の象徴――天涯十星錆びた釘と呼ばれていた。
どこか東方――異国情緒を連想させるこの建物は、屋根は瓦葺、外構は石で出来ていた。
東洋と西洋を組み合わせた建築方法を取り、朱で塗られた外観は琉球の城を思わせる。
ここはゼノン国中心に位置する城シネフマリア――今日は大事な客人を招き入れている最中である。
応接室に手伝いのメイドと給仕係が並び、華やかな料理が並んでおり、巨大なテーブルに配膳された料理を前に、2人の男が座していた。
「いや、こんな男ばかりの国にようこそおいでくれた。感謝致します」
話を切り出したのはこの国の主にして傭兵王拳聖クワイガン=レタラ=ホークアイ――傭兵王国ゼノンの王にして、現役の錆びた釘順位2位の男である。
58歳とは思えない筋肉質な外見と若々しい褐色肌の男は、鋼のような拳を膝にあて座りながら一礼して見せた。
「ゼノン王、こんなただの魔法使いのジジイに頭など下げないで結構ですぞ。それにここは可愛い娘ばかりではございませぬか」
そう返したもう一方の男は、白髪に口ひげ、長い杖、見るからに魔法使いの老人。
唯一奇妙だったのは、この老人の周りに浮いている本が2冊――空中を浮遊している。
魔法大国カターノート共和国代表にして、魔法学院校長アーサー=イザナヴェ=カターノートである。
ゼノン王はアーサーの言葉に豪快に笑う。
「ハッハッハッ実はアーサー校長が来られるという事で狙っておりました! いや申し訳ない」
「ワシの趣味が国外迄届いておりますか?
それはお恥ずかしいですじゃっ! しかし皆美しい、褐色肌にワシは弱いのじゃよ」
ゼノンの国民は褐色の肌を持つものが多い。
元々白肌人種のトロンリネージュ人が移住して建国されたのだが、元の先住民との混血で増えていった結果である。
「おぉ珍しい、ではこの火の国の着物を着つけた美しい女性もメイドさんですかな?」
どうやら女好きの老人であるらしいアーサーは、自分のすぐ脇に立っている女性について聞いたようだ。1人だけ肌の色がゼノンでもトロンリネージュとも違った為だ。
「いえ絃葉はメイドでは御座いません、護衛です」
「ほほぅ! こんな可愛い娘さんが」
絃葉、そう言われた着物の女性はどうも褒められるのが苦手らしく、複雑な顔で俯いている。
絃葉=神無木22歳。
火の国出身の腰まである髪を束ねた大和美人である。
「絃葉は錆びた釘10位の腕前です」
「なんとなんと!? こんなに美しいのに」
「あ、あの……私はただの護衛無勢ですので、どうぞ対談をお続け下さい……」
堪りかねて絃葉が口を開いた。その声にアーサーはニヤリと口元を緩める。
「なんと声も美しい! 正に武の女神じゃほほほほっ」
「き、恐縮で御座います」
「ほっほっほっほっ赤くなって可愛いのぅ」
絃葉は顔を朱に染めて俯いてしまう。
老人は堅そうなこの娘の表情を崩してみたかった様で手を叩いて喜んでいた。
絃葉の隣にいる男が絃葉の耳元で囁く。
「絃葉ちゃん可愛いってさっ、ボクチンもそ~思うのよ。明日デートしない?――ごっ!」
絃葉に話しかけた軽そうな男の腹に、彼女の肘がめり込む。
「ジン様、今は警護中です……それに行きません」
「っつぁぁ…水月に入れること無いんじゃない?」
2人の錆びた釘が小声で話している。
人体急所に肘を入れられたこの男は、ゼノン最強の男――流派白ジン=ヴィンセント
42歳既婚――人格者にして元クワイガン王の弟子である。10名中1位の錆びた釘で白銀の字名のを持つ者だ。
「堅いよ~絃葉ちゃんは……もっと人生を楽しまな~いかんぜ」
「ジン様が柔らか過ぎるだけです。だから鴉の奴もつけ上がるんです!」
「字名で呼ぶのぉ? 嫌われてんな~カルスの小僧ぉ~」
絃葉の忌むべき暗部所属”鴉”の字名を持つ第3位――カルス=シンクレアとは因縁があるが為。
「そうそう今日はその鴉君の事で来たんですじゃ」
「え?」
「あらあら」
絃葉とジンは、アーサーのその言葉にそれぞれ反応を示した。
二人は聴覚を強化する心の武装気を使い、絶対に周りに聞こえない声で喋っていたのだ。
この耳の遠そうな老人に聞かれるとは予想外だったのだ。
宙に浮くアーサーの本が勝手にパタパタページをめくっている。
「王都のルシアン……暴走した様ですな」
老人アーサーは先程のセクハラ面とは打って変わって表情を鋭くする。ゼノン王は豪快に頭を下げた。
「こちらの不手際! 誠に申し訳のぅ御座いました!」
「先日の魔人の襲撃も予期出来なかった上、今回関係のない人間が3名も亡くなりましたぞ?」
「ハッ!お言葉の通りで御座います」
ゼノン王クワイガンは真摯に頭を下げている。絃葉とジンは自分達の話からこの流れになってしまった事を困った顔で見ている。クワイガン王はその件についてアーサーに報告があるようだ。
