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第14話 姉妹

 挿絵(By みてみん)




 ユウィンに抱えられ地上に舞い戻ったシャルロットに3人は笑顔を向ける。デイオール家敷地内の氷は融解し水となり、闇夜を照らす月光により園庭の緑が際立って見えていた。


 深夜だというのに学生服を着た3人の学生とパジャマのままのシャルロット。それを執事クロードは遠くから優しく見守っていた。生徒達のの教師ユウィンはシャルロットを地上に降ろし執事の方に歩いて行き――親友の帰還に学生3名が出迎えた。


「お帰りシャルっ」


「全くバカだよお前は」


「このセドリック、アナタを護れる強い男になると誓います」


 シャルロットの親友3名――セッサ、アベル、セドリックは各々彼女を迎え入れた。


「ボ、ボク……みんな…ごめ……」

「謝るのはなし!」


 テッサが言葉を遮ってウインクする。


「アンタに謝って欲しくてアタシ等が頑張ったとでも?」


「あ、ありがとうみんな」


 シャルロットは顔を半分抑えながら大粒の涙を流した。先程までと違いその温かい涙は園庭に零れ落ち大地を潤している。

 3人がそんな彼女を見てうっすら涙を浮かべていたその時――シャルロットのボロボロだった上半身のパジャマが遂に寿命を全うし涙と一緒に大地に落下した。


「あっ」

「なななななデデデイオール?」

「こ、これは……何と」


 腕で大事な所は見えなかったが上半身裸となったシャルロットを見て男子2人は目を見開く。シャルロットも男子の視線を追って視線を胸元に落とし、バフッ――謎の音と共に赤面。


「……え?……え?……えぇ?」


 彼女は、え? の度に顔を赤くし周囲に羞恥と魔法粒子ミストルーンが集まった。


「見ないでーーーーーーーーー!!!!」


 男子達の足元から出現した巨大な氷が2人を吹き飛ばす。一度魔人化した彼女の魔法因子核リンカーコアは更に出力を上げ、とんでもない威力で親友を空へといざなった。


――ドサッ


 さりげにユウィンの構成した風のクッションに男子2人は落下。


「とんでもないものを見てしまった」


「正にあの形とサイズは至高……インフィニティですね」


 2人は命を賭ける価値の対価、それを心に刻みニヤけていた。


「少しは見直したアタシが情けないわ」


 自分の制服の上着を脱いで着せつつため息を付く。


「ありがとう……テッサちゃん」


 シャルロットはまだ顔を真っ赤にして俯いているが何となくま憑き物のとれたような複雑な表情でユウィンの背中をチラチラを気にしていた。


「で、アンタ言ったの? 先生に」


「え、何を?」


 キョトンとテッサに向き直り。


「好きだって」

「なっ何で!?」


 なななな何で知ってるの!? 内気なシャルロットには珍しく真っ赤になってテッサの肩を掴む。


「え? 言ったんだ……ちょっと意外」


「だだだだから何で知ってるの!?」


 シャルロットには魔人化した時の記憶が全てあった。その影響で性格が大胆になり愛の告白らしきものをした光景が思い出される。


「いやカマ掛けてみただけだったんだけど……で、先生何はて?」

「うにぅ」


 シャルロットがテッサの肩から滑り落ちる。


「ほほぅ」


 リアクションで親友と年上教師の関係が中々良い事を推測しあんうんと頷き一息――そういえばと時の人、ユウィン先生の方を向いて確認しようとするが彼はさっきから皇女の執事と真剣な顔で話していた。何か分からないがあまり良い雰囲気ではない気がするが。


「気付かれていますか……ユウィン殿」

「あぁ奴らだな……アンタの言ってた嫌な雰囲気は」


 クロードとユウィンがデイオール家園庭より街の方角、正面門に立つ3人の人影を見据えていた。ユウィンは相も変わらず無表情だがクロードの気配は違った。――ラスティネイル"鴉"と相対した時よりも険しく、既に本気の臨戦体勢で場を警戒している。


「彼の者達……特にバンダナの男は只者では御座いません。私のアスディック範囲外からでも圧力を感じておりました。達人級(マスタークラス)……いや恐らくは限界者級(カウンターストップクラス)極気闘士(オーラマスター)かと」


