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第7話 殺意と愛情

 

「最近は家を空けてすまないな、如何せん皇女殿下は私をこき使ってくれるのでな」


「全くアンリエッタ様も困ったものですわ。お父様が優秀だからって毎日こき使うなんて」


「あらあら ディアンヌ姉様。お父様が帰って来て御機嫌ね~さっき迄ロッテちゃんに怒ってばかりだったのに~」


「そそそれは言わなくて良いよエステル義姉様……」


 今日はデイオール家全員揃っての夕食。

 鉤十字の家紋が彫り込まれた祭壇があり、アンティーク調の教会をイメージした食卓に、シャンデリアのクリスタル、炎できらびやかな輝きを作り出していた。大理石のテーブルで執事カルヴィンが手配した豪華なディナーの最中である。


「だってシャルロット……今日、喧嘩して制服穴だらけにしたんですもの」


「何だと相手は何処のどいつだ!?」


「いや喧嘩って程のものじゃ……」


「言え!シャルロットどこの家の者だ」


「いや大丈夫だからお父様……」


 急に声を荒げる父親に困って俯くシャルロットに空気の読める穏やかな次女が助け舟を出す。


「でもお父様?今日そのおかげでロッテちゃんに友達が出来たんですって~」


「何、本当か女の子だろうな?」


「うん……テッサ=ベルちゃんっていうの……」


「ベル?あぁ…あの貴族だか平民何だか良くわからない三流の……」


「い、家は関係ないでしょディアンヌ姉様」


 シャルロットの大きな声に場が凍りついた。

 三女が長女に食って掛かったのは始めての事だった為だ。


「ごごごごめんなさい義姉様」


「あらあら~本当に大事な友達ができたのね?お姉ちゃん嬉しいわ~」


 エステルは手を合わせて喜んでいるが。

 ディアンヌが口を開きかけた瞬間、父親ヴィクトルが口を開く。


「そうだぞディアンヌ、お前達の母親も平民。貴族たるもの別け隔てなく接しなければいかん」


「ごめんなさいお父様」


 項垂れる長女。

 あの気の強いディアンヌは俯いているという事だ。この家での父親の影響力は絶対の様だ。


「話は変わるがシャルロットお前、魔導研究所で評判がいいぞ。凄い素養があるらしいじゃないか」


「え?」「あらあら~」


 長女と次女は母親の血を多く受け継ぎ魔法因子核リンカーコアを持たない。姉二人の反応にシャルロットは俯いてしまった。


「そ、そんな事ないですボク失敗ばっかりで……」


「かなりの許容量キャパシティという噂じゃないか、来週の試験が楽しみだな」


 父親は嬉しそうだ。

 でもシャルロットは全く嬉しそうではない。

 眼は笑っていないのに顔だけで笑っているといった様子だ。


「来週!? じゃあお父様の誕生日に一緒にお祝い出来ますわね~」


「そうね良いんじゃない?まぁ頑張りなさいシャルロット」


 珍しく機嫌の良い長女も続けて賛同する。


「う、うん……ありがとう」


「父は鼻が高いぞシャルロットさぁこっちにおいで……」


「え?……いや……ボク…‥」


「どうしたシャルロット?早くおいで」


「でもボクは」


「何をしている……」


 父ヴィクトルから明らかに妙な空気が漂い、気の強いディアンヌが、そしてあの大らかなエステルでさえ額に汗を浮べる。


「お父様、私が……」


「このヴィクトルはシャルロットに来いと言ったのだ黙れ!!」


「お父様ごめんなさい、ごめんなさいぃ」


 緊迫した空気が流れた。

 豹変したヴィクトルがディアンヌを殴りつけたからだ。


「お前は先週たっぷり可愛がってやっただろう!わきまえろ」


 地べたで頭を下げるディアンヌの腹に、父親の足がめり込んだ。


 シャルロットは両耳を抑えて震えている。


「お父様、ロッテは今日負傷して疲れております。私が……」


「お前もこのヴィクトルの言葉が聞こえぬか!」


 バシッ!


