第8話 ボクは居なくなる
「魔人核を扱うようなギルドか……真っ当な組合では無いな」
「そうなの? 人間社会の事…詳しいね影王は」
「お父さん、もぉその話は止めて次何処に行くか決めない?」
「おいウエイター会計を頼む」
「影王っ…うふふ…あの給仕係…飛び上がって驚いてたよぉ…そんな指すような眼を向けるからぁ」
「睨んだつもりはないのだが」
「お父さん顔怖いもんねぇ〜クフフ」
「確かに…ぷくく…始めて合った時なんて…喧嘩売ってんのかと思った…もん」
「おいキリン、いつの話をしてる」
「えー聞きたい聞きたい! 昔のお父さんの話聞きたい」
「えー?どーしよっか…なぁ」
「ズルいよズルいよキリンばっかぁ〜キャロルも聞きたいきーきーたーいー」
「影王ってね…昔はすっごく弱々で」
「うぇ? うっそぉ!」
「やれやれ店を出るぞ……唯でさえ目立ってるのに騒ぐんじゃないお前達」
海賊風の父親を筆頭とした魔人ファミリー。
テラス席でその風変わりの家族に通行人の視線が集まっていた頃――その向かいのギルドと書かれた看板の奥では、男が4人集まっていた。
何処か琉球を思わせる異国風の部屋に入ってきた少年に、初老の男が視線を向ける。
「鴉、ご苦労よく来てくれた」
少年は持っていた袋を乱雑に机に投げはなってから、挑発的な口を開いた。
「この部屋いつも薄暗過ぎだろ鬱にならねぇ?議長老」
鴉と呼ばれるこの男はカルス=シンクレア――傭兵王国ゼノン暗殺部隊所属にする、人類最強を誇るラスティネイルの一人である。
「暗部の者が無駄口を叩くな」
「はいはいよーで、今回は誰を殺すのよ」
差し出されたルシアンネイル宛と書かれた白い手紙を乱雑に開け放ち。
『ヴィクトル=デイオール』
『シャルロット=デイオール』
この2人の名前が書かれていた。
王都の闇と呼ばれる機関「ルシアン」
筆頭補佐議長老は口を開く。
「始末するのはデイオール家全てだ」
「あぁ良いのか?二人しか書いてないぜ」
「構わん決定事項だ」
「あぁ~悪い事考えてんのねハイわかりましたよ〜っと」
軽口を叩くカルスは18歳の少年――しかし口とは裏腹に体全体から凄みを帯びている。
「サギ、貴様も中々上出来だ良くやってくれました」
「ありがとうございます火喰鳥」
サギと呼ばれた男が下に向けていた視線をあげて立ち上がる。彼は純正トロンリネージュ人のルシアン隠密部隊員であり魔道士である。
本名をカルヴィン=クライン――デイオール家の執事の男。
「あの家で彼女だけは父親を憎んでいましたから」
「成程、それで秘密を明かしてから暫く泳がせたのですか」
カルヴィンはワザと秘密を明かした。
シャルロットを地下の部屋に誘導したのも、彼女がいる時部屋を外から開けたのも、あの部屋であえて秘密をバラしたのも全て彼の思惑であり、手紙を2通に分けて時間をかけた。
これはシャルロットの心に迷いがあったのを彼は知っていたからだ。時間をかけたのは彼女の周囲の人間がシャルロットの事を調べる様に。
案の定、あの噂の新任講師は皇女アンリエッタにシャルロットを調べさせた。そしてこの期間内に父親の事になると熱くなる彼女の性格もクラスメイトに植え付ける事に成功した。
「これでお嬢様が最後に死ねば、彼女1人に注意が向きます」
カルヴィンの掌には袋から取り出された蒼の魔人核が握られていた。最後の仕上げとなる筈の切り札が。
「しかし健気だねぇ自分の名前まで書いてんよこの娘」
言葉とは裏腹に、カルスは手紙をうちわ代わりにして扇いでいるが。
「お嬢様は生きる事が下手な娘ですから」
「ん~何か違和感があるがオレにゃ関係ねぇしなぁ」
議長老が決行日時を伝える。
「決行は01292200」
「了解~…ん?…5日後22時!?オレそれまで何すんのよ」
「お前は目立つここに居ろ」
議長老は表情を変えずカルスに言い放つ。
カルヴィンことサギは魔法学院の制服をカルスに手渡した。
「こんな薄暗い部屋でコスプレして待てってか!?」
「少々ウルサイですね……字名の者とはいえ、わきまえろよ小僧」
火喰鳥がカルスのけたたましい声に堪りかねて釘を刺すが。
「オレ何か新しい性癖が芽生えるかも知れねぇわカカカっ」
カルスは全く聞いていないようだ。
魔法学院の制服を見ながらニタニタ笑っていた。
