第12話 蒼炎と鴉
『Lv4退魔連鎖炸裂弾メコナ=ビャクヤ!』
――ドドドドドドドドドッ
数十のマジックミサイルが連鎖爆発を起こすLv4――通常は対複数を主とし、準誘導マジックミサイルを射出する強力な魔法言語であるが、ラスティネイルの男はそれを爆発前に見切り、爆発スピードより速く動いて全て躱す。
この動きは正に獣――否、トップスピードに乗った燕よりも速くしなやかであった。
(このスピードは厄介過ぎるな……動きを止めるにしても)
達人級の体術を持つが相手の方が上である。
世界トップクラスの魔出力を活かすために、デイオール家の園庭に場所を移したユウィンであるが、厄介なのはコレだけではない。
まだ屋敷の中にいる生徒一人の命が尽きようとしている。という事はもう一人暗部がいるのは間違いない。生徒達を残して庭に出たのは完全に誤策であり――助けるにしても一刻の猶予もない。
(仕方が無い……少し早いが)
片腕のユウィンが小太刀を捨てラグナロクに持ち替える――やや前傾姿勢で腰を落とし、鞘無しの抜刀術――居合の構えだ。
ユウィンの場合怒りの感情が欠落している為あり得ないが、極限まで武装気を集中させ一気に解き放とう。飛びかかろう、殺してやろうという気迫を感じさせる構えである。
「おおお! 奥の手かぁイイネ燃えるねぇ」
ゼノン王国ラスティネイルの男――カルス=シンクレアはその若さ故に油断している。
ユウィンが魔法使いだと知るやいなや、近距離から中距離に間合いを開け、こちらの手札を探る戦術にでていた――相手が再び近距離のオーラでの戦術に切り替えたことで動きを見切ったつもりでいたカルスに油断が生まれたのである。
身体能力ではラスティネイルに一歩劣るユウィン=リバーエンドであるが、戦闘経験では遥かに相手より勝る。
「……奥義」
――ドッン!
刹那の気がカルスの右腕を後方に弾いていた。
オーラを超速で飛ばす魔人剣の奥義――殺傷能力を限界まで落とし、速度を限界まで上げた陽動の一撃。
「あぁ!?何だぁ」
カルスでも見えない速度の衝撃波に動揺が走る。
その一瞬の動揺が仇となり、既にユウィンはカルスに接近していた。全長1m半からなる刀身ラグナロクの間合いである。
「魔人双波陰斬!」
「畜生おおおおお!」
だが、その刹那の攻防戦の隙間――カルスの右目に武装気が集まり。
「これは」
これには無表情男ユウィンにも動揺が浮かんだ。
敵は完全に無防備の状態から、まるで何処に斬撃が来るかが解っていたかのような動きで斬撃が外されたためだ。――この奥義は高速移動技「縮地」からの、衝撃波と斬撃の鎖状攻撃。2箇所から同時に攻められる事が解ってでもいない限り躱す方法はない。
斬撃を躱されたユウィンの体は、言わば「死んでいる」奥義の硬直で動けないでいた。
「死ねえええエエ!!」
「くっ無理か」
ガガン!
3人は体制を立て直して間合いを取る。
「先日とは逆の立場になりましたな」
「アンタの助太刀は後が怖そうだが……すまない助かった」
「おっとっとロートルの登場かよ」
現れた三人目。
皇女アリエッタトロンリネージュの執事にして執事長――硬質オーラの達人にして錆びた釘の1人。字名を持つ者、蒼炎クロード=シウニン=ベルトランは革手袋を直しながら、既に状況を把握しカルスを見据え立ち塞がる。
「この場は私めにお任せを、嫌な雰囲気を感じます。ユウィン殿は屋敷の方に」
「スマン任せた」
「礼ならお嬢様に……夜に出て行かれたとお伝えしたらスネておりましたから」
(……じゃあ伝えるなよ)
全くこのじーさんは。
思いながらもユウィンは屋敷に駆ける。
「齢18でで天涯十星3位にまで上り詰めた……天才と謳われるアナタにお会いできて光栄ですな」
「挨拶とか良いんじゃね? 何で邪魔したよ」
「王都の裏の仕事は暗部が勝手にやれば良い」
クロードは薄ら笑いを浮かべながらもカルスにオーラの気迫を叩きつけている――ユウィンを追わせない為にだ。
「つめてーなぁおい。で、アンタは何で同族に拳を構えるよ」
カルスはそれをのれんの筆押しが如く受け流す。
「私は王を守護する一族、一緒にされても困りますな」
「ドライだねぇ」
二名の間合いを少しずつ詰まる。
「火喰鳥…フラムクックが懸念してたけどよぉ……結局こーなっちまったなぁおい」
「ルシアン」の幹部が言っていた「王都には蒼炎がいる」という言葉の意味。――クロードは皇女専属の守護者であり、そしてこの屋敷は城から近い。そしてこの蒼炎の字名を持つ執事はアスディックを最も得意とする傭兵である。その効果範囲はこの道では驚異的な300m範囲内でオーラを行使しする達人――この範囲内殺人を犯そうものなら真っ先に感知される。故に、蒼炎以上の気技と力を持つカルス――鴉が必要だったのだ。
「それに……ユウィン殿が死ねば、お嬢様は悲しみに暮れるでしょうから」
「なんだぁそりゃ?」
これも残念ながら私の仕事なのですよ。面倒を言いながらも少し執事は嬉しそうに微笑んでいるが。
「まぁ何でもいいがよ。アンタはずっとこっちにいたから会うのは始めてだなぁ」
「まぁ今後は会う事も無いでしょうな」
「そーいやそーいや、ここに来る前、絃葉と仕事してたんだがよぉ……アンタの事でからかってやったら激キレで笑っちまったぜアイツ父離れしてねーんじゃねーの? たまにゃ帰ってあの生真面目に一発突っ込んでやれや、キンシンソウカンっけなぁ?そーゆーの」
「全く……あの娘もまだまだ鍛錬が足りませんな。こんな子供に食わされるとは」
カルスの表情に怒りが差す。
「ハハハぁムカつくジジイだ、ガキって言うんじゃネェよ」
「おやおや気にしておいでか……娘に器が知れると言われなかったですかな?」
「初めましてサヨウナラ~ 蒼炎のジジイ」
「承りました――鴉よ」
ガッ!
