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最終話 権限者(ヴァルキュリア)

 挿絵(By みてみん) 




 この状況は俺ことユウィン=リバーエンドが語らしてもらおう。

 今現在俺達はトロンリネージュ城内にある居待月(いまちづき)の間に集まっている。――来客用談話室での出来事だ。


 現在シャルロットと親友となった3人の生徒達。客間のソファに座る俺ことユウィン=リバーエンに、正面のアンティークチェアに座るこの国の皇女アンリエッタ。――そして最後に彼女の執事にして既に先日のダメージの無い超人クロードが裁判官のように立っていた。


 俺の師匠であるアヤノさんと全員の顔合わせ含め、先日の報告を兼ねて集まった席だったのだが、この部屋の空気は世界の重力が3倍に増したかの様に現在重い。やれやれ何なんだこの状況は……


「ゆーくぅ~ん全然帰って来ないんだもん寂しかったよぉぉ」


 アヤノさんがソファーに腰掛ける俺の膝の上に乗って抱きついている。俺は無表情を微妙にひきつらせるが、久しぶりに逢う師匠ことアヤノさんの肌の感触に悪い気もせず、なすがままを受け入れているが。


「ユ、ユウィン様どういう関係ですか!? そ、その方と、そちらの胸の大きな学生さんは」


 正面に座るアンリエッタは笑顔でコメカミに青筋を立てていた。


「先生……ボク何か変な気持ち……このヒト達……誰?」


 シャルロットがほんのり顔を赤らめボソボソ言いながら、背後から上着の端っこを摘んでいた。


「これはイケマセンな殿下、至急尋問の用意を致します」


 アンリエッタの執事クロードが危なげな事を言っていた。


「許可します」


 許可された。



 ……やれやれ。俺は微妙に崩れてしまった表情を戻し、少し嘆息する。



 事の始まりはこうだった。

 先日の深夜デイオール邸での戦いの最後の事。――アヤノさんが乱入してくれたおかげで最後の1体の黒い魔人は撤退した。

 シャルロットの実家デイオール邸はアヤノさんのやり過ぎで完全に倒壊し燃えてしまった。そして深夜にあれだけの事があったのだから夜、皆をそのまま帰す訳にもいかず、あそこにいた全員をクロードの案内でトロンリネージュの城に案内し、部屋を用意してもらった次第だ。


 今日はその翌日の午前。――問題の発端は急にアヤノさんが代わって・・・・しまい今に至る。


「ゆーくんゆーくんホント久しぶり~感動のあまりハグしてみたり~。んん~ゆーくんの匂い落ち着くぅ~♪」


 俺の師匠であるイザナミ=アヤノ=マクスウェルは二重人格者である。身長は167cm程に無駄な肉の付いていないスラッとしたモデル体型に、カットするのが面倒らしい緋色の髪は自分の身長より長く、それを首に巻き付いたストール型デバイズがいつも持ち上げているのが彼女のスタイルになっている。


  伝説の魔女とか言われているが格好は全然魔女という雰囲気はなく、簡単な作りの火の国の浴衣を常に着用している。その生地には黒一色に赤のラインが入っておりアヤノさんの緋色の髪に良く合っておりとても似合っていた。――本人曰く脱ぐ、着るが楽だからだと、色気の無い事を言っていたように思う。


 本来の姿は今のアヤノさんらしいのだが、過去に辛い事があったらしく強いアヤノさんが生まれた。――第2人格である彼女の名称はマクスウェル。――俺に魔法と剣技の基礎を教えてくれたのは彼女である。引きこもり体質のアヤノさんは精神すらも表に出ることを嫌う為、通常時はマクスウェルさんが9割がた表に出ているのが普通なのだが、どうも久しぶりに俺に逢ったので嬉しくなって表人格が出て来てしまった。という事らしい。


 いつもは「馬鹿弟子」「殺すぞ」「飯作れ」しか言わないような人なのだが、この表アヤノさんは少々寂しがり屋の気分屋だが、いたって普通の女性だ。

 年は世界が始まった時から生きているらしい900歳――殆ど独りで生きてきたような人だし、年も年だけに既に羞恥心なんてものは殆ど無くなっているのでこうなってしまっている。