違和感を感じた火喰鳥はふと、床に何か落ちたような音に視線を下げる。
床に落ちていたのは耳だった。
冷静を装っていた表情に血の気が引き、自分のそれがあった場所を確認する。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
声にならない声が響いた。
「それからよぉオレ嫌いなんよ…ガキ扱いされんの、覚えとけや」
カルスが鋭い目付きで悶える初老を見下す――その瞳は先程までの少年のそれではない、まさに獣の如く威圧感を感じさせる。
嘆息する議長老の表情は変わらないが。
「外出は夜だけで頼むぞ……鴉」
「さっすが長老っオレの事分かってくれてるねぇ」
「カルス様……城には蒼炎がおります。気は消して頂く方が懸命かと」
その瞬間だ――カルヴィンの眼、数ミリの所で貫手が停止したのは。
「――――っ」
「わかってんよそんぐらい……しかし何だぁ?ここにゃ弱ぇ奴しかしねぇのかぁ」
「あくまで私は隠密部隊、諜報員ですので」
一瞬下を見てから、全く顔色を変えずカルヴィン=クライン。
「アンタ嘘つきの匂いすんなぁ……まぁいいけどよ」
そのままカルスはソファに横になり「夜まで寝るわ」と就寝してしまった。
(何だ……あの速さは)
カルヴィン=クラインには魔法だけでなく武術の心得もあった。彼はトロンリネージュ兵員ではないのでランク試験は受けていないが、もしランクを付けるとすれば、肉体戦闘高位級マスターランクが付く程の達人である――精級の魔法言語と高位級の戦闘力を持つ暗部氷柱の鷺と呼ばれる最上位のアサシン。
しかし、全く鴉の貫手には反応できなかった。
サギは内心、この幼いラスティ=ネイルを見くびっていた……シャツの背中が汗でへばり付く。
(正に人外の者……化け物か)
暗部の技は無音の暗殺術。
そして武装気アスディックでも感知できない『隠密』という術を使う。
デイオール一家暗殺まで後5日である。
◆◇◆◇
アタシ達と関わることになってからシャルロットは明るくなった。
すぐ謝るのは相変わらずだけど、よく笑うようになったし、よく喋ってくれるようになった。
私のおかげ?ちょっと図に乗ってしまう。
セレナのヤツも、ジルベルスタイン校長から、厳重注意が入ったみたいで最近大人しい。
学院生活は快適だった。
「テッサちゃんセドリック君に癒やしかけてあげて? ボクやり過ぎちゃって……」
「いや~相変わらず凄い魔力ですねぇボクなんかの風障壁じゃぁ全く通用しません」
今は魔法戦闘実技試験前の演習だ。
シャルロットはいつも、実技の時間は俯いて隅で座ってたんだけど、アタシ等4人とパーティ組んだ途端積極的に参加してくれるようなった。
今はペアではなく、癒やしの魔法を使える魔道士を最低一人入れたフォーマンセルで実技演習を行うことになっている。
属性フォーマンセル:チーム氷の姫
【水】シャルロット=デイオール
【火】アベル=ベネックス
【風】セドリック=ブラーヌ
【癒】テッサ=ベル
この4人でチームを組んだ。
ちなみにリーダーはシャルロットで、補佐はアタシ。
チーム名はアタシが勝手につけた。
やたらとシャルロットが恥ずかしがるので、なんか……可愛くなってそのまま申請してしまった。
今はクラス全体外の演習場で、魔法戦闘の練習中だ。
「ディオール……何でそんな演算が早いんだコツでもあんのか」
「え~と……投影の時造るイメージじゃなくて持ってくるっていうイメージで演算してるけど……」
「ナルホド全然わからん」
「え、えぇ~っと」
アベルの言葉に困ったシャルロットを見て、男子二名が萌えている……鬱陶しいなこの馬鹿ども。
あ、先生だ。
キリッとしなきゃね。
「シャルロット……それは許容量の多い人間の意見だ」
「そそそそうなんですか? ゴメンナサイ」
ユウィン先生に言われてまた謝ってるし、でもこの娘アタシ等に向けるいつもと表情と違う。
う~んこれは……
「先生避けて下さい!!!」
その時――遠くで実技を行っていた生徒が叫んだ。
コントロールを誤った火の魔法球が先生とシャルロットの方に飛んできたのだ。
ゴゥ!
「先生!!!」
「シャルロット!」
シャルロットとアタシは叫んだ。
でも先生は全くそちらを見ないまま、片手でその飛んでくる火の玉をなでで消した。
え? な、何っ今の!?
