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第6話 父親

 

 アタシことトロンリネージュ魔法学院一年テッサ=ベルは……あの娘が嫌いだ。


 いつもオドオドしてすぐ謝る。

 あんな凄い魔力を持っているのに実施訓練でも魔法を使おうとしない。凡人への当て付けだろう。心の中では笑っているに違いない。


 格闘訓練でアタシはクラスで一番強い。この間なんて男子で一番強いアベルにも勝った。でもこの国では格闘技よりも魔法の評価が圧倒的に高く支持される。


 何でアタシは癒しの力なんて持って生まれたんだ。何でアタシは低い身分の貴族に生まれたんだ。


 あの娘はお金も力も持って生まれたのに。

 あの娘はアタシが欲しいものを全部持っているのに。


 ほらまた謝ってる。

 あの娘を見ているとイライラするんだ。


 ガシャン!


「あ、ごごごごごめんなさい。セレナさん」


「御免で済みまして?……貴方はこの汚れた制服で午後の授業を出ろと?」


 魔法学院の食堂テラスの昼休み。

 アタシの嫌いな侯爵家の娘シャルロット=デイオールが同じく、いやもっと大嫌いな侯爵家の娘セレナ=クライトマンとぶつかった所だ。

 セレナは親の身分を鼻にかけて取り巻きの女生徒何人かを引き連れていて、取り巻きともども少しトマトソースが制服に跳んだだけなのにシャルロットに絡んでいっていた。


 溜息を一つ。

 どう考えても今のはセレナが当たって来てたのに、あの娘は謝ってる……ほんとドン臭い娘だ。


「どうしよう……拭いたら汚れ目立たないかも」


 ハンカチを持って駆け寄るシャルロットの手をセレナは払った。


「気安く触らないで頂けますデイオールさん」


「でも早く濡れた布で叩き出さないとシミになっちゃう」


「当家では汚れてしまった衣類など着ないのです。貴方、この私に洗濯しろと仰るの?」


「でも勿体無いよ少し飛び散っただけなのに」


「フフッ流石平民出の娘は貧乏が染み付いていますのね」


 取り巻きの女生徒も一緒になって笑ってる。折角の昼休憩なのに嫌なもの見たな。


「おいお前」


 そこへ、よせばいいのに幼なじみのアベルがシャルロットを庇って出てきた。アンタはアタシん所と一緒で身分の低い貴族なんだからロクナ事にならないっていうのに……何やってんだか。