 クロードが嬉しそうに戦闘用の革手袋をはめ出し、生地の感覚を確かめていた。ギュリ、ギュリ、と鞣した革の摩れる音が広間に響く。殺されるのは困るので、俺は一応説明しておこうと口を開こうとし――遮られる。


「シャル……先生やめた方が良いかもよ? こういう不器用そうな人程、変な性癖があったりするらしいよ? というか皇女様とこんな妖艶美人を二股掛けてたなんて男前過ぎて付いて行けないって」


 喋りだそうとした所をテッサ=ベルに遮られた。もっとややこしくなるような事を……やれやれ。


「え……二股って何テッサちゃん?」


「あの……学生さん? 二股ってやめて下さいません!? 私とユウィン様は別に何でもありませんし!」


「ゆ~くん家を出て彼女作ってたんだ。マリィちゃんきっと天国で泣くね~」


 アンリエッタが目を見開き、アヤノさんがイタズラっぽく俺の顎をこしょこしょ撫でてくる。そして死んだ女の話まで出してくるわ何なんだ全く。

 妙な事にハーレム状態というのかこの状況は。男子冥利に尽きる状況だが、実際なってみるとこれは全く楽しくないな。――むしろ俺にない感情が沸いてくるような恐怖を覚える。


「で、だ。この女性は……」


「僕は先生を誤解していましたよ。てっきり硬派な無表情を売りとして女性をたぶらかすタイプ。かと思っておりましたが、いやはやこんな表立ったハーレムをお持ちだとは、このセドリック感服致しました」


「流石ッス先生!魔法も剣術も出来て更にモテるっていうのは!」


 再びカブってしまった。ワザと言ってないだろうか。セドリックとアベル。特にセドリック。――俺は良い生徒を持ったものだ。


 マズイ。クロードが両手に革手袋をハメ終えてしまった。珍しく少し動揺した俺はくちばやに前へでる。


「この人はイザナミ=アヤノ=マクスウェル。俺の魔法と剣術の師匠だ」


「愛人1号アヤノで~す」


  俺は眼を見開いた。その顔を見てアヤノさんはケタケタ笑ってのけぞっていらっしゃる。やれやれ✖3。でもまあ相変わらず可愛らしい(ヒト)だ。900歳のばーさんとは思えん。が、困った話が進まん。


「テッサちゃん?1号ってもしかして、ボクのお母様みたいな……」


「あ、愛人……ユウィン様、見損ないました」


 シャルロットが顔を赤から青へ。アンリエッタの握るティーカップにヒビが入り、それをクロードが即座に取り替える離れ業を披露する。

  何故俺の言葉は皆に無視されるのだろうか。俺はいつも通り無表情、何も悪い事をしていないのに勝手に見損なわれた。更に俺の膝に寝そべるアヤノさんがまた何か言い出しそうな空気だな。


「まぁ……ワタシの家を出て随分経ったから、彼女の1人や2人いるのは当たり前だけどね」


「ワタシの家……どどど同棲されていたと!?」

「……先生ってもしかして、ボクのお父様みたいな人なの?」


「ちょっと黙っていてくれませんかアヤノさん」


 早く黙らせないと背後のシャルロットが良くわからんが泣きそうだ。遂にアンリエッタが手で、クロードに「ヤレ」そう合図した時やっと俺は師匠の説明に入る空気を手に入れた。


「この女性は俺の愛人ではなく魔法の師匠で、魔法言語を発明したイザナミ=アヤノ=マクスウェルという」


  アヤノさんは口を尖らせて「つまんな~い」とか言ってるが無視しよう。


「ユウィン様……? もしやイザナミ様って、あの創世記の……」


 アンリエッタが冷静になり、クロードが収めてくれた。尋問は回避されたようだ。やれやれ。いやまったくヤレヤレだ。


 創世記860年前に魔法因子を発見し、人類に進化をもたらせたと言われている伝説の人物。――無論生きている筈がないと普通は思う所だが、しかしこの女性は紛れもなく本人で生きている。彼女は不死身の特殊オーラ能力を持つ選ばれた人間であり、人類の生き字引――魔導科学を発展させた人類が一度、天使と魔神に滅ぼされる前から生きているらしく、アンリエッタが驚くのも無理はない。