「魔人にしても殆ど魔力を感じないが……何者だろか」


 3人の人影はこちらにゆっくりと近付いて来ていた。――男女2人と小さな子供が1人。そして真ん中の小さな女の子が眼鏡を外し、その深紅の視線がユウィンとクロードと重なった。


「く、こいつは」

「むぅぅ!」


 ユウィンとクロードは微動だに動けなくなる。

彼等に全く油断はなかった。その筈なのに女の子は、そのままゆっくり歩いて2人の間を通り過ぎて行き、テッサが女の子に気付いたようだ。


「可愛い~ シャルの妹?」


「え、ボク妹いない」


 そっくりだった。

 ガーリードレスにプラチナブロンドの少女――真紅の瞳をしたキャロルはシャルロットに親しげに、優しげに、無邪気に笑顔を向ける。


「ゾフィーちゃんっ、お姉ちゃん覚えてる~?」


「え……ボク、シャルロットです…けど」


「もう150年にもなるものね。そうよねそうよね~」


 ユウィンの影からディの声。

 彼女には珍しく相当焦った声色が響く。


赤眼呪縛(スカーレットスナップ)解除完了。マスター警戒してください。――奴は魔王レッドアイです!』


 クロードとユウィンの動きが回復し――直ぐ様、シャルロットに駆け寄ろうとするが、何者かに腕を掴まれて再び動けなくなった。


(速い……いつの間に)


 バンダナで顔半分を隠している男。

 影王がユウィンの手首を掴んでいた。


(これは外せない、な)


 凄まじい握力で拳を握っていた手が開いていく。


(速度も、力も完全に俺より上か……魔王と共にいると言うことは)


 影王の死角からクロードが先制、貫手を放った。


貫手絶杭スピアハンドスティンガー!」


 しかし影王は完全に死角からの攻撃を、体を捻ってから反対の手で貫手を受け止めて見せた。


(これは――索敵武装気アスディックか!?)


 抑えこまれてユウィン、クロードの二名は動きを完全に止められてしまうが。


「喋るな動くな。何もしなければ悪いようにはしない」


 影王の声に違和感。

 だが今のユウィンにはどうでもいい事だった。

 瞬時に脳内で術式を演算しつつ時間を稼ぐ。


「優しいんだなアンタ、魔力を感じない魔人か」


「娘が…キャロルがデイオールの娘と話したがっている。終わるまで黙っていろ魔導士」


(キャロル……そして娘だと?)


 そしてアンリエッタが調べてくれた家系図が脳裏に浮かぶ。


(あの絶大な氷の魔力素養……シャルロットはやはり現魔王の子孫か)


 ユウィンは反対側のクロードに眼で合図してから、圧縮魔法を解凍させつつあった。


 魔人殺しが魔人を目の前に、黙って見ているつもりなどさらさら無い。


「断る! Lv4退魔光弾アナー=ジイ」


 ドドドッドド!