瞬間達人達の拳が交わる。
よもや肉眼で捉えられない程のスピードと駆け引きを交差させながら表情には余裕が見える。この二名は共にラスティネイル――人外の者と呼ばれる修羅達なのだから。
「ハッハハ!」
「舌をかみますぞ」
「噛む程切迫してねぇっつの――おせぇよ馬鹿が!」
「年寄りをそう急かすもんでは――」
クロードに余裕が無くなる。
相手の動きが一段階上がった故にだ。
(速いな、これは……私より……む!?)
カルスの両手と足が刃のオーラ――鎖状攻撃。
「イケぇ三連断刃」
「くっ」
クロードは一旦間合いを離した。
両腕と腹が出血するが即座に筋肉で止血する。硬質気で防御しているのだがカルスの攻撃力は、かなりクロードの防御力を上回ってる事が解る。
「あ、わりわり大人気なかったわ蒼派は一種の技しか使わないんだったなぁ」
「まぁそういう古い流派ですからな」
(……中々の威力だ。硬質していなければ死んでいた)
クロードが相手の力量を分析する。実力を隠して勝てる相手ではない。
「じゃぁよぉオレも突き……絶杭だけで勝負してやるよ」
その申し出にクロードは眉を少し動かす。
流派「蒼シウニン」は一つの技を極限まで追求する流派――他門の技を封じ、自らの流派のみで戦う事を是とする。流派「黒クンネ」は無音の高速拳を得意とする。他門の流派の技を使ってでも余裕――そう挑発しているのだ。
「それはそれは優しいのでございますね」
「ロートルの7位相手に、本気出したら可愛そうじゃねぇか」
そう軽口を言いながらも彼らの間合いが再び重なった。
「オラオラオラオラァァ!」
超人達の高速の絶杭が乱れ打たれたが――此処で形勢が逆転する。拳速が明らかに勝るカルスの拳が徐々に押されだしたのだ。
「ち、チ、チ、なななんだぁ!?」
「絶杭とはこういうものです」
「何だとぁ!!」
クロードの突きは明らかにカルスの突きを凌駕していた。――実力を隠していたのだ。
「散弾絶杭――シュラプネル!」
今度はカルスが肝臓部分に貫手を打ち込まれ後退する。
「ガッ…ハッ……オレのシュラプネルが潰されただとぉ」
「技には速さも重要ですが、それ以上に深さでございますよ小僧」
語るクロードの表情も優れない。
今の一撃は完全に急所をとらえたはずだったのに。
(倒ったと思ったが中々の硬質オーラ……いや違う、間合いを外されたか)
クロードは挑発の為あえて近づき、カルスを見下すような位置に陣取る。
「ジジイ……! ぶっ殺す」
「それは先に言う言葉ではございませんよ」
クロードは気付く。
眼前の少年の右目に武装気が集中している為だ――通常戦闘で片目だけにオーラを集中させるような事はしない。
(何故だ……利き目だけにオーラを集中させている)
その次の瞬間にはラスティネイル3位の男は、荒れ狂う猛獣のように地面を蹴り飛ばしている。
――ゴガンッ!