「紛れも無く本人だ。アヤノさんのスカーフは、今はない魔導科学で構成されている」


  スカーフ型デバイスに視線を送りアヤノさんに目配せする。まだ、何かいらんことを言いそうだったので少し睨む。


「自己紹介するの? ワタシ」


「普通に頼みます」


 俺に自己紹介を促され、膝の上のアヤノさんが嫌そうにスカーフを指で弾いた。


「面倒だからアキ、代わりにやって」


 するとアヤノのスカーフが勝手に宙に浮いて話しだした。


「始メマシテ皆様。私ハアキ。コチラノ不精ナ女ガ我ガ主。アヤノ=マクスウェル900歳デス」


「もうちょと言い方ない?」


 オペレーションデバイズ『アキ』はスカーフを口の形に変えて訂正。


「寂シガリ屋ノ、二重人格。引キ篭モリノ、年増女デス」


「アキ。何でアンタってワタシにそうなの」


「アヤノ様ガソウ設定サレタカラカト。シカシ皆様。紛レモ無ク、アノ伊邪那美イザナミ様デス」


 どうぞよろしく。

 そう言ってDOS=カラドボルグ(アキ)は、アヤノの首元に戻っていく。

  一同はそのやり取りを、ポカーンと見つめていた。

 アンリエッタがこちらを「信じていましたよ?」といった笑顔で見た。俺はそれを、スーンっと無表情に返す。


 この空気を最初変えたのはセドリックだった。


「これは……凄い瞬間に出食わしました。我が祖先の相方、イザナミ様にお逢い出来るとは」


  アヤノは少し嫌そうな面持ちでセドリックを視線を移す。


「ん~君、ヤマト……今はアーサーか。の、子孫なんだ? あんまりにてないけど。

 でもあのオジジ、まだ生きてるから祖先って言うのかな?言うか?」


「……え?」


 アーサー=イザナヴェ=カターノートの子孫であるセドリックの喉から抜けた声が漏れる。


「いやね、カターノート魔法学園校長はちょこちょこ名前を変えてるけどイザナギ本人なんだよ。興味あったら逢いに行ってみたら?」


「あぁその様だ。俺も逢ったことがある」


 その言葉に俺も同意する。


「アーサー=イザナヴェ=カターノートっていう名前はね? イザナギが訛って伝わったからなんだよ」


  と、付け足している。

 セドリックは頭の整理がつかないらしく片手で頭を抑えていた。まあ混乱するよな。不死身の人間などそうそういるもんではないしな。此処に二人もいるが。


「……アヤノ様?もし宜しければ、当学園の臨時講師として御講義頂けないでしょうか?」


 アンリエッタはあの伝説のイザナミだと確信するやいなや、アヤノさんに営業を掛けだした。流石、働く皇女様アンリエッタ、良い根性をしている。アヤノさんはてっきり「面倒くさい~」と言うと思ったのだが意外な言葉で返した。


「お前はワタシに話しかけるな不愉快だ」


 アンリエッタはその言葉に固まる。この場にいた全員が固まっていた。いままで楽しそうにニヤニヤしていたアヤノさんが一変。――殺意にも似た気配を放っている。どうしたんだアヤノさん。付き合いも長いが、表人格の貴方がこんな言葉を吐くのは聞いた事がなかった。だから俺が珍しく空気を読んでアンリエッタのフォローを試みる。


「アヤノさん。アンリエッタは何も悪い事を言っていないと思いますが」


「私、何か……?」


「だって~?この娘さっきからユウ君に色目使ってるんだも~ん」


 俺のフォローとアンリエッタの言葉を遮って、アヤノさんはまた良く解らない事を言い出した。


「な!――いいい色目です……っ」


  真っ赤になって困惑する涙目アンリエッタを見ながら俺はアヤノさんの気配を読んでいた。――違うな、本心じゃない。さっきの言葉には敵意があった。この人が他人に興味をもつのはかなり稀な事だ。しかしアンリエッタにはそんなことは分からない。皇女の眉がピクリと動く。これは彼女のキレた時の癖だ。