「大丈夫だシャルロット…ほら」
「……ふぇ?」
「こういう時は眼を閉じちゃ駄目だ。でも何かに隠れるのは良い案だ」
あ~シャルロットが驚いた拍子に先生に抱きついちゃてるなコレ。
「うわわわごごごめんなさい先生!? ……アイタッわわわわ」
急いで離れてこけてる。
パンツが見えそうになって急いで隠す……お顔をお真赤にしてまぁ……いつもこの娘はすぐ赤面するけど、なんか違う。
この娘……もしかして先生の事。
「せ、せんせぇあの…その、み、みみみ」
「中々素早い動きだったよシャルロット」
「あの、その、そうじゃ…なくて」
成程ねぇ。
以前食堂で父親の事で何かキレてたのはそう言う事かな。この娘は解ってないかもしれないけど、本心は年上の人に甘えたいタイプなんだろう。
「後、君はコントロールが悪い、もっと集中力を上げて演算の速度を落としてみよう」
「は……はいぃ……」
人形みたいに抱き起こされてる。
あちゃ~あれはダメだドンピシャだ完全に舞い上がってる。
「う~ん、これは困りましたねぇ最大の強敵は王都の英雄ユウィン=リバーエンド講師でしたか」
「あん? 何言ってんだ。あの火球どうやって消したんだろうな」
流石セドリック気付いたか。
馬鹿で鈍感なアベル……可哀想な子。アンタの最大の敵が現れたというのに。
あ、向こうでアタシの嫌いなセレナ=クライトマンが爪を噛んでる。
「次はLv2の演算を。外部から粒子を集めるイメージを忘れずに」
先生はさっきの騒ぎを気にもしない。
そう言って向こうに行ってしまった。
シャルロットは手で顔を扇いでる。
「今のオレにも出来ねぇかな?……デイオールちょっと俺に打ってみてくれ!」
「えぇ……危ないよぉぉ?」
そうだヤメときなさい。
シャルロットの魔力であんな事したらアンタ死ぬわよ。
アレ?シャルロットが右手を抑えている。アタシは見逃さなかった。紫色に変色している? この色は不味いんじゃない?
その時ユウィン先生が戻ってきた。
「シャルロット……すまない忘れていた。右手を見せてくれ」
「……はははい」
「やはり凍傷になっていたな……操作というのは本当に大事な事だ。速さより、大きさより、コントロールだ」
ユウィン先生はシャルロットの手を取って話している。ちゃんと聞こえてるかなあの娘。
「うん…はい……です」
「許容量の多い人間が魔力を暴走させた時、体の内側から魔法が放たれて死ぬのを見たことがある」
シャルロットが訳分からん事を呟いてる内に、先生は何やら怖い事を言っているぞ。
「君なら上手く出来るはずだ」
そう言って先生は今度こそ違う生徒の方へ歩いて言った。
アレ?あの娘の手。
アタシはポ~っとしてるあの娘に駆け寄る。
「ちょっとシャルロット? アンタ手をみせて!」
「ふぁい」
気の入っていないこの娘は放って置いて……これは!?完全に治ってる。紫色に変色しかけていた手が、こんな短時間で!?
「セドリック……アンタどう思う?」
アタシは頭の切れる方の友人に話しかける。
「恐らくユウィン講師はLv1程度なら魔法名を言わずに実行……いや、今のはLv3ですね。高位魔法言語の詠唱破棄なんて聞いた事がありませんし、もしかしたらあれはカターノートに秘伝として伝わる圧縮術式ラプラス……?」
「Lv3にしても、この回復速度は尋常じゃないわ……重ねがけしてるのかも、それにさっきの火の玉の……」
「更に彼は空気中の魔法粒子を操作出来るようですね」
流石セドリック――そうなんだ。
凍傷と火の玉。あんな事を詠唱も無しに出来る人間なんて見たことがない。
そしてアタシは格闘技に詳しい。
シャルロットが教室で初めて魔法を使った時――皆は速すぎて見えてなかったみたいだけど、微かに見えた先生の姿――小さい剣であの巨大な氷の塊を細かく両断していた。明らかに刃渡りの足りない小さな剣でだ。
(あれは恐らく、ゼノンの傭兵が使うという武装気)。
先生はその後あの巨大な氷を一瞬で蒸発させていた。武装気とあの桁違いな魔法の技量。
正直ワタシは魔人15体を一人で倒したなんて少し眉唾だったけど納得した。もしかしたらワタシ等は、とんでもない男に魔法を教わっているのかもしれない。
ふとシャルロットを見た。
彼女はアベルに頭を叩かれて、ようやくドリームモードから覚めた所だった。
(アンタの惚れた男は……ヤバイよ)
武装気の習得は10年はかかると言われている。普通の人間が「武」と「魔」の両方を極められるなんて事が出来るだろうか?そんな事は人の寿命では不可能な気がする。
ユウィン先生は30歳そこらにしか見えない。
もしかしたら実年齢はもっと上なんじゃないか……アタシは何の確証もなしにそんな事を思った。