既にカルスは無音を誇りとする流派歩行を無視して、音を消すことせず踏み込む。スピードが上がったがクロードはカルスの技を見切りつつあった為、相手の動線上にカウンターを入れようと身構え――先程の散弾絶杭の容量で、拳と拳の間を縫って速度より威力を持って反撃する――が、しかしそれは全て躱され、逆にクロードに攻撃が当たりだした。
(ぐっぬ何だこの動きは!? 動きを予知されている ――いや読まれているのか)
「死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇえ!」
逆にクロードの攻撃を縫うようにして、さらに無数の貫手がクロードに迫る。
(くっ! そうか……これが噂に聞く、鴉の固有オーラスキル神眼武装気か)
奥義神眼武装気とは――天才カルス=クンネ=シンクレアが独自に開発した特型と呼ばれる気技である。相手のオーラと構えを利き目に集中したオーラで読み解き、次の攻撃を予測する第六感型超能スキル。鴉はこの固有スキルを駆使して数年足らずで3位にまで上り詰めた。
「むぅ!……グハッ」
クロードは計10発もの貫手を受けて吹き飛ぶ――着地はしたが内臓から血が逆流する――それを体外に即座に吐き出して体制を立て直す――が、カルスは構えを取られる前に直ぐ様間合いを詰めてきている――奥義の使用で景気付き一気に勝負を決めるつもりの様だ。
「ヤッてくれるものだ」
「死ねよロートル!」
馬鹿正直に正面から突撃してくるカルスを見据えるクロードはニヤリと笑い、口元の血も拭わず人差し指を差しゆっくりとこう言う。
「クック……六感特型オーラの使い手か……面白い。では1分間だけ稽古を付けて差し上げましょうか」
「ハァ? つまんねぇよ――ジジイ」
蒼炎は肩を前に出したような特殊な構えを取り、ゆっくりと動いていた。対する鴉は更に踏み込み、音もなく姿が消える。この技は暗部の象徴とも言える秘技――無音高速移動の暗歩から攻撃を繰り出す断刃との合わせ技――流派黒の暗剣という技。
「発勁絶杭なんて大技がぁぁオレに当たると思ってんのかよぉ!」
鴉は構えとオーラから既に次の攻撃を予知――発勁絶杭が当たらない位置から暗剣を叩き込むつもりでいる。
だが――クロードは発勁絶杭の構えから別の技を、鴉の放つ超速拳にそれ以上の速度で掌底を叩き込む。
「て、てめえまさかジジイ!?」
――グドバッン!!
カルスの拳とクロードの掌底が重なる。
その衝撃がカルスの内部を伝わり右脇腹を吹き飛ばしていた――闇夜の園庭の緑に闇色の鮮血が飛び散り花が咲く。
「鴉よ……速度と己のが慢心に酔った貴方の負けです――これぞ通常遠距離から対象を破壊する絶杭――」
「ぐはぉおお!!?」
「蒼派源流の型奥義――火音絶杭で御座います」
鴉の字名を持つカルス=シンクレアは大量の血を吐いて無様に地面に突っ伏した。――脇腹に穴を空けられている為灰色の石畳が波紋状に闇色が拡がる。
「まだまだ若造に遅れなど取りませんよ」
齢60のクロードは戦闘用の革手袋を直しながら這いつくばる少年を見据える――彼の気質量は常人の半分程度と少なく、長期戦闘には向かない。故に常にセーブしながら効率よく気を運用しているが、こと短期決戦にて100%の実力を出して良い状況なら、1分間という時間制限付きであるのなら、クロード=シウニン=ベルトランという男はラスティネイル第2位のクワイガン王の戦闘能力を凌駕する。――肉体はまだ衰えを知らない、正に超人そのものである。
「三味線弾いてやがったうえ、上ぇ! このオ、オレに情けをかけるだとぉぉぉ畜生がああぁ!」
這いつくばって脇腹を抑える鴉の刺すような視線。
「殺しをやるのは暗部だけでやれば良い。相手を制すもまた武でございますよ」
「こ、こんなムカついたのはう、生まれて初めてだ……む、ムカつきすぎて痛みすら感じねぇ……こ、殺してやる」
「それは先に言う言葉ではない少しは学べ小僧」
暗部の鴉――彼は怒りに震えながら再び武装気を揺らめかす。――満身創痍の男とは思えない程の気量にクロードも警戒色を強めた。
「ジジイ……さっきの先公もテメェの主も……必ず全員ブッ殺してぐちゃぐちゃに犯してやぁ……楽しみにしてろぉハハハは」
「お嬢様を?……負け犬の捨て台詞とはいえ捨て置けんな。やはり生かしては帰さんぞ小僧」
アンリエッタの名前が出た瞬間クロードは目を細めて刺殺技の構えをとるが。
「うおおおおおおおおぁぁ!」
弾丸となったカルスがクロードに跳びかかる――あまりの速度にクロードすら防御するのが精一杯でいて更に――――今しがた殺すと決めた対象を見失う。
周りをオーラをもって見回したが、周囲に漆黒の鴉の姿、気配共に見えない。そして、防御したにも関わらず右利き手の骨が折れていた。
「あの傷で、まだあそこまで動けるのか……」
老人は折れた右腕を押さえ歯を鳴らした。稚拙で軽薄で癪ではあるがラスティネイル3位――
伊達では無いか……と。