「つ、使ってません!」


「じゃあ、ユウ君の事好きじゃないんだ?」


「そそそそんな事アヤノ様に関係ないでしょう!?」


「じゃあ黙っててくれるかなぁ……お姫様?」


「私は皇女です。アヤノ様こそユウィン様からとりあえず離れて下さいませんか」


「ワタシは黙ってって言ったよ?アンリエッタお嬢ちゃん」


 ……ゴゴゴゴゴゴ


 何だこれは大気が震えている。文字通り魔法粒子ミストルーンを放出させる高位魔導師約2名はガチでやり合いそうな勢いだ。体質上あまり湧き出る事のない恐怖というものを感じながら、俺の後ろでシャルロットとテッサの呟きが聞こえた。


「テッサちゃん。何かボクにも出来る事ないかなぁ」


「え、シャル。あれに入って行く気? 死ぬわよアンタ」


 テッサは死んだ魚のような眼で場を見守っていた。


「でもでもユウィン先生困ってる……もん」


「これは修羅場って奴よ。シャルにはまだ早いわ」


「だって先生はボクを助けてくれたモン!」


「あれ?……アンタなんかスイッチ入ってる?」


 シャルロットは俯き、何かブツブツもごもごしだした。テッサはそんな親友を心配そうに見ているが、当のシャルロットは急に顔をバッ!と上げ、意を決したような顔で叫ぶ。


「先生はボクの事――好きって言ってくれたんだから!」


 そういって後ろから俺に抱きついてきた。テッサが嬉しそうに涙ぐんでいる。何故だ。

 巨大な脂肪の感触が服の上からでも確認できる。何がしたいんだシャルロット。それにそんな事言ってないと思うが。


「ボクの先生をイジメないでーー!」


 シャルロットの声がトロンリネージュ城「居待月(いまちづき)の間」に響き渡った。俺は気を感じて正面の敵を見据えた。――正面のアンリエッタは顔を真っ青にして、とんでもない笑顔でこっちを見ている。

 怒りのあまり声にならないようだが彼女の口元がこう動いていた。「やっぱりですか」そう動いていた。

 今までの信用など月にでも吹っ飛んだらしい。アヤノさんは膝の上からアンリエッタをまだ睨んでいるが。


 シャルロットはお顔真っ赤。俺を守ってるつもりだろうが、端から見たら、どうみてもオンブされてるような状態でアンリエッタとアヤノさんを牽制している。


「先生は……ボ、ボクの」


 アヤノさんは何を思ってか、羞恥と恐怖でプルプル震えるシャルロットのホッペを突いた。


「にゃっ!?」


「あ~らら君はそっちのヒステリー女と違って可愛いねぇ~」


 シャルロットの反応を楽しんだ後、そう言って俺の膝から浮かび上がり、部屋の窓のある場所まで移動して、急に城下を眺め出した。あの表情は……この状況に飽きたな。


 ハッ! 殺気を感じた俺は正面のアンリエッタに向き直る。


「ユウィン様のぉぉ……バカぁぁぁーーーーーー!」


  が、時すでに遅かったようだ。


 ――ドゴガッ!!


 アンリエッタの放った魔法。――風の弾丸が顎に直撃。うむ、なるほど綺麗な上素早い演算と速度だ。さらに魔法名を言わないで実行出来るのか……素晴らしい。が、凄く痛い。

  避けたらシャルロットに当たるコースなので仕方がなく、感情に乏しい俺は避けるのを即座に諦めてあえて直撃を食らう。悶絶する俺を尻目にアンリエッタは足早に踵を返す。去り際の顔――あのプライドの高いアンリエッタが涙を溜めていた。アヤノさんの暴言の上、あの顔は俺が魔法をあえて受けた事も気に入らなかったのだろう。胸の中心がズキリと痛む。何か言葉をかけてやりたいが。――無表情で伝わりにくい俺の心情などお構いなしに、彼女は部屋を出ていってしまった。薄ら笑いを浮べる執事クロードがその後に続く。


「先生また守ってくれたんだね?……ボク嬉しい」


「……き、君はそういう事には鋭いんだな」


 全く見当違いな事をしてくれたシャルロットに、激痛の残る顎を回復させながら苦笑する。するとシャルロットは抱きついてしまった事を今頃恥ずかしくなったらしく後ろに飛び退いた。