 エステルの頬にも父親の拳が飛んだ。

 しかしエステルは全く怯まず、ヴィクトルを正面から見据えている。


「……流石、流石だエステルその眼差し、良い……良いぞ。流石エマの娘だ……」


 ヴィクトルは豪華な食卓椅子に腰掛けなおした。


「待っておれ……」


「……はい、お父様」


 ヴィクトルとエステルはそれだけ言葉を交わすと食事に戻った。


 ナイフとフォークが食器を撫でる音が微かに響く。そこからは普通の家族と変わらない。

 長女は父親の機嫌を取るべく話題を作り、次女はそれに合わせて「あらあら」と相槌を打っている。


 シャルロットだけは変わらず両耳を抑えて震えていたが。


 少女は落ち着かない。


 この屋敷は落ち着かない。

 三女の居場所は父親の、今は使っていない地下の書斎であった。


 無表情な執事は淡々と料理を運び、シャルロットは今日、楽しみにしていた日記を書くのをやめた。



 ◆◇◆◇



 その夜――シャルロットは自室でパジャマの上からガウンを着込んだ。


(眠れないや……書斎で時間を潰そう)


 扉を開きかけた時、気配を感じてゆっくり扉を締め直す。


(……お父様)


 暫くして少し扉を開け、眼だけで廊下を覗きこむと、丁度エステルの部屋に父親が入って行く所だった。シャルロットは音を立てないように地下室に急いだ。その時横切った2人目の義姉の部屋から声が聞こえる。


「お父様、私に……こういう事……れるのはいいですから……あの娘には……」


 シャルロットの足が止まる。


「私が頑張りますから……シャルロットには手を出さないで……」


 お願いします。

 そうハッキリ聞こえてきた。

 義姉様はボクを護ってくれていたんだ。

 いつもボクを助けてくれる優しい姉。

 末っ子は次女エステルが大好きだった。

 しかし彼女も気付いていない。

 どうしても次女を受け入れられない、無意識な部分があった。


(お義姉様ごめんなさい……いつもボクを護ってくれているのにゴメンナサイ)


 そのまま部屋を通り過ぎようと思った。

 でも足が止まってしまう。

 そして、シャルロットは覗いてしまう。

 鍵穴から見えるその情景と、姉の顔を見てしまう。


 あの欲にまみれた義姉の顔を。

 義姉は笑っていたのだ。

 あの顔は求めている、受け入れている……父を。


 何だ、やっぱりこの家でもボクは独りだったんじゃないか。


 シャルロットは涙を溜めて足早に地下室の書斎に急ぐ。この時感じた自分の感情の正体もわからぬまま。




 ボクは思い出す。


 入学式から数日たったあの日――執事のカルヴィンさんは、地下の書斎で本を読んでいたボクに言った。鍵を閉め忘れていたかと思ったけど違うようだった。


「お嬢様が地下で本を読まれているのは存じ上げておりました」


「……カルヴィンさん?……ごごごごめんなさい。もう来ません」


 ボクは地下の書斎を出ようとした。

 地下のこの部屋は、氷の魔法に反応して鍵が開くようになっていた。冷たくて静かで、嫌なことをを忘れさせてくれる。

 時々お父様とカルヴィンさんが隣の部屋で何かしゃべっているみたいだったけど、お父様は氷の魔法が使えないし、この書斎には入って来ないだろうと思った。皆が寝静まるような時間まで、ボクは殆どこの部屋で過ごした。