「くだらねぇイチャモンつけんなよクライトマン、今のはどう見てもお前が当たっただろよ」


「あらベネック 、ス尻の軽いデイオールさんとの時間を邪魔してすいませんでしたわ」


「あの…アベル君やめて…ボクが…」


「でもベネックス、下級貴族の貴方と喋る口はありませんの。関係ない人は引っ込んで頂けます?」


 アベル……さっさとシャルロットを引っ張って逃げればいいのに何やってんの。知らないよどうなっても……相変わらず身分不相応な男気を持った暑苦しい奴だ。


「下級も上級もねーよ俺は筋の通らねぇ事が嫌いなだけだ」


「何ですって? このワタクシに無礼な口を……」

 セレナの取り巻き達も、彼女の怒気と魔力の放出に引いていた。

 あの貴族のお嬢様もしかして魔法を使う気?こんな場所で?先生は今日に限って隅っこの方で食べてないし。


「失礼を!」


 そこへアベルの親友セドリックがやっと止めに入った。彼は結構良い身分の貴族の息子なのに何故かアベルと気が合うらしい。良いね男子は、単純で。


「アベルやめろ! セレナ嬢も収めて下さい。良家の名に傷が付きます」


「セドリック、既に私の名誉はこの2人に傷つけられました。その端正なお顔と貴方のお父様の名に傷が付きますわ」


「や…やめて…2人供…ボクが悪いんだから……」


 シャルロットは相変わらずオロオロしている。

 セドリックは今にも飛びかかりそうなアベルの体を抑えていた。一部の女子がその男子2人を見て、何か腐った……良からぬ妄想をしている顔だあれは。


 アベルは意外に、セドリックは相当女生徒に人気がある。セレナもあまり相手にしたくないのかもしれない。


 しかし空気の読めない天然のアベルはこれくらいじゃ止まらない。


「セドリック、別に喧嘩する訳じゃねぇって離せ。クライトマンはデイオールにイチャモン付けたいだけさ」


「な、何ですって…!?」


 あぁアベル。

 アンタはやっぱり昔から変わらない。火に油を注ぐような事を……そんなアンタの父親はアンタにソックリで、世渡りが下手過ぎて下級貴族に落とされたと言うのに。


「同じ氷の魔法を使うのにデイオールに魔力で勝てないからヒネてんだろ?」


「アベル!? それはそうですが、もうちょっと言い方ってモノがあるでしょう」


 アベルと正反対の頭脳派セドリックもつい口を滑らせているな……駄目だこりゃ。


「この無礼者!」


 高飛車なお嬢様は羞恥心で顔を真赤にしつつ魔法の構成を編み上げる。


 まさか本当に魔法を使う気?人間相手に!?


『Lv1アイスブランド!』


「チィ!」


 ドシュグドッ!


「グッ、アベル!」


 本当に打ったこの女! 

 氷の塊がアベルに直撃する。


 アベルはセドリックに当たらないよう無理やりはねのけ突き飛ばした。更に隣に居たシャルロットに当たらないよう全て自分の背中で受け止めている。


 まともに背中に塊を食らったアベルは両膝を着いて耐えていた。猪でも倒せるであろう上流貴族の魔法言語をまともに食らったのだ。


「ぐ……はっ……大丈夫っだ」


「ア、アベル君!?」


「アベル!しっかりしろ、癒やしヒールを使える方!?いませんか?」


 セドリックが叫んでいる。

 シャルロットは相変わらずだ。

 流石のアタシも幼なじみをこんなにされて黙っている程人間が出来ちゃいない。


「いい加減にしなさいよアンタ何様よ!?」


 アタシは叫んだ――叫んでしまった。

 あぁやってしまった…ごめん父様。

 そしてしまった……セレナは感情のままクラスメイトに魔法を使い、少し罪悪感を持っていた面持ちだったがアタシの一言で罪悪感が消し飛んでしまったみたいだ


「何様ですって?わたくしは侯爵家セレナ=クライトマンですわ……三流貴族のテッサ=ベルさん」


「一流とか三流とか知るかアタシは曲がった事が嫌いなんだ! アベルに謝れセレナ=クライトマン!」


「へぇ……貴方がそんな口を聞くなんて、お父上もさぞ本望でしょうね」


「テ、テッサ…引っ込んでろ…」


 セレナの父親はアタシの父様の上役。父様に迷惑がかかる。でも、でもアタシは間違ってない。


「アタシも! アタシの父様も! 身分を傘に偉そうにしている人間が大嫌いなんだアンタなんかに屈せるか!」


「ごめんなさいね? テッサ=ベル」


 敵意のある魔法粒子がセレナに集まってる。


『Lv1ブリザードグレイン』


 ズア!


 あぁダメだこの女。

 こんな下らない理由の喧嘩で完全にトリップしてるのか……いや違うなこれは、アタシの身体能力を考慮して絶対に避けられない広範囲に氷のつぶてを放ってきた。確信犯だなこの女……この学園で誰も自分に逆らえないように始めから見せしめにするツモリだったんだ。シャルロットはダシにされたって事か。ついつい乗ってしまった、こんな本当に下らない……ヤツなんかに……。


 体を屈めて両腕で顔をガードする。

 でも彼女の氷の魔法は強力だ。殺傷能力が無い鈍器の術を使っているが、ガードしても医務室に運ばれる程度の覚悟を決める。


 ドググッガガガガガッ!


 人体に氷のつぶてが当たる嫌な音……あぁ跡にならなきゃいいけど、一応アタシ女の子だし。


 ……あれ?痛くない


 周りの皆を見渡す。

 みんな顔を蒼白にしてこっちを見てる……じゃないな、ワタシの眼の前にいる、この娘を見てるんだ。


 目の前にアタシの嫌いなあの娘が立っていたから。

 彼女は……シャルロットはセレナにいとも、ごく普通に何事もなかったかのように微笑んでいる。嘘でしょ?