(……ハァ)


 心中で溜息をつきながら部屋のドアを見る。アンリエッタは出て行ってしまった。今日逢うのはやめた方が良さそうか。


(家主がアレでは追い出されるかもしれんしな)


 そんな事を思っていたらアヤノさんが再び膝に降ってくる。


「さぁユウ君、呑みにでも行こうか」


  全くヒトの気も知らんで相変わらずマイペースだな。でもアヤノさんだって何年もあの家に独りで引きこもっていたんだから、多少情緒不安定にもなるのだろうか。無理やり納得し、膝の上の師匠をぬいぐるみのように持ち上げ床に立たせた。


「そうですね。アヤノさんのお陰で城に居づらいですし」


「いやんゆーくんてば怒ってる? アンリエッタちゃん怒らせたの怒ってるぅ?」


「貴方がそれを言いますか……相変わらず俺にはそんな感情ありませんよ」


「そ? でも随分あの娘を気にしてるみたいじゃない。ワタシ少し面白くないかな~?」


「からかわないで下さい」


「本心だけど?」


  真顔のアヤノさんに少し微笑み、執事クロードに見習った手本のような一礼を披露してみる。


「なら失礼しました……お詫びに美味しい馬肉と酒を出す店がありますので宜しければ付き合ってもらえますか」


  アヤノさんは少しはにかんでから、腕を組んできた。


「あんまりヒトのいないとこね?」


「わかってますよ。個室の店ですから」


  それまで黙っていたシャルロットが、いつの間にかアヤノさんとは反対の腕をそっと組んできた。


「……ボ、ボクも」


 右腕にアヤノさん、左腕にシャルロットという何ともシュールな絵面だがまぁ良い。アヤノさんには聞きたいこともあるし、家がなくなってしまったシャルロットの今後の事もある。

 不意に男子生徒2名を見れば胸クソ悪そうに笑っている。反面テッサは涙を流していた。――だから何故?


 俺は右腕に絡むアヤノさんを見ながら、ふと考える。

 アヤノさんがここに来てしまったということは、旅をする目的が無くなってしまった。まだ暫くここで厄介になるとしようか、受けてしまった講師の仕事もある事だし。どうも俺は難癖つけて此処に居たいのかもしれない。それに気になっていることもあった。

 最近王都での魔人の騒ぎの頻度は尋常ではない。何か良くないことが起こる前触れ――アイツを、アンリエッタを護ってやらなければ。そんな事を思っていたら、アヤノさんに頬をつねられた。「こら~他の女の事考えてたでしょ」とか何とか言っていたが、やはり本心は別のところにあるような気がしてならないのだ。――あの数百年にもわたる引きこもりアヤノさんが街に出るというのだから。


  そう、俺はもっとこの時考えるべきだったんだ。これから起こる事を目の当たりにして思う。選択を間違えていたのだ。間違えたまま夜が更け――時が過ぎた。





 その夜の事――王都トロンリネージュ屋上で、たまたま涼んでいるアヤノさんに出くわした。


「まだ、アヤノさんですか」


「なーによー、マクスウェルのが良いの~?」


「いや、そうではなく。ただただ珍しいな。と思っただけですよ」


「ん~?」


「外で、貴方が出続けているのが」


  アヤノさんは相変わらず微妙な笑顔のまま――それから何も言わなくなった。

 共に過ごした山奥の家を思い出していた。――絶対にヒトが寄り付かない魔人領との境目にある偏狭でコンクリートという謎の素材で建てられた屋敷での生活を。――共に過ごした時間により俺には確信があった。彼女は好きで引きこもっているのではななく、外の世界や人間に恐怖している。だからこんな人の多い王都にマクスウェルさんではなく、彼女が表に出てそる事がありえないのだ。