 影王にマジックミサイルが直撃し――拘束されていた腕が離れるが。





「な、なに何? してんの!?」


 テッサが爆発に驚きユウィン達の方に視線を移した。

傍らのキャロルは爆音になど全く気にもせずシャルロットを見つめる。


「さぁ付いてきてゾフィー…じゃなかった。シャルロット? お姉ちゃんと帰りましょ」


「せ、先生が!?」


 シャルロットは戦闘になりつつあるユウィンの方を見て心配していた。

 キャロルは先生と言われた男に眼を向ける。

 そこへアベルとセドリックがシャルロット目掛けて走ってきていた。


「シャルロットさん」


「デイオール離れるぞ! 何かヤバそうだ」


「Lv3影王縛爪シャドースナップ


 近付いてきたアベル、セドリックと更にその場にいたテッサ、シャルロット迄も全て同時に動きが止まる。


「な、なにこれ動けない」

「く、畜生なん、だこれは魔法言語か」

「こ、高位魔法言語……こんな簡単に」

「んん~」


「人間の子供…しゃべらない方が良い…この術は脚からゆっくり脳まで呪縛が侵食していき…安らかに死ねる。でも暴れると…とても痛く…死ぬ」


「死って嘘ぉ!? 何々何事!? 私らの日常おかしくないってイテテテテ痛いマジで」


「テ、テッサ暴れるな俺がなんとか」


 忠告を無視して熱血する学生をその緑の髪と瞳で流してから、雷帝は魔王に視線を移す。


「キャロル…ワタシ…指輪を…外しちゃったから…早く帰らなきゃ」


 影縛りの高位魔法を使った魔人キリン。

 空中を浮遊しながら地上のキャロルと影王を交互に確認し、邪魔になった指輪を胸の谷間にしまい込む。


「キリン外すなって言われてるのにダメじゃないぃ。というか何で脱いでるのビキニにならないと駄目なのそれ。というかドサクサに紛れて羽織ってるソレ、お父さんの着てたジャケットだよね」


「キャロル…早く離脱…するよ」


「だからソレ、お父さんのダヨネ!」


「…ポっ」


「ポ、じゃねぇしこんのぉ」


 人の世界に潜伏するために着ていた服を脱ぎ、いつもの派手なビキニ姿になっている配下に、口を尖らす魔王だが。


「……アイツが多分噂の魔人殺し…レベル4を…詠唱せずに放った…危険」


「へぇそうなんだ。

 シャルロットが先生とか言ってた男かぁ…ふぅん」


 魔王キャロルは口元を釣り上げて笑う。


「ん、ん――きっ」


 親友トリオは動けない。

 口を聞くことも出来なくなりつつある――しかしシャルロットだけは違った。


「き、君達………何でこんな事する、の!?」


「ワオっ! シャルロット喋れるんだすごぉい。ねぇキリン凄いね~」


「うん…影縛りの術を…レベル3を破れるって事は…この娘も…Lv4…神魔級だね」


「先生に、皆に…乱暴しないでっ――ボク怒るよ!」


 口は動くがまだ体は言う事を聞かない。

 だがシャルロットは少しずつ動けるようになってきていた。


 術を破りつつあるのだ。


「ますます気に入ったよぉでもでも? あの先生を気にしてるみたいだねぇオマセさん♡」


「ちちち違うもん!」


 シャルロットがちょっと転けそうになりながら赤面。


「うん♡ じゃあ殺しちゃおう。

 それなら諦められるよねぇ」


「え!?」


 何言ってるんだ自分に似ているこの娘は,

あまりにも簡単に死を口にした少女に、シャルロットは警戒レベルを上げる。


(ち、違う。この子は多分人間じゃない)


 この存在は自分が今迄見てきた人間とは明らかに違う。

 人にあるべき取り繕いがない。さっきのまでいた暗殺者でもまだ人間臭さがあった。だが、この少女にはそれが全くない。わざとらしさも、ぎこちなさもない。


 この存在は真なる純粋な悪であると身を震わせた。


(先生が危ない)


 直感的に判断するがまだ自由には動けない。

 そんな心境をお構いなしにキャロルは父親に向かって大きな声で叫んだ。


「お父さ~ん! そいつら殺しちゃってぇ~」






「本当にお前、魔人…か? やりにくい相手だな」


「それはお互い様だ人間」


 影王は先程のマジックミサイルを初弾以外全て躱していた。左肩が少し刳れている。

 が、お構いなしに振るわれる身の丈ほどもある黒刀の大太刀の技量は凄まじく、こちらの太刀筋が読まれているかのようにさばかれていた。


(お互い様…ね)


 まるで自らの流派――魔人剣を知り尽くしているかのような動きで。


「そうは見えんが」


「その太刀筋……何処で知った」


「魔人に応える必要が?」


「ユウィン殿!――くっ」


「煩わしいな…お前達」


 黒の魔人の剣技とオーラスキル。

 ユウィンは影王の動きと、先程魔法が直撃した肩の傷の軽さに、警戒レベルを二段階上げる。


(硬化武装気ブソウオーラ――レベル4を防げる程の……なんてヤツ)


 ガガガッガガ!