「セレナさん……お父様は関係ないよ。テッサさんも、ボクも……」


 彼女は全く防御して・・・・・いなかったんだ。

 アタシに迫る氷の魔法を直立不動のまま壁になって受けていた。殺傷能力を抑えたといっても高速で放たれた無数の氷の礫を真正面から受け、彼女の制服には穴が空き体は所々流血している。さらに顔面にモロに受けた礫によって片目が傷付き、恐ろしい程流血していた。


「ボク達は、お父様を選べないんだから……お父様の名前を出すのは可笑しいよ……」


「ひ、ひぃ」


 話しかけながら近づいていくシャルロットに、セレナは完全に恐怖していた。


 それはそうだ。

 何故って笑ってるんだこの娘。片目を流血させながら。


「だからお父様の話はヤメよぉよ……お願いだから」


 セレナは完全に怯えて何度も頷いている。

 これは怖いわ。


 それからシャルロットは周りを見回し、自分に視線が集中している事に気付いたらしい、急にオタオタしだして俯いてしまった。あぁ良かった……アタシの嫌いなあの娘に戻った。


 ……でも。


「アンタこっち向きな癒やしヒールかけてあげるから」


「え? え?……え? で、でもボク今日お風呂入ってないので……」


 何言ってんだこの娘は……変な女。

 構わずシャルロットの顔に手を当てて、魔法言語を実行する。


『Lv1ウォームヒール』

「ボボボクより、ア、アベル君をみみみて上げて……」


「アンタ自分の顔どうなってるか分かってる? アンタの方がよっぽど重症よ?」


「で、でもアベル君が……」


「アイツは唾つけときゃ治るよ昔からそうなの」


「うっせ……でもま、唾つけときゃ何とかなるレベルだわ」


 器用なアベルは自分で癒やしヒールをかけていた。コイツは「炎」と「癒」のツヴァイマギカだ。

 肉体戦闘にも長ける優秀な生徒でアタシの幼なじみなんだ。


「シャルロットさんの片目が潰れていますね。セレナ嬢、如何に貴方でもコレは問題になるかと思いますよ」


「な、なんですって?」


 潰れてはいなかったのだが流石セドリック、やるね。単細胞の幼なじみと違って場を収めようとしている。


「侯爵家のシャルロットさんがここまで負傷されては、学園側も魔導研究所に報告を上げるしか無いでしょう」


「そんな事……」


「ここにいる全員が僕と気持ちを同じく、セレナ嬢の味方なら良かったのですが、血の気の多い方々もいるようなので」


 アタシとアベルはセレナを睨みつける。

 シャルロットはアタシにヒールを掛けられながらオロオロしていた。魔導研究所上層部はセレナの父親の地位を凌駕する。これでは良家の令嬢程度が勝手できる事態ではないからだ。


「……出ますわよ」


 セレナと取り巻きの女生徒がお昼も取らずに食堂テラスから出て行く、ざまーみろ女狐め。でもさて問題はこの娘の眼だ。潰れてはいないが傷が深い。


「アンタ、おぶってあげるから医務室まで行くよ」


 医務室のもっと強力なヒールを使える先生と薬がいるな。この学園の教師でも癒やしの力を持つ人間は少ない、この傷にはLv2の魔法言語か高価な魔薬が必要だろう、高い入学金払ってるんだからこういう時に使わないと損でしょ。


「女性には酷ですね僕が代わりにましょう」


「ちょっ…待てセドリック…イッテ!」


 策士セドリックがしゃしゃり出てくる。

 アベルの馬鹿はまだ回復してない背中を抑えて倒れこんだ。

 紳士らしい事を言っているが、この娘をオンブしてこの脂肪の感触を確かめようという腹だろう。男ってやつは……思いながらシャルロットの無駄にデカイ胸を見る。本当にデカイな、何食べたらこんなに育つんだ。


「でもボク……まだご飯食べてなくて」


「アンタその怪我でご飯食べる気なの」


「え? 怪我っていう程の事じゃ……駄目でしょうか」


 これ位怪我じゃないって事?