「お昼の御飯美味しかったよ……ありがと」


「今までちゃんと食べてましたか? 貴方はほっとくとなにも作らないですからね」


「ヒドイな~。ジパング出身の女は料理洗濯掃除が必須スキルなんだから」


「実際の所はどうなんだ? アキ」


『全テ私ガヤッテオリマシタ』


「アキは相変わらず有能だな」


「こんの、すっとこデバイス! 何でバラすのよー」


『アヤノ様ガソウ設定サレタカラカト』


「もーもーもー」


「理由はどうあれ……俺はアヤノさんが外に出てくれて嬉しいですよ」


 おどけていた彼女の表情が微妙に崩れる。やはりだ、やはりアヤノさんは何か理由があって無理して此処にいるのではないだろうか。此処にいなければいけない理由があって此処に。


「ゆーくんは……此処の生活が好き?」


(デイ)の奴はえらく気に入ってますね」


「ゆーくん……は?」


「ですか。そうですね、かもしれません」


「あのおん……アンリエッタちゃんが……好き?」


  月の光を反射するアヤノさんの瞳に俺の視線が重なった。

  アンリエッタ=トロンリネージュ。――昼間の事といいアヤノさんは彼女を敵視しているのは何故なのか。だが、質問の意味はともかくとして、アヤノさんの質問は、何か大事な事の要に思え、俺はこう答えた。


「そうかもしれません」


 アンリエッタに対する俺の感情は好意だろう。だが、過去マリィに感じていたものとはまた違う。先入見にも似た何か、のようにも思えて言葉を濁してしまった。


「ゆーくん。その感情はね……」


「……はい」


「何でもないっ。なーんだ。じゃーワタシ邪魔しちゃおっかなー此処に居座っちゃおーかなー」


「別に構いませんよ。昼間みたいに大酒さえ飲まなければ」


「アハハ、それは約束出来ないかなー」


  理由はどうあれアヤノさんは自分の家に帰ろうとしない。

 そしてどういう訳かアンリエッタを嫌っているようだ。このまま会えば、また喧嘩になるだろう。


 そして心配の種がもうひとつ。シャルロットが、無くなってしまった家の代わりに、クロードの勧めで少しの間城に間借りする事なったのだ。シャルロットは今後も俺にベッタリくっついて来るだろう。それを見て、アンリエッタはきっとまた笑顔で怒り狂うはず。


 こればかりはどうしたものか。などと思っていたら、――再びアヤノさんと目が合った。挑発的な笑顔で笑う紅の魔女は美しかった。創世記から生きる伝説の魔法使い。その魔力と魔法演算速度からなる力は俺の戦闘能力を遥かに凌駕する。だけど彼女は恐れる。――外の世界を。逃げる。――ヒトの眼から。はぐらかす。――己の意思を。貴方は一体何から逃げているのですか? 何故此処に来たのですか?――そして今度はあの老人に言われた言葉を思い出していた。


『後はアヤノに聞きなさい』


 貴方の戦友とかいうアーサー=イザナギ=カターノートが言っていましたよ。貴方に聞けと、アヤノさんは全てを知っていると。


 (アヤノさん)


  貴方は知っているのですか? 俺の無くした過去を。俺が400年――貴方が900年もの間生きてきた意味を。


 だったら何故教えてくれなかったんですか。疑問が次々と溢れだしていた。

 貴方が影王と読んだ、あの魔人。――何故貴方は、あの時悲しそうな顔をしたのですか?

 疑問、疑問、疑問――貴方の顔を見ていたら、今まで気にもしていなかった疑問が溢れだす。


 俺はどんなか顔をしていたのだろうか。

 目の前の女性の心情も解らぬまま――そんな事を思い。――俺は。


 結局口には出さなかった。








 ワタシは嬉しかった。


 ユウィン……いや、ゆーくんてば、表情作るのが上手くなったんだね。少し「どうしたものか」って、困った顔をしてる君をワタシは見上げていた。随分明るくなったね。君がそうなってしまってから、人形のようにただただ強くなろうとしていた時の君とはえらい違いだよ。

 マリィちゃんの名前にもあまり反応しなかった。吹っ切れたんだ、良かったね。ワタシは君の心の変化を嬉しく思った。反面、あの女が憎くて仕方がなかった。何も知らないで、ゆーくんに守られているあの女が。でも君さえ、君と秋影さえ生きていてくれたら、ワタシはそれで良い。――それだけで、それで良いんだ。