 影王は1体でクロードとユウィンを同時に相手出来ていた。クロードですらあまりのスピードに押されている。敵を魔人と判断し、対魔人戦用刺殺技のタイミングを図るが。


(ぬぅ、速い! 鴉と同様、いやそれ以上か)


 ユウィンは影王と戦闘しながら、ディを呼び出す術を編み上げる。


ディ、シャルロット達を守れ!」


 影から漆黒に輝く髪をなびかせた女性、D(ディ)が具現化し上空のキリン目掛けて炎の魔法を放った。

 彼女の頭の6本の角が光輝いて発光――瞬時に次の魔法の演算に移っている。


『マイマスターお任せを』 


「…竜王…?…生きて…いたの…」


 放たれたレベル3の炎を空中で避けながら、現れた竜人の姿にキリンは驚愕する。


「ふぅん♡」


 竜王の証である黄金のツノ。

 250年前ソーサルキングダムにて、魔人殺しに倒されたとされる竜王――バハムート=レヴィ=アユレス。


 その姿に魔王キャロルが口元を歪める。


「アッハハ始めましてぇだねっ♡

 人間ごとき下衆に飼われているとは笑えるなぁ!トカゲの王よ」


『黙りなさい魔王レッドアイ

 ディはマスターの剣となったのです。同族を辱めた恨み、今晴らして見せましょう』


 重力を制御し、漆黒のメイド服なびかせるディは両手から炎の魔法を放った。


「知らね~ってのトカゲ無勢が!」


 しかしキャロルは影王並みのスピードでの炎を躱す。


『伊達ではない、先代魔王以上と言われるだけはあるか』


「アハハハ♡ 止まってると死んじゃうよぉぉ!」


『sit――邪鬼め』


「死ね死ね死ね死ねぇ♡」


 魔人領では現在竜族を養殖が行われており、ディの言葉はそれに対してのものだが、言葉とは裏腹に魔王の動きは制限により全力を出せない竜人の動きを完全に超えていた。


『仕方ない…マスターとのリンクを一時外してオーバークロックを――』


「おっそいよ♡トカゲがぁ!」


 魔王は竜王を見据え、真紅の眼を見開いた――が、


「あ、あれ!?」


 結界リングをしているキャロルは魔力が9割以下に落ちている。

 それを忘れていた幼い魔王は放った筈の魔法が実行出来ず動揺で動きが止まってしまう。その瞬間を見逃すディではなかった。


 メイド服から長い尾を出現させ、キャロルをなぎ払う。


「キャァァァァ!」


「キ、キャロル…!」


 魔王は地面に接触しながら吹き飛ばされ、気を失う。


「よ…よくも…竜王!」


 ジジジジジジ……


 憤るキリンが古代魔法の呪文詠唱に入る。

 周囲に超電圧の雷が発生させるが、自らの怒りを遥かに凌駕する怒気を後方から感じ振り返る。


「か…影王…!?」


 ドバんッ!


「くぁっ!」

「ぬぁぁ!」


 ユウィンとクロードを同時に吹き飛ばした影王。

 その力を受けた対象は遥か後方へ吹き飛ばされ、受け身も取れず転倒する。


「キャロル」


 気を失った娘に一度視線を送り呟く。

 影王の周囲に憤るオーラが揺れていた。


「キリン! キャロルを連れて下がれ!」


「ハ…ハイ」


『逃がしません! お前達は此処で潰します――倍率術式オーバークロック展開』


「り…竜王の出力が…上がっていく…マズイ今からじゃ」


「キリン!」


 影王に叫ぶように命令され、キリンが気絶したキャロルを連れて魔法で空へと上昇しようとするが、ディはそれをさせまいと炎の魔法で妨害していた。


 影王が黒刀を振り上げる。


「どけえぇぇ竜王おぁぁぁぁぁ!」


(何だ……奴に……魔力が!?)


 何とか起き上がったユウィンは、先程迄全く感じなかった影王に魔力が集中している事に驚愕する。


「それより、あれはマズイか」


 魔力を落とす事は出来ても、全くゼロにすることは出来ない。クロードは深いダメージを負って動けないでいた。


 影王の振り上げている黒刀の周囲空間が揺れるように見えた。


 次の瞬間、それを振り下ろす。


「いかん――戻れディ!」


魔人剣流刃マジンケンリュウハぁあ!」


 ヴ…ィ…ン


 ディは粒子になって四散し、間一髪の所でユウィンの影に戻る。


 先程までディがいた場所を透明な刃が飛び、後方にあった巨大なデイオール邸を両断していた。


 巨大な屋敷がメキメキと音を立てて倒壊する。


(何て威力、それに魔人剣だと)