 何言ってんのこのままだと失明するよアンタ。

 不意に所々破れている制服から彼女の素肌が少し見える。


(……コレは)


 この女の体には所々今日の傷でない古い傷が残っていた。明らかに自然にできた傷ではない様に見える。とっさに視線を反らしそうになったけど、それは失礼な態度だろうと、この女の目を見た。血だらけだけど長いまつ毛に翡翠のような大きな瞳と白い肌。こんな女の子に生まれたかったと思っていた。自分の褐色肌が、貧乏が嫌いだった……この娘は自分とは違う。ワタシには不器用だけど優しい父様がいて……でも、もしかしたらこの娘には。


「重症よ……アンタ」


「……えっと、じゃぁ牛乳だけ」


「それ以上乳がデカくなってどうすんのよ」


「乳!? やっぱり変なんですかボクの胸」


 変だよ。

 たかだか16位の年で大きすぎるだろ。それと何でクラスメイトに敬語なんだこの娘は……あぁそうか。


シャルロット・・・・・・! ほら行くよっ……と」


「わわわ」


 アタシは無理やりシャルロットをオンブして医務室に向かって駆けた。しかし軽いなデカイなこの娘……ますます腹立ってきた。


「ご…ごめんなさい重いよね…ボク」


 ほらまた謝ってる。

 この娘を見ているとイライラするんだ。


 ……でも


「色々重いわっシャルロット!でもアンタ……根性あるじゃん」


 恥ずかしかったけど言ってやった。

 恥ずかしいのは自分自身だと、気付いたからだ。



 ◆◇◆◇



 眼鏡を直しながら耳にかかった紫色の髪を直す。

 ここは彼女の専用の書斎である。十六夜(いざよい)の間と呼ばれるこの部屋で書類に目を通す、ただソレだけの仕草、姿迄も麗しいのが、この国の君主にして皇女と呼ばれるアンリエッタ=トロンリネージュという女だった。


「カミーユ、先日の資料ありがとうございます。出処はまだ不明ですか?」


「申し訳ありません。八方尽くしておりますがやはり証拠がございません」


「そうですか……でも気になりますね」


 カミーユ=クライン外交官。

 故人テオドール=グランボルガのポストであった外交部最高責任者を継承した男である。冷静沈着で仕事が早く、前任者と違い彼女に尽くす外交大臣であるが、唯一の難点は皇女と同じく完璧な知性と容姿を持っているのにもかかわらず、その佇まいが完璧過ぎて作り物のように見える事だ。


「彼は少々女癖は悪いようですが、予算を着服した履歴も国外に金銭を流した履歴もありません」


「しかし3人供亡くなった……」


「はい、事故の線が強いかと」


「分かりましたありがとうカミーユ後は私が……下がって下さい」


「失礼致します殿下」


 カミーユは音も立てずに扉を閉めた。皇女は独りになった事を確認してから独り言ちる。


「王都の闇……やはり噂でしょうか」

「失礼する」

「わっ!」


 凛とした見目麗しい顔が崩れ、その表情は年相応の少女に見える。


「びっくりしましたもぉ~ユウィン様ちゃんと表から入って来て下さい」


「すまない昼休み中に抜けてきたものでな」


 突然の来訪に驚くアンリエッタであるが当然である、この地上20m付近にある十六夜(いざよい)の間の窓から入って来る人間など一人しか思い当たらないからだ。


「忙しいのに悪いと思ったのだが……どうだ彼女の件」


「いえそんな他ならぬユウィン様の頼みですし、それに私も以前から調べていた事でしたから……」


 彼女は眼鏡を外して少し照れながらユウィンに向き直る。


「……デイオール家の娘達、やはり全て母親が違うようです。そして3人供亡くなっています」

「不自然過ぎるな」


 ユウィンは先日シャルロットが呟いた「居なくなる」という言葉と、彼女の異常な資質が気になりアンリエッタに調べさせていたのだ――デイオール家を洗っていると不自然な死や失踪を遂げている人間が多く出てきたのだ。そしてその死は王宮にとって良い方に起こっていた。