 232年ぶりに逢った君は随分楽しそう。久しぶりの外、ワタシも随分と舞い上がっちゃったみたいだ。だから少し感づかれた。そうだよね? 聞きたいんだよね。――いろいろな事を。


 でもね?君は知らないだろう。


 この状況は仕組まれてるんだ。

 創造者メインユーザーを守護するプレイヤー。そのプレイヤーを支援する、権限の因子を持つ3人の女――権限者ヴァルキュリア。


  ワタシは天を見上げ溜息をつく。

 全員揃ってしまっている。因果率の収束。――奴が、あの月の使者がよこした"クエスト"によって。


  結局こうなってしまうのか。君はあんなに、この世界に来た事を後悔していた筈なのに。ゆーくんの方は覚えていないのか。ワタシと違ってメインユーザーを恨んでいないしね。仕方がないのだけれど。


 ふと君と目が合った。


 君の顔を見て何か言いたいかは大体解った。185年も一緒に居たのだから、


 聞きたい事があるんだね。


 ワタシは全部知っているよ?


 君がどうしてそうなったのか。

 アーサーの奴が少し話したのだろう。全くもって相変わらずお節介な奴だ。アイツのそういう所は800年と少し前から変わらない。ワタシには直接言わず、周りから回りくどくワタシに伝えてくるのが。――アイツのそういう所がキライだ。堪らなく嫌いだ。全てを正論で返してくるアイツが大嫌いだ。権限を放棄したワタシの事など放っておいてくれれば良いんだ。


 全てを知っている

 ワタシの権限は「プレイヤーを導け」伝えるために、それだけのために世界(ルナリス)に一番始めに生まれた人間(ヴァルキュリア)


 ワタシの考えは変わっていない。

 君には絶対に教えない。

 教えれば君は、きっと今以上にあの女の為に動くだろう。アイツの思い通りになんか絶対に動いてやらない。


 そんな事より楽しんだ方が良いよ。ワタシ達は絶対に勝てないんだ。――君がこの物語の"(マスターキー)"を揃えない限り。


 それは私がいなければ叶わない。


 だから叶わない。


 そんな事より楽しもうよ……ゆーくん?



 ◆◇◆◇



 ……ゴゴゴゴゴゴ……ガキンッ


「ほう……影王、ワタシに剣を構えるか」


 地上に舞い降りたアヤノ=マクスウェルは、爆炎の巻き上がる方向を見据えて呟いた。

 そこから覗くは、体の半分が炭化した影王と黒刀の大太刀アメノムラクモの光だった。


「大層な力だが所詮は結界、解除バックドアを無数に掛けてしまえば一瞬は穴が開く。闘いとは相性で形成が変わるもの。無敵の能力など存在しないという事だ。例えお前が3つの"鍵"を持っていたとしても」


「…………」


 影王は答えない。

 アヤノを無表情に見据え、中腰で静止していた。


「防御を抜かれて直接撃ち抜まれたカラドボルグの一撃は、いくら魔人の体でも痛かろう」


 影王に直撃した巨大な炎の剣は、巻き上がる炎の中より浮遊し、スカーフに姿を変え、アヤノの方にゆらゆら風に揺られ戻っていく。そして主人の首にシュルリと巻き付いた。


 DOSカラドボルグ――それはユウィンのラグナロクの様に、剣に霊子体を憑依させているのではなく、元々意志のある金属で出来ているアヤノ専用デバイスであり、無形の武器だ。