 ユウィンの場所にまで魔人剣の衝撃波の影響で竜巻が発生していた。


「だが、この硬直の隙を逃さんさ」


 こちらを向き直る影王に、ユウィンは既に詠唱を完了させていた術式を解き放つ。


「――っくぞ」


 輝く焔を纏い踏み込んだ。


……アグリー=ツアマー=ハイファーレント=煉獄の炎よ我と汝で御使をゲヘンナへ誘うべし……


『Lv4炎魔灼熱地獄エー=デイ=グレン=ファーレンハイトおぉぉぉ』


 摂氏4,500度の地獄の炎。

 炎の閃光となったユウィンが影王に激突した。

 この魔法はLv4古代魔法言語である。魔人の防御結界を貫通し、影王の本体を融解させていく――筈だった。


「小賢しい」


「そんな、ことが!?」


 影王は融解しなかった。

 そして4,500度もの高熱の中、喋るなんて事が出来る訳がない。


「レベル4を防げる結界など――?」


 抜いた筈の結界の下から更に強力な結界が展開されていた。それどころか更に、炎を纏うユウィンの首を手で掴んで来た。


「死ね……名も知らない……人間」


「く……ぁ」


『マスター!』


 ディが強制的に実体化しようとするが影王の結界の力で押し返される。

 一気に首を締め上げられユウィンの意識が飛びかけるが、その時――影王の握力が止まる。ユウィンは必至に藻掻くが握力が止まっただけで全く外れない。


(何なんだ…こいつはぁ……)


 先生ぇぇー!『Lv4圧殺水鯨波アベイシング=エイ』


 ドドッバンシャン!――次の瞬間、とんでもない圧力で影王とユウィンが地面に叩きつけられた。

 Lv4の水魔法――大量の水で目標を圧死させる古代魔法言語ハイエンシェントである。自由を取り戻したシャルロットが心配そうにユウィン駆け寄る。


「ごごごごめんなさい……先生にも当たっちゃった」


「やっぱり……き、君はコントロールがまだまだだね……」


 ユウィンはゲホゲホ咳き込みながらシャルロットに顔を向けた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 先生ごめんなさい!」


 彼女は得意のゴメンナサイを連発し、頭を振りすぎて目を回しだした。


「いや……命拾いした…ありがとうシャルロット」


 実は両方の意味で死ぬ所だったが、可愛い生徒に下手な笑顔を向けておく。

 自分が使っていた古代魔法の防御結界が残っていたのと、硬化武装気で防御したから何とかなった。

 でも実の所――混戦している場に敵を圧死させる魔法を使う、そのセンスがどうかと思うのだが、とりあえず助かったので納得。そんな心境は気にしていない彼女は、この状況が解っていないのか、俯いてお顔を赤くされている。