「家系はクロードが母親はカミーユ外交官が調べてくれましたがこれ以上の情報が出てきません」


ルシアン……思い違いなら良いのだが」


「ユウィン様、それは何処からの情報なのですか?」


 彼女に危険が及ぶかもしれない為、言うべきか悩んだがユウィンだったが。


「150年程前……二代目魔王が誕生した事は知っているな」


「はい勿論、確認できた者はいませんが、氷の魔王と言われている……」


「そうだ、その魔王が誕生した際に噂になった事がある」


「まるでその時から生きてるみたいにお話されますよね?」


「……気にするな」


「はい、ユウィン様がそう言われるのでしたら」


「君にはまいるな……」


「でもいつか、お話を聞かせて下さるとアンリエッタは嬉しいです」


 その微笑みに思わず無表情男は頭を掻いた。

 自分からしてみれば、まだ少女と言えなくもない相手に出玉に取られている気がするが。


「……その魔王だが、この王都出身の人間の少女だという噂があったんだ」


「魔王が!? トロンリネージュのですか」


「火の国の千姫という魔人に聞いた話なのだが、その魔王は『王都の闇』によって連れ去られた少女なのだと」


「連れ去られた……失踪したという事ですか」


 感の良いアンリエッタは資料にもう一度眼を通す。

 デイオール家やその周りには、不自然な死や失踪を遂げている者が多い。


「それにあの娘の桁外れの氷の魔力。もしかすると直系の子孫かもしれん」


「……まさか」


 クロードが調べた資料を見る。

 約150年前……現在はL900年 Lルナリス歴


 L741年11月

 フランツ=デイオール再婚

 セシリア=マクシミリアーナを妻とする


 L742年8月

 長女アンナ=デイオール9歳失踪

 次女ゾフィー=デイオール8歳失踪


「魔王となった少女の名はアンナ……性は確かに、デイオールと言った」


 資料からその名を見つけたアンリエッタの頭に光が指した。亡くなった父すら聞かされていないであろう闇の噂と、王国の影に手が届いたかのような確信を。


「二代目……氷の赤眼魔王レッドアイ――今はキャロルと名乗っているらしい」



 ◆◇◆◇



 その日の午後の事。

 ボクとアベル君、セドリック君、そしてテッサちゃんは今、大講義室の大掃除をしている。

 食堂で暴れた件で校長先生から罰としてお掃除をする事になったのだ……セレナさんは帰ってしまったけどね。


「シャルロット、アンタ何で言い返さないのよ」


「え? ええと……ボクお掃除……好きだし」


 テッサちゃんは全部セレナさんのせいにすればイイって言ってくれたんだけど、元はといえばボクがセレナさんの制服を汚しちゃったんだから。


「いえいえテッサさん、そこがシャルロットさんの器の大きい所ですよ」


「あぁやっぱデイオール、イイ女だお前は」


「アタシには何の言葉も無いんかい、アンタ達の言葉からは下心しか見えないし」


 夢みたいだった。

 三人が一緒に掃除を手伝ってくれてる。アベル君とセドリック君は男の子だから今でも緊張するけど……テッサ=ベルちゃん。彼女はボクを医務室に運んでくれて、言ってくれたんだ。「今度敬語つかったらブッ飛ばすテッサって呼びなさい」って。


 流石に呼び捨ては出来ないので、テッサちゃんでいい? って言ったら渋々承諾してくれた。これは友達になってくれるってことかなぁ? もしそうなら友達なんて、ボク……始めてだ。本当に嬉しいなぁボクなんかの友達になってくれるなんて。