「ルシアンは人員を入れ替え、鴉も謹慎を言い渡しております。どうか弁解のチャンスを!」
「確かに。場を収めたのもそちらの錆びた釘、蒼炎クロード殿と聞く――」
「お、お義父様が!?」
絃葉がクロードの名前に飛びついた。言ってから、あっと思ったらしく俯くが、アーサーが再び絃葉の方に笑顔で向き直り、顎髭をイジりながら話しだす。
「おや? クロード殿の娘さんじゃったか? 似ておらんのぅ、母親似なのかのぅ?」
「い、いえ……養父です。失礼致しました」
絃葉は自分の空気の読めなさに、真っ赤になって俯いてしまった。アーサー校長は思いついたように再びクワイガン王に向き直る。
「確かに鴉君を撃退したのはクロード殿らしいが、魔人共を撃退したのは違う人間だそうじゃ」
「それはコチラでも聞いております。王都ルシアンからの報告では魔人殺しの剣を持つ剣士とか?」
「そうじゃ、彼もクロード殿と共に尽力してくれた故の勝利だったと聞く……」
「アーサー殿は知っておられるのですか? その剣士の事を」
「古い友人の弟子での? それでクワイガン殿、これで半分じゃ。あと半分はどう埋め合わせしてくれるかの?」
このジジイ――とんだ狸だな。ジン=ヴィンセントは独り言ち、クワイガン王が話しだす前に口を挟む。
「私が1年、無償でカターノートの傭兵として派遣致します――如何でしょうか?」
「ジン! 勝手な事を!?」
クワイガンが立ち上がり、アーサーは目を細めた。浮遊する本が再びパタパタめくている。この男は確か1位の錆びた釘、クワイガンが出てくる前に自分が口を開き、コチラがそれを望んでいない事を解った上で破格の申し出を掛けてきた――交渉の主導権をゼノン側に持って行こうとしている。「やるのう若いの……」アーサーは口元を緩め、会話を切り替える。
「そう言えば、トロンリネージュで武闘大会が開かれるのはご存知かな?」
「いえ――存じ上げません」
クワイガンが着席し、ジンは躱されたか、と苦笑している。アーサーはそらそうじゃろう昨日出た話なんじゃから、そう思いながら続けた。
「魔法も気も何でもありの異種格闘技戦じゃ! トロンリネージュのアンリエッタちゃんは優秀なんじゃが、どうも資金運営がイマイチ悪いんじゃ」
「は……はぁ」
関係ない事のように聞こえ、クワイガンは曖昧な返事をする。
「そこで武闘大会を発表したらしいのじゃ。これは国家の経済効果と、近年魔人領の動きが活発化しておる件も絡んでおる。そしてスポンサーとして我がカターノートも出資しておる」
「それとこの話と何の関係が?」
まだサッパリ解らない、クワイガンが難しい顔をしている。この王は体育会系、交渉事は苦手である。故に先程それを知っている白銀ジン=ヴィンセントが割って入った。
「うむ……アンリエッタちゃんの真の目的は資金の調達と兵の引き抜きじゃ。あの国は今圧倒的人材不足なんじゃ」
そこでじゃ! カターノート代表の眼が光り、浮遊する本が再びパタパタめくれる。
「その大会の看板として錆びた釘を1人――その大会に参加させれ欲しい。そして王都の兵の臨時講師として1年滞在させて欲しい」
その言葉にクワイガンの表情は難色を示した。いくらなんでも国家の主戦力である錆びた釘を行かせる訳にはいかない。彼らは一騎当千の戦力を上回り、そして他国にあまり介入はしないのだ。それを見越しての広告看板という意味もあるのだろうが……。
「それにジンを行かせろと? それはちょっと困ります……いくらなんでも1位を連れて行かれると大幅な戦力不足に――」
(お師匠ぉ……それ駄目だって……)
老人に掌で転がされている自分の師に、ジンは片手で頭を抱える。
「そうか残念じゃ……では10位の人間辺ならいいという事かの?」
「絃葉を……ですか?」
「なんじゃ! 絃葉ちゃんじゃったか!? では久々にお父上にも逢えるという訳じゃなぁ?」
「……は……はい嬉しいです……あっ」
思わず返事をしてしまった絃葉は恥ずかしそうに俯いた。
「いや決まりじゃのぉ。ワシもこれからトロンリネージュに向かうのでな。最近は物騒じゃ! 強くて美しい護衛が欲しかった所なんじゃよ」
ジンはこりゃ駄目だと頭を振っている。
ほっほっほっと笑うアーサーにクワイガン王は何も言えなくなってしまい、仕方なく承諾。
クワイガン王には悪かったが、絃葉は嬉しかった。
(……4年ぶりにお義父様に逢える)
成長した自身の拳を父に見てもらえる。クロードを師としても義父としても尊敬している絃葉は、その場で微笑んだ。
それを見たアーサーは再び手を叩いて喜ぶのであった。