「いいえ結構で御座いますよ」


「……え、良いの?」


「このお部屋に入れるのは古来よりデイオール家の当主と妻のみ、貴女がた姉妹には資格が御座いますので」


「……奥さんの……資格?」


「左様でございます。ここにおられるということは、そういう事でございます」


 ボクはこの時、笑っていたんだと思う。

 ここに来てからたまにこんな気持ちになる時がある。全然可笑しい事言われた訳じゃないのに、笑ってる時が。


「フフ……可笑しいよね?それ……奥さんって」


「そうですか、では詳しくそれについて説明をした方が」

「やめてよ!!!」


 ボクは大声で叫んだ。

 そんな事聞きたくない、ボク達姉妹が何でここに連れて来られたのか何て聞きたくない!絶対に気付きたくない・・・・・・


「カルヴィンさんは知っているの?何でお母様が死んだのか……」


「それは私のあずかり知らぬ所です」


「そう」


 ボクは地下室を出ようとした。

 この完璧な執事を演じようとして見えるカルヴィンさんがあまり好きでは無かった。


「旦那様のお仕事は手紙を書くお仕事でございます」


「……手紙?」


 部屋から出ようとしたカルヴィンさんはよく解らないことをいう。

 普通の白の封筒に、赤のシーリングワックスでデイオール家の家紋……鉤十字で封印されている。

 宛名は「ルシアン=ネイル」とそれだけ書かれていた。


「この2通の手紙を王都のギルドに出すだけです……旦那様のお仕事は」


「……郵便屋さんなの」


 ボクの皮肉にも全く表情を変えず、カルヴィンさんは答える。


「はい、ここに日付と名前を書かれた人間は死にます」


「え?……え」


 ボクが変な顔をしていたら、もう一度カルヴィンさんは言った。


「ここに殺す人間の名前を、書いて出すのがヴィクトル様のお仕事です」


「……それはだれでもなの?」


 驚く程すんなり受け入れられた。

 自分でも後でびっくりしたが、お父様は普通の人間じゃない気がしていたからだ。


「勿論です例えそれが貴女自身でも、それは実行されます」


「……そうなんだ」


「1通はまず日時と時間を……」


 カルヴィンさんはそう言って、新しい2通の封筒を手渡してくれた。


「もう1通は最低でも2週間空けて、名前を書いて出して下さい」


「時々ここの隣で2人が話していたのは……?」


「はい。その手の話でございました」


「お母様が死んだのは?」


「それは私の預かり知らぬ所でございます」


 彼の癖だ。

 カルヴィンさんは執事を演じていない時は一瞬下を向いてから話す。

 物心付いた頃から、他人の顔色を見続けてきたシャルロット。


 彼女には確信があった。


「……嘘でしょ?」


「執事は嘘をつきません」


 ボクはこの日、2通の手紙を受け取った。

 次の日ボクは時間の手紙をギルドに出しに行った。日時は丁度来週のお父様の誕生日だ。





 あの日の事を思い出しながら、今日もボクはいつも通り、静かな地下室の書斎で本を読んでいた。

 今日もお父様とカルヴィンさんが隣でまた何か喋っていたけど、読書の邪魔になる程度の声では無かったので気にしないようにした。どうせまた、人殺しの話でもしているのだろう。


 今日読んでいた本は少し難しかった。

 一番印象に残ったのは「後悔」という単語だ。


「ほかの方法にしておけばよかった」という選択への「責任感」それは失望を後悔に変える。選択の余地がないときは、後悔は生まれないとかなんとか。


 ボクは眠さで、この意味を考えるのを止め、お部屋に戻る事にしていた。


 時計の針は1時を指している、流石に皆眠ってしまっただろう。


「ロッテちゃん?お部屋に居ないから心配したわ」


 こんな時間なのにボクの部屋の前でエステル姉様が待ってくれていた。その大きな胸で抱きしめてくれる。


 そして小さめの声で言ってくれた。


「ロッテちゃん今日は怖かったよね。お姉ちゃん守ってあげられなくてごめんね」


「そ、そんな……姉様はいつも助けてくれてるよ……謝るのはボクだよ」


 出来る限り笑顔で答えたつもりだった。

 でも姉様はもっと力を込めてボクを抱いてくれる。


「お父様はいつもはあぁだけど・・・・・。他に身寄りの無い私達を拾ってくれたんだから感謝しなきゃね?ロッテちゃん」


「うんボク解ってる今日は本当にごめんなさい姉様……」


 そう言うとエステル姉様はボクのオデコにキスをしてくれた。


「やっと出来た可愛い妹だもの~もっとお姉ちゃんを頼ってね?ロッテ……」


「うん……ゴメンナサイじゃなくて、ありがとう姉様」


 この日はエステル姉様はボクの頭を撫でながら一緒に寝てくれた。


 お母様にヨシヨシされているみたいで眠りにくかった。よく殴られた事を思い出すので、ボクは手が近くにあると落ち着かない。


 先に眠ってしまった姉様の首元の痣を見ながらボクは思う。


(でもねお義姉様……ボク達のお母様は殺されたんだよ?……お父様に)


 ボクは次の日、もう一通の手紙を出した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても特殊な家で設定が素晴らしかったです。ヴィクトルの人柄はともかく仕事がまた興味深く、どのような流れで手紙からそのような展開となるのか、その仕組みを考えつくのもまた素晴らしかったと思いま…
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