「そんな……ボク先生の為なら……」


「シャルロット――とりあえず胸がはだけているし、一旦離れる」


「え? え? え?……わわわわ」


 彼女のトップスは学院の上着しか羽織っていない。半身スッポンポンの彼女の手を取って一旦近くで倒れている影王から距離を取る。


 少しシャルロットが積極的になった気がする。

 魔人化の影響か? 思いながら無表情に――無いな。冷静に分析。アンリエッタならともかく、この娘に手を出したら完全にロリコンだ。


 アンリエッタは18歳、この娘は16歳。2つしか変わらない。

 やっぱり無いな、駄目だ2人共。頭を打ったせいで無駄な事を考えながら、場所を離す。


 そこに、束縛が解けたアベル、セドリック、テッサが集まってきた。クロードは大分離れた所で物陰に潜み、体力の回復を図っている。


 そして影王も起き上がり、そこに気絶いる魔王を抱えたキリンが空から降り立った。


「先生……アイツらは?」


 テッサが心配そうに駆け寄り、ユウィンに聞いている。


「魔人だ――シャルロットと一緒にもっと離れていてくれ、何とかする」


『Master!』


 影に潜むディが珍しく人目もはばからず話しかけてくる――クールな彼女が相当焦っている訳だ。ディをよく知らない生徒達は、周囲を見渡している。


『あの魔人の防御結界は、上位霊子体が持つ多重防御結界です』


 上位霊子体――彼は一度だけ天使と殺り合った事があった。眉を寄せる。


「創世記、人類を滅ぼしたという魔神や天使が持つと言う結界だな」


『しかし中位霊子体である魔人があれを持っている理由が解りません』


「Lv4で服すら燃えていない……」


 遠目に見える魔人3体を見据える。

 退却しないのなら……仕方がないか。意思を固める。



 空から降り立ったキリン。ズブ濡れの影王を心配そうに見つめる。


「…影王…大丈夫…?」


「問題ない。少々服が焦げただけだ。キャロルは?」


「大丈夫…気を失ってるだけ…」


「そうか。良くない者が近づいてきている。お前達は先に森まで行って、ドラゴンの所で待機していろ」


「え…影王は…?」


「奴を仕留めてあの少女を回収する」


 キャロルはシャルロットを妹として魔人領に迎え入れるつもりで此処に現れたのだ。しかしキリンは頭を振ってそれを否定。


「だ、駄目! さっきの影王の力…初めて見たけど…危ない感じ…ワタシも…」


「大丈夫だ。それにキャロルが起きてこれ以上騒ぎを起こすのもマズイ」


「で…でも…でも」


「お前だから頼んでいるんだ。頼む」


 影王はキリンを見つめる。キリンはその表情にボッと顔を高揚させ頷いた。いつも無表情で冷静な影王が少し笑ったような気がしたから。


「…解った…早く…帰って来て…ね?」

「あぁ」


 キリンはキャロルを抱いて飛翔――彼女は風の高位魔導士ハイウィザードである雷帝の名は伊達ではなく瞬く間に郊外へと消えていった。

 娘達を見送った影王は、眼前の名も知らぬ男を見据える。自分でも何故先程、首を握り潰さなかったのか不明であったが確信を得ていた・・・・・。曖昧だった理由が明確になっていく、己が王都へ来たかった理由が。


(お前だな……あの時、俺を哀れんだのは・・・・・・


 胸の奥から湧き出す激情を燃やす。


(そして灰色の髪、その顔……お前は不愉快過ぎる……絶対に殺す!)





 対してユウィンは眼前の影王から立ち上る武装気を見て、あの魔人がまだ殺る気である事を確認する。


(殺る気か……しかたない)


 覚悟を決める。後ろからシャルロットが彼のジャケットの裾を引っ張った。心配で心配で仕方ない、そんな顔で見上げてくる。


「あの……先生ボクも戦います。Lv4迄使えるようになったのでお手伝いさせて下さい」


「シャルロット気持ちは……」


「何言ってんの。せっかく助かったんだから、アンタは一緒に離れてるわよ!」


 ユウィンの言葉を遮ってテッサが割って入った。


「で、でも……」


「先生は何とかする男です。魔人も残り1体となりました。ここは任せましょう」


「そうだ。お前の魔法危なそうだしな」


セドリックとアベルも説得に割って入る。


「危ないけど……でもでもボク」


 テッサはシャルロットが積極的になったのが嬉しいらしく「先生と2人で何するつもりよ~」とか言って彼女をくすぐっている。何故かこの場の雰囲気に慣れてきている生徒達が教室で喋るみたいに対談。


(これは堪らんな)


 ユウィンはシャルロットを見つめて言葉を告げた。


「シャルロットは皆を守って欲しい。君にしか頼めない事だ……頼む」


「え? そんな……ボク……あ、ハイ」


 真っ赤っ赤になって俯くシャルロット=デイオール。そしてその対象のユウィンを心底腹立たしそうに男子2名が見つめる。遠方でこの会話を聞いているだろう執事クロードにも「この子達を頼む」を口だけで伝える。武装気ブソウオーラを張って聞いていた執事は物陰から頷いた。


 生徒達が倒壊した屋敷付近まで後退した事を確認してから、ユウィンは独り言ちる。


「……待っていてくれるとはな」


『Master奴の結界、どう対処致しますか』


「……全圧縮魔法(ラプラス)を破棄。全ての能力を演算処理へ」


『王都内で使うのですか!?』


 ディの声に動揺が混じる。ユウィン=リバーエンドの持つ竜剣ラグナロク――DOSには、圧縮された魔法言語が記憶されている。その全ての容量を空けるという事は全力で戦うという事。