「シャルロット……アンタ何ニヤニヤしてんのよ」


「ええ!? 顔に出てた!? ボク友達ができて嬉しくて笑ってたの出てた!?」


 しまった……逆だ。

 思う方が口から出てしまった。


「はぁぁ~ 変な娘ねぇアンタ……」


「友達未満でしたか少々ガッカリですね」


「セドリック、テメェは少し黙ってろ」


 皆に呆れられてしまった。

 でも自分の顔が緩んでるのがわかる。本当に夢のようだ。本当に本当に、こんな日がずっと続けば何て幸せだろう。お母様が死んでから、こんな気持ちになったのは始めてだ。


「また笑ってるし……でもまっ掃除はアタシも嫌いじゃないよ」


「え? また出てた!?」


「出てた」


「……ごめんなさい」


「また謝るし」


「いや~でもシャルロットさんのごめんなさいって何かこう……グッと来ませんか?」


「いやホント黙ってくれセドリック」


「シャルロットにイタズラしたら、アタシが指を折るわよ」


「それは怖いですね、ではお独りの時を狙うしかないですか」


「殺すぞセドリック」


「……後は馬鹿男二人に任せて一緒に帰ろシャルロット」


「ボッボクと、と、登下校っ……?」


 小説でしか見たこと無いよ友達と帰るなんて。


「かしこまりましたお嬢様方、後はこのセドリックとアベルにお任せを……」


「ちょ…まぁ良いか……デイオール、今日は早く寝ろよ」


 アベル君が心配してくれる。

 医務室の先生と薬で完全に回復したけど体力が落ちているって言ってたからだろう。制服も校長先生が何故か持っていたので貸して頂いた。


「で……でも……」


「ほらほら、男子がそう言ってんだから帰るよ」


「テッサちゃん!?……引っ張らないで~」


 テッサちゃんはボクの手を引っ張って駆け出した。

 彼女はとっても足が速い。――ボクは転けそうになりながら必至で付いて行った。今日はボクの記念日になった。女の子の友達と……登下校。


 そうだ日記表を買おう――後一週間だけの日記帳を買おう。イッパイいっぱい……この三人の事を


 この幸せな気持ちを書き残しておこう。


 そう、このボクの人生最後の7日間の日記を――


 ◆◇◆◇



「お父様は今日は遅いのですか? カルヴィン」


「……申し訳ございません。承っておりませんお嬢様」


 無表情の執事は一瞬、床のゴミでも気になったのか視線を下に移してから答える。


「先週は頻繁に帰って来て下さったのに……はぁ」


 デイオール家では長女は溜め息を付いていた。

 しかし先日ほど機嫌が悪い訳ではないこの娘――ディアンヌ=ディオール20歳。――もうこの国では結婚していてもおかしくない歳なのだが、年の割に父親に執着して見える。


 執事カルヴィン=クラインは腰の時計を確認した。

 2階の窓からシャルロットの姿を確認し出迎えに踵を進める。

 今日はいつもより大分帰りが遅いか。思いながら、丁度扉の前に当家令嬢がつくと同時に、執事はゆっくり扉を開けた。


「お帰りなさいませ。シャルロットお嬢様」


「あ……ただいま。カルヴィンさん」


「今日は少々遅うございましたのでこの執事、心配致しました」


「ご、ごめんなさいカルヴィンさん。……と、友達と買い物してて……」


 シャルロットはこのセリフを言ってみたかった。


 友達と寄り道していました。

 コレを言うのが夢だった。


「さようでございましたか」


 しかし執事の次の言葉は、彼女の一番聞きたくない一言であった。


「お嬢様……本日、旦那様が戻られます・・・・・。お食事の後地下のお部屋に行かれるかと」


 友人との登下校で緩んでいた表情が一瞬で凍りつく。何処か年の割に大人びているような、乾いているような、なんとも言えない笑顔で呟く。


「……そうなんだ」


 シャルロットの楽しい時間は終わりをつげる。


 彼女は足早に自室に戻り日記帳を部屋に置いた後……乾いた笑顔のままで浴室に向かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シャルロットちゃんの抱えている裏と言うか闇というかが、とてもヘヴィーそうで、セドリック君でなくとも、そそられてしまいそうですね。テッサちゃんの肉体へのジェラシーも素敵でした。とても微笑まし…
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