 様々な形状に変化させることが出来、魔法をデバイスに乗せて射出する事も出来る、今は失われた魔導科学の結晶である。


「ユウィンは死なせんしお前とも戦いたくはない。その力、多用するなよ……影王」


 アヤノは少し悲しそうな顔で影王に語った。影王は炎の中より後方へ飛び、そのまま郊外の方へ逃げるように走り去った。


 逃げ去った魔人を確認してからアヤノはユウィンに向き直る。


「ここを消滅させる気だったのか、馬鹿弟子め」


「……いいえ、俺には空間魔法ジイフォースがありますから」


 空間魔法言語アマテラス。――ユウィンの奥の手。指定空間を切り取り、別空間に移動、もしくは書き換える事の出来る超越魔法である。


天照アマテラスなんて忌まわしい不確かな力を使うんじゃない。お前は人間なのだから」


「アマテラスが?――ごっ!」


 ユウィンには言葉の意味が解らなかったが、考える前に顎に蹴りを入れられ、その疑問ごと記憶が飛んでしまう。


「ワタシは久々に外に出て疲れた。飯、風呂、寝る所、用意しろユウィン」


 相変わらずだな。ユウィンは久々に逢う師、アヤノ(マクスウェル)の言葉に珍しく自然に微笑んでいた。


「アヤノさん……元気そうで何よりです――ごっ!」


「は、早く手配しろ馬鹿弟子!ワタシは外に弱いんだ」


 更にユウィンの腹に蹴りを入れ、アヤノは直ぐ様そっぽを向いてしまう。細足から繰り出されたとは思えない強烈な一撃に悶絶していた為ユウィンには解らなかったが、ソッポを向いてしまったアヤノの耳は、やんわり朱に染まっていたのであった。



 ◆◇◆◇



 トロンリネージュ郊外にある森林地帯にドラゴンが寝むそうにアクビをしていた。この竜は魔人領で開発され、量産されている運搬用の養殖竜である。


「影王…良かった…無事で」


「スマナイ心配をかけた」


 キリンが泣きそうな顔で影王の頬に両手で優しく触れ、Lv2精霊の癒やしヒーリングを掛けていた。カラドボルグの直撃を受けた影王の火傷は回復してはいない。満身創痍の影王の姿にキリンは泣きそうになっていた。


「キャロルは?」


「寝てるけど…影王…自分の事も…大事にして…?」


 お願いだから。キリンはついに泣き出してしまう。

 そんな目の前のエルフの魔人に、影王は驚いたのか眼を見開き、フッとキリンの手をつかみ、抱き寄せる。


「か…影王…?」


「すまんキリン心配してくれたのか。……そして」


 真っ赤になって涙ぐんでいるキリンを影王の深紅の片目が見つめていた。


「……君とキャロルがいてくれたから俺は魔人として生きてこられたようなモノだものな。俺の身は俺だけのものではない。君と、娘と……俺の怒りに任せた行動は無責任だった」


「そ…そんな…事…」


「……ありがとうキリン」


「…わっ」


 影王は抱き寄せたキリンを強く両手で抱きしめる。半身を負傷し半裸の体で抱かれた感触は生々しく妖艶で、その感触に、その手の経験が少ないキリンはパクパク口を開きながら声にならない声をあげて固まってしまう。

 深夜の夜空に星が瞬き、冬の寒さのせいで2人のいる森には虫の声すらない。ヒトとハーフエルフの魔人2人だけの世界のように月明かりが照らしている。


「いやだったか」


「ち…違う…き…緊張しちゃった…だけ」


「そうか」


「こ…これ…どういう…意味?」


 影王はそっとキリンから腕を外し、問いに答えず寝ているキャロルの方に行ってしまう。キリンの視界に影王のたくましい背中が映り、体の火傷が完全に癒えた事がわかる。バンダナが燃え尽き、服も下半身以外殆ど燃え尽きていたが、流石上位魔人の回復力といえよう。


 いつもは兜を被っている影王の素顔にキリンは正直緊張していたようだ。


「…もぉ…影王って…変…」


 キリンは不貞腐れ頬を膨らましていたが、どことなく幸せそうだった。影王の後ろ姿を見て少し微笑むがその光景にハテナがとんだ。


「あれ…久しぶりに見た…影王の顔…どこかで…」


 キリンが額に指を差して何か思い出そうとするが、そこに影王の声が掛かる。


「キャロルが寝ている間に帰るぞ」


「ハ…ハイ…」


 まだ少し余韻のあるキリンは転けそうになりながら影王に駆け寄る。養殖竜に合図をし、寝ているキャロルを竜の背中に乗せ、影王はキリンに手を貸し先に竜に乗せ、その後すぐに自分も飛び乗った。


 竜は羽を広げ勢い良く羽ばたく――魔人達の世界に向かって。


 影王の濃いアッシュグレイの長い髪が風に舞ってなびいていた。


「…あっ…」


 想い人の髪を見てキリンが何か思い出した時、竜は勢い良く飛び立った。



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