「被害は出させない。放った後、空間魔法言語ジーフォースで周囲を覆って転移させる」


『No――しかしそれではMasterの魔法因子核リンカーコアの容量を超えます確実に生命を削りますよ!?』


「構わんさ」


 ディは少し考えたらしい。時間を置き「圧縮魔法ラプラス破棄します」と承諾――溜め込んであった魔力が放出され、ラグラロクが輝きを放っていた。


『Run――術式展開ディはMasterの剣、お供致します』

「やるぞディ!」


 ユウィンとディの精神が同調――竜の力を主人に上乗せする対霊子対用高位戦闘術式である。


『竜魔融合術式展開――全能力をMasterの魔法因子核リンカーコアへ直結します」


 ラグナロクから光が失われ、身体が黒い光の衣に包まれる。ユウィンが目を見開き声が大空へと響いていく。


 サート……ディアボロスケイエ……鍵よ闇よ鍵よ……


 大気が異常を訴えていた。

 闇夜に豪風が砂を巻き上げ雲が渦巻き、稲妻が走り疾走する。遠くで見ていたシャルロット達がその異変に眉をひそめた。


「……先生……歌ってる?」


 シャルロットはユウィンの詩に耳を傾ける。呪文スペル詠唱ではなくまるで歌うかのような声が響いていた。それは心地良くも禍々しい地獄の言霊――

終焉の詩であった。


「これはLv4古代魔法ハイエンシェントですか?……いや、何だあれは」


 魔法王カターノートの血を引く魔法言語に詳しいセドリックが恐怖に顔を歪ませる。


「何だ? この感覚、胸が痛てぇ……」

「空が泣いているかのよう……何て禍々しい強い言霊」


 アベルとテッサは胸を抑えて天を仰ぎ倒れ込む。周囲の魔法粒子をユウィンは瞬く間に吸収し源流ソースへ転送する。



 あぁ……天界のくさびを解き……放て終焉の歌……放て放て……歌うように……


 ……ゴッゴゴッゴゴゴッゴゴゴゴゴッゴゴゴ………


「いくぞ……名も知らない……黒い魔人」


 ユウィンは影王を見据える。

 眼は赤黒い閃光を放ち、構えている両手の血管が膨れ上がっていた。


 対面に見据える影王の周囲の空間が歪曲し始める。多重の防御結界が黒刀に集まっているようだ。更に異常な量の武装気ブソウオーラが黒刀に更に集まり、つるぎが膨張、肥大化して見えていた。



 黒光を放出する――ユウィンの術式が完成。


「超魔七罪輪廻セヴンヴェルサス……」


 異常質量となった黒刀――影王が居合いの構えを取る。


「奥義――無限魔人剣」


 オオオオオオオォォォォォォ…………


 正にユウィンと影王 2人の最大の力が衝突しようかという時――天空から麗しくも強い、魔女の声が響いた。



「やめろ馬鹿弟子。Lv5禁術魔法言語コードギアなど、王都を吹き飛ばす気か」



 声と共に、影王の多重に展開している防御結界に穴が空いた。魔人は驚きに眼を見開く、そこへ巨大な炎の剣が直撃する。


――ズドボガアぁぁぁっオオ!


 凄まじい爆炎で影王の姿が見えなくなった。無表情のユウィンの表情にも驚きが走った。この打ち込まれた炎剣――デバイスに憶えがある。


(こ、これはカラドボルグ――まさか)


 術式の実行をキャンセルし、天を見上げる。


「……アヤノさん」


 正に空に舞う天女――自分の身長よりも長い紅黒の髪、美しく妖艶な魔女がそこに居た。


 ユウィン=リバーエンド、彼の師匠――イザナミ=アヤノ=マクスウェル。その女は少し面倒くさそうに弟子と視線を合わせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 他人の修羅場は蜜の味ですね。とても面白いやり取りが冒頭から展開されていて、とても面白かったです。そこから暗示される陰のある先行きが予感されて、そこもまた見事でした。目が離せなくなりますね。…
[良い点] とんでもないものがあらわれましたね。強者と強者との戦いかと見せて、さらなる強者の登場で児戯のようになってしまいました。展開力がさすがです。私は淡々としてるのでこういう劇的なの書けないので。…
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